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月の砂漠のかぐや姫 第67話
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「あ、あそこ、何か動きませんでした? 大丈夫ですかね。大丈夫ですかね・・・・・・」
「おい、おい、お前が言うなよ。案内人はお前だろうが。大丈夫かどうかは、こっちの台詞だぜ?」
「あ、すみません、すみません。もちろん、大丈夫です、大丈夫ですとも。道は、ばっちり覚えていますし、何よりも僕がいる限り、盗賊に襲われる心配はありません。それは、保証いたします。でも・・・・・・。なにか、変な影が見えませんでしたか?」
「あのなぁ・・・・・・」
交易隊を先導している男は、何かに怯えているかのように、オドオドと周りを見回しました。その横で、駱駝を引いてる交易隊の男が、彼を呆れたように見つめていました。
彼らは、今まさに、ヤルダンに林立する大小様々な砂岩の間を、駱駝が作る一本の糸で縫うようにして、ゆっくりと進んでいるのでした。
開けたゴビの大地を歩き慣れているせいでしょうか、それとも、この地にまつわる様々な云われがそうさせるのでしょうか、男が不安感にあふれた眼差しで周囲を眺めると、遠くの砂岩は先ほど見たときからわずかに場所を変えたように見えますし、近くの砂岩の影の中では、何かが動いたかのように見えました。そして、それらが、ますます彼を不安にさせるのでした。
この先導役の男の名は、王柔(オウジュウ)と言いました。砂漠のオアシスで見られるナツメヤシのようにひょろっと背の高い男で、面長なその面持ちは少年の面影を残している、成人してまだ間もない若者でした。交易隊の他の男たちは、頭に白い布を巻いていましたが、この王柔だけは、白い頭布の上に赤い布を巻き付けていました。
「頼むぜ、お前がしっかりと案内してくれないと、俺たちはこのヤルダンの中で迷子になっちまう。それに、なにより・・・・・・」
交易隊の男は、少し首をすくめながら辺りを見渡しました。ヤルダンの中を歩き始めると、周囲の砂岩の塊に視界が遮られてしまい、方角を定めるときの起点となる天山山脈や祁連山脈が見通せません。それに加えて、特徴があって名前が付けられているような砂岩はともかく、ほとんどの砂岩は、どれもこれも同じように見えますから、自分が一体どこを歩いているのかが、全く分からなくなってしまうのでした。
そのために、ヤルダンの道案内として雇われているのが王柔なのですが、彼にはもう一つ、大切な役割があるのでした。
「大丈夫ですよ。それは、大丈夫です。さっきも言いましたが、俺がいる限り、姐さんがこの隊を襲ってくることなんてないです。もしそんなことをしたら、僕が皆さんに殺されちまいます。僕たちは家族ですからね、姐さんがそんなことをするはずがありません。大丈夫ですって」
王柔は、自分の頭布の上に巻いている赤い布を指さしながら、交易隊の男を安心させるように、説明をしました。もっとも、その言葉の内容はともかく、話し方に覇気が感じられないので、説明を受けた交易隊の男も、腹の底から安心をするというわけにはいかないのでした。
王柔は、このヤルダン一帯を縄張りとしている盗賊団の一員でした。この盗賊団の頭は王花(オウカ)という女性でした。
盗賊団と呼ばれてはいるものの、この「王花の盗賊団」の活動は、吐露村や土光村を含むこの辺りを活動圏内としている、肸頓族の族長である阿部の認めるものとなっているのでした。
昔から、ヤルダン一帯はその入り組んだ地形のために、交易隊にとってはもっとも危険な場所の一つとされてきました。待ち伏せに適した場所が、それこそ無数にあることから、ここで盗賊に襲われる交易隊が後を絶たなかったのです。しかし、ある時を境に状況が変わったのでした。王花が自らの盗賊団を率いてこの周囲一帯を縄張りにした後で、盗賊活動から護衛活動に、その生業を切り替えたのです。
つまりは、こういうことです。吐露村、あるいは、土光村から、ヤルダンを挟んで反対側の村まで行こうとする交易隊は、王花の盗賊隊に道案内を申し込む。王花の盗賊隊から派遣された道案内人は、頭布に目印の赤い布を巻き、交易隊の先頭に立ってヤルダンを渡る。その案内人が目印となって、交易隊は王花の盗賊団からは襲われる危険が無くなる、ということです。では、仮に何度もヤルダンを渡った経験のある交易隊が、その道案内人を頼まなかったとしたら・・・・・・、彼らは、自分たちが予想もしなかったところから現われる、王花の盗賊団に襲われることになるでしょう。
王花の盗賊団は、道案内という形で通行料を徴収していたのでした。それを払う者には道案内とヤルダンでの安全を保障する一方で、それを拒むものには、地の利を生かして略奪を行うのでした。
阿部は、王花のその行為を黙認していました。なぜなら、王花がヤルダン一帯を管理下に置くことによって、他の盗賊団がそこに入り込めなくなったからです。王花は、お金を払う交易隊には手出しをしませんし、その要求する額も、決して無法なものではなかったので、阿部は、彼女たちを、まるでヤルダンの管理人として扱っていたのでした。彼女たちへの給金を阿部が負担することはありませんでしたが、その代わりに、通行料を徴収することを認めたというわけでした。
「おい、おい、お前が言うなよ。案内人はお前だろうが。大丈夫かどうかは、こっちの台詞だぜ?」
「あ、すみません、すみません。もちろん、大丈夫です、大丈夫ですとも。道は、ばっちり覚えていますし、何よりも僕がいる限り、盗賊に襲われる心配はありません。それは、保証いたします。でも・・・・・・。なにか、変な影が見えませんでしたか?」
「あのなぁ・・・・・・」
交易隊を先導している男は、何かに怯えているかのように、オドオドと周りを見回しました。その横で、駱駝を引いてる交易隊の男が、彼を呆れたように見つめていました。
彼らは、今まさに、ヤルダンに林立する大小様々な砂岩の間を、駱駝が作る一本の糸で縫うようにして、ゆっくりと進んでいるのでした。
開けたゴビの大地を歩き慣れているせいでしょうか、それとも、この地にまつわる様々な云われがそうさせるのでしょうか、男が不安感にあふれた眼差しで周囲を眺めると、遠くの砂岩は先ほど見たときからわずかに場所を変えたように見えますし、近くの砂岩の影の中では、何かが動いたかのように見えました。そして、それらが、ますます彼を不安にさせるのでした。
この先導役の男の名は、王柔(オウジュウ)と言いました。砂漠のオアシスで見られるナツメヤシのようにひょろっと背の高い男で、面長なその面持ちは少年の面影を残している、成人してまだ間もない若者でした。交易隊の他の男たちは、頭に白い布を巻いていましたが、この王柔だけは、白い頭布の上に赤い布を巻き付けていました。
「頼むぜ、お前がしっかりと案内してくれないと、俺たちはこのヤルダンの中で迷子になっちまう。それに、なにより・・・・・・」
交易隊の男は、少し首をすくめながら辺りを見渡しました。ヤルダンの中を歩き始めると、周囲の砂岩の塊に視界が遮られてしまい、方角を定めるときの起点となる天山山脈や祁連山脈が見通せません。それに加えて、特徴があって名前が付けられているような砂岩はともかく、ほとんどの砂岩は、どれもこれも同じように見えますから、自分が一体どこを歩いているのかが、全く分からなくなってしまうのでした。
そのために、ヤルダンの道案内として雇われているのが王柔なのですが、彼にはもう一つ、大切な役割があるのでした。
「大丈夫ですよ。それは、大丈夫です。さっきも言いましたが、俺がいる限り、姐さんがこの隊を襲ってくることなんてないです。もしそんなことをしたら、僕が皆さんに殺されちまいます。僕たちは家族ですからね、姐さんがそんなことをするはずがありません。大丈夫ですって」
王柔は、自分の頭布の上に巻いている赤い布を指さしながら、交易隊の男を安心させるように、説明をしました。もっとも、その言葉の内容はともかく、話し方に覇気が感じられないので、説明を受けた交易隊の男も、腹の底から安心をするというわけにはいかないのでした。
王柔は、このヤルダン一帯を縄張りとしている盗賊団の一員でした。この盗賊団の頭は王花(オウカ)という女性でした。
盗賊団と呼ばれてはいるものの、この「王花の盗賊団」の活動は、吐露村や土光村を含むこの辺りを活動圏内としている、肸頓族の族長である阿部の認めるものとなっているのでした。
昔から、ヤルダン一帯はその入り組んだ地形のために、交易隊にとってはもっとも危険な場所の一つとされてきました。待ち伏せに適した場所が、それこそ無数にあることから、ここで盗賊に襲われる交易隊が後を絶たなかったのです。しかし、ある時を境に状況が変わったのでした。王花が自らの盗賊団を率いてこの周囲一帯を縄張りにした後で、盗賊活動から護衛活動に、その生業を切り替えたのです。
つまりは、こういうことです。吐露村、あるいは、土光村から、ヤルダンを挟んで反対側の村まで行こうとする交易隊は、王花の盗賊隊に道案内を申し込む。王花の盗賊隊から派遣された道案内人は、頭布に目印の赤い布を巻き、交易隊の先頭に立ってヤルダンを渡る。その案内人が目印となって、交易隊は王花の盗賊団からは襲われる危険が無くなる、ということです。では、仮に何度もヤルダンを渡った経験のある交易隊が、その道案内人を頼まなかったとしたら・・・・・・、彼らは、自分たちが予想もしなかったところから現われる、王花の盗賊団に襲われることになるでしょう。
王花の盗賊団は、道案内という形で通行料を徴収していたのでした。それを払う者には道案内とヤルダンでの安全を保障する一方で、それを拒むものには、地の利を生かして略奪を行うのでした。
阿部は、王花のその行為を黙認していました。なぜなら、王花がヤルダン一帯を管理下に置くことによって、他の盗賊団がそこに入り込めなくなったからです。王花は、お金を払う交易隊には手出しをしませんし、その要求する額も、決して無法なものではなかったので、阿部は、彼女たちを、まるでヤルダンの管理人として扱っていたのでした。彼女たちへの給金を阿部が負担することはありませんでしたが、その代わりに、通行料を徴収することを認めたというわけでした。
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