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月の砂漠のかぐや姫 第57話
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狼煙が上がっている場所に近づくにつれて、羽磋にも交易隊の姿がわかるようになってきました。始めはゴビの赤土の中に紛れて消えそうだった小さな塊は、近づいていくにつれて幾つかの点の集まりになり、やがて、駱駝や天幕など見知った物の姿として見て取ることが出来るようになってきました。
「ああ、よかった。なんとか合流することが出来そうだ」
羽磋は、心の底からの安堵の息を吐き出しました。広大なゴビの大地を移動する交易隊は、まるで、大空をただよう一片の雲のようなものです。高台で大伴に教えられた方向は、その時点で交易隊と合流できそうな方向であり、一度その機会を逃してしまうと、もうそれは当てにはできなくなってしまいます。羽磋にも、交易隊が狼煙を上げることの危険性は理解できていましたから、何度もそれを行ってくれることを期待することはできません。そのように考えると、合流するための条件が整えられたこの機会を逃してしまうと、最悪の場合は、十分な食料や装備も持たずに、自分ひとりでゴビを彷徨うことになる恐れがあるのでした。
「おや、交易隊から、何頭か馬が出たな。こっちへ来るっ」
羽磋の視界の中で、交易隊に動きがありました。ぱらぱらと、数頭の騎馬が、野営の準備を始めた様子の隊から外れて、羽磋の方へ向かってきていました。ただし、それらの騎馬には慌てた様子はなく、馬は常歩で進んで来ていました。
「あれ、珍しいな。そろいもそろって、頭布を巻いていないぞ」
交易隊から離れて自分の方へやって来る男たちが、全員頭布を巻いていないことに、羽磋は気が付きました。月の民の者は、頭に白い布を巻き付けるのが男女共の習慣になっていて、朝起きたときに真っ先に手にするのがこの頭布だとも言われるほどなのに、不思議です。羽磋が合流する予定なのは、肸頓(キドン)族の交易隊ですが、肸頓族も月の民の一族ですから、頭布を巻いているはずでした。
「なんだろう……」
羽磋は、近づいてくる得体の知れない男たちに、不気味さを感じてしまうのでした。
とはいえ、自分の方に騎馬の者が向かってきているのは間違いがありません。羽磋は、自らの馬から降り、その傍らで轡を取りながら、彼らを待つことにしました。これには、馬上の相手に対して、地上に降りることで敬意を表すという意味と、自らを馬を利用できない状態にして、闘ったり逃亡したりする意思のないことを示すという意味があるのでした。
月の民の間では、馬はとても貴重なものでした。広いゴビで羊を追う際の重要な足にもなりますし、一度戦になれば、その機動力は一族を守る盾にも敵を倒す鉾にもなります。子供の頃から馬に親しみ、裸馬に乗れるようになってようやく一人前とされる彼らの間には、馬と共に行動する際の礼儀というものも、しっかりと存在していました。
羽磋は、まじめな性格でしたから、「得体の知れない男たちに対しての警戒」よりも、「交易隊からやってくる男たちへの礼儀」を優先させることにしたのでした。
馬を引いて立っている羽磋の前に、男たちが到着しました。
彼らは羽磋に合わせて馬を降りて挨拶をするどころか、騎馬のままで、羽磋の周りをぐるぐると歩き回り、羽磋の上から下までを、じっくりと検分するのでした。それは、獲物を前にして飛び掛かる機会をうかがっている、狼の群のような動きでした。
相手も自分と同じように下馬をして、挨拶を交わすものだと思っていた羽磋は、内心ではムッとするところもあったのですが、それを面に出すのも癪に障りました。それに、事を荒立てても仕方がないのです。交易隊に受け入れてもらう必要があるのももちろんですし、ここで男たちと争っても勝ち目などないのですから。
羽磋は、彼らが検分するのももっともだ、というような顔をして、じっと待つことにしました。
「こんなゴビのど真ん中で、お客さんとは珍しい。どこのどちらさんだ」
始めに口を開いたのは男たちの側でした。男たちの頭目らしい長身の若者が、槍を片手に、すっと羽磋の前に出てきました。羽磋は、敵意がないことを示すために、両手を大きく広げて見せました。
「貴霜(クシャン)族讃岐村の羽磋と申します。このたび、族長から肸頓族へ出て学ぶように命を受け、こちらの交易隊に同行させていただくよう、指示をされました。こちらの交易隊長が小野殿であると、私の父である貴霜族若者頭の大伴から伺っております。その方が、事情を知っておられるとのことなのですが、お目通りは叶うでしょうか」
名乗りを上げながら、羽磋は相手に警戒心を与えないようにゆっくりと、馬の鞍に結び付けている革袋を手に取りました。「中から物を取り出しても良いか」と、護衛隊の男に目で問いかけました。
「ああ、いいぜ、好きにしろや」
男には、羽磋が革袋から何を取り出しても、充分に対処できる自信があるのでしょう。鷹揚に羽磋を促しました。
大伴と羽磋の名前を彫り付けた短剣は、いつでも使えるように腰に差していましたが、革袋の中には、羽磋が大伴から渡された、その他の大事なものが収められていました。羽磋は、視線を男から外さないまま、革袋の中から手探りで留学の証の木札を取りだすと、それを掲げて見せました。
「留学の証はこれに。小野殿にお目通りを願いたい」
「ほほう‥‥‥」
男の目に驚きの光が瞬きましたが、それは、皮肉っぽい微笑が口に表われるとともに、消えてしまいました。
「ああ、よかった。なんとか合流することが出来そうだ」
羽磋は、心の底からの安堵の息を吐き出しました。広大なゴビの大地を移動する交易隊は、まるで、大空をただよう一片の雲のようなものです。高台で大伴に教えられた方向は、その時点で交易隊と合流できそうな方向であり、一度その機会を逃してしまうと、もうそれは当てにはできなくなってしまいます。羽磋にも、交易隊が狼煙を上げることの危険性は理解できていましたから、何度もそれを行ってくれることを期待することはできません。そのように考えると、合流するための条件が整えられたこの機会を逃してしまうと、最悪の場合は、十分な食料や装備も持たずに、自分ひとりでゴビを彷徨うことになる恐れがあるのでした。
「おや、交易隊から、何頭か馬が出たな。こっちへ来るっ」
羽磋の視界の中で、交易隊に動きがありました。ぱらぱらと、数頭の騎馬が、野営の準備を始めた様子の隊から外れて、羽磋の方へ向かってきていました。ただし、それらの騎馬には慌てた様子はなく、馬は常歩で進んで来ていました。
「あれ、珍しいな。そろいもそろって、頭布を巻いていないぞ」
交易隊から離れて自分の方へやって来る男たちが、全員頭布を巻いていないことに、羽磋は気が付きました。月の民の者は、頭に白い布を巻き付けるのが男女共の習慣になっていて、朝起きたときに真っ先に手にするのがこの頭布だとも言われるほどなのに、不思議です。羽磋が合流する予定なのは、肸頓(キドン)族の交易隊ですが、肸頓族も月の民の一族ですから、頭布を巻いているはずでした。
「なんだろう……」
羽磋は、近づいてくる得体の知れない男たちに、不気味さを感じてしまうのでした。
とはいえ、自分の方に騎馬の者が向かってきているのは間違いがありません。羽磋は、自らの馬から降り、その傍らで轡を取りながら、彼らを待つことにしました。これには、馬上の相手に対して、地上に降りることで敬意を表すという意味と、自らを馬を利用できない状態にして、闘ったり逃亡したりする意思のないことを示すという意味があるのでした。
月の民の間では、馬はとても貴重なものでした。広いゴビで羊を追う際の重要な足にもなりますし、一度戦になれば、その機動力は一族を守る盾にも敵を倒す鉾にもなります。子供の頃から馬に親しみ、裸馬に乗れるようになってようやく一人前とされる彼らの間には、馬と共に行動する際の礼儀というものも、しっかりと存在していました。
羽磋は、まじめな性格でしたから、「得体の知れない男たちに対しての警戒」よりも、「交易隊からやってくる男たちへの礼儀」を優先させることにしたのでした。
馬を引いて立っている羽磋の前に、男たちが到着しました。
彼らは羽磋に合わせて馬を降りて挨拶をするどころか、騎馬のままで、羽磋の周りをぐるぐると歩き回り、羽磋の上から下までを、じっくりと検分するのでした。それは、獲物を前にして飛び掛かる機会をうかがっている、狼の群のような動きでした。
相手も自分と同じように下馬をして、挨拶を交わすものだと思っていた羽磋は、内心ではムッとするところもあったのですが、それを面に出すのも癪に障りました。それに、事を荒立てても仕方がないのです。交易隊に受け入れてもらう必要があるのももちろんですし、ここで男たちと争っても勝ち目などないのですから。
羽磋は、彼らが検分するのももっともだ、というような顔をして、じっと待つことにしました。
「こんなゴビのど真ん中で、お客さんとは珍しい。どこのどちらさんだ」
始めに口を開いたのは男たちの側でした。男たちの頭目らしい長身の若者が、槍を片手に、すっと羽磋の前に出てきました。羽磋は、敵意がないことを示すために、両手を大きく広げて見せました。
「貴霜(クシャン)族讃岐村の羽磋と申します。このたび、族長から肸頓族へ出て学ぶように命を受け、こちらの交易隊に同行させていただくよう、指示をされました。こちらの交易隊長が小野殿であると、私の父である貴霜族若者頭の大伴から伺っております。その方が、事情を知っておられるとのことなのですが、お目通りは叶うでしょうか」
名乗りを上げながら、羽磋は相手に警戒心を与えないようにゆっくりと、馬の鞍に結び付けている革袋を手に取りました。「中から物を取り出しても良いか」と、護衛隊の男に目で問いかけました。
「ああ、いいぜ、好きにしろや」
男には、羽磋が革袋から何を取り出しても、充分に対処できる自信があるのでしょう。鷹揚に羽磋を促しました。
大伴と羽磋の名前を彫り付けた短剣は、いつでも使えるように腰に差していましたが、革袋の中には、羽磋が大伴から渡された、その他の大事なものが収められていました。羽磋は、視線を男から外さないまま、革袋の中から手探りで留学の証の木札を取りだすと、それを掲げて見せました。
「留学の証はこれに。小野殿にお目通りを願いたい」
「ほほう‥‥‥」
男の目に驚きの光が瞬きましたが、それは、皮肉っぽい微笑が口に表われるとともに、消えてしまいました。
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