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月の砂漠のかぐや姫 第51話
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これまでは自分の周囲には何もなかったのに、急に両側が高い面で区切られた狭間に飛び込んだせいか、何かが頭をぐっと押してくるような感じが、羽磋にはしてくるのでした。ゴビの荒地が地平線で結びついていた空は、頭上と前方にしか見えなくなってしまいました。
馬を走らせながら左右の壁を見上げると、北側の岩壁はほとんどまっすぐに立っていて、人が隠れることも、壁の上で待ち伏せをしてその壁を駆け下りてくることも難しそうでした。しかし、ごくごく浅い川を挟んで南側に立っている山襞は、非常に入り組んでいました。山襞の一部には傾斜が緩やかなところもあります。成程、これなら、人が隠れることは容易だと思えます。先ほど、オオノスリに矢が放たれたのも、狭間の入口から少し先の南側斜面からでした。
もうすぐ、その矢を射かけた何者かが潜んでいる場所です。しかし、苑は全く馬の速度を緩めようとはしません。それどころか、調子づいてきたように、馬上で大声を張り上げています。
「イイ、ヤッホウッ! ハイッハッ!」
「ヤッホウじゃないよ、まったく」 羽磋は、あきれながらも、苑のすぐ右斜め後ろを追走します。
「さぁさぁ、どうした、どうした。バカ者たちが。空を飛ぶ鳥一羽落とすこともできない下手くそたちが。あのヨロヨロした矢は、初めて見たぜ。手で投げた方が遠くまで飛ぶんじゃねぇのか。アハハハ、いや、あれが、あれが精一杯だなんて、アハハハ、そんな、お目えら、冗談だろう。アハハハハハ、ハハハハ‥‥‥」
苑は、大声で笑いながら、問題の場所を駆け抜けました。羽磋もその影のように付き従いながら、左後ろを振り返りました。
そこには、いました、やはり、いました。野盗です。四、五人の野盗が、地形の作り出す暗い影の中から飛び出してきました。彼等は、水しぶきを派手に上げながら浅い川を渡ると、なにやら大きな声をあげながら、馬に乗って二人の後を追ってきました。
ドド、ドドドッ、ドド、ドドドウ・・・・・
「五人‥‥‥。まだ、いるっすね」 苑のつぶやきが、すぐ後ろに続く羽磋のところに流れて来ました。それは、緊張しているのか震えていましたが、とても冷静な声でした。
「ほほぅ、出た出たぁ! 出たけど遅いなぁお前ら。ほら、ゆっくり走ってやるから、追いついてみな、あ、でも追いついたとしても、お前らの弓じゃあたらんなぁ、ハハハハハ」
遊牧民族の男が誇りにするところの「弓の腕前」を馬鹿にしながら、言葉とは逆に、苑は更に馬の速度を上げました。
「ハイッハイッ」
ドゥ、ドドウッ、ドウ、ドドウッ!
「それっそれっ! ホーイホイッ」
ドゥ、ドドウンッ、ドウ、ドウウッ!
もう、大声をあげて野盗をあおる余裕は、苑にもありません。羽磋も、馬を操るのに必死です。視界は前方のわずかな部分に狭まり、周囲は風に吹き飛ばされたように、どんどんと後ろに消えていきました。
二人の前で、狭間はゆるやかに左に曲がっていましたが、彼らは少しも速度を落とすことなく、恐ろしい勢いで、そこを走り抜けました。あまりに勢いよく通り過ぎたので、もう少しで、右側の岩壁に身体をぶつけてしまうところでした。
「ええい、このうっ!!」
「クソガキども!!」
苑と羽磋の後ろで、無数の大きな怒鳴り声が、山肌から湧いて出てきました。それは、子供が聞けばたちまち泣き出してしまうような、強い怒りに満たされた罵声でした。
しかし、それを耳にした苑は、安心したかのように息を大きく吐き出して、自分の馬に速度を緩めるように合図を送りました。もちろん、羽磋もそれに合わせて速度を緩めました。ようやく、後ろを振り返る余裕ができた羽磋でしたが、自分たちの後ろを確認したとたん鞍の上で小さく飛び上がってしまいました。そこでは、苑が「引き出した」野盗たちが数十人の塊となって、怒りに満ちた目をギラギラとさせながら、こちらを睨んでいたのです。
ここは、祁連山脈がゴビの荒地に向って岩山という腕を長く伸ばしている場所で、その肩の部分を切断するように流れている川に沿って、交易路が形作られています。この後、交易路は祁連山脈を離れて、交易の中継地として栄える土光村へ向けて、ゴビの荒地の中を突っ切って行くことになるので、野盗が地形を利用して襲撃を行おうと考えると、ここが最適にして最後の地点なのでした。
羽磋たちを睨んでいる野盗は、この場所を縄張りとしている男達でした。
彼等のやり口は決まっていました。彼等のうち数人が、狭間の入口からしばらく行ったところの南側、山襞の陰の奥に馬と共に潜み、そこからさらに行った先の斜面の上に、さらに多くの徒歩の男たちが伏せます。そして、交易隊が狭間に入ったところで、馬を伴った野盗は息をひそめてやり過ごします。その全体が自分たちの縄張りに入ったところで、まず、潜伏場所から馬に乗って飛び出した男たちが後方から交易隊に矢を射かけ攪乱、警護の者の注意を引き付け、できれば狭間から外へ引き出します。最後に、手薄になった交易隊本隊を、徒歩の野盗が斜面を駆け下りて略奪するのです。これは、今までに、なんども成功していたやり口でした。
馬を走らせながら左右の壁を見上げると、北側の岩壁はほとんどまっすぐに立っていて、人が隠れることも、壁の上で待ち伏せをしてその壁を駆け下りてくることも難しそうでした。しかし、ごくごく浅い川を挟んで南側に立っている山襞は、非常に入り組んでいました。山襞の一部には傾斜が緩やかなところもあります。成程、これなら、人が隠れることは容易だと思えます。先ほど、オオノスリに矢が放たれたのも、狭間の入口から少し先の南側斜面からでした。
もうすぐ、その矢を射かけた何者かが潜んでいる場所です。しかし、苑は全く馬の速度を緩めようとはしません。それどころか、調子づいてきたように、馬上で大声を張り上げています。
「イイ、ヤッホウッ! ハイッハッ!」
「ヤッホウじゃないよ、まったく」 羽磋は、あきれながらも、苑のすぐ右斜め後ろを追走します。
「さぁさぁ、どうした、どうした。バカ者たちが。空を飛ぶ鳥一羽落とすこともできない下手くそたちが。あのヨロヨロした矢は、初めて見たぜ。手で投げた方が遠くまで飛ぶんじゃねぇのか。アハハハ、いや、あれが、あれが精一杯だなんて、アハハハ、そんな、お目えら、冗談だろう。アハハハハハ、ハハハハ‥‥‥」
苑は、大声で笑いながら、問題の場所を駆け抜けました。羽磋もその影のように付き従いながら、左後ろを振り返りました。
そこには、いました、やはり、いました。野盗です。四、五人の野盗が、地形の作り出す暗い影の中から飛び出してきました。彼等は、水しぶきを派手に上げながら浅い川を渡ると、なにやら大きな声をあげながら、馬に乗って二人の後を追ってきました。
ドド、ドドドッ、ドド、ドドドウ・・・・・
「五人‥‥‥。まだ、いるっすね」 苑のつぶやきが、すぐ後ろに続く羽磋のところに流れて来ました。それは、緊張しているのか震えていましたが、とても冷静な声でした。
「ほほぅ、出た出たぁ! 出たけど遅いなぁお前ら。ほら、ゆっくり走ってやるから、追いついてみな、あ、でも追いついたとしても、お前らの弓じゃあたらんなぁ、ハハハハハ」
遊牧民族の男が誇りにするところの「弓の腕前」を馬鹿にしながら、言葉とは逆に、苑は更に馬の速度を上げました。
「ハイッハイッ」
ドゥ、ドドウッ、ドウ、ドドウッ!
「それっそれっ! ホーイホイッ」
ドゥ、ドドウンッ、ドウ、ドウウッ!
もう、大声をあげて野盗をあおる余裕は、苑にもありません。羽磋も、馬を操るのに必死です。視界は前方のわずかな部分に狭まり、周囲は風に吹き飛ばされたように、どんどんと後ろに消えていきました。
二人の前で、狭間はゆるやかに左に曲がっていましたが、彼らは少しも速度を落とすことなく、恐ろしい勢いで、そこを走り抜けました。あまりに勢いよく通り過ぎたので、もう少しで、右側の岩壁に身体をぶつけてしまうところでした。
「ええい、このうっ!!」
「クソガキども!!」
苑と羽磋の後ろで、無数の大きな怒鳴り声が、山肌から湧いて出てきました。それは、子供が聞けばたちまち泣き出してしまうような、強い怒りに満たされた罵声でした。
しかし、それを耳にした苑は、安心したかのように息を大きく吐き出して、自分の馬に速度を緩めるように合図を送りました。もちろん、羽磋もそれに合わせて速度を緩めました。ようやく、後ろを振り返る余裕ができた羽磋でしたが、自分たちの後ろを確認したとたん鞍の上で小さく飛び上がってしまいました。そこでは、苑が「引き出した」野盗たちが数十人の塊となって、怒りに満ちた目をギラギラとさせながら、こちらを睨んでいたのです。
ここは、祁連山脈がゴビの荒地に向って岩山という腕を長く伸ばしている場所で、その肩の部分を切断するように流れている川に沿って、交易路が形作られています。この後、交易路は祁連山脈を離れて、交易の中継地として栄える土光村へ向けて、ゴビの荒地の中を突っ切って行くことになるので、野盗が地形を利用して襲撃を行おうと考えると、ここが最適にして最後の地点なのでした。
羽磋たちを睨んでいる野盗は、この場所を縄張りとしている男達でした。
彼等のやり口は決まっていました。彼等のうち数人が、狭間の入口からしばらく行ったところの南側、山襞の陰の奥に馬と共に潜み、そこからさらに行った先の斜面の上に、さらに多くの徒歩の男たちが伏せます。そして、交易隊が狭間に入ったところで、馬を伴った野盗は息をひそめてやり過ごします。その全体が自分たちの縄張りに入ったところで、まず、潜伏場所から馬に乗って飛び出した男たちが後方から交易隊に矢を射かけ攪乱、警護の者の注意を引き付け、できれば狭間から外へ引き出します。最後に、手薄になった交易隊本隊を、徒歩の野盗が斜面を駆け下りて略奪するのです。これは、今までに、なんども成功していたやり口でした。
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