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月の砂漠のかぐや姫 第49話
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二人が近づいていくにつれて、岩山はどんどんとその大きさを増していきました。遠くからだと屏風のように見えたその岩山は、あまり高さはないものの、長い手を北に向ってなだらかに伸ばしていました。川を挟んで、祁連山脈に連なる山と岩山が向き合った形になっていて、その間にはわずかながらゴビの荒地が広がっていました。ちょうど谷のように狭まったその空間は、川と共にずっと奥まで続いていて、その先には砂煙に霞む空も見えますから、行き止まりになっていることはなさそうでした。
二人はその狭間の入口で止まると、馬に息を入れさせてやりました。後ろを振り返ると、交易隊の人や駱駝がずいぶんと小さくなっていました。
「どうする、苑(えん)。この岩山を北に迂回するとなると、相当時間がかかりそうだよな。この狭間は行き止まりにはなっていないと思うけど、野盗が潜んでいるかどうかは、ここからじゃわからないし‥‥‥」
羽磋は、頭をぐるっと回して岩山の全景を眺め、狭間の奥の方や両側の壁を目を細めて観察しました。
狭間の北側は、ごつごつとした岩がいくつも飛び出した、切り立った面になっていました。そのほとんどの部分が平らな面で構成されているので、野盗が大人数で潜むことができるような陰はないようです。でも、面の高いところにある岩は見るからに不安定そうで、今にも下に転げ落ちてきそうでした。
南側の面は、山脈から続くゴビの赤土が複雑に入り組んで、襞のように波打った壁を形成していました。こちらには、狭間の外から見通すことのできない陰がいくつもあり、不安を抱えた目で見ると、その陰のいずれにも野盗が潜んでいるような気がしてくるのでした。
「やっぱり、外から見る分だけではわからないよな。あの南側の陰、人が隠れていたとしても全く分からないよ。かといって、突っ込んで調べるというわけにもいかないし」
交易隊に合流してから数日が立ちますが、その間、羽磋は自分の「客人」という立場に非常に戸惑っていました。たったの数日なのですが、交易隊という一つの生き物のように完成した社会の中に、自分だけが異物として存在するその居心地の悪さは、苦痛と言っても良いほどに、羽磋を苦しめていました。何事も輝夜姫、月の巫女に関連付けて考えることが習慣のようになっていた羽磋には、この自分が味わっている疎外感、苦痛を、輝夜姫はこれまでずっと感じてきて、だからこそ自分の居場所を探そうとあれほど頑張っていたのだと思うのでした。
そのような思いが羽磋の中にあったからこそ、交易隊の前に岩山が姿を現し、苑が偵察のために馬を走らせたときに、身の軽さが自慢の自分も何かの役に立つかもしれないと、馬に飛び乗ったのでした。でも、いざ、岩山の前、狭間の中が望める場所に辿り着いたものの、ここから先はどうすればいいのかわかりません。考えてみれば、大伴から短剣の使い方や弓の引き方は叩き込まれていたものの、羽磋には実際に戦いの場に出た経験はないのでした。
それでも、羽磋の長所の一つは、自分の分からないことについては、素直に人に聞くこと、あるいは、まかせることが出来る事でした。成人の価値を重視する月の民の事ですから、羽磋が苑に対して指示をすることにこだわったとしても、自然な場面ではあります。しかし、羽磋は、年下ではあっても、このような場面での経験が豊富であろう苑に、主導権を委ねることにしたのでした。
「そうすね。二人で違う角度から見て調べるとか、一気に走り抜けて調べるとか、いろいろやり方はあるんすけど。だけど、俺には、相棒がいてくれるので、そいつに頼っちゃいます」
苑は、年長の羽磋に頼られたのが嬉しいのか、得意げな表情を見せながら、指笛を鳴らしました。
ピー・・・・・・。
高く澄んだ音が、苑の口元から響きました。乾いた風に乗って、その音は狭間の中へ、ゴビの荒地へと広がっていきます。
甲高い音が岩山のごつごつした肌にぶつかって、狭間の中で震えていました。羽磋は、その指笛の音に対して狭間の中から何らかの反応があるものかと、目を凝らして待ちましたが、そこには何の反応も見られませんでした。
「なんだ、この音で何かがわかるわけではないのか」と少し落胆した羽磋の頭の上の方で、「ピーヨー」と鳥の鳴く声が聞こえてきました。
「来ました、俺の相棒っす」
苑は、にっこりと笑って、頭上を指さしました。
「え、相棒って、えっ、なんだ、あれか?」
苑が指で示す先には、一羽のオオノスリが、「ピーヨー、ピーエー」と自分の存在を主張しながら、ゆっくりと旋回をしていました。
「行け、空風。探せっ」
苑は、上空のオオノスリに呼び掛けると、再び指笛を鳴らしました。
ピー、ピー‥‥‥。ピッ、ピッ。
どうやら、苑は指笛の音で上空を飛ぶオオノスリに指示を送っているようで、苑の鳴らす指笛の音がオオノスリに届くたびに、オオノスリは何度も進路を変えるのでした。
「見てください、羽磋殿。俺の相棒、空風が、上からあの狭間に誰かが隠れていないかどうか調べてくれてるっす」
そうです、苑の指示に従って、オオノスリは何度も様々な方向から狭間の上を横切っていて、その様子は、地形が作り出す陰の中に何者かが隠れていないか、慎重に調べているかのようでした。
二人はその狭間の入口で止まると、馬に息を入れさせてやりました。後ろを振り返ると、交易隊の人や駱駝がずいぶんと小さくなっていました。
「どうする、苑(えん)。この岩山を北に迂回するとなると、相当時間がかかりそうだよな。この狭間は行き止まりにはなっていないと思うけど、野盗が潜んでいるかどうかは、ここからじゃわからないし‥‥‥」
羽磋は、頭をぐるっと回して岩山の全景を眺め、狭間の奥の方や両側の壁を目を細めて観察しました。
狭間の北側は、ごつごつとした岩がいくつも飛び出した、切り立った面になっていました。そのほとんどの部分が平らな面で構成されているので、野盗が大人数で潜むことができるような陰はないようです。でも、面の高いところにある岩は見るからに不安定そうで、今にも下に転げ落ちてきそうでした。
南側の面は、山脈から続くゴビの赤土が複雑に入り組んで、襞のように波打った壁を形成していました。こちらには、狭間の外から見通すことのできない陰がいくつもあり、不安を抱えた目で見ると、その陰のいずれにも野盗が潜んでいるような気がしてくるのでした。
「やっぱり、外から見る分だけではわからないよな。あの南側の陰、人が隠れていたとしても全く分からないよ。かといって、突っ込んで調べるというわけにもいかないし」
交易隊に合流してから数日が立ちますが、その間、羽磋は自分の「客人」という立場に非常に戸惑っていました。たったの数日なのですが、交易隊という一つの生き物のように完成した社会の中に、自分だけが異物として存在するその居心地の悪さは、苦痛と言っても良いほどに、羽磋を苦しめていました。何事も輝夜姫、月の巫女に関連付けて考えることが習慣のようになっていた羽磋には、この自分が味わっている疎外感、苦痛を、輝夜姫はこれまでずっと感じてきて、だからこそ自分の居場所を探そうとあれほど頑張っていたのだと思うのでした。
そのような思いが羽磋の中にあったからこそ、交易隊の前に岩山が姿を現し、苑が偵察のために馬を走らせたときに、身の軽さが自慢の自分も何かの役に立つかもしれないと、馬に飛び乗ったのでした。でも、いざ、岩山の前、狭間の中が望める場所に辿り着いたものの、ここから先はどうすればいいのかわかりません。考えてみれば、大伴から短剣の使い方や弓の引き方は叩き込まれていたものの、羽磋には実際に戦いの場に出た経験はないのでした。
それでも、羽磋の長所の一つは、自分の分からないことについては、素直に人に聞くこと、あるいは、まかせることが出来る事でした。成人の価値を重視する月の民の事ですから、羽磋が苑に対して指示をすることにこだわったとしても、自然な場面ではあります。しかし、羽磋は、年下ではあっても、このような場面での経験が豊富であろう苑に、主導権を委ねることにしたのでした。
「そうすね。二人で違う角度から見て調べるとか、一気に走り抜けて調べるとか、いろいろやり方はあるんすけど。だけど、俺には、相棒がいてくれるので、そいつに頼っちゃいます」
苑は、年長の羽磋に頼られたのが嬉しいのか、得意げな表情を見せながら、指笛を鳴らしました。
ピー・・・・・・。
高く澄んだ音が、苑の口元から響きました。乾いた風に乗って、その音は狭間の中へ、ゴビの荒地へと広がっていきます。
甲高い音が岩山のごつごつした肌にぶつかって、狭間の中で震えていました。羽磋は、その指笛の音に対して狭間の中から何らかの反応があるものかと、目を凝らして待ちましたが、そこには何の反応も見られませんでした。
「なんだ、この音で何かがわかるわけではないのか」と少し落胆した羽磋の頭の上の方で、「ピーヨー」と鳥の鳴く声が聞こえてきました。
「来ました、俺の相棒っす」
苑は、にっこりと笑って、頭上を指さしました。
「え、相棒って、えっ、なんだ、あれか?」
苑が指で示す先には、一羽のオオノスリが、「ピーヨー、ピーエー」と自分の存在を主張しながら、ゆっくりと旋回をしていました。
「行け、空風。探せっ」
苑は、上空のオオノスリに呼び掛けると、再び指笛を鳴らしました。
ピー、ピー‥‥‥。ピッ、ピッ。
どうやら、苑は指笛の音で上空を飛ぶオオノスリに指示を送っているようで、苑の鳴らす指笛の音がオオノスリに届くたびに、オオノスリは何度も進路を変えるのでした。
「見てください、羽磋殿。俺の相棒、空風が、上からあの狭間に誰かが隠れていないかどうか調べてくれてるっす」
そうです、苑の指示に従って、オオノスリは何度も様々な方向から狭間の上を横切っていて、その様子は、地形が作り出す陰の中に何者かが隠れていないか、慎重に調べているかのようでした。
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