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月の砂漠のかぐや姫 第45話
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「月に、還す‥‥‥」
羽磋は、大伴の言葉をただ繰り返しました。たくさんの情報が一度に与えられた羽磋の頭は、それを処理するのに手いっぱいになっていました。
月の巫女は精霊の力を貯める器のような存在。かつての弱竹姫がそうであったように、力を使えば、その代償として経験や記憶を失ってしまうし、最悪の場合、その存在自体が消えてしまう。それは、死して月に還るのではなく、完全に消えてしまうということ。竹は月の巫女としての力を発現した。それは、月の巫女の力に関心を持つ御門殿の興味を引くだろうと父上は言う。父上は俺を肸頓(きっとん)族へ出すと言った。そして、竹を月に還すのだとも言った・・・・・・。
「父上、どうして竹なのですか。月の巫女とは何なのですか。竹は本当に消えてしまうのですか。俺は肸頓族へ行って何をすればいいのでしょうか。それに、竹を月に還すなんて、一体、どういうことなのでしょうか」
羽磋の頭の中で情報が整理され始めた途端に、その中から次々と疑問が泡のように湧きあがってきました。判らないことだらけです。具体的に何をどうすればいいのか、羽磋には、まるで見当がつかないのでした。
「ああ、お前もそう問うのか。俺も、かつてそのように阿部殿に喰ってかかったものだ。月の巫女については、阿部殿が御門殿と一緒に詳しく調べていたのでな。では、その時に阿部殿から言われたとおりに、お前に答えるとしよう」
大伴は、懐かしい思い出の中から、その言葉を取り出しました。そして、彼らが乗ってきた馬を指さして、羽磋に問いかけました。
「羽磋、あれを見ろ。あれは何だ」
「あれは、もちろん馬です、父上」
「そうだ、馬だ。羊でも、駱駝でもない。我々は奴らがなぜ馬なのか、なぜ羊や駱駝ではないのか、その答えを持っていない。だが、それでもいいのだ、奴らが馬であり、我らが馬を御する術を知っていれば、それでいいのだ。いいか、月の巫女についても同じことだ。御門殿はもっと深いところにまで関心をお持ちのようだが、我らにしてみれば、月の巫女と言う存在がそこにあり、それが弱竹姫であり竹姫であることが判っていれば、そこに理由や意味を求めることなどは不要なのだ。我々に必要なのは、それを目的どうりに御する術だ。そして、我らにとって月の巫女を目的どうりに御する術ということは、月の巫女がただ器として利用される存在ではなく、我らと同じように人生を全うし、最後には月に還る存在であるための術ということなのだ」
「俺たちと同じように人生を全うできる存在になって欲しい‥‥‥、それは、俺だってそう思います。竹が、月に還ることが出来ずに消えてなくなってしまうなど、考えたくもありません。それでは、月で再び出会うことも、叶わないではないですか。しかし、それには、どうすればいいのでしょうか。どうすれば、竹が消えてしまわないように出来るのでしょうか」
羽磋は性急に大伴に答えを求めました。実は、大伴もかつて、全く同じように阿部に答えを要求していたのでした。大伴は、その時に阿部から得た答えを、そのまま羽磋に返しました。
「それはわからん」
「わからないって、父上」
羽磋は、驚きました。大伴ならば、何らかの指針を持っていて、それに基づいて羽磋に指示を与えてくれると、考えていたのです。少なくとも、遊牧に関しては、これまで大伴が知らないことなど何一つ無く、すべて大伴の指示に従っていれば安心だったのですから。
「俺も、阿部殿にそう言ったなぁ。『わからないって、阿部殿』と。ああ、残念だが、俺には判らないというのが、正直なところなのだ。もっとも、阿部殿は違うはずだ。阿部殿は非常に聡明な方だし、肸頓族は交易を通じて様々な情報を仕入れることが出来る。そうだ、阿部殿は、あれからずっと、月の巫女を月に還す方法を探ってくれているのだ。だからだ、羽磋。お前は、自分が見聞きしたことを、肸頓族へ行って、阿部殿へ伝えてくれ。そして、それから後のことは、自分で決めるのだ」
「自分で決める、のですか」
「ああ、お前は、もう一人前の男だ。俺と阿部殿は竹姫を月に還す。それは、弱竹姫と約束したことだ。だが、お前は、自分で自分の行動を決めるがいい。しっかりと、よく考えてな」
月の民においては、成人の意味は非常に大きく、父の指示に従って動いていた責任のない子供時代とは、全く異なる自由と責任が与えられます。名前を与えられて成人を認められた羽磋は、大伴と言う存在の下で指示を受け、同時に守られてもいた子供時代を卒業したということでもあったのでした。そして、早くも、自分の行動は自分で責任をもって決めることのできる一人前の男として、大伴から扱われているのでした。
「お前を肸頓族へ出すことについては、族長の許可を得ている。お前には、俺の息子の証として、これを渡しておこう。阿部殿には、これを見せれば、話が通じるはずだ」
大伴は、自分の左腰に差していた短剣を引き抜くと、羽磋に差し出しました。その短剣の鞘には「大伴」の名が彫り付けられていました。文字で記録を残す習慣のない月の民でしたが、それぞれの名を書いたり彫ったりすることで、一種の証明を行っていました。これは、「大伴」と彫られたこの短剣を示すことにより、羽磋が大伴の息子であることを証明できるようにとの、大伴の配慮なのでした。
羽磋は、大伴の言葉をただ繰り返しました。たくさんの情報が一度に与えられた羽磋の頭は、それを処理するのに手いっぱいになっていました。
月の巫女は精霊の力を貯める器のような存在。かつての弱竹姫がそうであったように、力を使えば、その代償として経験や記憶を失ってしまうし、最悪の場合、その存在自体が消えてしまう。それは、死して月に還るのではなく、完全に消えてしまうということ。竹は月の巫女としての力を発現した。それは、月の巫女の力に関心を持つ御門殿の興味を引くだろうと父上は言う。父上は俺を肸頓(きっとん)族へ出すと言った。そして、竹を月に還すのだとも言った・・・・・・。
「父上、どうして竹なのですか。月の巫女とは何なのですか。竹は本当に消えてしまうのですか。俺は肸頓族へ行って何をすればいいのでしょうか。それに、竹を月に還すなんて、一体、どういうことなのでしょうか」
羽磋の頭の中で情報が整理され始めた途端に、その中から次々と疑問が泡のように湧きあがってきました。判らないことだらけです。具体的に何をどうすればいいのか、羽磋には、まるで見当がつかないのでした。
「ああ、お前もそう問うのか。俺も、かつてそのように阿部殿に喰ってかかったものだ。月の巫女については、阿部殿が御門殿と一緒に詳しく調べていたのでな。では、その時に阿部殿から言われたとおりに、お前に答えるとしよう」
大伴は、懐かしい思い出の中から、その言葉を取り出しました。そして、彼らが乗ってきた馬を指さして、羽磋に問いかけました。
「羽磋、あれを見ろ。あれは何だ」
「あれは、もちろん馬です、父上」
「そうだ、馬だ。羊でも、駱駝でもない。我々は奴らがなぜ馬なのか、なぜ羊や駱駝ではないのか、その答えを持っていない。だが、それでもいいのだ、奴らが馬であり、我らが馬を御する術を知っていれば、それでいいのだ。いいか、月の巫女についても同じことだ。御門殿はもっと深いところにまで関心をお持ちのようだが、我らにしてみれば、月の巫女と言う存在がそこにあり、それが弱竹姫であり竹姫であることが判っていれば、そこに理由や意味を求めることなどは不要なのだ。我々に必要なのは、それを目的どうりに御する術だ。そして、我らにとって月の巫女を目的どうりに御する術ということは、月の巫女がただ器として利用される存在ではなく、我らと同じように人生を全うし、最後には月に還る存在であるための術ということなのだ」
「俺たちと同じように人生を全うできる存在になって欲しい‥‥‥、それは、俺だってそう思います。竹が、月に還ることが出来ずに消えてなくなってしまうなど、考えたくもありません。それでは、月で再び出会うことも、叶わないではないですか。しかし、それには、どうすればいいのでしょうか。どうすれば、竹が消えてしまわないように出来るのでしょうか」
羽磋は性急に大伴に答えを求めました。実は、大伴もかつて、全く同じように阿部に答えを要求していたのでした。大伴は、その時に阿部から得た答えを、そのまま羽磋に返しました。
「それはわからん」
「わからないって、父上」
羽磋は、驚きました。大伴ならば、何らかの指針を持っていて、それに基づいて羽磋に指示を与えてくれると、考えていたのです。少なくとも、遊牧に関しては、これまで大伴が知らないことなど何一つ無く、すべて大伴の指示に従っていれば安心だったのですから。
「俺も、阿部殿にそう言ったなぁ。『わからないって、阿部殿』と。ああ、残念だが、俺には判らないというのが、正直なところなのだ。もっとも、阿部殿は違うはずだ。阿部殿は非常に聡明な方だし、肸頓族は交易を通じて様々な情報を仕入れることが出来る。そうだ、阿部殿は、あれからずっと、月の巫女を月に還す方法を探ってくれているのだ。だからだ、羽磋。お前は、自分が見聞きしたことを、肸頓族へ行って、阿部殿へ伝えてくれ。そして、それから後のことは、自分で決めるのだ」
「自分で決める、のですか」
「ああ、お前は、もう一人前の男だ。俺と阿部殿は竹姫を月に還す。それは、弱竹姫と約束したことだ。だが、お前は、自分で自分の行動を決めるがいい。しっかりと、よく考えてな」
月の民においては、成人の意味は非常に大きく、父の指示に従って動いていた責任のない子供時代とは、全く異なる自由と責任が与えられます。名前を与えられて成人を認められた羽磋は、大伴と言う存在の下で指示を受け、同時に守られてもいた子供時代を卒業したということでもあったのでした。そして、早くも、自分の行動は自分で責任をもって決めることのできる一人前の男として、大伴から扱われているのでした。
「お前を肸頓族へ出すことについては、族長の許可を得ている。お前には、俺の息子の証として、これを渡しておこう。阿部殿には、これを見せれば、話が通じるはずだ」
大伴は、自分の左腰に差していた短剣を引き抜くと、羽磋に差し出しました。その短剣の鞘には「大伴」の名が彫り付けられていました。文字で記録を残す習慣のない月の民でしたが、それぞれの名を書いたり彫ったりすることで、一種の証明を行っていました。これは、「大伴」と彫られたこの短剣を示すことにより、羽磋が大伴の息子であることを証明できるようにとの、大伴の配慮なのでした。
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