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月の砂漠のかぐや姫 第42話
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「俺が、バダインジャラン砂漠でお前たちを見つけたときに、竹姫の右手にそれが添えられていたのだ。どうして、そのようなことが行われていたのか不思議でならなかったのだが、今日お前の話を聞いて初めて分かったよ。竹姫が右手を痛めたので、短剣を添え木の代わりにしたと、お前は言ったな」
「ええ、その通りです。竹が、多分骨を折ったのだと思うのですが、ひどく右手を痛めたので、せめて俺にできることはと考えたのです」
「ああ、よくわかるさ。良い判断だと思う。だがな、おれが見つけたとき、竹姫は全く怪我などしていなかったぞ」
「ええっ、そうなのですかっ」
手の中に自分の短剣の重みを感じると、あの砂嵐の中で、輝夜姫、そうです、竹姫ではなく輝夜姫のひどく腫れあがった右手に、この短剣を頭布で巻きつけたことが思い出されます。あのとき、確かに輝夜姫は右手を痛めていたはずです。でも、大伴が二人を発見した時には、竹姫は怪我などしていなかったと言うのです。
どういうことなのでしょうか。羽磋の頭の中で、今日なんどか感じていた違和感が、また、ちかちかと点滅を始めるのでした。何なのでしょう。何がおかしいのでしょうか。
「ああ、そうかっ」
そうだ、そうだったのです。羽磋は、自分が何に引っかかっていたのか、ようやく気付くことが出来ました。
確かに、今日竹姫に会ったときに、彼女は全く右腕をかばうそぶりを見せていませんでした。それどころか、両手で重い水瓶を持ち運びしていたのではないでしょうか。右手に痛みを感じていたのであれば、とてもそのようなことはできないのではないでしょうか。はっきりと、「何故だか右手の怪我が治っている」と認識するまでには至らなかったものの、羽磋の頭の一部分は、そのことに対して「違和感」を覚えていたのです。
ようやく自分が持っていた違和感の理由が解明できた羽磋の視線は、改めて大伴の顔に向けられました。もちろん、これまでもそれは真剣なものだったのですが、自分が不思議な出来事の当事者になっていることを実感した今では、その視線は大伴の顔を突き刺すように尖っていました。
「砂漠で竹が怪我をしていたことは間違いありません、俺がこの手で添え木として短剣を巻きつけたのですから。しかし、今は、その傷は癒えています。父上が、おっしゃる通りです。とはいっても、あれは、そんな短い期間で完治するような怪我ではありませんでした。いったい、何が起きているのでしょうか」
「それが器の力、ということなのだ」
「お前の当惑する気持ちはよくわかるぞ」とでもいうように、羽磋の鋭い視線を正面から受け止めて、大伴は答えました。
「弱竹姫の時も同じようなことがあった。月の巫女の力に詳しいものによると、このように考えられるらしい。月の巫女とは器だ。そして、その中に蓄えられた精霊の力により不思議な奇跡を起こすことが出来る。しかし、その時には、蓄えた力を解き放ってしまうのと同時に、その表面に影として存在していた人間としての記憶や経験も消えてしまう、つまりは、積み重ねた記憶や経験は無かったことになり、あたかも昔に戻ったようになってしまう。その最たるものが、そもそも生まれ出なかったものとして消えてしまう、ということなのだ」
「昔に戻ったようになってしまう‥‥‥。それは、怪我をする前に戻ったんだ、ということですか」
「ああ、そして、俺はお前たちを助け出したときに見たのだ、月の巫女の力が発現した跡を。お前たちが倒れていた周囲には、砂嵐が運んできた砂がうずたかく積み重なっていたのだが、まるで大きな手で砂の侵入を遮っていたかのように、お前たちの周りにだけは全く砂が入り込んでいなかった。あんなに、一片が切り立った砂丘を俺は見たことがない。あれは、まさしく、月の巫女の力により、竹姫がお前たちを砂嵐や竜巻から守った、その跡なのだと思う」
成程、そう考えれば、その「器」という考え方を受け入れれば、竹姫の身体に起こった不思議な出来事も、羽磋には判るような気がしました。バダインジャラン砂漠で二人を襲ったハブブや竜巻から逃れるため、竹姫が歌っていたあの唄が、あるいはその力の発現につながるものであったのかも知れません。二人の身を守るための力の行使の代償として、竹姫は器の中に蓄えた精霊の力と、自らの記憶や経験の一部を失った。そして、過去に身体が戻ったことから、あの右腕の怪我もなかったことになった・・・・・・。
大伴が盗み聞きされることを恐れ、極度に周囲を警戒していたのは、話がこの「月の巫女の秘密」に及ぶからなのでしょう。しかし、話が月の巫女の秘密に差し掛かったころから、羽磋はもう周囲に目を配る余裕がまったくなくなっていました。大伴の話があまりにも自分の想像を超えていたことに加え、それが自分たちに密接に関係するものであることから、それを頭の中で整理するだけで精一杯になってしまったのでした。さらに、大伴が短剣を取りに愛馬の元に戻ったころから、二人は背中合わせでなくお互いの顔を見て話をするようになっていましたが、大伴も羽磋も、そのことに気付かないほど、自分たちの話の中に入り込んでいたのでした。
「ええ、その通りです。竹が、多分骨を折ったのだと思うのですが、ひどく右手を痛めたので、せめて俺にできることはと考えたのです」
「ああ、よくわかるさ。良い判断だと思う。だがな、おれが見つけたとき、竹姫は全く怪我などしていなかったぞ」
「ええっ、そうなのですかっ」
手の中に自分の短剣の重みを感じると、あの砂嵐の中で、輝夜姫、そうです、竹姫ではなく輝夜姫のひどく腫れあがった右手に、この短剣を頭布で巻きつけたことが思い出されます。あのとき、確かに輝夜姫は右手を痛めていたはずです。でも、大伴が二人を発見した時には、竹姫は怪我などしていなかったと言うのです。
どういうことなのでしょうか。羽磋の頭の中で、今日なんどか感じていた違和感が、また、ちかちかと点滅を始めるのでした。何なのでしょう。何がおかしいのでしょうか。
「ああ、そうかっ」
そうだ、そうだったのです。羽磋は、自分が何に引っかかっていたのか、ようやく気付くことが出来ました。
確かに、今日竹姫に会ったときに、彼女は全く右腕をかばうそぶりを見せていませんでした。それどころか、両手で重い水瓶を持ち運びしていたのではないでしょうか。右手に痛みを感じていたのであれば、とてもそのようなことはできないのではないでしょうか。はっきりと、「何故だか右手の怪我が治っている」と認識するまでには至らなかったものの、羽磋の頭の一部分は、そのことに対して「違和感」を覚えていたのです。
ようやく自分が持っていた違和感の理由が解明できた羽磋の視線は、改めて大伴の顔に向けられました。もちろん、これまでもそれは真剣なものだったのですが、自分が不思議な出来事の当事者になっていることを実感した今では、その視線は大伴の顔を突き刺すように尖っていました。
「砂漠で竹が怪我をしていたことは間違いありません、俺がこの手で添え木として短剣を巻きつけたのですから。しかし、今は、その傷は癒えています。父上が、おっしゃる通りです。とはいっても、あれは、そんな短い期間で完治するような怪我ではありませんでした。いったい、何が起きているのでしょうか」
「それが器の力、ということなのだ」
「お前の当惑する気持ちはよくわかるぞ」とでもいうように、羽磋の鋭い視線を正面から受け止めて、大伴は答えました。
「弱竹姫の時も同じようなことがあった。月の巫女の力に詳しいものによると、このように考えられるらしい。月の巫女とは器だ。そして、その中に蓄えられた精霊の力により不思議な奇跡を起こすことが出来る。しかし、その時には、蓄えた力を解き放ってしまうのと同時に、その表面に影として存在していた人間としての記憶や経験も消えてしまう、つまりは、積み重ねた記憶や経験は無かったことになり、あたかも昔に戻ったようになってしまう。その最たるものが、そもそも生まれ出なかったものとして消えてしまう、ということなのだ」
「昔に戻ったようになってしまう‥‥‥。それは、怪我をする前に戻ったんだ、ということですか」
「ああ、そして、俺はお前たちを助け出したときに見たのだ、月の巫女の力が発現した跡を。お前たちが倒れていた周囲には、砂嵐が運んできた砂がうずたかく積み重なっていたのだが、まるで大きな手で砂の侵入を遮っていたかのように、お前たちの周りにだけは全く砂が入り込んでいなかった。あんなに、一片が切り立った砂丘を俺は見たことがない。あれは、まさしく、月の巫女の力により、竹姫がお前たちを砂嵐や竜巻から守った、その跡なのだと思う」
成程、そう考えれば、その「器」という考え方を受け入れれば、竹姫の身体に起こった不思議な出来事も、羽磋には判るような気がしました。バダインジャラン砂漠で二人を襲ったハブブや竜巻から逃れるため、竹姫が歌っていたあの唄が、あるいはその力の発現につながるものであったのかも知れません。二人の身を守るための力の行使の代償として、竹姫は器の中に蓄えた精霊の力と、自らの記憶や経験の一部を失った。そして、過去に身体が戻ったことから、あの右腕の怪我もなかったことになった・・・・・・。
大伴が盗み聞きされることを恐れ、極度に周囲を警戒していたのは、話がこの「月の巫女の秘密」に及ぶからなのでしょう。しかし、話が月の巫女の秘密に差し掛かったころから、羽磋はもう周囲に目を配る余裕がまったくなくなっていました。大伴の話があまりにも自分の想像を超えていたことに加え、それが自分たちに密接に関係するものであることから、それを頭の中で整理するだけで精一杯になってしまったのでした。さらに、大伴が短剣を取りに愛馬の元に戻ったころから、二人は背中合わせでなくお互いの顔を見て話をするようになっていましたが、大伴も羽磋も、そのことに気付かないほど、自分たちの話の中に入り込んでいたのでした。
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