月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
36 / 345

月の砂漠のかぐや姫 第35話

しおりを挟む
「それで、話というのはだな」
 大伴は、羽に話しかけながら、高台の縁の方へ歩いていきました。そして縁に近づくにつれて、遠くから見られることを恐れているかのように、身を低くしていきました。
「まず、あれを見てくれ。ちょうどうまいこと、動いてくれているぞ」
 大伴が、同じように身を低くして側へやってきた羽に、遠くに見える自分たちの宿営地の方を指で示しました。彼等の優れた視力でも、宿営地の細かな動きまでは見通せませんが、そこに日頃は見かけない色の狼煙が上がっているのが確認できました。狼煙は少し前に上げられたもののようで、全体の輪郭がおぼろげになって消えかかっていました。
 狼煙は、ゴビや草地で遊牧生活を行う彼らが、頻繁に使用する連絡手段です。野外で家畜を追っている仲間への集合の合図などの日常的なものから、敵に襲われた場合の緊急連絡のものまで、色や煙の長短などで区別して、様々な合図や情報を送ります。しかし、いま上がっている狼煙は、羽が知らないものでした。
「ああ、お前が知らないのも無理はない。あれは、至篤が個人的に使用している狼煙だ」
「至篤姫が、ですか」
 大伴は、自分の知らない狼煙の意味について尋ねようとする羽に、先回りして答えました。個人的に使用する狼煙というものも、確かに存在はします。しかし、狼煙は合図であり言葉でもありますから、共通の理解を持つ狼煙を上げる側と見る側が存在しなければ、意味がありません。例えば、そう、恋人同士で愛の言葉を送りあう場合などです。羽が、思いついたのも「至篤姫が誰か想い人に対して上げた狼煙なのかな」というものでした。
 大伴と羽が見つめる中で、宿営地から一人の男が馬に乗って走り去っていきました。遠目ですのではっきりとはわかりませんでしたが、宿営地から彼を見送ったのは、確かに至篤のように見えました。
「至篤姫の想い人への合図だったのでしょうか。会いに来てほしい、とか」
 羽は、不思議そうに尋ねました。どうして大伴は、このようなものをわざわざ自分に見せるのだろうと思ったからでした。
「うーん、そうだなぁ」
 大伴は、頭をかきながら、高台の中央へ戻りました。大伴は、羽に対して聴きたいことがたくさんありましたし、話さなければならない大事なこともたくさんありました。でも、あまりにもたくさんありすぎて、何から話せばいいのか、そのとっかかりがうまく見つからないのでした。
「あぁ、もうわからん。そもそも、俺は考えるのは得意ではないんだ」
 大伴は、後ろをついてきている羽に対して、向き直りました。その表情は、真剣ではあるものの、どこか決めきれずに迷いが残っているようにも見えました。
 大伴が冷静沈着に遊牧隊の指揮を執っている姿をいつも見慣れている羽にとっては、そのように大伴が判断に迷うということ自体が不思議なことに思えました。
 ただ、それはもちろん、まだ成人していない羽には、大伴がそのような姿を見せないように意識していただけなのでしょう。遊牧隊を率いる中で、悩んだりすることがないわけはないのですから。そして、大伴がこのような姿を羽に見せてもいいと思うようになったということは、そうです、それは、父と子ではなく、男と男として付き合うことができる存在として、羽のことを認めたということなのでした。
「羽よ、まずは、このことを伝えておこう」
「はい、父上」
 大伴は口調をしっかりとしたものに改めました。しかし、その眼差しはとても優しいものでした。
「日頃から、お前は大人に交じって十分に働いてくれている。確かに、成人するには年若いとはいえるが、もうお前には責任を果たすだけの十分な力が備わっている。俺は、先ほどまで、長のところに行っていたのだ。そして、お前の成人を認める許しを得てきた」
「ええっ、本当ですか、父上。この間など、俺は駱駝を逃がす失敗をしてしまいましたが」
 羽は、予想外の大伴の言葉にひどく驚きました。大人扱いをされているとはいえ、一般的に成人の年齢は14,15歳です。自分が成人になるのは、どれだけ早くても13歳になる来年のことだと思っていたのですから。
「ああ。それについても、お前はうまく対処してくれた。お前の能力については俺は何も心配はしていないし、長も成人として十分やっていけるとおっしゃっていたぞ。俺は、お前のことを誇りに思う」
 大伴は、慌てている羽を優しく見守りながら、言葉を続けました。
「そして羽よ、しきたりにのっとり、父からお前に名を贈る。お前はこれから羽磋(うさ)と名乗るが良い。羽とは、羽のごときお前の身の軽さを表す。そして磋とは、磨く、極めるを意味する。これから、自らを磨いて良い男となれ、良いな」
 羽は、大伴の顔を正面から見つめました。そして、大きな声で礼を述べ深々と頭を下げました。
「ありがとうございますっ。俺は、これから羽磋と名乗ります」
 大伴は目を細めながら、羽磋の肩を叩きました。その肩は細やかに震えていました。その羽磋に大伴が掛ける声は、父親が子に贈る愛情に満ちた優しいものでした。
「おいおい、あまり大きな声は出すな。大丈夫、お前ならしっかりやれるさ。俺はそう見込んでいるぞ」
「はいっ、しっかりやります」
「それで、だ」
 急に大伴の声は、鋭く小さなものに変わりました。
「羽磋、ここからの話は人には聞かれたくない。背中を預ける。しっかり警戒してくれ」
「わ、わかりました」
 大伴と羽磋は、背中合わせになり、自分たちの周囲の全てに目を配ることができるようにしました。また、そもそも二人がこの高台の中央にいるのも、何者かが物陰に隠れて盗み聞ぎすることを恐れて、大伴が見通しのきく場所を選んでいるからなのでした。これから大伴がする話は、よほど、誰にも聞かれたくない話のようでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...