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月の砂漠のかぐや姫 第27話
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見当をつけた方へ向かって砂漠を進む大伴ですが、こちらの方も、ハブブの影響で地形が全く見覚えのない様子に変容していました。二人が砂丘の影にでもいたら気が付かずに通り過ぎてしまうかもしれません。大伴は一度駱駝の足を止めて、目を凝らして慎重に辺りの様子を窺いました。その時、ある異様なものに気が付いたのです。
「なんだ、あれは。砂漠に壁、だと」
それは、明らかに自然の法則に反したものでした。
そこには砂丘がありました。しかし、その砂丘の半分は自然な形に盛り上がっているものの、その反対側は、まるで、大きな丸い筒で切り取ったかのように、斜面の一部が欠けていました。その異様さは、上空の月星たちにはよくわかったかもしれません。ハブブで運ばれた砂が、何者かが作った丸い壁に阻まれてその部分にだけ到達することができず、砂丘の一部分に丸い穴が開いているようになっているのです。
大伴は、その異様な姿をさらしている砂丘へ駱駝を急がせました。自然にこのようなことが起こることなどありえません。原因は一つしか考えられませんでした。駱駝の手綱を握る大伴の手は震え、夜の冷たい空気の中で、その背には汗が流れていました。
ようやくたどり着いた砂丘のえぐれた場所、ハブブの影響を免れたその箇所で大伴が見たものは、二頭の膝をつかせた駱駝、そして、その間で身を重なり合わせたまま倒れている、竹姫と羽の姿でした。
大伴は騎乗していた駱駝から飛び降りると、砂を蹴り飛ばしながら、二人の元ヘ走りました。来訪者に関心を向けてしきりに鼻面を押し寄せてくる二頭の駱駝を押しのけて、大伴は竹姫と羽を抱きかかえました。二人に何事があったのでしょうか。まさか、最悪の事態でも‥‥‥、いや、二人は、静かに呼吸をしていました。ただし、大伴が抱え起こしても、ぐったりとして何の反応も見せないほど、完全に意識を失っている様子でした。
「あまり心配させるなよ、羽、竹姫」
二人がゆっくりと呼吸を繰り返していることを確認出来て、大伴は大きく安堵の息を漏らしました。駱駝の背の上から二人の姿を見たときには、少しも動かないその様子に、反射的に最悪の事態すら考えてしまったのですから。
改めて、大伴が二人の様子を確認すると、二人とも砂を頭からかぶったかのように全身が砂だらけですが、あのハブブに巻き込まれていたのですから、これには何の不思議もありません。見たところ、羽には大きな怪我はないようです。また、竹姫にも幸いなことに大きな怪我はないように見えましたが、奇妙なことに、その右腕には、まるで骨折したときの添え木のように、羽の短剣が彼の頭布で巻き付けられていました。
宿営地に連れ帰るために、大伴がぐったりとした二人の身体を荷物のように駱駝の背に乗せたときでも、二人は意識を取り戻しませんでした。あたかも、深い眠りについているかのように、規則正しい呼吸を繰り返すだけです。
遊牧経験が豊富な大伴は、砂漠でもたくさんの時間を過ごしていました。中には、今回よりも大きなハブブに巻き込まれたこともあります。しかし、そのような彼であっても、二人に何が起こったのか見当もつきませんでした。もし、ハブブをうまくやり過ごすことができたのならば、このように二人が意識を失うことはないでしょう。また、考えたくはないことですが、もし竜巻に巻き込まれてしまったのだとしたら、二人の身体がこのように何の怪我もしていないのは不自然ですし、すぐそばで、彼らの駱駝がのんびりと座っている事の説明もつきません。皆、竜巻に巻き込まれて少なくとも大怪我は負っているでしょうから。
そして、何よりも不思議なのは、砂丘の一部を切り取ったかのような周囲の様子でした。その切り口は鋭角で、ほとんど垂直な砂の壁が二人の周りを取り囲んでいたのです。
手早く帰還の準備を整えた大伴は、自分の周りの奇妙な様子、砂漠の砂ではありえない、透明な壁で砂を支えているかのような、切り立った壁の一部に手を触れました。その砂の壁は、大伴が触れると手のひらの下で簡単に崩れ、足元に砂粒が広がりました。やがて、この奇妙な様子は、風がなだらかに均してしまうのでしょう。でも、今この場に立っている大伴には判りました。これは、明らかに、意図して作られたものだと。そして、その意図とは、この場の中心にいた竹姫や羽をハブブから守るということ、だと。何者かが、彼らを守るために壁でもこしらえて風砂を遮った結果、このような奇妙な砂丘が形作られたのだろう、と。
何者かが? いったい誰がそのようなことを成し得るのでしょうか。それは大伴には判りませんでした。
ただ、大伴には、思い当たることがありました。それは、烏達(うだ)渓谷での弱竹姫との記憶でした。あの烏達渓谷での出来事を、大伴は今でも鮮明に覚えています。あの時、弱竹姫はその力によって、自然の運行に干渉したのではなかったのでしょうか。
「やはり、月の巫女、ということですか」
大伴は、竹姫を見やりながら、ぽつりとつぶやきました。烏達渓谷での記憶、それは大伴にとってとても大事な記憶であり、それと同時に、痛みを伴うとてもつらい記憶でした。竹姫を見つめる大伴の表情は、とても淋しそうなものでした。
「なんだ、あれは。砂漠に壁、だと」
それは、明らかに自然の法則に反したものでした。
そこには砂丘がありました。しかし、その砂丘の半分は自然な形に盛り上がっているものの、その反対側は、まるで、大きな丸い筒で切り取ったかのように、斜面の一部が欠けていました。その異様さは、上空の月星たちにはよくわかったかもしれません。ハブブで運ばれた砂が、何者かが作った丸い壁に阻まれてその部分にだけ到達することができず、砂丘の一部分に丸い穴が開いているようになっているのです。
大伴は、その異様な姿をさらしている砂丘へ駱駝を急がせました。自然にこのようなことが起こることなどありえません。原因は一つしか考えられませんでした。駱駝の手綱を握る大伴の手は震え、夜の冷たい空気の中で、その背には汗が流れていました。
ようやくたどり着いた砂丘のえぐれた場所、ハブブの影響を免れたその箇所で大伴が見たものは、二頭の膝をつかせた駱駝、そして、その間で身を重なり合わせたまま倒れている、竹姫と羽の姿でした。
大伴は騎乗していた駱駝から飛び降りると、砂を蹴り飛ばしながら、二人の元ヘ走りました。来訪者に関心を向けてしきりに鼻面を押し寄せてくる二頭の駱駝を押しのけて、大伴は竹姫と羽を抱きかかえました。二人に何事があったのでしょうか。まさか、最悪の事態でも‥‥‥、いや、二人は、静かに呼吸をしていました。ただし、大伴が抱え起こしても、ぐったりとして何の反応も見せないほど、完全に意識を失っている様子でした。
「あまり心配させるなよ、羽、竹姫」
二人がゆっくりと呼吸を繰り返していることを確認出来て、大伴は大きく安堵の息を漏らしました。駱駝の背の上から二人の姿を見たときには、少しも動かないその様子に、反射的に最悪の事態すら考えてしまったのですから。
改めて、大伴が二人の様子を確認すると、二人とも砂を頭からかぶったかのように全身が砂だらけですが、あのハブブに巻き込まれていたのですから、これには何の不思議もありません。見たところ、羽には大きな怪我はないようです。また、竹姫にも幸いなことに大きな怪我はないように見えましたが、奇妙なことに、その右腕には、まるで骨折したときの添え木のように、羽の短剣が彼の頭布で巻き付けられていました。
宿営地に連れ帰るために、大伴がぐったりとした二人の身体を荷物のように駱駝の背に乗せたときでも、二人は意識を取り戻しませんでした。あたかも、深い眠りについているかのように、規則正しい呼吸を繰り返すだけです。
遊牧経験が豊富な大伴は、砂漠でもたくさんの時間を過ごしていました。中には、今回よりも大きなハブブに巻き込まれたこともあります。しかし、そのような彼であっても、二人に何が起こったのか見当もつきませんでした。もし、ハブブをうまくやり過ごすことができたのならば、このように二人が意識を失うことはないでしょう。また、考えたくはないことですが、もし竜巻に巻き込まれてしまったのだとしたら、二人の身体がこのように何の怪我もしていないのは不自然ですし、すぐそばで、彼らの駱駝がのんびりと座っている事の説明もつきません。皆、竜巻に巻き込まれて少なくとも大怪我は負っているでしょうから。
そして、何よりも不思議なのは、砂丘の一部を切り取ったかのような周囲の様子でした。その切り口は鋭角で、ほとんど垂直な砂の壁が二人の周りを取り囲んでいたのです。
手早く帰還の準備を整えた大伴は、自分の周りの奇妙な様子、砂漠の砂ではありえない、透明な壁で砂を支えているかのような、切り立った壁の一部に手を触れました。その砂の壁は、大伴が触れると手のひらの下で簡単に崩れ、足元に砂粒が広がりました。やがて、この奇妙な様子は、風がなだらかに均してしまうのでしょう。でも、今この場に立っている大伴には判りました。これは、明らかに、意図して作られたものだと。そして、その意図とは、この場の中心にいた竹姫や羽をハブブから守るということ、だと。何者かが、彼らを守るために壁でもこしらえて風砂を遮った結果、このような奇妙な砂丘が形作られたのだろう、と。
何者かが? いったい誰がそのようなことを成し得るのでしょうか。それは大伴には判りませんでした。
ただ、大伴には、思い当たることがありました。それは、烏達(うだ)渓谷での弱竹姫との記憶でした。あの烏達渓谷での出来事を、大伴は今でも鮮明に覚えています。あの時、弱竹姫はその力によって、自然の運行に干渉したのではなかったのでしょうか。
「やはり、月の巫女、ということですか」
大伴は、竹姫を見やりながら、ぽつりとつぶやきました。烏達渓谷での記憶、それは大伴にとってとても大事な記憶であり、それと同時に、痛みを伴うとてもつらい記憶でした。竹姫を見つめる大伴の表情は、とても淋しそうなものでした。
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