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月の砂漠のかぐや姫 第23話
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「姫」
「弱竹姫」
阿部と大伴は、祭壇の弱竹姫に声をかけました。いえ、声をかけずにはいられなかったのです。計画は阿部が立てたものですし、大伴もその内容を知っていました。ですから、この後、どのように物事が運ぶのかは、判っているのです。弱竹姫が行う儀式は、目的を達成するための大事な儀式でした。でも、その儀式を司る秋田に彼らは信用を置けなかったのです。「秋田は何かを隠している」、その思いが、この儀式に対する不安を駆り立てているのでした。
弱竹姫は、羽衣を手に取ると、阿部と大伴にやさしく話しかけました。
「大丈夫ですよ、阿部殿、大伴殿。それに、もし、万が一、私に何かあったとしても‥‥‥。そう、私たちは、また、月で会えますから」
二人を安心させるために口に出した言葉は、同時に、自分自身を安心させるための言葉でもありました。
「そう、ですね、いずれ、月で」
「そうですよ、約束です。いずれ月で」
「ええ、約束です。でも、姫、万が一の場合ですよ」
大伴も阿部も、自分自身を納得させるように、約束の言葉を口にしました。
これは、大伴や阿部、そして、御門や秋田と話し合い、最後には弱竹姫自身で決めたことでした。自分自身で、そう、自分自身でです。それでも、やはり、心の奥底から不安が沸きあがってくることは抑えられませんし、ましてや、自分の中の何かが警告の言葉を叫ぶその口を抑えることもできないのです。弱気な一面や迷うそぶりを見せて皆に迷惑をかけたくないと思う弱竹姫には、それらの怖れを自分の中に押さえつける力が必要なのでした。そして、その力は「何かあったとしても、最後には月で皆と再会できる」という希望でした。
「始めます」
大伴と阿部が祭壇から離れるのを確認すると、弱竹姫は全ての思いを断ち切るかのように、厳しい口調で発声しました。弱竹姫は全身に力を入れ背筋を真っすぐに伸ばすと、ゆっくりと両手で羽衣を広げました。それは、とても薄い生地でできているのか非常に軽くて、目で見て確かめていないと、自分が何も手にしていないのではないかと、錯覚を起こしてしまいそうなほどした。
最後に、弱竹姫は、離れた場所から自分を心配な面持ちで見守っている二人に、自分が微笑んでいる姿を見せようと意識して口元を形作ると、ふわりと羽衣を肩にかけました。
すると、どうしたことでしょうか。羽衣が触れたことを首筋に感じた途端に、弱竹姫の意識は薄らいでいきました。自分の身体なのに、もう何も感じることはできません。自分の手が何を触っているのかもわかりません。自分が座っているのか立っているのかも、もう定かではありません。視界はどんどんと暗くなっていきます。弱竹姫は、自分が身体の外側から内側へ、抗うことのできない力で押し込められるように感じました。それは急激な強い力ではなく、むしろ、ゆっくりとした柔らかい力でしたが、その力を押し戻すことは、ほんの少しでさえもできないのでした。
「あれ、私?」
気が付くと、弱竹姫は、高いところから弱竹姫を見下ろしていました。羽衣を纏ったことで魂魄だけが分離したとでもいうのでしょうか、今の弱竹姫には実体がなく、祭壇の上空を揺蕩っているのです。今まで携わった月の民に伝わるどのような祭祀においても、弱竹姫はこのような経験をしたことはありませんでした。弱竹姫は感じていました。あの羽衣の力により、自分の意識が身体から追い出されたのだと。
自分が意識だけの存在となり自分の実体を見下ろすことなど、夢の中でもめったに経験することではありません。それでも、不思議なことに、弱竹姫が驚きの感情に支配されるということはありませんでした。なぜだか、羽衣を手に取った時から、こうなることがわかっていたような気がするのです。自分が覚えていないだけで、何度もこのようなことを繰り返しているような気さえしてきます。そして、この後にどのようなことが起きるのか、それさえも知っているような気がしているのです。
風を孕んだ羽衣の力か、弱竹姫の意識体は風の中を自由に泳ぐことができました。
祭壇の上空を舞う弱竹姫の眼下では、竜の玉が目まぐるしく色を変化させながら、どんどんと輝きを強くしていました。しかし、息を呑んで祭壇を見守っている大伴や阿部、そのほかの男たちは、この変化にはまったく気が付いていないようですから、竜の玉の光の変化は弱竹姫以外には見えていないのでしょう。そして、もちろん、こうして上空から祭壇を見下ろしている弱竹姫に気付いている者も、一人もいないようです。いえ、正確に言えば、その頭巾の下からどこを窺っているのかわからない秋田を除いて、ですが。
弱竹姫の実体は、どんどんと輝きの強さを加速している竜の玉の前で、身動きをせずにじっと座っています。
青。赤、黄、白。緑。
弱竹姫の意識体からは、祭壇が竜の玉が発する強い光に覆われていて、まるで、地上で星が生まれようとしているかに見えました。これほど強い光なのに、地上の男たちがまるで気が付いていないのが、不思議なほどです。
光はさらに強さを増していきます。
黄、白! 赤! 緑、青!
白! 黄! 緑! 青! 赤!
そして。
祭壇一面、いや、祭壇から渓谷一面に広がる、白黄色!!
「弱竹姫」
阿部と大伴は、祭壇の弱竹姫に声をかけました。いえ、声をかけずにはいられなかったのです。計画は阿部が立てたものですし、大伴もその内容を知っていました。ですから、この後、どのように物事が運ぶのかは、判っているのです。弱竹姫が行う儀式は、目的を達成するための大事な儀式でした。でも、その儀式を司る秋田に彼らは信用を置けなかったのです。「秋田は何かを隠している」、その思いが、この儀式に対する不安を駆り立てているのでした。
弱竹姫は、羽衣を手に取ると、阿部と大伴にやさしく話しかけました。
「大丈夫ですよ、阿部殿、大伴殿。それに、もし、万が一、私に何かあったとしても‥‥‥。そう、私たちは、また、月で会えますから」
二人を安心させるために口に出した言葉は、同時に、自分自身を安心させるための言葉でもありました。
「そう、ですね、いずれ、月で」
「そうですよ、約束です。いずれ月で」
「ええ、約束です。でも、姫、万が一の場合ですよ」
大伴も阿部も、自分自身を納得させるように、約束の言葉を口にしました。
これは、大伴や阿部、そして、御門や秋田と話し合い、最後には弱竹姫自身で決めたことでした。自分自身で、そう、自分自身でです。それでも、やはり、心の奥底から不安が沸きあがってくることは抑えられませんし、ましてや、自分の中の何かが警告の言葉を叫ぶその口を抑えることもできないのです。弱気な一面や迷うそぶりを見せて皆に迷惑をかけたくないと思う弱竹姫には、それらの怖れを自分の中に押さえつける力が必要なのでした。そして、その力は「何かあったとしても、最後には月で皆と再会できる」という希望でした。
「始めます」
大伴と阿部が祭壇から離れるのを確認すると、弱竹姫は全ての思いを断ち切るかのように、厳しい口調で発声しました。弱竹姫は全身に力を入れ背筋を真っすぐに伸ばすと、ゆっくりと両手で羽衣を広げました。それは、とても薄い生地でできているのか非常に軽くて、目で見て確かめていないと、自分が何も手にしていないのではないかと、錯覚を起こしてしまいそうなほどした。
最後に、弱竹姫は、離れた場所から自分を心配な面持ちで見守っている二人に、自分が微笑んでいる姿を見せようと意識して口元を形作ると、ふわりと羽衣を肩にかけました。
すると、どうしたことでしょうか。羽衣が触れたことを首筋に感じた途端に、弱竹姫の意識は薄らいでいきました。自分の身体なのに、もう何も感じることはできません。自分の手が何を触っているのかもわかりません。自分が座っているのか立っているのかも、もう定かではありません。視界はどんどんと暗くなっていきます。弱竹姫は、自分が身体の外側から内側へ、抗うことのできない力で押し込められるように感じました。それは急激な強い力ではなく、むしろ、ゆっくりとした柔らかい力でしたが、その力を押し戻すことは、ほんの少しでさえもできないのでした。
「あれ、私?」
気が付くと、弱竹姫は、高いところから弱竹姫を見下ろしていました。羽衣を纏ったことで魂魄だけが分離したとでもいうのでしょうか、今の弱竹姫には実体がなく、祭壇の上空を揺蕩っているのです。今まで携わった月の民に伝わるどのような祭祀においても、弱竹姫はこのような経験をしたことはありませんでした。弱竹姫は感じていました。あの羽衣の力により、自分の意識が身体から追い出されたのだと。
自分が意識だけの存在となり自分の実体を見下ろすことなど、夢の中でもめったに経験することではありません。それでも、不思議なことに、弱竹姫が驚きの感情に支配されるということはありませんでした。なぜだか、羽衣を手に取った時から、こうなることがわかっていたような気がするのです。自分が覚えていないだけで、何度もこのようなことを繰り返しているような気さえしてきます。そして、この後にどのようなことが起きるのか、それさえも知っているような気がしているのです。
風を孕んだ羽衣の力か、弱竹姫の意識体は風の中を自由に泳ぐことができました。
祭壇の上空を舞う弱竹姫の眼下では、竜の玉が目まぐるしく色を変化させながら、どんどんと輝きを強くしていました。しかし、息を呑んで祭壇を見守っている大伴や阿部、そのほかの男たちは、この変化にはまったく気が付いていないようですから、竜の玉の光の変化は弱竹姫以外には見えていないのでしょう。そして、もちろん、こうして上空から祭壇を見下ろしている弱竹姫に気付いている者も、一人もいないようです。いえ、正確に言えば、その頭巾の下からどこを窺っているのかわからない秋田を除いて、ですが。
弱竹姫の実体は、どんどんと輝きの強さを加速している竜の玉の前で、身動きをせずにじっと座っています。
青。赤、黄、白。緑。
弱竹姫の意識体からは、祭壇が竜の玉が発する強い光に覆われていて、まるで、地上で星が生まれようとしているかに見えました。これほど強い光なのに、地上の男たちがまるで気が付いていないのが、不思議なほどです。
光はさらに強さを増していきます。
黄、白! 赤! 緑、青!
白! 黄! 緑! 青! 赤!
そして。
祭壇一面、いや、祭壇から渓谷一面に広がる、白黄色!!
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