月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第13話

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 羽にはそんな竹姫にかける言葉がありませんでした。ただ、彼女を何かしら元気づけてあげたいと思い、話題を変えることにしました。
「そうだ、竹。俺に妹が増える話ってしたっけ」
「え、そうなの。でも有隣殿は一緒に遊牧に来てるけど、そんな感じじゃないよ」
 竹姫も、ちょっと湿っぽくなってしまったその場の空気を敏感に感じたのか、羽が振ってくれた新しい話題に飛びつきました。羽の母親といえば、竹姫の乳母にあたる有隣です。でも、竹姫の言う通り、遊牧に同行している彼女は身重のようには見えませんでした。
「母上が子を産むというわけじゃないんだ。ほら、竹も知っているだろう。父上の弟の賈四殿が月に還られたのを」
「うん、知ってるよ。最後までしっかりと闘って月に還られたんだよね」
 羽の話に出てきた賈四は、大伴の弟にあたる男でした。もともと遊牧や戦いよりも、交易にその才能を見込まれていた男ですが、半年ほど前に東への交易の旅に出た際に、「匈奴」という月の民とは異なる遊牧民族国家に襲われ、自らの隊商を逃がすために戦い、亡くなっていました。自らの祖先は月から来たと信じている月の民は、最後までしっかりと人生を全うした者は、死して月に還ることができると考えており、最後まで他人のためにしっかりと闘って果てた賈四も、もちろん月に還ったのだと考えているのでした。
「そうだ。それで、残された奥さんに、俺達の少し年下になるぐらいの娘がいるんだよ。しきたりに従って、奥さんはうちの父上が再婚して面倒を見ることになるので、その娘が俺の妹になるというわけだ」
 羽は、何事もないように続けました。月の民では、亡くなった男に妻がいる場合は、その男の兄弟が再婚して面倒を見るしきたりとなっています。秦などの異国では考えられないことで、遊牧民族の文化度が低い表れだとも言われます。でも、これは、ゴビで厳しい遊牧生活をしている月の民にとって、未亡人を後ろ盾のないまま放っておくことはできないことから生まれた、生きるためのしきたりなのでしょう。もちろん、複数の妻を持つことになる男には、それぞれの生活を十分にみる責任と苦労が生じることになるのでした。
「その女の子はなんて呼ばれているの? わたしは会ったことあるのかな?」
「皆からは哦と呼ばれているんだ。歌が上手いんだよ。俺も何回か聴いたことがあるけど、たしかに良い声だったな。だけど、賈四殿は交易隊にいて讃岐にはあまり来なかったし、ご家族は俺たちとは違う遊牧隊に所属しているから、竹は哦には会ったことはないんじゃないかな。哦達がうちの遊牧隊に来たら、讃岐で竹とも会えるさ。二人で俺に歌を聴かせてくれよ」
「むぅー。わたしは歌はあまり得意じゃないんだけどなぁ。いいなぁ、そういう得意なことがある子は」
 羽の頼みに竹姫は答えました。その声には、また、少しだけですが、寂しさの音が混じりこんでいました。
「さっきから、なんだか、自信無げなことばかり言ってるな、竹。竹だって、竹にしかできないことがたくさんあるじゃないか」
「そう、だね」
 竹姫は、足元の砂を指先で触りながら答えました。そして、何かに促されたかのように静かに言葉を続けました。それは、羽に聞かせるための言葉なのか独り言なのかわからないような、小さなつぶやきでした。
「でもね、それは、わたしじゃないんだよ。月の巫女にしかできないこと、なんだ。わたしは、わたしにしかできないことが欲しいの。月の巫女でないわたしって‥‥‥誰なのかな」
 おそらく、その言葉が竹姫の唇から洩れたことは、これまではなかったのでしょう。いつも頑張っている竹姫からそのような弱音を聴かされたことは、羽にはありませんでしたし、竹姫にとって最も近しい存在である羽にないということは、もちろん他の人にもないのでした。
 駱駝の追跡が成功した開放感。信頼する羽と二人だけという安心感。初めての遊牧に参加して以来感じてきた無力感。そして、なにより、この二人を包み込む暗い夜の力。これらのものが合わさって、初めて、竹姫が胸の奥底に閉じ込めてきた想いが竹姫の外に浮かび上がってきたのでした。
 この意外な言葉を聴いた羽は、上半身を起こして砂上に胡坐をかき、竹姫を見つめました。
 夜の砂漠、冷たい砂の上に膝を抱えて座り込んでいる少女。
 月の光を移したような薄い白黄色の筒衣の上下に、短い革の胴着を付けているその姿は、暗い砂上でもうっすらと浮かび上がっています。
「あ‥‥‥、いや」
 一瞬、羽は自分の目を疑いました。
 竹姫の姿が、すぅっと消えてしまったかのように感じたのです。もちろん、目をしばたいて確認すると竹姫は自分の隣に座っています。ただ、何故だかわかりませんが、羽には、竹姫の存在感が、とてもおぼろげなものに感じられたのでした。
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