頑張ればいいことある~ETERNAL DREAM~

慶之助

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頑張ったのに

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さくらは無意識に駆け出していた。
うっすらと涙ぐんだまま・・・

自分の中のどうにもならない感情を持て余して、ただひたすらに走った。

さくらは今年の春、大学を卒業して総合職として大手銀行に就職した。そして、三か月間の研修を終え精鋭が集う本店営業部へ配属された。


背は低い方ではなかったが、何事も背伸びしながら今まで生きてきた。


「頑張れば、頑張った分、いいことがある。」


どんな時もずっとこの言葉を拠り所に生きてきた。


それは、さくらの母親の口癖でもあった。


さくらは、色白で目が大きく可愛らしい女子だが、どことなく芯の強さを感じる雰囲気を纏っていた。


銀行の仕事はなんとなく預金と貸出というイメージがある。


しかし、それらの取引に辿り着くことがどんなに辛く厳しいものであるか、さくらは身をもって味わっている。


税制、事業承継、取引会社の事業に関わる関係法令、業界事情、IT戦略、労務管理etc


取り上げればキリがない程、多くの知識が要求される。


これは全て、クライアントからの信頼を得る為のいわば武装に他ならない。


「頑張れば、頑張った分、いいことがある。」

さくらは、毎日、毎日頑張った。


朝は誰よりも早く出社し、日経新聞を細かくチェック。


新規の取引見込み企業に関連する情報は切り抜きノートに貼りコメントを付した。


そして、ネット上の情報も可能な限りチェックし、毎日話題はテンコ盛りの状態で相手先と連絡がつく時間を迎える。


情報提供はきっかけに過ぎない。情報提供を続け「時間を割く価値あり」と思ってもらうところがスタートラインなのだ。そう、具体的な提案はその次にようやく出来るという具合なのだ。


さくらは毎日頑張っていた。

しかし、頑張るさくらに精神的な試練が訪れる。


初めて大きな取引をすることになった企業の社長室に課長の久保田と同行し上席者面談を行った日のことである。

この日はさくらにとって記念すべき歓喜の日になるはずだった。

しかし、実際は面談を終え会社に戻ると課長の久保田の激しい叱責が待っていたのだ。

「提案の中身が薄っぺら過ぎる。今後は自分がメインでこの会社を担当する。とても任せられない。」というものだった。

さくらは、自分の身体が震えるのを抑えることが出来なかった。

久保田の話が終わり会社を出たさくらは、営業カバンを持ったまま無意識に走り出した。


悔しくて、どうしようもなく。


黒色の営業カバンはいつしか動きを止めていた。


目的も無く走り出したさくらはいつしか歩を止め、荒川の支流に架かる橋の上で水面の揺らぎを意味も無く眺めていた。


先ほど担当者変更を一方的に言い渡されたクライアントは実はライバル銀行の大手顧客なのだ。


さくらは勿論当初から分かっていたが、本店営業部に配属されて以来ずっと情報提供を続け、その熱心さが認められ取引をスタートする寸前まで辿り着くことが出来たのだった。


そして、今日の上席者面談を迎えたのだ。悔しさでうっすら涙ぐんでいたさくらだが、水面の揺れに反射する光を見ながら



「頑張れば、頑張った分だけ、いいことがある。」


「頑張れば、頑張ったぶんだ・・・」


やっぱり、泣いてしまう。


一時間くらい橋の上で過ごしただろうか。ようやく気持ちが落ち着き、どぼどぼと歩き出した。


さくらも立派な社会人になったのだろう。


帰巣本能とでもいうのだろうか、足の向く先は本社の本店営業部であった。

「只今、戻りました。」

さくらはいつもと同じように、課長の久保田に挨拶し自席に腰を下ろした。



さくらは本店営業部第2部1課の12名の部隊に所属している。

新人はさくらだけである。



課長の久保田は本店営業部のエース的存在であり、

上層部からの信任も厚く、彼の言動は常に正当化される傾向にあった。



さくらが席に戻ると、課の雰囲気がやや張り詰めたものに変化した。



「なんだろう。」と空気の変化に気付き右隣りの先輩に

「植草主任、私が外出している間に何かありましたか。」と、小声で聞いてみた。



彼はさくらの方に視線を送ることもなく、電話の横にある伝言用メモを無言で

取ると小さな字で何かを素早く書いた。



そして立ち上がり際にそっとさくらに渡したのだ。

なんとなく、課長の久保田を警戒した行動だと感じたさくらは、

営業日報の表紙を課長の方に立て、そのブラインドを利用してメモを開いてみた。



「ここでは話せないから後で」と、記してあった。



何かあったんだ。



ん?



さくらは、課のナンバー2である課長代理の新井が居ないことに気付いた。

いつも仕事を終える19時前には全員が揃うことが通例になっているが

彼の席だけ空いていたのだ。


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