竜王の番は大変です!

月桜姫

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本編

75.「えぇ。では明日、お忘れなきよう」

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夜中の1時頃。りんとセバスチャンの冒険譚を聞いてだいぶ騒いだ上に、一晩馬車に揺られていた疲れも相まってぐっすり眠っている咲夜。そのすぐ側で眠っていたフィルが、何故か目を開ける。

「(……王女の部屋から妙に大きな魔力の気配、か)」

怪しさ満点の気配に、フィルは心の中でため息をひとつ。咲夜の額にそっとキスし、起こさないよう細心の注意を払ってベッドから抜け出る。

「こっちか?」

王女リザリスの部屋に面している壁をぺたぺた触りながら、少しづつ移動するフィル。魔力が1番大きく感じられる位置を探し出して印を刻む。それからベランダに出て隣へ飛び移り、耳をそばだてる。

「……わかっていますわ。でも、毒殺が成功する可能性は低いと貴方も言っていましてよ」

「そうでしたか?……それよりも、あの2人組は一体誰ですか」

「弟が呼んだ客ですわ。あの2人以外にも何人かいますわよ?変な名前で呼びあっていて、はっきり言って不気味ですの」

「そうですか。では、そちらは僕が対処しておくとします」 

「頼みますわよ」

「えぇ。では次の作戦を開始しましょうか。……リルアの毒鋼の準備はできましたか?」

「高かったんですのよ?裏ルートに詳しい者を片っ端から雇って3ヶ月ですもの!」

「それはご苦労様です」

「失敗なんて許しませんわよ?」

「残念ながら、実行するのは貴方です」

「……そうだったかしら」

そこまでのやり取りを無心で聞いていたフィル。リザリスと話す男の声に妙に胸騒ぎがしているが、そのことを考え始める前にリザリスが空間を開いて取り出したモノを見て驚愕する。

純水で作られた球の中央に浮かぶ、小指の爪サイズの小さな鋼。何の変哲もない、その変に転がっていそうな石。ただしその価値は途方もない金額となる。

「(ある一定の環境で生まれた液体が一定の割合で固体化したもの。特殊な純水内でのみ管理でき、空気に触れると消滅。触れた者の記憶を消す、強い忘却作用あり。リルアは現在世界に2粒存在し、そのどちらも強国が管理下に置いている……だったか)」

いつかどこかで読んだリルアの毒鋼について思い出すフィル。一般人はまずお目にかかれず判断もできない(存在すら知られていない)のにフィルが分かったのは、ラフィリアで1つ管理しているからだ。 

「特徴は知っての通りなので、どんな鍛冶屋に頼んでも加工はしてくれないでしょうね。しかし、僕ならこれを……こうするのも……こうするのも容易いのです」 

「たとえ形を変えれても、空気に触れたら消滅するのにどうやって触らせるんですの」

「大丈夫です、一瞬で1年分ほど消し去ってくれますから」

「それなら構いませんわ。証拠も残らないことですし」

「えぇ。では明日、お忘れなきよう」

「もちろんですわ」

カーテンの隙間からではリルアをどのように加工したのかは見えなかった。しかし狙われているのが十中八九咲夜達であることは察しがついた。

リザリスの部屋から大きな魔力が去ると同時、自室に戻ったフィル。ベッドに腰掛けて咲夜の頭を無意識のうちに撫でながら暫く思考をめぐらせ、城に連絡を入れてからひとまず寝ることにしたのだった。
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