竜王の番は大変です!

月桜姫

文字の大きさ
上 下
55 / 79
本編

52.「……雑魚いな」

しおりを挟む
***倉庫***

「っ、リサ!さっさと降りてこい、今ならまだ許して……」

「アンタの情けなんていらないね!アタイはもう鴉団の副長じゃない!」

リサの言葉を聞いたボスの厳しい瞳に、一瞬だけ悲しみが混ざったことに気がついた者はいない。なぜなら副長リサの裏切りを認め、全団員を倉庫に突然させたからだ。

「片っ端からぶっ殺せ!」

「残念ながら、いくら女でも私達はラフィリア国の騎士団員なので」

先陣を切って走り出した数人の男達。しかし、ヒュトッという軽い音が聞こえた瞬間、その命を散らした。2階から脅威の精密さで射られた矢が、脳天を貫き地面に縫いつけたからだ。

2階にいる弓使いは3人。ただし一人で二、三本を一度に、しかも狙いは全く狂わず射る。流石に男達も致命的な馬鹿ではなく、すぐに自分達も弓で応戦に入る。それと同時に、人数差を生かして作戦も何も無く突っ込んできた。

「俺は単身で切り込んで、弓兵と魔法使いを蹴散らしてくる」

「俺は、」

「ハジメはここにいて耐えてるほうが役割を全うできると思う」

「そうか。死ぬなよ?」

「もちろん」

一と軽く言葉を交わしたキトが、薙刀を手に数百人もの男達の中へ切り込んでいった。一は一で、直進してくる敵を見据え、恐怖心を丸め込んで盾をぎゅっと握る。

「あんまり緊張しないで下さい」

「前線は私達が支えますので!」

「打ち漏らしだけ、お願いしますね?」

「……あぁ」

一の少し頼りない返事にも綺麗に笑んでみせた3人の女性は、十分な間をとって一列に並ぶ。そして攻撃の間合いに敵が入ったところで、キトも動いた。

連れ去られた50人のうち、非戦闘員が16人。その人達の守りに4人、回復に3人。それから後衛が10人、前衛が17人。そこに使い物にならない一と、薙刀のキトが加わる。

男達の方は約500人。鴉団の全団員と傭兵が加わった人数である。一人一人一人の技量はさして恐ろしいものでもないが、如何せん人数差がありすぎる。決して油断は許されない。 

「……そんな腕で、よく傭兵ができますね?」

大上段から振られた剣を苦もなく受け止め、流す。そこに蹴りを入れ、ガバガバになった腹を切る。その一連の動作を数秒で行ったのは、先程一に声をかけた一人。

「つ、強いな」 

「これでも騎士団長なんですよ?」

一の呟いた言葉を聞き取って、いたずらっぽく笑んだその人。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに空色の剣で敵を切り刻みにかかった。

視点:キト

「……雑魚いな」

正直、もう少し骨があると思っていた。竜人族の女を50人も捕らえたのだ、それなりに強い者がいる……はずなのだが。所詮まぐれ、偶然の賜物だったというわけか。

「おい! 子供ガキ一人に何手間取ってやがる!」

「 子供ガキ?……へぇ、舐められたもんだな」

後衛部隊の所に行くまで人混みを通るなど面倒。だから丁寧に頭を踏みつけて歩いてやったのだが、お気に召さないらしい。それどころか、ただの 子供ガキだと言ってくださった。

足場は悪いが、仕方がない。一人の頭の上に立てば、人の首など簡単におれる。そしてそいつが倒れる分だけ人混みに隙間が生じる。俺はただそこで薙刀を薙ぐだけ。

「っ、らぁ!」

薙刀に魔力を通して1歩踏み出し、全力で薙ぎつつ一回転。わざとゆっくりとしたから斬られた者はいない。この時重要なのは、何も斬らないことである。

「おいおい、空振りかぁ?」 

「……」

にやにや笑いながら1歩踏み出した男をつついてやる。それだけで上半身が滑り落ち、顔が驚愕に染まる。しかしそれも一瞬。ワンテンポ遅れて吹き出した血の海に沈んだ。

「ざっと100人ってとこか?」

輪の形に、俺を中心として死体が転がる。当初の予定通り後衛部隊もほぼ削ったし、もういいだろう。あとは女達と、来るらしい援護に任せればいい。

「……引くのか」

「あんまり彼女達の獲物を狩っても悪いしな」

逃げると決めたらすぐに行動。脇目もふらず、倉庫へと走る。まぁ途中で何人か邪魔だったやつを斬ったが。

あの広範囲殲滅技は、大量の魔力を消費する。それゆえ、普段は戦況が余程不利でないとあまり使わないが………まぁ今回は特別である。

「お帰り、キト」

「あぁ。俺は寝る、イトに変わるから、あとは頼んだ」 

「おう、お疲れさま」

倉庫にたどり着いて、ハジメにそう言った。労いの言葉に頷いてからイトのところへ行く。そして手を繋いでイトの意識を浮上させた。

***ウィル***

「……捕らえた女達の反乱、ですか。それで?500人もいるのに逃げてきたわけですか。……仕方がないですね、一人援護を送ります」  

「あ、ありがたい……!」

「主の9人の息子の末っ子、ナゼル君です。竜人の女くらいなら無力化してくれるでしょう。ただし、主にも伝わると覚悟しておくように」

「あ、あぁ」

鴉団のボスは、無表情な青年を連れて戦場へと戻る。彼は知らないのだ。ウィルのことも、その主のことも。……たとえ知っていたとしても、もう手遅れだ。

「……殺す?」

「えぇ。そうですよ、ナゼル君。皆殺し、です」

その皆に自分は入っていないと、そう思っているボスはどこまでも愚かである。ナゼルの場合、皆殺しとは自分よりも弱い者全て、であるのに。

***倉庫***

「あ、おはよ、イト」

「ユアさん、おはようございます。……早速ですが僕も前線へ」

「言うと思ったよ。どうぞ行ってきて、早くしないと獲物無くなっちゃうよ」

「はい!」

イトの手に触れるなり石が赤から青へ、元の色に戻った杖をもって出ていく。そんなイトを見送ったゆあは、ほうほうのていで前線から引いてきた一の手当にあたる。

「ったく、奴ら俺が初心者だって気付くなり集中攻撃しやがって」

「まぁ仕方がないんじゃない?こっちの戦力すごいもん」

「まさに少数精鋭ってやつだよな。……っ

浅いが長く、紙で切ったような傷に容赦なく消毒液をぶっかけ、清潔なタオルで大雑把に拭うゆあ。それから薬を塗り込んで、最後にパチンと叩いた。後ろで手当しかさせてもらえないのでご機嫌斜めなのだ。

「この勢いだったらこっちの圧勝で終わるかな」

「あぁ。キトも凄かったが、あそこの、リーダーって呼ばれてる人が半端なく強い」 

「だね」

「ところでもうちょい丁寧に出来ないのか?」

「できないよ」

「なんでだ」

「丸君だもん」

「いや意味がわからない」

「わかって?」

そんな呑気な会話ができていたのも、その時までで。最前線で剣を振り、周りに死体の山を築いていたリーダーの首が、突然現れた青年の手刀で飛ぶ。

「「っ、リーダー!?」」

「……うるさい」

リーダーが倒れたことに驚愕し、叫んだ彼女らの首がとぶ。たった数秒で前線を支えていた者が次々と死んだ。そのことが意味するのは、女側の不利。戦況の、逆転。

「いや……嘘、だろ?」

一の呟きが、静まり返った倉庫内に異様に響いた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件

なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。 そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。 このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。 【web累計100万PV突破!】 著/イラスト なかの

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~

夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。 盗賊が村を襲うまでは…。 成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。 不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。 王道ファンタジー物語。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...