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本編
53.「……でも、俺の敵じゃないな」
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***ナゼル***
ウィルの主、その9人の息子の末っ子であるナゼル。彼は何よりもうるさいものや人が嫌いで、自分より強いひとが好きだった。そして17年もの間、その性格を正されることなく好きなように生きてきた彼は戦場に放り込んではいけない人物だ。
「誰か知らんが強いな、お前!」
女性側のリーダーが倒れたことで活気がついた男達の、一人がナゼル肩を軽くたたいた。それは単に友好の証であったが、彼はそれを、攻撃とみなした。
「……ぐ、が?」
「離れろ」
その小さすぎる声は誰にも届かない。しかし軽く蹴られたはずの男の腹に風穴が空いたことでその場にいた全員が凍りつく。女側でも男側でもない介入者だと、全員が認識した。
「……父様の命は女を皆殺し。でも、うるさい。うるさいから皆まとめて静かにする」
ごくごく小さな声で発せられた内容を、いく人かが聞き取った。その内容はささやき声で広められ、さざめきにナゼルが眉を寄せた。
「……だから、うるさいのは、嫌いだと言っている」
そしてどこからともなく取り出したダガーで一番近くにいた者を切り刻む。切られた男はダガーが見えた瞬間に、防御体制をとってはいた。それでも、いとも簡単に肉片と化したのは単にナゼルの速さについて行けなかっただけだ。
そして、すぅ……とナゼルの魔力が今しがた切り刻んだ者を軸に、半径数十メートル程広がった。何らかの魔法を使おうとしているのは明白であり、これを隙と見た人々がナゼルに飛びかかる。
「【】」
しかし、その手がナゼルに触れることは無く。ナゼルの魔力に触れた者は皆一様に肉片に成り果てた。あたかも、切り刻まれた男の身に起きたことが一瞬のうちに”伝染”したように。
「ば……化け、物」
それは誰が呟いた言葉だったか。150人強を一瞬で殺したナゼルはただ、狂気をはらんだ静かな笑みを浮かべ、赤い血と肉片の海の中央にぽつんとたたずんでいた。
視点:フィル
転移魔法陣が完成し、サクヤと共に乗った。独特な光が消えて視界が戻る。そして予想はしていたが、それを遥かに上回る濃厚な血と、死の香りにむせ込んでしまった。
「……フィ、ル。これは、これは何?どういう……事?」
周囲の空気浄化効果のあるクリスタルをサクヤと二人で持ち、何度か深呼吸。目を閉じているように言ったが、開けてしまったらしいサクヤの声を聞いてやっと、俺も何かがおかしいことに気がついた。
弓で射抜かれた者、剣で手足を絶たれた者、魔法に巻き込まれた者。そんな死体が大量にある……はずだった。それが普通の戦場。この、血の海に肉片が浮いている有様は、一体なんだと言うのか。
「サクヤ、大丈夫か?」
「……何とか」
「朔丸達はあの倉庫内にいる、はずだ」
「フィルは?」
「俺はあいつに話を付けてくる」
血の海の中、一人佇む青年を見据えて俺はそういった。サクヤはちらりとそちらを見てから、倉庫の方へパタパタと駆けてゆく。
……この状況を作り出したのがそこに立つ青年であることも、どちらの側にもつかず殺したのだということも、察しがついていた。
「おいお前。どうしてこの戦いに水をさした?」
「……。……うるさかったから」
くるりとこちらを向いた青年の、爛々と光る黄の瞳を睨みつける。この戦いは、殲滅と言いつつもただ人攫いの弱体化が目的であった。だからわざわざ、きちんと手加減できる女だけの騎士団を仕事にあてた、とじいが言っていた。
「お前は誰で、どうしてここに来た?」
「ナゼル。父様の命令で来た……。皆殺し、けど皆倉庫に逃げた。……外にいるのはお前だけ」
「俺を殺して、んで倉庫内にいるヤツらも殺すってか?……舐めんなよ、小僧」
ポツリポツリと話すので言いたいことがイマイチ伝わってこないが、まぁいい。ナゼルという名と黄の瞳に何かが引っかかるが記憶を掘り起こしている暇はなさそうだ。
「あの倉庫には俺が守るべき人達がいるんだよな。……だから、悪いがお引き取り願う」
「聞き遂げると、思うか?」
「いや」
そこで一旦会話は終わりになると双方悟っていた。ナゼルがくるくる回して遊んでいたダガーを構え、俺もまた刀の柄に手を添える。
きっちり警戒していたので、一瞬後にナゼルがとてつもない速さで迫ってきたのも、それ以上の速さで何かがやってきても別に驚きはしなかった。
ただ、その速さを見てあの騎士団の実力では太刀打ちできなかっただろうな、と思った。こんなやつが介入してくるならもう少し強いやつに仕事を持っていったのに、とも。
「……でも、俺の敵じゃないな」
遠距離から音速に迫る速度の、見えない刃は脅威だ。しかしそれでも俺は一応この国で1番強いので、分かるし見えるのだ。僅かな空気の歪みが。
「……!?」
キンッ。
高く澄んだ金属音。それは俺が音もなく抜刀した刀に、見えない刃が当たった音だ。速さに特化しているからか、威力はそこまで高くない。(一般人と比較しないこと)
「俺もまだまだ青二才だが、お前もそうなんだな」
「……」
恐らく、今まであの刃を止められたことなどなかったのだろう。僅かな同様が見て取れるし、そのせいで驚異的な速さが鈍っている。
「……あぁ、思い出した」
「?」
しばらく防御一手にして考えた甲斐があった。記憶のそこに沈んでいた記憶が、突然浮かび上がってきたのだ。これ以上切り結ぶのも面倒なので、一旦後ろに跳んで距離をとる。
「お前、あれだ。黄眼のナゼル、音速のナゼル。もっとちゃんと言ったら、現魔王の9番目、末っ子。ナゼル・ルル・ベルゼブブ。違うか?」
俺の問いに対してナゼルが返答することはなかった。しかし、驚愕に見開かれた目と、一部の人しか知らないはずのフルネームを言われたことを訝しむ目が答えを物語っていた。
視点:咲夜
「開けて!」
固く閉ざされた扉をガンガン叩く。人がいなければこの扉は開かず、その場合2人は……。思わず最悪の想像をしそうになり、頭から振り払う。そうしたら、ガタンと重い錠が外れる音がした。
「早く入れっ!」
「一っ!」
少しばかり開いた扉から中に滑り込み、一が錠をかけ直すのを半分泣きそうになって眺める。とりあえず一が無事だったことにぼうっとしていたら、後ろから人が飛びかかってきた。
「咲夜っ!」
「ゆあ!っ、よかったぁ、二人とも、生きてた……!」
抱きついてきたゆあをぎゅうっと抱きしめかえし、安堵の息をつく。しかし悠長に安心している暇などない。フィルがあの得体の知れない青年を抑えてくれている間に、倉庫内に残る全員の安全を確保しなくては行けないのだ。
「……ゆあ、ちょっと協力してくれる?うん、あのね、これを床に広げて欲しいの」
「ラジャー!」
「えっと、では皆さん聞いてください!」
ここに来る直前に必死で覚えた誘導の仕方を思い出しつつ、倉庫内にいた男女約100名の避難準備を開始する。……私は、私が任されたことを、出来ることをしなければならないから。
ウィルの主、その9人の息子の末っ子であるナゼル。彼は何よりもうるさいものや人が嫌いで、自分より強いひとが好きだった。そして17年もの間、その性格を正されることなく好きなように生きてきた彼は戦場に放り込んではいけない人物だ。
「誰か知らんが強いな、お前!」
女性側のリーダーが倒れたことで活気がついた男達の、一人がナゼル肩を軽くたたいた。それは単に友好の証であったが、彼はそれを、攻撃とみなした。
「……ぐ、が?」
「離れろ」
その小さすぎる声は誰にも届かない。しかし軽く蹴られたはずの男の腹に風穴が空いたことでその場にいた全員が凍りつく。女側でも男側でもない介入者だと、全員が認識した。
「……父様の命は女を皆殺し。でも、うるさい。うるさいから皆まとめて静かにする」
ごくごく小さな声で発せられた内容を、いく人かが聞き取った。その内容はささやき声で広められ、さざめきにナゼルが眉を寄せた。
「……だから、うるさいのは、嫌いだと言っている」
そしてどこからともなく取り出したダガーで一番近くにいた者を切り刻む。切られた男はダガーが見えた瞬間に、防御体制をとってはいた。それでも、いとも簡単に肉片と化したのは単にナゼルの速さについて行けなかっただけだ。
そして、すぅ……とナゼルの魔力が今しがた切り刻んだ者を軸に、半径数十メートル程広がった。何らかの魔法を使おうとしているのは明白であり、これを隙と見た人々がナゼルに飛びかかる。
「【】」
しかし、その手がナゼルに触れることは無く。ナゼルの魔力に触れた者は皆一様に肉片に成り果てた。あたかも、切り刻まれた男の身に起きたことが一瞬のうちに”伝染”したように。
「ば……化け、物」
それは誰が呟いた言葉だったか。150人強を一瞬で殺したナゼルはただ、狂気をはらんだ静かな笑みを浮かべ、赤い血と肉片の海の中央にぽつんとたたずんでいた。
視点:フィル
転移魔法陣が完成し、サクヤと共に乗った。独特な光が消えて視界が戻る。そして予想はしていたが、それを遥かに上回る濃厚な血と、死の香りにむせ込んでしまった。
「……フィ、ル。これは、これは何?どういう……事?」
周囲の空気浄化効果のあるクリスタルをサクヤと二人で持ち、何度か深呼吸。目を閉じているように言ったが、開けてしまったらしいサクヤの声を聞いてやっと、俺も何かがおかしいことに気がついた。
弓で射抜かれた者、剣で手足を絶たれた者、魔法に巻き込まれた者。そんな死体が大量にある……はずだった。それが普通の戦場。この、血の海に肉片が浮いている有様は、一体なんだと言うのか。
「サクヤ、大丈夫か?」
「……何とか」
「朔丸達はあの倉庫内にいる、はずだ」
「フィルは?」
「俺はあいつに話を付けてくる」
血の海の中、一人佇む青年を見据えて俺はそういった。サクヤはちらりとそちらを見てから、倉庫の方へパタパタと駆けてゆく。
……この状況を作り出したのがそこに立つ青年であることも、どちらの側にもつかず殺したのだということも、察しがついていた。
「おいお前。どうしてこの戦いに水をさした?」
「……。……うるさかったから」
くるりとこちらを向いた青年の、爛々と光る黄の瞳を睨みつける。この戦いは、殲滅と言いつつもただ人攫いの弱体化が目的であった。だからわざわざ、きちんと手加減できる女だけの騎士団を仕事にあてた、とじいが言っていた。
「お前は誰で、どうしてここに来た?」
「ナゼル。父様の命令で来た……。皆殺し、けど皆倉庫に逃げた。……外にいるのはお前だけ」
「俺を殺して、んで倉庫内にいるヤツらも殺すってか?……舐めんなよ、小僧」
ポツリポツリと話すので言いたいことがイマイチ伝わってこないが、まぁいい。ナゼルという名と黄の瞳に何かが引っかかるが記憶を掘り起こしている暇はなさそうだ。
「あの倉庫には俺が守るべき人達がいるんだよな。……だから、悪いがお引き取り願う」
「聞き遂げると、思うか?」
「いや」
そこで一旦会話は終わりになると双方悟っていた。ナゼルがくるくる回して遊んでいたダガーを構え、俺もまた刀の柄に手を添える。
きっちり警戒していたので、一瞬後にナゼルがとてつもない速さで迫ってきたのも、それ以上の速さで何かがやってきても別に驚きはしなかった。
ただ、その速さを見てあの騎士団の実力では太刀打ちできなかっただろうな、と思った。こんなやつが介入してくるならもう少し強いやつに仕事を持っていったのに、とも。
「……でも、俺の敵じゃないな」
遠距離から音速に迫る速度の、見えない刃は脅威だ。しかしそれでも俺は一応この国で1番強いので、分かるし見えるのだ。僅かな空気の歪みが。
「……!?」
キンッ。
高く澄んだ金属音。それは俺が音もなく抜刀した刀に、見えない刃が当たった音だ。速さに特化しているからか、威力はそこまで高くない。(一般人と比較しないこと)
「俺もまだまだ青二才だが、お前もそうなんだな」
「……」
恐らく、今まであの刃を止められたことなどなかったのだろう。僅かな同様が見て取れるし、そのせいで驚異的な速さが鈍っている。
「……あぁ、思い出した」
「?」
しばらく防御一手にして考えた甲斐があった。記憶のそこに沈んでいた記憶が、突然浮かび上がってきたのだ。これ以上切り結ぶのも面倒なので、一旦後ろに跳んで距離をとる。
「お前、あれだ。黄眼のナゼル、音速のナゼル。もっとちゃんと言ったら、現魔王の9番目、末っ子。ナゼル・ルル・ベルゼブブ。違うか?」
俺の問いに対してナゼルが返答することはなかった。しかし、驚愕に見開かれた目と、一部の人しか知らないはずのフルネームを言われたことを訝しむ目が答えを物語っていた。
視点:咲夜
「開けて!」
固く閉ざされた扉をガンガン叩く。人がいなければこの扉は開かず、その場合2人は……。思わず最悪の想像をしそうになり、頭から振り払う。そうしたら、ガタンと重い錠が外れる音がした。
「早く入れっ!」
「一っ!」
少しばかり開いた扉から中に滑り込み、一が錠をかけ直すのを半分泣きそうになって眺める。とりあえず一が無事だったことにぼうっとしていたら、後ろから人が飛びかかってきた。
「咲夜っ!」
「ゆあ!っ、よかったぁ、二人とも、生きてた……!」
抱きついてきたゆあをぎゅうっと抱きしめかえし、安堵の息をつく。しかし悠長に安心している暇などない。フィルがあの得体の知れない青年を抑えてくれている間に、倉庫内に残る全員の安全を確保しなくては行けないのだ。
「……ゆあ、ちょっと協力してくれる?うん、あのね、これを床に広げて欲しいの」
「ラジャー!」
「えっと、では皆さん聞いてください!」
ここに来る直前に必死で覚えた誘導の仕方を思い出しつつ、倉庫内にいた男女約100名の避難準備を開始する。……私は、私が任されたことを、出来ることをしなければならないから。
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