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本編
8.フィリアス
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「……っ、ここか!」
サクヤを追いかけ、たどり着いたのはボロい倉庫。錆び付いた扉を開けるのも億劫で、取手をつかんで引き剥がす。それを無造作に投げ捨ててから中に駆け込んだ。
「サクヤッ!」
埃っぽい屋内の、隅の方。そこに、縛られた状態で転がるサクヤがいた。その様子を見て、一瞬心が凍る。
そんな俺の耳に、甘ったるい女の声。サクヤを痛めつけた者の声。俺の番に手をかけた、愚か者。操られていたとしても、許せない。
……コロセ、コロセ。その無礼な口を引き裂いて、見る影もなく、ぐちゃぐちゃになるまで、コロセ。その罪の報いを、受けさせろ。
極度の怒りで視界が赤らむ。理性が焼ききれる。本能のままに、引き裂きたい。……でも、ここは。ラフィリアじゃ、竜人の国じゃ、ない。
俺が本能のまま、感情のままに殺してもいい。奴は、そうされるだけの事をした。しかし、考えろ。俺がした事の責任はサクヤが取らなければならない。……サクヤに、迷惑がかかる。
そう考えることでなんとか理性を保って。1発、顔面を殴り飛ばすだけですんだ。しかしこれ以上奴との顔など見ていられない。今度こそ殺していまいそうだ。そして、そんな事より、サクヤが。サクヤが。
「フィ、ル」
「っ、サクヤ!サクヤ!?」
恐ろしいほど掠れた声で俺を呼んだサクヤは、そのまま力尽きる。慌ててその華奢な体を支え、ハッとした。……びしょ濡れで、冷え切っている。
「……やばい」
前にサクヤが、言っていた。自分は、体が弱いと。雨に濡れて、放置しただけで熱を出してしまうのだと。そして今、サクヤの体は氷のように、いやそれこそ死体のように冷たく……。
「人間の医療は、どこまで進歩している?……いや。他人に、俺の番を、任せられるか」
種としての回復能力が高いため、そういった方面に長けていない俺。だが、サクヤなら、救える。俺の、番だから。それでも、サクヤの体を、作り替える事になってしまう。
……ごめん、ごめんな、サクヤ。許して……くれ、不甲斐ない俺を。この方法でしか救えない俺を。
心の中でサクヤに懺悔し、俺は竜体に戻る。光を跳ね返す銀の鱗の中に、1つ。光を受け止める純白の鱗がある。そしてそれは簡単に取れるのだ。
「承諾もなしに、本当は許されないことだが……。サクヤの命には、変えられない」
サクヤを傷つけないよう今一度人に戻って、半分に割った純白の鱗を、サクヤの口に入れる。もう半分は、来る時のために、石にしておく。
「……竜王、フィリアス・ラフィリアの名において、我が竜心を授けし番に神の加護を。」
本来なら、結婚式で言うセリフ。番を得た男の鱗は1枚だけ色が変化し、竜心となる。それは文字どおり心の結晶。
竜人同士なら永遠の愛の印であるだけなのだが、サクヤは普通の人族。竜心を取り込めば、それがたとえ半分とはいえ、竜人の強さや回復力をその身に宿す事になる。それはつまり、人を辞めるのと同じような事なのだ。
「強すぎる薬は毒となる……。とりあえず半分にしたが、これからどうなるか」
色々と先が思いやられ、深い溜息をついてしまう。しかし、サクヤの肌に血の巡りが感じられるようになっただけで、やった価値はあったはずだ。拒否反応は出なかったが、これから俺の魔力に慣れてもらわないといけない。
「あぁ、サクヤにたくさん謝って、説明しないとな……。でも今は、休息を」
魔力を一度に大量消費した上、もう残りが少ない。無理をした反動で、視界がぐにゃりと歪む。しかし、今ここで気を抜けば竜体に戻ってしまう。
「……っ、くそ」
思うように使えない魔力と、不甲斐ない己に対して舌打ちをする。それから、全身全霊で、サクヤと自分を、サクヤの家へ転移させた。
「俺は……こんな、ことしかできねぇのかよ……」
情けない。
そう思うと同時、電源を落とすように意識がブチリと切れた。
サクヤを追いかけ、たどり着いたのはボロい倉庫。錆び付いた扉を開けるのも億劫で、取手をつかんで引き剥がす。それを無造作に投げ捨ててから中に駆け込んだ。
「サクヤッ!」
埃っぽい屋内の、隅の方。そこに、縛られた状態で転がるサクヤがいた。その様子を見て、一瞬心が凍る。
そんな俺の耳に、甘ったるい女の声。サクヤを痛めつけた者の声。俺の番に手をかけた、愚か者。操られていたとしても、許せない。
……コロセ、コロセ。その無礼な口を引き裂いて、見る影もなく、ぐちゃぐちゃになるまで、コロセ。その罪の報いを、受けさせろ。
極度の怒りで視界が赤らむ。理性が焼ききれる。本能のままに、引き裂きたい。……でも、ここは。ラフィリアじゃ、竜人の国じゃ、ない。
俺が本能のまま、感情のままに殺してもいい。奴は、そうされるだけの事をした。しかし、考えろ。俺がした事の責任はサクヤが取らなければならない。……サクヤに、迷惑がかかる。
そう考えることでなんとか理性を保って。1発、顔面を殴り飛ばすだけですんだ。しかしこれ以上奴との顔など見ていられない。今度こそ殺していまいそうだ。そして、そんな事より、サクヤが。サクヤが。
「フィ、ル」
「っ、サクヤ!サクヤ!?」
恐ろしいほど掠れた声で俺を呼んだサクヤは、そのまま力尽きる。慌ててその華奢な体を支え、ハッとした。……びしょ濡れで、冷え切っている。
「……やばい」
前にサクヤが、言っていた。自分は、体が弱いと。雨に濡れて、放置しただけで熱を出してしまうのだと。そして今、サクヤの体は氷のように、いやそれこそ死体のように冷たく……。
「人間の医療は、どこまで進歩している?……いや。他人に、俺の番を、任せられるか」
種としての回復能力が高いため、そういった方面に長けていない俺。だが、サクヤなら、救える。俺の、番だから。それでも、サクヤの体を、作り替える事になってしまう。
……ごめん、ごめんな、サクヤ。許して……くれ、不甲斐ない俺を。この方法でしか救えない俺を。
心の中でサクヤに懺悔し、俺は竜体に戻る。光を跳ね返す銀の鱗の中に、1つ。光を受け止める純白の鱗がある。そしてそれは簡単に取れるのだ。
「承諾もなしに、本当は許されないことだが……。サクヤの命には、変えられない」
サクヤを傷つけないよう今一度人に戻って、半分に割った純白の鱗を、サクヤの口に入れる。もう半分は、来る時のために、石にしておく。
「……竜王、フィリアス・ラフィリアの名において、我が竜心を授けし番に神の加護を。」
本来なら、結婚式で言うセリフ。番を得た男の鱗は1枚だけ色が変化し、竜心となる。それは文字どおり心の結晶。
竜人同士なら永遠の愛の印であるだけなのだが、サクヤは普通の人族。竜心を取り込めば、それがたとえ半分とはいえ、竜人の強さや回復力をその身に宿す事になる。それはつまり、人を辞めるのと同じような事なのだ。
「強すぎる薬は毒となる……。とりあえず半分にしたが、これからどうなるか」
色々と先が思いやられ、深い溜息をついてしまう。しかし、サクヤの肌に血の巡りが感じられるようになっただけで、やった価値はあったはずだ。拒否反応は出なかったが、これから俺の魔力に慣れてもらわないといけない。
「あぁ、サクヤにたくさん謝って、説明しないとな……。でも今は、休息を」
魔力を一度に大量消費した上、もう残りが少ない。無理をした反動で、視界がぐにゃりと歪む。しかし、今ここで気を抜けば竜体に戻ってしまう。
「……っ、くそ」
思うように使えない魔力と、不甲斐ない己に対して舌打ちをする。それから、全身全霊で、サクヤと自分を、サクヤの家へ転移させた。
「俺は……こんな、ことしかできねぇのかよ……」
情けない。
そう思うと同時、電源を落とすように意識がブチリと切れた。
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