竜王の番は大変です!

月桜姫

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本編

7.連れ去られた咲夜

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「っくしゅん!」

フィルが動き出した頃、咲夜が盛大なくしゃみと共に目覚めた。カタカタと震えながら周りを見てやっと、自分がびしょ濡れであることに気づいた。

ポタリポタリ、と垂れる水がとても冷たく、服のあちこちに溶けていない氷が引っかかっている所から、どうも氷水をかけられたらしい。パニックを通りこして冷静な咲夜がそう判断した所で、犯人から声がかかった。

「惨めね、神川咲夜」

「(華里さんか。面倒だな)……ここは?」

「私の事は無視?いいご身分だこと」

「ここは?」

「うるさいわね、旧体育倉庫よ」

「(どうりでかび臭いはずだ。というか大学生にもなって、色恋に目がくらんでいじめとか。)…… 子供ガキかっての」

ボソリと呟いてしまった本音。普通なら聞こえない声量だが、誰もいない倉庫にはやけに大きく聞こえ、華里が咲夜を容赦なく蹴る。

春ももう終わりとは言え、未だ半袖は肌寒い時期。そうにも関わらず氷水をかぶらされ、もはや歯の根も合わないほど、咲夜は震えていた。そこに、華里の蹴りだ。

「(……寒い。痛い)」

「神川咲夜、あんた何よ!冷静ぶっちゃって、ラフィリア様の隣に、なんで、あんたみたいな、女が!」

一言の合間に、顔に叩き込まれる拳。けれど咲夜は、ただ黙って痛みと寒さに耐えた。口を開けば、この状況の理不尽さに、わき目も降らずみっともなく叫んでしまいそうだったから。

咲夜だって、自ら望んでフィルの番になった訳ではない。むしろ、突然すぎて迷惑の域に入る。……けれど、フィルをこんな奴のものにする訳にはいかない、と思えるくらいには好きになっていた。

「……つまんない。ねぇ、つまんない。もっと泣いて、泣いて、ぐっちゃぐちゃになればいいのに!」

不快な金切り声で叫ぶ声がもう遠くに聞こえ、視界が霞む。それでも、咲夜の目に華里のもつナイフが映り、必死で目を開く。

何故かは知らないが、理性を完全に失っている華里の前で気を無くしたら、殺られる、と思ったのだ。ただ元々病弱な体に、極度の寒さと痛みでもう意識を保つのも容易ではない。

「……あぁそうだ。このナイフで、ぐちゃぐちゃにしたらどうかな?醜くって、見れない顔になったらどうかな?お前がフラれて……私が隣に立て……」

「無理、だね……」

「はぁ?やっと喋ったと思ったらそんなこと?」

「そ、うだよ、だって……」



貴方、醜いもの




そう言って不敵に笑った咲夜に、華里がナイフを手が白くなるほどきつく握って駆け寄ろうとしたその瞬間。ボロい倉庫の扉が、変な音を立てて引き剥がされた。

「サクヤッ!」

「フィ、ル」

「ラ、ラフィ……」

華里がフィルの名を最後まで口にする前に、殴り飛ばされて端にとんでいく。その様子を、ぼうっと見ていた咲夜がついに体力の限界を迎えて、フィルの声をどこか遠くに聴きながらまぶたを下ろした。
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