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先輩との出会い!(新バージョン)
気づかない淡い恋心
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桜散る季節、春。
〇〇高校に入学した僕は、甘酸っぱい青春への期待に、胸を膨らませていた。
校長先生の歓迎の言葉、吹奏楽による演奏、そして高校生活初の担任。
僕はより一層、胸を高鳴らせた 。
「バン!」
僕がのんびり頬杖をつきながら窓の外を眺めていると、眼鏡を掛けた女教師が、黒い出席簿で木製の教壇を叩いた。
教室が、ひっそり閑になる。
まるで、か細い糸を両手で引っ張っていて、少し力を入れ過ぎたら、糸がちぎれてしまいそうなほどの静寂だった。
そして、それを引き起こした原因である女教師が、その静寂を斬り裂いた。
「こらぁ!そこの猫目の男子!」
女教師が僕に人差し指を、ピシッと向けた。
「は、はい!何でしょうか!」
僕は突然当てられたことに狼狽しつつも、なんとか応えた。
そうすると女教師は、堪忍袋の緒が切れたらしく、「"何でしょうか!"じゃないでしょ!何先生の話を聞かずに、窓の方を向いて黄昏ているのよ!大体……」
と、鬼のような形相で叱ってきた。
その後、女教師は、間断なく僕を叱っていた。が、さすがに三十分も叱ると疲れたらしく、叱るのを止めた。
(あぁ、眠っ。)
僕は、ふわぁと欠伸をした。
すると女教師は、三十分叱ったのに、ほとんど聞いてなかった僕に呆れたらしく、
「……今から持って来ないといけない理科の教材を先生の変わりに運んできなさい……校内の地図は……コレね……それで、
黄昏ていたことをチャラにするわ……」
と、疲れたような声と顔で、地図を押しつけてきた。
「えっ……はい……」
僕は、今までの下りの意味は有ったのか、と疑問に思ったが、細かい所に突っ込んで、また叱られるのも癪なので、言わないことにした。
「よろしい!さっ、行きなさい!」
教師は空元気を込めた声で、遠回しに、「早く行け」と言ってきた。
……僕は、理科室に教材を取りに行った。
*
理科室から教材を取ってきた僕は、永遠に続いてそうなほどに長い廊下を走っていた。
(あぁ、面倒臭い……)
廊下の透き通った窓からは、暖かい陽の光が射し込んでおり、少しだけ冷めた僕の身体をいい感じに暖めてくれた。
それから少し歩くと、廊下の曲がり角が見えた。
(よし。あそこを曲がって、階段を上ったら、教室はすぐそこだ!)
そう思い、僕は走るスピードを少しだけ上げた。……その時だった。
突然、曲がり角の死角から、本を何冊も積み重ねて持っていた男子生徒が走ってきて、彼と僕はぶつかってしまった。
男子生徒はコテンと転けて、持っていた本をバラバラと落としてしまった。
「すみません!」
僕はとりあえず男子生徒に謝った。
すると男子生徒は、「いてて……」と
言いながら立ち上がり、「大丈夫だよ」と優しい声で言った。
「あのお怪我は……」
僕は男子生徒が落とした本を拾いながら、恐る恐る訊いてみた。
そうすると、その男子生徒は、「大丈夫。怪我はしてないし、ピンピンしてるよ」
と手をブンブン振って、示してくれた。
「そうですか……それなら良かったです!」
僕が一安心した声でそう言うと、男子生徒は犬が遊び相手を見つけたような顔をして、こう、提案を持ち掛けてきた。
「……ねぇ、ここでぶつかったのも何かの縁だし、文芸部に入部してくれない?」
僕は男子生徒からそう言われ、少し迷ったが、断るとさっきのことへの後ろめたさが残ると思ったので、「はい、入部します!」と二つ返事で引き受けた。
これが先輩との出会いだった。
*
なぜかその男子生徒に教室まで送って行くとせがまれて、仕方なく僕は、その男子生徒と話しながら、教室までの道を歩いていた。
「え!?先輩だったんですか!?」
僕は驚愕の声を漏らした。
「うん、君の一学年上の二年生だよ」
先輩は優しい声で言った。
(先輩とぶつかっちゃったのか……)
そう、先輩とぶつかったことを改めて認識すると、申し訳ない気持ちが溢れてきた。
「そうなんですか……ところで、なんであんな所で本を運んでいたんですか?」
僕は、話の路線を変えようと、適当な話題を言った。
すると先輩は、
「それは……ちょっと部室に、部費で購入した本を運んでいたんだ……」
と狼狽したような声を出した。
(訊いちゃまずい内容だったのかな?)
そう思った僕は、すぐそこに教室が見えたので、「なるほど……あっ!もう僕の教室の前に着きました!なんだか、僕のせいでぶつかったのに、ここまで送ってくださっありがとうございました!文芸部には、放課後に行きますー!」
と言い、そそくさと教室の扉に手を掛けた。
教室からは、女教師のハスキーな声がした。
背後から、「こちらこそ~」と優しげな声が聞こえた。
「ガラガラ……バタン!」
ドアを開け、教室に入った。
すると、教壇で色々話していた女教師が僕に、「遅い!」と怒ってきた。
あぁ、全くこの世は不条理である。
*
今日の授業が全て終わった後、僕は急いで文芸部部室に行こうと、教室のドアに手を掛けた。
だが僕は、気づいてしまった。
(文芸部部室って、どこだっけ……)
そう僕は、色々あって、先輩に文芸部部室への行き方を教えてもらうことを、完全に忘れていたのだ。
(どうしよう……)
僕は、頭を抱えて悩みつつ、ドアを開けた。
「ガラガラ……バタン!」
するとドアの向こうにはなんと、先輩がいた。
「先輩!?なぜここに!?」
僕は頭にハテナをクルクルと浮かべて、訊いた。
「いやぁ……もし君が来なかったら、文芸部は廃部になっちゃうからさ!念の為……にね!」
先輩はなぜか照れたような顔をして言った。
「全く……どれだけ疑り深いんですか……」
僕は、胸のつかえが取れたように安心しつつも、ヤレヤレと思った。
*
文芸部の部室は、部室棟の四階の一番奥にあった。
先輩曰く、部室棟の四階はほどんど使われていないらしい。
そのため、電灯もほとんど入れ替えられてないらしく、チカチカと点滅を繰り返していた。
「ねぇ、先輩?」
「ふわぁ……何?」
先輩は大きな欠伸をしながら、応えた。
「なんでどの部活もほとんど使っていないような部室棟の四階を、文芸部の部室にしたんですか?」
僕は今、自分が一番謎に思っていることを訊いた。
すると先輩から、クエスチョンマークが頭の上を旋回するような返答が返ってきた。
「そりゃあ、簡単だよ。"ここにした方が面白そう"だと思ったからだよ」
「はぁ……僕には理解出来そうで理解出来ない気持ちですね、それ」
とりあえず、僕と先輩は部室に入った。
*
「ガラガラ……バタン!」
ドアの向こうには本の山がこれ見よがしに沢山立っており、「銀の匙」やら、「人間失格」やら、「そして誰もいなくなった」やら、「怪人十二面相」やら、何処かで聞いたことがあるようなタイトルの本が積まれていた。
「さぁ、そこにある椅子に掛けて」
先輩は優しいバリトンボイスで、背もたれのある栗色のアンティーク調の椅子に座るように言った。
僕は先輩に言われた通り、椅子に座った。椅子からは老朽化のせいか、「ギィ、ギィ」と軋む音がした。
……先輩も栗色の椅子に座り、先輩は文芸部について話し始めた。
「ごほん。えー文芸部の活動について話します!ヒューヒュー!パチパチ!」
先輩が竜頭蛇尾どころか、蛇頭蛇尾のような説明を始めた。
「先輩!ふざけないでください!」
僕はそれに対して、軽く怒った。
「ゴメン、ゴメン……えー真面目に言うと、文芸部の活動内容は単純明快です。"本を読んで文化祭と大会に自作小説を出す"それだけです!」
「はぁ……で、因みに今日は何かするんですか?」
呆れた声で、僕は訊いた。
「今日……今日かぁ……初日だしなぁ……そうだ!自己紹介し合わない?」
先輩が小首をかしげて、提案を持ちかけてきた。
「いいですね!しましょう!」
僕は、ギュッと握った右手でパーにした左の掌を、パンッと叩いて、なるほどのポーズをとった。
ということで、自己紹介をすることになった。
*
「まずは俺からね。名字は田沼、名前はナキ、つまり田沼ナキだよ!好きなものは本!嫌いなものは人間関係かな?はい!次、後輩君!」
ハキハキとした声で先輩は、僕に主導権を回してきた。
「えーと……僕は名字が太宰治の太宰、名前は中原中也の中也で、太宰中也です!好きなものは犬、嫌いなものは、怖い人です!」
主導権が回ってきた僕は、たどたどしい声で、自分の自己紹介をした。
「中也君だね、よろしく!」先輩はワンコのように応え、次にこう、尋ねてきた。
「ねぇ、中也君は何か文学作品を読んだことがある?」
先輩は、僕のかなり痛い所を突いてきた。
なぜなら僕は、"平成より前の文学作品を読むと、すぐに眠ってしまう体質"だからだ。
現代の本ならば、普通に読めるのだが、
なぜか、"平成より前の文学作品を読む"と、すぐに眠ってしまうのだ。
……とりあえず僕は、そんな中で、唯一頑張って読んだ本を答えた。
「うーん……"武者小路実篤"の"友情"ぐらいですかね……」
僕は唯一タイトルに惹かれ、必死に読んだ本を言った。
「中々マニアックな本だね……友情かぁ……"大宮と野島の淡い青春ラブストーリー"……いいよねぇ……」
先輩はうっとりしたような顔で、幸せそうに言った。
だが、先輩の言い方だと、火を見るより明らかに内容に語弊があったので、僕はそこにツッコミを入れた。
「先輩!その説明だと"大宮と野島のラブストーリー"になっちゃいます!正しくは、"野島と杉子の淡い青春ストーリー"ですよ!断じて大宮は野島を変な意味で愛していませんから!野島も同様です!」
そう僕が言うと先輩は、はぁ……と軽く溜息をつき、こう言った。
「まぁ、どっちでも変わらん
だろ?分かる人には分かるって!」
今度は僕が、はぁぁぁぁ……と深く溜息をつき、ぷんぷん怒りながら、こう言った。
「何が、"分かる人には分かるって!"なんですか!?意味がわかりません!というか、意味が変わります!変わちゃいます!というか、先輩の言い方だと、"友情"の趣旨がかなり変わちゃいます!タイトルを"友情"から、"同性愛"に変えないといけなくなります!つまり、月とスッポンです!甘い恋愛とBLです!」
すると先輩は、何がショックなのか知らないが、消え入るような声で、「アハハ……」と笑った。
*
次の日の放課後、昨日と同じように先輩が教室の前まで迎えに来てくれた。
そのため僕は、先輩と二人きりで喋りながら部室まで行った。
「ガヤガヤガヤ……ガヤ……ガ……ヤ……」
部室に近づくと共に喧しい喧騒が、徐々に小さくなっていった。
「タッ、タッ、タッ……タン」
……部室の前に着いた。
「ガラガラ……バタン!」
部室のドアを開ける。
部室に入った先輩と僕は、栗色のボロい椅子に座った。
そして先輩は、今日の活動内容を話し始めた。
「さて、今日の活動内容を言います~!はい、中也君、拍手又は柏手!」
先輩は類義語を言って、僕に"ツッコミ"を入れさせようとした。
だが、今日あった苦手な体育ですっかり疲れてしまった僕は、消え入るような小さな声でこう言った。
「両方とも同じ意味ですぅ……先輩!真面目にやってください……今日は僕、色々あって疲れているんで、あんまりツッコミを入れる気力がないんですから……ふわぁ……」
僕は最後に軽く欠伸をした。
すると先輩は、
「疲れてるなら休む?俺の膝枕で?」
と訊いてきた。
……!?僕は顔を赤くして、
「んっ!……って、なんで会って二日目の先輩に、膝枕してもらわないといけないんですか!先輩は僕をなんだと思っているんですか!?」
と、膝枕を拒否し、尋ねた。
すると先輩は、「うーん……可愛い後輩!」とワンコな声で応えた。
……身体が気だるくなってきた。
「はぁ……それで結局、今日の活動内容は何ですか?……」
僕は、今にも瞑ってしまいそうな目を必死に開けながら、そう訊いた。
すると先輩からは、呆れるような、あほらしい様な、そんな感じの答えが返ってきた。
「予定通り……
"僕が中也君を膝枕する!"
という活動をしよう!」
先輩は、自信が溢れに溢れているような声で言った。
「なんで……なんでそんなことをしないといけないんですか……!」
僕は唇を噛み、眠いのを我慢して、軽くプンスカ怒りながら言った。
すると先輩は、
「だって中也君、さっきから疲れていて眠そうだし、それに色々体験しておいた方が小説って書きやすいよ?」
と図星なことを言ってきた。
「はぁ……分かりました。ちゃんとして下さいね?膝枕……」
僕は結局、睡魔に負けてしまい、つい了承してしまった。
「了解ー!」
僕はダークオークの床の上に正座した先輩の膝の上に頭を置いた。
そして、先輩がいる方とは逆の方向に向き、重い瞼をゆっくり閉じた。
「おやすみ、中也君……」
先輩の優しいバリトンボイスが耳に心地よく吸い込まれていき、僕はそのまま、「すー、すー」と寝てしまった。
〇〇高校に入学した僕は、甘酸っぱい青春への期待に、胸を膨らませていた。
校長先生の歓迎の言葉、吹奏楽による演奏、そして高校生活初の担任。
僕はより一層、胸を高鳴らせた 。
「バン!」
僕がのんびり頬杖をつきながら窓の外を眺めていると、眼鏡を掛けた女教師が、黒い出席簿で木製の教壇を叩いた。
教室が、ひっそり閑になる。
まるで、か細い糸を両手で引っ張っていて、少し力を入れ過ぎたら、糸がちぎれてしまいそうなほどの静寂だった。
そして、それを引き起こした原因である女教師が、その静寂を斬り裂いた。
「こらぁ!そこの猫目の男子!」
女教師が僕に人差し指を、ピシッと向けた。
「は、はい!何でしょうか!」
僕は突然当てられたことに狼狽しつつも、なんとか応えた。
そうすると女教師は、堪忍袋の緒が切れたらしく、「"何でしょうか!"じゃないでしょ!何先生の話を聞かずに、窓の方を向いて黄昏ているのよ!大体……」
と、鬼のような形相で叱ってきた。
その後、女教師は、間断なく僕を叱っていた。が、さすがに三十分も叱ると疲れたらしく、叱るのを止めた。
(あぁ、眠っ。)
僕は、ふわぁと欠伸をした。
すると女教師は、三十分叱ったのに、ほとんど聞いてなかった僕に呆れたらしく、
「……今から持って来ないといけない理科の教材を先生の変わりに運んできなさい……校内の地図は……コレね……それで、
黄昏ていたことをチャラにするわ……」
と、疲れたような声と顔で、地図を押しつけてきた。
「えっ……はい……」
僕は、今までの下りの意味は有ったのか、と疑問に思ったが、細かい所に突っ込んで、また叱られるのも癪なので、言わないことにした。
「よろしい!さっ、行きなさい!」
教師は空元気を込めた声で、遠回しに、「早く行け」と言ってきた。
……僕は、理科室に教材を取りに行った。
*
理科室から教材を取ってきた僕は、永遠に続いてそうなほどに長い廊下を走っていた。
(あぁ、面倒臭い……)
廊下の透き通った窓からは、暖かい陽の光が射し込んでおり、少しだけ冷めた僕の身体をいい感じに暖めてくれた。
それから少し歩くと、廊下の曲がり角が見えた。
(よし。あそこを曲がって、階段を上ったら、教室はすぐそこだ!)
そう思い、僕は走るスピードを少しだけ上げた。……その時だった。
突然、曲がり角の死角から、本を何冊も積み重ねて持っていた男子生徒が走ってきて、彼と僕はぶつかってしまった。
男子生徒はコテンと転けて、持っていた本をバラバラと落としてしまった。
「すみません!」
僕はとりあえず男子生徒に謝った。
すると男子生徒は、「いてて……」と
言いながら立ち上がり、「大丈夫だよ」と優しい声で言った。
「あのお怪我は……」
僕は男子生徒が落とした本を拾いながら、恐る恐る訊いてみた。
そうすると、その男子生徒は、「大丈夫。怪我はしてないし、ピンピンしてるよ」
と手をブンブン振って、示してくれた。
「そうですか……それなら良かったです!」
僕が一安心した声でそう言うと、男子生徒は犬が遊び相手を見つけたような顔をして、こう、提案を持ち掛けてきた。
「……ねぇ、ここでぶつかったのも何かの縁だし、文芸部に入部してくれない?」
僕は男子生徒からそう言われ、少し迷ったが、断るとさっきのことへの後ろめたさが残ると思ったので、「はい、入部します!」と二つ返事で引き受けた。
これが先輩との出会いだった。
*
なぜかその男子生徒に教室まで送って行くとせがまれて、仕方なく僕は、その男子生徒と話しながら、教室までの道を歩いていた。
「え!?先輩だったんですか!?」
僕は驚愕の声を漏らした。
「うん、君の一学年上の二年生だよ」
先輩は優しい声で言った。
(先輩とぶつかっちゃったのか……)
そう、先輩とぶつかったことを改めて認識すると、申し訳ない気持ちが溢れてきた。
「そうなんですか……ところで、なんであんな所で本を運んでいたんですか?」
僕は、話の路線を変えようと、適当な話題を言った。
すると先輩は、
「それは……ちょっと部室に、部費で購入した本を運んでいたんだ……」
と狼狽したような声を出した。
(訊いちゃまずい内容だったのかな?)
そう思った僕は、すぐそこに教室が見えたので、「なるほど……あっ!もう僕の教室の前に着きました!なんだか、僕のせいでぶつかったのに、ここまで送ってくださっありがとうございました!文芸部には、放課後に行きますー!」
と言い、そそくさと教室の扉に手を掛けた。
教室からは、女教師のハスキーな声がした。
背後から、「こちらこそ~」と優しげな声が聞こえた。
「ガラガラ……バタン!」
ドアを開け、教室に入った。
すると、教壇で色々話していた女教師が僕に、「遅い!」と怒ってきた。
あぁ、全くこの世は不条理である。
*
今日の授業が全て終わった後、僕は急いで文芸部部室に行こうと、教室のドアに手を掛けた。
だが僕は、気づいてしまった。
(文芸部部室って、どこだっけ……)
そう僕は、色々あって、先輩に文芸部部室への行き方を教えてもらうことを、完全に忘れていたのだ。
(どうしよう……)
僕は、頭を抱えて悩みつつ、ドアを開けた。
「ガラガラ……バタン!」
するとドアの向こうにはなんと、先輩がいた。
「先輩!?なぜここに!?」
僕は頭にハテナをクルクルと浮かべて、訊いた。
「いやぁ……もし君が来なかったら、文芸部は廃部になっちゃうからさ!念の為……にね!」
先輩はなぜか照れたような顔をして言った。
「全く……どれだけ疑り深いんですか……」
僕は、胸のつかえが取れたように安心しつつも、ヤレヤレと思った。
*
文芸部の部室は、部室棟の四階の一番奥にあった。
先輩曰く、部室棟の四階はほどんど使われていないらしい。
そのため、電灯もほとんど入れ替えられてないらしく、チカチカと点滅を繰り返していた。
「ねぇ、先輩?」
「ふわぁ……何?」
先輩は大きな欠伸をしながら、応えた。
「なんでどの部活もほとんど使っていないような部室棟の四階を、文芸部の部室にしたんですか?」
僕は今、自分が一番謎に思っていることを訊いた。
すると先輩から、クエスチョンマークが頭の上を旋回するような返答が返ってきた。
「そりゃあ、簡単だよ。"ここにした方が面白そう"だと思ったからだよ」
「はぁ……僕には理解出来そうで理解出来ない気持ちですね、それ」
とりあえず、僕と先輩は部室に入った。
*
「ガラガラ……バタン!」
ドアの向こうには本の山がこれ見よがしに沢山立っており、「銀の匙」やら、「人間失格」やら、「そして誰もいなくなった」やら、「怪人十二面相」やら、何処かで聞いたことがあるようなタイトルの本が積まれていた。
「さぁ、そこにある椅子に掛けて」
先輩は優しいバリトンボイスで、背もたれのある栗色のアンティーク調の椅子に座るように言った。
僕は先輩に言われた通り、椅子に座った。椅子からは老朽化のせいか、「ギィ、ギィ」と軋む音がした。
……先輩も栗色の椅子に座り、先輩は文芸部について話し始めた。
「ごほん。えー文芸部の活動について話します!ヒューヒュー!パチパチ!」
先輩が竜頭蛇尾どころか、蛇頭蛇尾のような説明を始めた。
「先輩!ふざけないでください!」
僕はそれに対して、軽く怒った。
「ゴメン、ゴメン……えー真面目に言うと、文芸部の活動内容は単純明快です。"本を読んで文化祭と大会に自作小説を出す"それだけです!」
「はぁ……で、因みに今日は何かするんですか?」
呆れた声で、僕は訊いた。
「今日……今日かぁ……初日だしなぁ……そうだ!自己紹介し合わない?」
先輩が小首をかしげて、提案を持ちかけてきた。
「いいですね!しましょう!」
僕は、ギュッと握った右手でパーにした左の掌を、パンッと叩いて、なるほどのポーズをとった。
ということで、自己紹介をすることになった。
*
「まずは俺からね。名字は田沼、名前はナキ、つまり田沼ナキだよ!好きなものは本!嫌いなものは人間関係かな?はい!次、後輩君!」
ハキハキとした声で先輩は、僕に主導権を回してきた。
「えーと……僕は名字が太宰治の太宰、名前は中原中也の中也で、太宰中也です!好きなものは犬、嫌いなものは、怖い人です!」
主導権が回ってきた僕は、たどたどしい声で、自分の自己紹介をした。
「中也君だね、よろしく!」先輩はワンコのように応え、次にこう、尋ねてきた。
「ねぇ、中也君は何か文学作品を読んだことがある?」
先輩は、僕のかなり痛い所を突いてきた。
なぜなら僕は、"平成より前の文学作品を読むと、すぐに眠ってしまう体質"だからだ。
現代の本ならば、普通に読めるのだが、
なぜか、"平成より前の文学作品を読む"と、すぐに眠ってしまうのだ。
……とりあえず僕は、そんな中で、唯一頑張って読んだ本を答えた。
「うーん……"武者小路実篤"の"友情"ぐらいですかね……」
僕は唯一タイトルに惹かれ、必死に読んだ本を言った。
「中々マニアックな本だね……友情かぁ……"大宮と野島の淡い青春ラブストーリー"……いいよねぇ……」
先輩はうっとりしたような顔で、幸せそうに言った。
だが、先輩の言い方だと、火を見るより明らかに内容に語弊があったので、僕はそこにツッコミを入れた。
「先輩!その説明だと"大宮と野島のラブストーリー"になっちゃいます!正しくは、"野島と杉子の淡い青春ストーリー"ですよ!断じて大宮は野島を変な意味で愛していませんから!野島も同様です!」
そう僕が言うと先輩は、はぁ……と軽く溜息をつき、こう言った。
「まぁ、どっちでも変わらん
だろ?分かる人には分かるって!」
今度は僕が、はぁぁぁぁ……と深く溜息をつき、ぷんぷん怒りながら、こう言った。
「何が、"分かる人には分かるって!"なんですか!?意味がわかりません!というか、意味が変わります!変わちゃいます!というか、先輩の言い方だと、"友情"の趣旨がかなり変わちゃいます!タイトルを"友情"から、"同性愛"に変えないといけなくなります!つまり、月とスッポンです!甘い恋愛とBLです!」
すると先輩は、何がショックなのか知らないが、消え入るような声で、「アハハ……」と笑った。
*
次の日の放課後、昨日と同じように先輩が教室の前まで迎えに来てくれた。
そのため僕は、先輩と二人きりで喋りながら部室まで行った。
「ガヤガヤガヤ……ガヤ……ガ……ヤ……」
部室に近づくと共に喧しい喧騒が、徐々に小さくなっていった。
「タッ、タッ、タッ……タン」
……部室の前に着いた。
「ガラガラ……バタン!」
部室のドアを開ける。
部室に入った先輩と僕は、栗色のボロい椅子に座った。
そして先輩は、今日の活動内容を話し始めた。
「さて、今日の活動内容を言います~!はい、中也君、拍手又は柏手!」
先輩は類義語を言って、僕に"ツッコミ"を入れさせようとした。
だが、今日あった苦手な体育ですっかり疲れてしまった僕は、消え入るような小さな声でこう言った。
「両方とも同じ意味ですぅ……先輩!真面目にやってください……今日は僕、色々あって疲れているんで、あんまりツッコミを入れる気力がないんですから……ふわぁ……」
僕は最後に軽く欠伸をした。
すると先輩は、
「疲れてるなら休む?俺の膝枕で?」
と訊いてきた。
……!?僕は顔を赤くして、
「んっ!……って、なんで会って二日目の先輩に、膝枕してもらわないといけないんですか!先輩は僕をなんだと思っているんですか!?」
と、膝枕を拒否し、尋ねた。
すると先輩は、「うーん……可愛い後輩!」とワンコな声で応えた。
……身体が気だるくなってきた。
「はぁ……それで結局、今日の活動内容は何ですか?……」
僕は、今にも瞑ってしまいそうな目を必死に開けながら、そう訊いた。
すると先輩からは、呆れるような、あほらしい様な、そんな感じの答えが返ってきた。
「予定通り……
"僕が中也君を膝枕する!"
という活動をしよう!」
先輩は、自信が溢れに溢れているような声で言った。
「なんで……なんでそんなことをしないといけないんですか……!」
僕は唇を噛み、眠いのを我慢して、軽くプンスカ怒りながら言った。
すると先輩は、
「だって中也君、さっきから疲れていて眠そうだし、それに色々体験しておいた方が小説って書きやすいよ?」
と図星なことを言ってきた。
「はぁ……分かりました。ちゃんとして下さいね?膝枕……」
僕は結局、睡魔に負けてしまい、つい了承してしまった。
「了解ー!」
僕はダークオークの床の上に正座した先輩の膝の上に頭を置いた。
そして、先輩がいる方とは逆の方向に向き、重い瞼をゆっくり閉じた。
「おやすみ、中也君……」
先輩の優しいバリトンボイスが耳に心地よく吸い込まれていき、僕はそのまま、「すー、すー」と寝てしまった。
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