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5品目:有る日のカレイの煮つけ(580円)
(5-6)人生の悦び
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「小学校の入学直後に心臓の病気が発覚してね。二年間の入院生活で、一度も退院することはなかった」
僕の脳裏に疑問が浮かび上がる。
アイハの外見は二十歳前後で、骨格も大人のものだ。さほど大きくはないが、胸も膨らんでいる。どう見ても小学生の体型ではない。
「アイハは『目が覚めたらお店の外にいた』って言ってました。外見はまったくの別人なのに、どうしてわかったんですか」
「わかるさ。名前を訊くまでもなく、一目でわかった」
「……幼馴染だから、ですか」
「それだけじゃないさ。見舞いの時に、母のすすめで絵本を持っていったんだ。私は料理の本がいいと抗議したのだが却下されたよ。絵本の内容はもっぱら空想的なものばかりだった。主人公の女の子はピンク色の髪だったり、翡翠色の瞳だったり、中世のエプロンドレスをまとっていたりと、いずれも非現実的な容姿をしていた」
まさに今のアイハの外見じゃないか。
つまりアイハは無意識に、大人に成長した自分の姿に、絵本のキャラクターの要素を盛り込んで実像化したというのか。生前の記憶がないのは、おそらく成長過程を自身の空想で捻じ曲げてしまったからだ。
幽霊は死ぬ前の姿として現れるものだと、当然のように思っていた。
見た目の割に言動がどこか幼いのも納得がいった。彼女の精神年齢は、小学校低学年で止まっているからだ。
「でも最初は、お店の手伝いをしたいっていうアイハの申し出を断ったんですよね」
「当たり前だ」
「幼い頃からの二人の夢だったのに、どうして」
「夢だったからこそさ。夢は生きている間に叶えるものだ。死んでからでは、叶わない。叶えてはいけない」
ユウさんの語気が強くなる。死後の存在を認識できる者としての、確かな決意や信念のように聞こえた。
「だが、結局あの子を受け入れてしまった。愛葉ともう一度話をしたい、一緒に働きたいと願ってしまった」
「……」
「記憶は、自分で取り戻さないと意味がないものだと私は思っている。だから私の口から真相を話すつもりはないし、愛葉の両親にこの店のことを教えるつもりもない。一方で、恐れているんだ。あの子がすべてを思い出したら、私の元から去ってしまうかもしれない。私は最愛の親友を、妹を、もう一度失うのが怖いんだ。そんなこと、はじめから知っていたはずなのに。受け入れるべきではなかったのに」
それでも手放したくなかったんだ、と語るユウさんの肩は小刻みに震えていた。
「今だって不安で仕方がないよ。このままアイハが戻ってこなかったらと想像するだけで叫びだしたくなる。君が来てくれて、本当によかった」
僕は知っている。
霊能力者だって、ただの人であることを。
幽霊が実在するとわかっていても、常日頃彼らに触れていても、それでもやはり人にとって死は恐ろしい。いくら生命にとって当たり前のことだとしても、畏怖がなくなることはない。だから時代や価値観が変わっても、インターネットで何でも調べられるようになっても、神や宗教はなくならない。大いなる存在に救済を求めてしまうのだ。
「ねえ、ユウさん」
理解することと受け入れることは根本的に異なる。
僕は幽霊を受け入れているが、理解はできていない。
彼らの孤独を、無常さを、運命を。
死ぬまでは、決してわからない。
「僕は、人生の素晴らしさを教えられる教師になりたいです」
その時になって、後悔しないように。
死んだように生きていた、なんて思わないように。
生を堪能した、と心の底から思えるように。
「そのためには、自分自身が人生を満喫しなきゃいけないんですよね」
勉強を頑張る。友達といっぱい遊ぶ。恋人とデートをする。仕事をまっとうする。後輩を指導する。片想いをする。趣味に没頭する。特技を極める。好きな音楽を見つける。お金を稼ぐ。子どもを育てる。他人に優しくする。
どれもが等しく人生だ。上も下もない。
「今のアイハは、きっと第二の人生を謳歌していると思います。だっていつも笑顔で、どんなに忙しくても楽しそうなんですもん」
ユウさんが、はっと顔を上げる。
「僕、アイハが料理を運んできてくれる時の表情が大好きなんです。顔に『さあ、おいしいのが来たぞ』って書いてあるんですよ。店主が作った料理を、あんなに誇らしげに持ってくるウエイターを他で見たことがないです」
「レシピ通りに作っているだけなんだがな」
苦笑するユウさんは、それでも嬉しそうだ。
「記憶がないのは、辛いことかもしれません。でもその分、新しい思い出を詰め込めるんですよ。今のアイハが充実しているのは、ユウさんのおかげなんです。だから心配する必要はありませんよ」
その瞬間が来たら泣いてしまうかもしれない。けれどもきっと、笑顔で送り出せる。
今という時を心から満喫できていたら。
「ユウさん。黒板の『ごちゃ混ぜコロッケ』が食べたいです」
人生に上下がないのなら、うまい飯を食うことだって、もちろん重要なのだ。
「……君は本当に、よく食うな」
料理を作ることだって、客と語り合うことだって、一緒に酒を飲むことだって、「おいしい」の一言を引き出すことだって。
人生はこんなにも、喜びに満ち溢れている。
僕の脳裏に疑問が浮かび上がる。
アイハの外見は二十歳前後で、骨格も大人のものだ。さほど大きくはないが、胸も膨らんでいる。どう見ても小学生の体型ではない。
「アイハは『目が覚めたらお店の外にいた』って言ってました。外見はまったくの別人なのに、どうしてわかったんですか」
「わかるさ。名前を訊くまでもなく、一目でわかった」
「……幼馴染だから、ですか」
「それだけじゃないさ。見舞いの時に、母のすすめで絵本を持っていったんだ。私は料理の本がいいと抗議したのだが却下されたよ。絵本の内容はもっぱら空想的なものばかりだった。主人公の女の子はピンク色の髪だったり、翡翠色の瞳だったり、中世のエプロンドレスをまとっていたりと、いずれも非現実的な容姿をしていた」
まさに今のアイハの外見じゃないか。
つまりアイハは無意識に、大人に成長した自分の姿に、絵本のキャラクターの要素を盛り込んで実像化したというのか。生前の記憶がないのは、おそらく成長過程を自身の空想で捻じ曲げてしまったからだ。
幽霊は死ぬ前の姿として現れるものだと、当然のように思っていた。
見た目の割に言動がどこか幼いのも納得がいった。彼女の精神年齢は、小学校低学年で止まっているからだ。
「でも最初は、お店の手伝いをしたいっていうアイハの申し出を断ったんですよね」
「当たり前だ」
「幼い頃からの二人の夢だったのに、どうして」
「夢だったからこそさ。夢は生きている間に叶えるものだ。死んでからでは、叶わない。叶えてはいけない」
ユウさんの語気が強くなる。死後の存在を認識できる者としての、確かな決意や信念のように聞こえた。
「だが、結局あの子を受け入れてしまった。愛葉ともう一度話をしたい、一緒に働きたいと願ってしまった」
「……」
「記憶は、自分で取り戻さないと意味がないものだと私は思っている。だから私の口から真相を話すつもりはないし、愛葉の両親にこの店のことを教えるつもりもない。一方で、恐れているんだ。あの子がすべてを思い出したら、私の元から去ってしまうかもしれない。私は最愛の親友を、妹を、もう一度失うのが怖いんだ。そんなこと、はじめから知っていたはずなのに。受け入れるべきではなかったのに」
それでも手放したくなかったんだ、と語るユウさんの肩は小刻みに震えていた。
「今だって不安で仕方がないよ。このままアイハが戻ってこなかったらと想像するだけで叫びだしたくなる。君が来てくれて、本当によかった」
僕は知っている。
霊能力者だって、ただの人であることを。
幽霊が実在するとわかっていても、常日頃彼らに触れていても、それでもやはり人にとって死は恐ろしい。いくら生命にとって当たり前のことだとしても、畏怖がなくなることはない。だから時代や価値観が変わっても、インターネットで何でも調べられるようになっても、神や宗教はなくならない。大いなる存在に救済を求めてしまうのだ。
「ねえ、ユウさん」
理解することと受け入れることは根本的に異なる。
僕は幽霊を受け入れているが、理解はできていない。
彼らの孤独を、無常さを、運命を。
死ぬまでは、決してわからない。
「僕は、人生の素晴らしさを教えられる教師になりたいです」
その時になって、後悔しないように。
死んだように生きていた、なんて思わないように。
生を堪能した、と心の底から思えるように。
「そのためには、自分自身が人生を満喫しなきゃいけないんですよね」
勉強を頑張る。友達といっぱい遊ぶ。恋人とデートをする。仕事をまっとうする。後輩を指導する。片想いをする。趣味に没頭する。特技を極める。好きな音楽を見つける。お金を稼ぐ。子どもを育てる。他人に優しくする。
どれもが等しく人生だ。上も下もない。
「今のアイハは、きっと第二の人生を謳歌していると思います。だっていつも笑顔で、どんなに忙しくても楽しそうなんですもん」
ユウさんが、はっと顔を上げる。
「僕、アイハが料理を運んできてくれる時の表情が大好きなんです。顔に『さあ、おいしいのが来たぞ』って書いてあるんですよ。店主が作った料理を、あんなに誇らしげに持ってくるウエイターを他で見たことがないです」
「レシピ通りに作っているだけなんだがな」
苦笑するユウさんは、それでも嬉しそうだ。
「記憶がないのは、辛いことかもしれません。でもその分、新しい思い出を詰め込めるんですよ。今のアイハが充実しているのは、ユウさんのおかげなんです。だから心配する必要はありませんよ」
その瞬間が来たら泣いてしまうかもしれない。けれどもきっと、笑顔で送り出せる。
今という時を心から満喫できていたら。
「ユウさん。黒板の『ごちゃ混ぜコロッケ』が食べたいです」
人生に上下がないのなら、うまい飯を食うことだって、もちろん重要なのだ。
「……君は本当に、よく食うな」
料理を作ることだって、客と語り合うことだって、一緒に酒を飲むことだって、「おいしい」の一言を引き出すことだって。
人生はこんなにも、喜びに満ち溢れている。
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