幽霊居酒屋『ゆう』のお品書き~ほっこり・じんわり大賞受賞作~

及川 輝新

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3品目:私のお侑め♪ 地獄の釜茹でスープ(390円)

(3-2)アイハ

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 ふんわりした声が降り注いでくる。



 背後から伸びてくる白く細い腕。肩からこぼれる長い髪。金と白で七対三の綺麗な比率を保ったジョッキ。

 僕はゆっくりと振り返る。

「あっ、お客さんもしかして人間さんですかぁ~? 珍しいですね~~」

 舌足らずな声で僕を「人間」と呼ぶ少女は、カントリー調のエプロンドレスに身を包んでいる。まるでおとぎの国の絵本から飛び出してきたみたいな格好だ。

 店員……だろうか。先日は見かけなかったが。

「こら、失礼だろアイハ」
「えへへ~珍しくてつい~」
「すまない、行真。こいつは少々常識に欠けていてな。許してやってくれ」

 ユウさんが目を伏せ、心の底から申し訳なさそうに俯く。

「あ、いえ、全然気にしてませんから」

 アイハと呼ばれた女の子は何が嬉しいのか、僕を見てずっとニコニコしている。

「ユウちゃーん! 生おかわりと、つくねレバーいかだ全部タレで!」

 遠くから注文が入ると、ユウさんは後ろ髪を引かれるように炭火のもとへと戻っていった。

「すみません~。私、思ったことをつい口に出しちゃうところがありまして~」

 女の子は口では謝っているが、相好は崩さないままだ。悪びれる様子もなさそうだった。本当に、考えたことと発言がそのまま連動しているのだろう。

「別にいいよ。僕も質問いい?」
「はい~、何なりとどうぞ~」


「もしかして、君も幽霊?」


 一瞬の間が生まれる。


 失礼なことを訊いているのは重々承知だ。病死にしろ事故死にしろ、初対面の若い女の子に「お前は死んでいるのか」なんて尋ねるべきじゃない。幽霊居酒屋という特殊な環境が、僕を少し不躾な態度にした。

「おっしゃる通り、私は一度この世を去った存在です~。今は色々あってユウちゃんのお手伝いをしてるんですよ~」

 答えははじめからわかっていた。

 日本の大衆居酒屋で、カントリー調のエプロンドレスを着て給仕をしている子に僕はこれまで遭遇したことがない。おまけに瞳は翡翠色で、腰まで伸びた髪はピンク色。くせっ毛なのか、ところどころハネている。幽霊というより、異世界からやってきたと言われた方がしっくりくる。アイハというらしいが、外国人だろうか?

「二人は元々知り合いだったの?」
「それはですね~……」

 ふわ、と揚げ物のにおいが漂ってくる。

 いつの間にかアイハの手元には、バスケットに盛られた六つの肉塊がある。

 口の中で、急激に唾が湧き上がってくる。

 アイハは自分の手元と僕を交互に眺めて、から揚げを掲げた。

 僕はそれを目で追う。

 アイハが今度は位置を少し低くした。

 つられて僕も目線を下げる。

 三度みたび、アイハが手を高くする。


 僕はばっと顔を上げる。

「ひとまず召し上がってからにしましょう~。お話どころではなさそうなので~」

 急に僕は恥ずかしくなって、顔が熱くなる。「待て」を命令された犬は、こんな気分なのだろうか。

「熱いうちにどうぞ~」と、アイハはビールの横にバスケットを置く。

 僕はから揚げの着席と同時に、大ぶりな肉にかぶりついた。

 口福こうふく

 もしゃもしゃと噛むたびに肉汁が溢れてくる。

 口腔に残った肉汁を惜しみつつも、ビールで流す。苦味のある炭酸が弾け、身体が再び脂を求めてくる。

「……プレモルおかわりで」
「はい~、プレモル追加~」

 ふわふわの口調とともにアイハは厨房へ移動し、慣れた手つきでビールを注いでいく。疑っているわけではなかったが、このお店で働いているというのは本当のようだ。

 厨房越しにビールを受け取り、二個目のから揚げに突入。

 結局、一皿食べ終わるまでにビール三杯を飲み干してしまった。

 さて、次は何を頼もうか。そういえば何かを忘れているような。

「……まぁいいか」

 忘れるくらいだから、大したことではなかったのだろう。それよりも次のおつまみだ。さすがにから揚げだけで満腹になるほど、男子大学生の胃袋は落ち着いていない。



 再びメニューブックを眺めていると、背後から視線を感じた。

 アイハが少し離れたところで、ニコニコと紙を掲げている。

「ん?」

 紙にはファンシーな字体で【☆スペシャルメニュー☆】と書かれている。これ、前にも見たことがあるような……。

 思い出した。前回メニューブックに挟んであった、謎ネーミングの献立だ。「腐ったわら人形」とか「亡者のはらわた」とか。あの時はユウさんがすぐに回収してしまったが、あれはもしやアイハが勝手に用意したものだったのか。「まだ残っていたのか」というユウさんのセリフにも合点がいく。当時はあのメニュー表を見て、このお店が幽霊居酒屋なのかと勘違いしてしまった。結果的に間違いではなかったけれど。

 僕は気づいていないフリをして、手元の市松模様のメニューブックを凝視する。

「ユッキーさぁ~ん……」
「うわっ!」

 僕の両足の間で、アイハが悲しそうにこちらを見つめていた。

「おひとついかがですかぁ~……」

 うっすら涙を浮かべているが、ノリが完全に「うらめしや~」だ。

「行真、どうした?」
「い、いえ! 別に!」

 とっさにかばってしまった。股下にアイハがいると答えたら、きっとこの子は怒られるのだろう。

「おすすめなんです~……。ユウちゃんは『メニュー名までホラーにしたら幽霊も寄り付かなくなる』って言うけれど、せめて一回くらい誰かに注文してほしいんです~……」

 涙目を通り越して、ぐずり始めている。見た目の年齢は同じくらいだが、享年はいくつなのだろう。



 とりあえず、改めてお手製のメニュー表を凝視する。



『三途の川風コップ酒♪ 400えん
『腐ったわら人形 260怨』
『亡者のはらわた 280怨』
『目玉煉獄焼き&肉の削ぎ切り 300怨』



 …………
 ……





 幽霊というより地獄だよ。
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