幽霊居酒屋『ゆう』のお品書き~ほっこり・じんわり大賞受賞作~

及川 輝新

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2品目:憂いの若鶏から揚げ(480円)

(2-2)教育実習生

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 僕は幼い頃、人とコミュニケーションをとるのが苦手だった。



 理由は二つある。

 ひとつは極度のインドア派だったから。僕はドッジボール、サッカー、虫取りといった子どもなら多かれ少なかれ興味を持つであろうコンテンツにほとんど触れてこなかった。スポーツは疲れるし痛いし、昆虫は気持ち悪いし、これらに夢中になるやつらの気持ちが理解できなかった。

 唯一好きなことといえば、ごはんを食べること。周りに合わせる必要もないし、同じ食材でも組み合わせや調理法によって味わいは無限だ。

 甘い、辛い、苦い、酸っぱい、しょっぱい、熱い、冷たい、硬い、柔らかい、脂っこい、さっぱり、カリカリ、ホクホク、サクサク、パリパリ、トロトロ、ベチャベチャ、ゴリゴリ、ハフハフ、モニュモニュ、プチプチ。舌の上で起きる七変化に、僕は夢中だった。

 おいしい、おいしくない。

 どんな遊びよりも単純で奥深くて、自分に正直になれる時間だった。



 そしてもうひとつの理由。

 それは、人と人以外の区別がつかなかったから。

 僕の瞳には、人間以外の存在が映っている。

 それは風景とか建物とか動物とか植物とかではなくて、人間には本来見えないはずのもの。不確定で、現代の科学では証明不可能な、生き物であり死に物。



 つまりは幽霊だ。



 テレビや本で調べた情報によると、霊感には強弱があるらしい。同じ「視える」でも、その大多数は黒い靄が立ち昇っているとか、それがぼんやりと人の形をしている気がするとか程度のものだという。

 だが僕にははっきりと視認できてしまう。体型も、髪の長さも、手の大きさも。

「そっか。だからわたしたちのことも見えるんだ」
「首のほくろまでばっちりだよ」

 ついでに胸の大きさも。マナは、割とデカい。

 僕にとって幽霊は非日常的な存在ではない。だからこそこの状況をすんなり受け入れることができた。

 小学校時代は一クラス三十人制だったが、毎年一人か二人はがいた。廊下を歩いていたら呼び止められて、振り返ったら相手の口どころか顔そのものがなかったなんて経験はざらにある。

 彼らに悪意があるのか、幼い僕には判断がつかなかった。ゆえに見えないフリをし続けてきた。

 しかし声をかけてくる相手が、必ずしも幽霊とは限らない。小学生にとって、シカトは孤立につながる大きな原因となりうるのだ。


 僕は友達を作ることができなかった。


 中学生になり、僕はますます人を避けるようになる。休み時間には空き教室やトイレの個室など、生徒が入ってこない場所に逃げる毎日を送っていた。休日は一歩も外に出ず、半ば引きこもりのような状態だった。

 転機が訪れたのは、二年の初夏のことだ。


 うちのクラスに教育実習生がやってきた。


「はじめまして。望海のぞみすみかです。教壇の前で自己紹介するなんて、転校生みたいでなんだか緊張しちゃうな。これから一か月間よろしくお願いします」


 うなじを撫でる黒髪のポニーテールと、ピンクのカーディガンが印象的だった。

 クラス全体を見渡して、深くお辞儀する。顔を上げた瞬間、目が合ったような気がした。

 女性の実習生は我が一組だけだったらしく、他のクラスからは相当羨ましがられた。休み時間には男女問わず生徒が群がり、一週間も経つ頃には、女子からは姉のように慕われていた。放課後のカラオケに誘われているところも目撃したことがある。さすがに特定の生徒と遊びに行くわけにもいかず、困ったような笑みを浮かべていたが。

 僕はといえば望海先生とは一切会話をすることもなく、初日以来まともに顔を見ることもなかった。小学校の時の教育実習とまったく一緒だ。あとは最終日に寄せ書きで「ありがとうございました。頑張ってください」なんてありきたりなメッセージを残すのみ。



「でも、それで終わらなかったんでしょ?」

 マナがジョッキを傾けながら合いの手を入れる。

 ここまでくれば、僕の想い人が誰なのかわかっているだろう。さっきまで野次馬のように好奇心を剥き出しだったのに、いざ話し始めるとこちらのペースに合わせてくれる。おかげで僕は、触れたくない過去に少しずつ近づくことができる。



「昼食はいつも、買い弁だったんだ」
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