上 下
16 / 37
三話:降霊バーで、馴染みの一杯を。

(3-3)死の真相

しおりを挟む
 深夜十一時半。

 この時間から、『Re:union』は降霊バーとしての顔を見せる。

 予約の渡辺わたなべさんはきょろきょろと店内を見回し、丸眼鏡のツルをいじりながら、カルーアミルクに口を付けていた。その様子は新居に連れてこられた猫のようだ。丸い眼鏡の向こうで、黒目がせわしなく動いている。年齢は私と同じか、少し若いくらいか。

「あの、本当に霊を降ろせるんですよね。詐欺だったら警察に通報しますから」
「嘘は申しません。メールで事前にお伝えした通りです」
「ね、念のため名刺を貰えますか。こっちは渡しませんけど」

 よほど警戒しているのか、カバンを決して手放さず、今にもダッシュで逃げ出してしまいそうだ。気持ちはわからなくもないが、ここまであからさまに不信感を出されると、少しげんなりしてしまう。

 こういうタイプのお客さんにも慣れているのだろう、葬馬さんは笑顔を崩さず「葬馬空」と書かれた縦型の名刺を差し出した。

「す、すいません。失礼なのは承知しています。ただ、もう他に頼れるところがなくて」
「構いませんよ。当店にいらっしゃるお客様は訳ありの方も多いですから」

 訳あり、という言葉に反応し、渡辺さんは悲痛に顔を歪める。そしてポケットからキーホルダーを取り出した。デフォルメされた熊の顔のアクリルキーホルダーだ。

「彼女の手作りです。僕の宝物です」

 両手でぎゅっと握りしめ、渡辺さんは今にも泣き出してしまいそうだった。こんなに若くして恋人を失い、現実を受け止めきれていないのかもしれない。

「渡辺様がお会いしたい方は、付き合ったばかりの恋人だとうかがいましたが」

 葬馬さんの問いに、渡辺さんは俯いたまま答える。



「……僕は、恋人を殺めた犯人を見つけるためにここに来ました」



 葬馬さんの目つきが険しくなる。

 恋人が、殺された?

「事前に禁止事項でお伝えの通り、事件に関わる降霊はお断りしているはずですが」

 柔和な笑みを浮かべたままの葬馬さんだが、声のトーンは低い。言葉の端に苛立ちをにじませている。

「わかっています。だからあえて詳細は伏せていました。でもさっき言った通り、他に方法が残っていないんです。警察は事故で処理しましたが、あれは間違いなく殺人だ。探偵も役に立たなかった。彼女の……哀歌あいかの無念を晴らせるのは僕しかいない」

 先ほどまでのおどおどした態度から一転、断固とした意志が伝わってくる。

「お言葉ですが渡辺様。刑事事件や個人のトラブルには関与できかねます。この国の法律で幽霊に関する規定がない以上、不用意な降霊は依頼者や警察を混乱させる恐れがありますので」

 葬馬さんの言い分はもっともだ。少なくとも日本では透視や超能力を利用した捜査は認められていない。降霊を通して特定した人物が犯人じゃなかったとしたら、その人の人生を狂わせかねないのだ。

「警察や探偵が事件性はないと判断したのであれば、それは事故だったのでしょう。納得のいかないお気持ちは理解できますが……」
「気持ちの問題じゃない! 状況証拠だっていくつもあるんですよ!」

 誰にも相手にしてもらえなかった怒りが再燃しているのか、渡辺さんは声を張り上げた。

「その状況証拠は警察にお伝えしたのですか?」
「もちろんです。でも『事故の可能性を否定する根拠には足りない』とあしらわれました。きっと一度事故として処理したものを蒸し返されるのが面倒なんでしょう。彼らにとっては一年の中で何百何千とある事件のひとつかもしれない。でも僕にとって哀歌はたった一人の恋人で、かけがえのないパートナーなんです」

 渡辺さんは床に膝をつけ、私たちを見上げた。

「哀歌は僕という日陰者に光を、生きる意味を与えてくれました。なのに僕は彼女に何も返せていない。その機会すら失ってしまった。せめて彼女が安らかに眠れるよう犯人の手掛かりだけでも見つけることが、僕の使命なんです。お金ならいくらでも払います。だから、だから……」

 額を床にこすりつけ、声を震わせる。丸まった背中から悔しさがにじみ出ていて、直視するだけで胸が締め付けられる。

「ねえ、力を貸してあげようよ」

 私は小声で、葬馬さんに耳打ちする。

「下手な同情は身を滅ぼすぞ」
「葬馬さんがこの仕事をしているのって、お金のためだけじゃないんでしょ? 役に立つ情報が得られれば後は渡辺さんに任せればいいし、本当に事故死だったら彼の気も晴れるだろうし」
「やけに客の肩を持つじゃねえか」
「……だって、受け止めきれないよ。大事な人が突然いなくなっちゃったら」

 私も大切な家族を亡くしている。渡辺さんの恋人と死因はまるで異なるけれど、胸に抱えたものはきっと似ている。

「……長くなっても、残業代は出ないからな」

 葬馬さんはため息をつき、渡辺さんに顔を上げさせるよう私に顎で合図する。やっぱりこの人、口は悪いけれど根は親切なんだ。



 それが無性に嬉しくなり、思わず笑みがこぼれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ひとりむすめ

山下真響
現代文学
高校三年生になった千代子にはパートナーがいます。声が小さすぎる『夫』との共同生活をする中で、ある特殊な力を手に入れました。池に棲む鯉が大海に出るまでのお話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

シムヌテイ骨董店

藤和
ライト文芸
とある骨董店と、そこに訪れる人々の話。 日常物の短編連作です。長編の箸休めにどうぞ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

短編集 片山市立大原小学校高学年女子

あおみなみ
ライト文芸
日本全国どこにでもありそうな地方都市「F県片山市」 そんな街の、どこにでもいたであろう小学生の女の子にスポットを当てました まだまだコドモの小学生だけれど、心身の悩みも楽しみもそれなりに抱え、大人になるための準備中です。 時代設定は昭和50年代の半ば(1978~80年)です。その時代をご存じの方にもピンと来ない方にも楽しんでいただければ幸いです。

処理中です...