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三話:降霊バーで、馴染みの一杯を。
(3-3)死の真相
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深夜十一時半。
この時間から、『Re:union』は降霊バーとしての顔を見せる。
予約の渡辺さんはきょろきょろと店内を見回し、丸眼鏡のツルをいじりながら、カルーアミルクに口を付けていた。その様子は新居に連れてこられた猫のようだ。丸い眼鏡の向こうで、黒目がせわしなく動いている。年齢は私と同じか、少し若いくらいか。
「あの、本当に霊を降ろせるんですよね。詐欺だったら警察に通報しますから」
「嘘は申しません。メールで事前にお伝えした通りです」
「ね、念のため名刺を貰えますか。こっちは渡しませんけど」
よほど警戒しているのか、カバンを決して手放さず、今にもダッシュで逃げ出してしまいそうだ。気持ちはわからなくもないが、ここまであからさまに不信感を出されると、少しげんなりしてしまう。
こういうタイプのお客さんにも慣れているのだろう、葬馬さんは笑顔を崩さず「葬馬空」と書かれた縦型の名刺を差し出した。
「す、すいません。失礼なのは承知しています。ただ、もう他に頼れるところがなくて」
「構いませんよ。当店にいらっしゃるお客様は訳ありの方も多いですから」
訳あり、という言葉に反応し、渡辺さんは悲痛に顔を歪める。そしてポケットからキーホルダーを取り出した。デフォルメされた熊の顔のアクリルキーホルダーだ。
「彼女の手作りです。僕の宝物です」
両手でぎゅっと握りしめ、渡辺さんは今にも泣き出してしまいそうだった。こんなに若くして恋人を失い、現実を受け止めきれていないのかもしれない。
「渡辺様がお会いしたい方は、付き合ったばかりの恋人だとうかがいましたが」
葬馬さんの問いに、渡辺さんは俯いたまま答える。
「……僕は、恋人を殺めた犯人を見つけるためにここに来ました」
葬馬さんの目つきが険しくなる。
恋人が、殺された?
「事前に禁止事項でお伝えの通り、事件に関わる降霊はお断りしているはずですが」
柔和な笑みを浮かべたままの葬馬さんだが、声のトーンは低い。言葉の端に苛立ちをにじませている。
「わかっています。だからあえて詳細は伏せていました。でもさっき言った通り、他に方法が残っていないんです。警察は事故で処理しましたが、あれは間違いなく殺人だ。探偵も役に立たなかった。彼女の……哀歌の無念を晴らせるのは僕しかいない」
先ほどまでのおどおどした態度から一転、断固とした意志が伝わってくる。
「お言葉ですが渡辺様。刑事事件や個人のトラブルには関与できかねます。この国の法律で幽霊に関する規定がない以上、不用意な降霊は依頼者や警察を混乱させる恐れがありますので」
葬馬さんの言い分はもっともだ。少なくとも日本では透視や超能力を利用した捜査は認められていない。降霊を通して特定した人物が犯人じゃなかったとしたら、その人の人生を狂わせかねないのだ。
「警察や探偵が事件性はないと判断したのであれば、それは事故だったのでしょう。納得のいかないお気持ちは理解できますが……」
「気持ちの問題じゃない! 状況証拠だっていくつもあるんですよ!」
誰にも相手にしてもらえなかった怒りが再燃しているのか、渡辺さんは声を張り上げた。
「その状況証拠は警察にお伝えしたのですか?」
「もちろんです。でも『事故の可能性を否定する根拠には足りない』とあしらわれました。きっと一度事故として処理したものを蒸し返されるのが面倒なんでしょう。彼らにとっては一年の中で何百何千とある事件のひとつかもしれない。でも僕にとって哀歌はたった一人の恋人で、かけがえのないパートナーなんです」
渡辺さんは床に膝をつけ、私たちを見上げた。
「哀歌は僕という日陰者に光を、生きる意味を与えてくれました。なのに僕は彼女に何も返せていない。その機会すら失ってしまった。せめて彼女が安らかに眠れるよう犯人の手掛かりだけでも見つけることが、僕の使命なんです。お金ならいくらでも払います。だから、だから……」
額を床にこすりつけ、声を震わせる。丸まった背中から悔しさがにじみ出ていて、直視するだけで胸が締め付けられる。
「ねえ、力を貸してあげようよ」
私は小声で、葬馬さんに耳打ちする。
「下手な同情は身を滅ぼすぞ」
「葬馬さんがこの仕事をしているのって、お金のためだけじゃないんでしょ? 役に立つ情報が得られれば後は渡辺さんに任せればいいし、本当に事故死だったら彼の気も晴れるだろうし」
「やけに客の肩を持つじゃねえか」
「……だって、受け止めきれないよ。大事な人が突然いなくなっちゃったら」
私も大切な家族を亡くしている。渡辺さんの恋人と死因はまるで異なるけれど、胸に抱えたものはきっと似ている。
「……長くなっても、残業代は出ないからな」
葬馬さんはため息をつき、渡辺さんに顔を上げさせるよう私に顎で合図する。やっぱりこの人、口は悪いけれど根は親切なんだ。
それが無性に嬉しくなり、思わず笑みがこぼれた。
この時間から、『Re:union』は降霊バーとしての顔を見せる。
予約の渡辺さんはきょろきょろと店内を見回し、丸眼鏡のツルをいじりながら、カルーアミルクに口を付けていた。その様子は新居に連れてこられた猫のようだ。丸い眼鏡の向こうで、黒目がせわしなく動いている。年齢は私と同じか、少し若いくらいか。
「あの、本当に霊を降ろせるんですよね。詐欺だったら警察に通報しますから」
「嘘は申しません。メールで事前にお伝えした通りです」
「ね、念のため名刺を貰えますか。こっちは渡しませんけど」
よほど警戒しているのか、カバンを決して手放さず、今にもダッシュで逃げ出してしまいそうだ。気持ちはわからなくもないが、ここまであからさまに不信感を出されると、少しげんなりしてしまう。
こういうタイプのお客さんにも慣れているのだろう、葬馬さんは笑顔を崩さず「葬馬空」と書かれた縦型の名刺を差し出した。
「す、すいません。失礼なのは承知しています。ただ、もう他に頼れるところがなくて」
「構いませんよ。当店にいらっしゃるお客様は訳ありの方も多いですから」
訳あり、という言葉に反応し、渡辺さんは悲痛に顔を歪める。そしてポケットからキーホルダーを取り出した。デフォルメされた熊の顔のアクリルキーホルダーだ。
「彼女の手作りです。僕の宝物です」
両手でぎゅっと握りしめ、渡辺さんは今にも泣き出してしまいそうだった。こんなに若くして恋人を失い、現実を受け止めきれていないのかもしれない。
「渡辺様がお会いしたい方は、付き合ったばかりの恋人だとうかがいましたが」
葬馬さんの問いに、渡辺さんは俯いたまま答える。
「……僕は、恋人を殺めた犯人を見つけるためにここに来ました」
葬馬さんの目つきが険しくなる。
恋人が、殺された?
「事前に禁止事項でお伝えの通り、事件に関わる降霊はお断りしているはずですが」
柔和な笑みを浮かべたままの葬馬さんだが、声のトーンは低い。言葉の端に苛立ちをにじませている。
「わかっています。だからあえて詳細は伏せていました。でもさっき言った通り、他に方法が残っていないんです。警察は事故で処理しましたが、あれは間違いなく殺人だ。探偵も役に立たなかった。彼女の……哀歌の無念を晴らせるのは僕しかいない」
先ほどまでのおどおどした態度から一転、断固とした意志が伝わってくる。
「お言葉ですが渡辺様。刑事事件や個人のトラブルには関与できかねます。この国の法律で幽霊に関する規定がない以上、不用意な降霊は依頼者や警察を混乱させる恐れがありますので」
葬馬さんの言い分はもっともだ。少なくとも日本では透視や超能力を利用した捜査は認められていない。降霊を通して特定した人物が犯人じゃなかったとしたら、その人の人生を狂わせかねないのだ。
「警察や探偵が事件性はないと判断したのであれば、それは事故だったのでしょう。納得のいかないお気持ちは理解できますが……」
「気持ちの問題じゃない! 状況証拠だっていくつもあるんですよ!」
誰にも相手にしてもらえなかった怒りが再燃しているのか、渡辺さんは声を張り上げた。
「その状況証拠は警察にお伝えしたのですか?」
「もちろんです。でも『事故の可能性を否定する根拠には足りない』とあしらわれました。きっと一度事故として処理したものを蒸し返されるのが面倒なんでしょう。彼らにとっては一年の中で何百何千とある事件のひとつかもしれない。でも僕にとって哀歌はたった一人の恋人で、かけがえのないパートナーなんです」
渡辺さんは床に膝をつけ、私たちを見上げた。
「哀歌は僕という日陰者に光を、生きる意味を与えてくれました。なのに僕は彼女に何も返せていない。その機会すら失ってしまった。せめて彼女が安らかに眠れるよう犯人の手掛かりだけでも見つけることが、僕の使命なんです。お金ならいくらでも払います。だから、だから……」
額を床にこすりつけ、声を震わせる。丸まった背中から悔しさがにじみ出ていて、直視するだけで胸が締め付けられる。
「ねえ、力を貸してあげようよ」
私は小声で、葬馬さんに耳打ちする。
「下手な同情は身を滅ぼすぞ」
「葬馬さんがこの仕事をしているのって、お金のためだけじゃないんでしょ? 役に立つ情報が得られれば後は渡辺さんに任せればいいし、本当に事故死だったら彼の気も晴れるだろうし」
「やけに客の肩を持つじゃねえか」
「……だって、受け止めきれないよ。大事な人が突然いなくなっちゃったら」
私も大切な家族を亡くしている。渡辺さんの恋人と死因はまるで異なるけれど、胸に抱えたものはきっと似ている。
「……長くなっても、残業代は出ないからな」
葬馬さんはため息をつき、渡辺さんに顔を上げさせるよう私に顎で合図する。やっぱりこの人、口は悪いけれど根は親切なんだ。
それが無性に嬉しくなり、思わず笑みがこぼれた。
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