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二話:降霊バーで、かつての一杯を。

(2-2)バーの日常

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「やっと終わったぁ……!」

 開店十分前。店内清掃がようやく終わり、私は壁に背中を預けながらモップの柄を杖代わりにして、呼吸を整えていた。

 ホールに始まりキッチン、倉庫、トイレ、奥の和室、お店の周辺まで徹底的に掃除を叩き込まれたおかげでくたくただ。会社の大掃除ですらここまで頑張った記憶はない。私は物語導入部のシンデレラか。

「ご苦労。掃除を他人に任せられるのは楽でいいな」

 葬馬さんは意地悪な継母のごとく、目にかかった銀髪を払う。息の乱れた私の前で優雅にアイスミルクなんて飲みやがって。

「わ、私もお水……」
「よし、次は棚卸だ。倉庫にある品物をこのリストにまとめてこい」

 ストローでズズズ、と音を立てて飲み干し、紙束を押し付けてくる。

 予想以上の酷使っぷりだった。ここぞとばかりに、お酒を作る以外の仕事は全部私に押し付けるつもりなのかもしれない。

 あ、あとは、降霊も彼の担当か。

 昨日の流れを振り返ってみると、まぁ見事に口車に乗せられたものだ。私が入店した瞬間、落ち込んでいるのを察したのだろう。それとなく話題を振って身の上話をさせて、ここぞというタイミングで降霊を持ちかける。心の拠りどころを求める私はまんまと大金を支払ってしまった。

 今日もお客さんが来たら営業をかけるのだろうか。それは別に構わない。ただ、追加料金が発生するような展開は阻止しなければ。この点ばかりは私も未だに納得していないのだ。あの時はいくらお父さんが乗り移っていたとはいえ、少しくらいは自我が残っていた可能性もあるんじゃないか。意識があったにもかかわらずお酒のおかわりをしたのなら、やはりぼったくりに等しい。

 私は倉庫のお酒を数えながら、時折フロアの様子をうかがっていた。

 開店から三十分後。一組の男女がやってきた。年齢はともに三十代前半といったところか。夫婦にしてはやけにベタベタしていたから、付き合いたてのカップルかもしれない。あるいは不倫か。

 接客中の葬馬さんは柔和なスマイルを張り付け、終始好印象のマスターを演じていた。

 カップルとほぼ入れ違いに、顎に白いひげをたくわえたジェントルマンが来店した。彼はウイスキーのロックを一時間かけてゆっくりと味わっていた。文庫本を読んだり革張りの手帳に何か書き込んだりしながら一人の時間を楽しみ、一言も発さずに店を後にした。

 三組目も男性で、年齢は二十歳そこそこ。バーが初めてらしく、葬馬さんにお酒の飲み方のレクチャーを受けていた。様々なベースのカクテルを試し、最終的にラムコークが気に入ったようだ。

 十時以降は一人のお客さんも訪れず、勤務初日の閉店時間を迎えた。やはり繁盛しているとは言い難く、毎日これほど閑散としているなら、家賃を払うのもやっとだろう。

「……だから降霊をやってるのか」

 私は納得した。

 目的は人助けじゃなくて、ただのお金稼ぎ。

 否定はしないけれど、どこかがっかりした気持ちがあるのも否めない。あるいは私が勝手に期待していただけ。葬馬さんは口が悪いだけじゃなく、優しい一面も持っているのだと信じたかった。

 もちろんお金は大事だ。自営業ならなおさら。ただ人の心の弱い部分に付け込んでいるみたいで、やはりスッキリしない。

「おいアダチ、外の看板下げてこい」
「……はーい」

 お店の外に設置したスタンド看板を畳んでいると、ふと背後に人の気配を感じた。振り返ると、痩身の男性が私を見下ろしていた。

「すみません、本日は営業終了しまして」

 男性は四十代後半くらいで、グレーのジャケットにベージュのパンツというカジュアルな出で立ちだった。髪が短くきれいに切り揃えられているからか、中途半端な長さのひげに目が行ってしまう。無精ひげと呼ぶには長く、普段から手入れしているようにも見えなかった。カバンは持っていないので仕事帰りというわけではなさそうだ。

「十一時半に予約した衣笠きぬがさですが」
「予約……ですか? この時間に」

『Re:union』の営業時間は夜七時から十一時半までだ。ラストオーダーは十一時。閉店時間に予約が入るなんてありえないし、そもそもこんな寂れたバー、リザーブせずともいつでも来られるだろう。

 私が返答に困っていると、小窓から葬馬さんが顔を覗かせた。

「お待ちしておりました、衣笠様。どうぞ中へ」

 知らない人が見れば白馬の王子様とでも勘違いしてしまいそうなキラキラした笑顔を見て、私は一瞬で悟る。



 この男性は飲食店としてのバーではなく、降霊バーに用があるのだ。
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