55 / 58
【最終話】初恋は終わりました。 side A
しおりを挟む室長改めカイル様の求婚を受け入れると、両親が王都に飛んできた。カイル様と会った両親は「あの方なら安心だわ」と、あからさまな歓迎ムードだ。もしかしたら今までとても心配をかけてたのかな……。
同僚のセスさんとアントンさんにも報告した。セスさんに「職場ではいちゃつかないでくださいね」と爽やかに言われた。そんなことしてないもの……。職場では変わらず『室長』ってちゃんと呼んでるし。
そして今日、カイル様と初めて一緒にパーティーに参加する。伯爵位以上を集めた王室主催のものだ。
初めて贈っていただいたドレスは、エメラルドグリーンに白銀の刺繍が施されたプリンセスラインでとても上品な印象だ。ふたりの色を意識しているみたいで何だか照れてしまう。
支度を手伝ってくれたマリが「お似合いです」とにっこり笑った。……マリから似合うって、久しぶりに言われた気がするわ。
エントラスに向かうと、すでに迎えに来てくれてたカイル様が両親と話していた。白銀の刺繍の入ったタキシード姿のカイル様が、私に気づいて優しく微笑む。
……婚約してからちょっとした仕草に色気を感じるのよね。職場では変わらないから余計、ふたりになると緊張してしまう。
そんな私の手を優しくとって、カイル様はニヤリと笑った。
「緊張してるのか?」
「……してません」
私達のやり取りを生暖かい目で見守っていた両親に見送られて、一足先に王宮に向かった。
会場に入るとすぐに学園からの友人達に会えた。その中にはメリッサ様に引きずられてきたエイデンもいる。カイル様と丁寧な挨拶をしたあとは、みんな変わらずに接してくれた。
婚約解消したばかりなので批難されることも少し覚悟していたけど、意外にも男爵子息が『ピンク』様に傾倒してたことは知れ渡っていたみたいで周囲の目は優しい。
「私、お茶会でたくさんお友達に『相談』しましたもの」
「わたくしも」
友人達も協力してくれていたとを知った。私を思ってくれたことが嬉しい。男爵子息とも友人だったけど、『ピンク』様に簡単に靡いてしまった時点で、女性達の評価は底辺に落ちてしまったみたい。
「学園の頃はあんなに一途でいらしたのに……」
「そんなこと、」
思わず漏らしてしまった友人の言葉を他の友人達がそっと諌める。私は自嘲気味に微笑んだ。
「確かに学園の頃、ずっと私に好意を示してくださったですけど……。あの方から贈られてくるものはどれも私には可愛らしいものだったので……。今思えば、もともと私はあの方のお好みではなかったのかもしれません」
私の言葉に眉を顰めた友人達があらためて私の姿を眺めてからにっこりと微笑んだ。
「今日のドレスはとってもお似合いですわ」
「ありがとうございます」
私も微笑む。カイル様の選んでくれたドレスは華やかだけど何故かほっとする。褒めてもらえると嬉しい。
エイデンが眉間のシワを深くして突然話しだした。
「確かに一途だったかもしれないが、ネオルト男爵子息は女性に優しかったからな。恋情を抱く令嬢も少なからずいただろう。私には、それに応えられないことを楽しんでいるように見えることもあったしな」
いきなり毒を吐いてきた。
友人たちもその言葉に合点がいったような顔をした。
このあと聞いた話では、父である男爵も若い頃にいろいろあって、隣国から花嫁を招くことになったらしい。けどそれも事業拡大の糧にしたのだから実業家としては才能があるのだろう。もしかしたら、彼もそうなるのかも知れないわ。
そんなことを考えてると会場に王族の方々が入ってこられた。記憶より少し背の伸びた第三王子殿下の隣には公爵令嬢が悠然と微笑んでいらっしゃる。
「『ピンク』様のところには行かなかったのね……」
私が思わず呟くと、近くにいたエイデンがこちらを見ずに返してきた。
「婿入り先があれでは下手したら平民だからな。現実を見ればそうなるだろ。……それに公爵令嬢が第三王子を躾けるために本気を出したらしい」
「本気……」
何だろう。第三王子の首に見えないはずの首輪が見える。
と言うことは『ピンク』様はネオルト男爵子息を選んだのかしら。どちらでも構わないけど、こういうのはもうお仕舞いにしてほしいわ。きっとネオルト男爵子息なら……、
「いつまで他の男のことを考えてるんだ?」
突然腰を引かれ、耳元でカイル様の声がした。思考が一瞬で霧散する。
振り返ると思ったより近い距離で深緑の瞳が私を見下ろしていた。何やら色気まで出てる。友人達の小さな悲鳴が聞こえた。
「歓談中申し訳ないが、そろそろ婚約者とのファーストダンスを楽しんできてもよろしいだろうか」
カイル様は友人達に上品な笑顔で言ったあと、私の手をとってホールの中央に向かい歩きだした。耳の後ろが熱い。
……カイル様の前でする話ではなかったわよね。無神経だったわ。
向き直り私の腰に手を添えながらニヤリと笑った。
「私に対して小さいことは気にするな。言っただろう?『そのままでいい』と」
ダンスが始まる。
「そんなこと言って、本当にありのままに振る舞ったら驚いてしまっても知りませんよ」
少しだけ睨むと楽しそうに笑った。む、可愛い……。
「どんなのか想像がつく気もするが……、想像を超えてくることを期待してる」
また大人の余裕だ。少し面白くない気持ちになりながらも、私はエメラルドグリーンのドレスを翻してくるくると踊る。カイル様のエスコートは安心するけどやっぱり落ち着かない。
私はカイル様に恋をし始めているのだと思う。
それは彼に向けていた想いとはまるで違っていて、もしかしてあれは恋ではなかったのかとすら思えてくる。けど間違いなく私はあの頃、一所懸命に彼を想っていた。拙かったけど初恋だったのだ。
カイル様の顔をそっと見上げると、踊ってる途中なのに額に軽くキスをされた。
「余計なことを考えてるからだ」
顔を赤くした私に少し意地悪に微笑む。……私だって負けてられない。
「後できちんとしたやり直しを要求します」
まっすぐに見て言うとカイル様がきょとんとした顔をした。ふふ。初めて見る顔だわ。私は機嫌よくふわりと回る。
――幸せになろう。幸せにしよう。
私は密かな誓いを胸にカイル様の目を見つめて微笑んだ。
初恋は終わりました。
◇ ◇ ◇
最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
兄視点と彼視点を追加してこの話は完結とする予定です。
10
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します
水空 葵
ファンタジー
貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。
けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。
おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。
婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。
そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。
けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。
その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?
魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです!
☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。
読者の皆様、本当にありがとうございます!
☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。
投票や応援、ありがとうございました!
婚約破棄で絶望しましたが、私は愛し愛される人に出会えて幸せです
腹鳴ちゃん
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄されたフロリアーヌ。愛されていると思っていたお父様と信頼していた婚約者に裏切られ、絶望する。
しかし、精霊様の力を借りて記憶を消し、新たな世界へ!そこでは今までの生活とは全然違う!真に愛する人も見つかって、フロリアーヌは幸せになります。
元『気持ちの切り替えだけは得意です。』連載版に合わせて変えました。
死を表現するところがあるため、保険でR15にしておきます。
当方、処女作のため温かい目で見てくださると助かります。
お話書くのってむずかしい
※なろう様にも掲載しております。
お気に入り・しおり登録ありがとうございます!
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」
これが婚約者にもらった最後の言葉でした。
ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。
国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。
やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。
この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。
※ハッピーエンド確定
※多少、残酷なシーンがあります
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2021/07/07 アルファポリス、HOT3位
2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位
2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位
【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676)
【完結】2021/10/10
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~
Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。
その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。
そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた──
──はずだった。
目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた!
しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。
そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。
もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは?
その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー……
4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。
そして時戻りに隠された秘密とは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる