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【最終話】初恋は終わりました。 side A

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 室長改めカイル様の求婚を受け入れると、両親が王都に飛んできた。カイル様と会った両親は「あの方なら安心だわ」と、あからさまな歓迎ムードだ。もしかしたら今までとても心配をかけてたのかな……。

 同僚のセスさんとアントンさんにも報告した。セスさんに「職場ではいちゃつかないでくださいね」と爽やかに言われた。そんなことしてないもの……。職場では変わらず『室長』ってちゃんと呼んでるし。



 そして今日、カイル様と初めて一緒にパーティーに参加する。伯爵位以上を集めた王室主催のものだ。
 初めて贈っていただいたドレスは、エメラルドグリーンに白銀の刺繍が施されたプリンセスラインでとても上品な印象だ。ふたりの色を意識しているみたいで何だか照れてしまう。
 支度を手伝ってくれたマリが「お似合いです」とにっこり笑った。……マリから似合うって、久しぶりに言われた気がするわ。

 エントラスに向かうと、すでに迎えに来てくれてたカイル様が両親と話していた。白銀の刺繍の入ったタキシード姿のカイル様が、私に気づいて優しく微笑む。
 ……婚約してからちょっとした仕草に色気を感じるのよね。職場では変わらないから余計、ふたりになると緊張してしまう。

 そんな私の手を優しくとって、カイル様はニヤリと笑った。

「緊張してるのか?」

「……してません」

 私達のやり取りを生暖かい目で見守っていた両親に見送られて、一足先に王宮に向かった。


 会場に入るとすぐに学園からの友人達に会えた。その中にはメリッサ様に引きずられてきたエイデンもいる。カイル様と丁寧な挨拶をしたあとは、みんな変わらずに接してくれた。

 婚約解消したばかりなので批難されることも少し覚悟していたけど、意外にも男爵子息が『ピンク』様に傾倒してたことは知れ渡っていたみたいで周囲の目は優しい。

「私、お茶会でたくさんお友達に『相談』しましたもの」

「わたくしも」

 友人達も協力してくれていたとを知った。私を思ってくれたことが嬉しい。男爵子息とも友人だったけど、『ピンク』様に簡単に靡いてしまった時点で、女性達の評価は底辺に落ちてしまったみたい。

「学園の頃はあんなに一途でいらしたのに……」

「そんなこと、」

 思わず漏らしてしまった友人の言葉を他の友人達がそっと諌める。私は自嘲気味に微笑んだ。

「確かに学園の頃、ずっと私に好意を示してくださったですけど……。あの方から贈られてくるものはどれも私には可愛らしいものだったので……。今思えば、もともと私はあの方のお好みではなかったのかもしれません」

 私の言葉に眉を顰めた友人達があらためて私の姿を眺めてからにっこりと微笑んだ。

「今日のドレスはとってもお似合いですわ」

「ありがとうございます」

 私も微笑む。カイル様の選んでくれたドレスは華やかだけど何故かほっとする。褒めてもらえると嬉しい。

 エイデンが眉間のシワを深くして突然話しだした。

「確かに一途だったかもしれないが、ネオルト男爵子息は女性に優しかったからな。恋情を抱く令嬢も少なからずいただろう。私には、それに応えられないことを楽しんでいるように見えることもあったしな」

 いきなり毒を吐いてきた。
 友人たちもその言葉に合点がいったような顔をした。

 このあと聞いた話では、父である男爵も若い頃にいろいろあって、隣国から花嫁を招くことになったらしい。けどそれも事業拡大の糧にしたのだから実業家としては才能があるのだろう。もしかしたら、彼もそうなるのかも知れないわ。


 そんなことを考えてると会場に王族の方々が入ってこられた。記憶より少し背の伸びた第三王子殿下の隣には公爵令嬢が悠然と微笑んでいらっしゃる。

「『ピンク』様のところには行かなかったのね……」

 私が思わず呟くと、近くにいたエイデンがこちらを見ずに返してきた。

「婿入り先があれでは下手したら平民だからな。現実を見ればそうなるだろ。……それに公爵令嬢が第三王子を躾けるために本気を出したらしい」

「本気……」

 何だろう。第三王子の首に見えないはずの首輪が見える。

 と言うことは『ピンク』様はネオルト男爵子息を選んだのかしら。どちらでも構わないけど、こういうのはもうお仕舞いにしてほしいわ。きっとネオルト男爵子息なら……、


「いつまで他の男のことを考えてるんだ?」


 突然腰を引かれ、耳元でカイル様の声がした。思考が一瞬で霧散する。

 振り返ると思ったより近い距離で深緑の瞳が私を見下ろしていた。何やら色気まで出てる。友人達の小さな悲鳴が聞こえた。

「歓談中申し訳ないが、そろそろ婚約者とのファーストダンスを楽しんできてもよろしいだろうか」

 カイル様は友人達に上品な笑顔で言ったあと、私の手をとってホールの中央に向かい歩きだした。耳の後ろが熱い。

 ……カイル様の前でする話ではなかったわよね。無神経だったわ。

 向き直り私の腰に手を添えながらニヤリと笑った。

「私に対して小さいことは気にするな。言っただろう?『そのままでいい』と」

 ダンスが始まる。

「そんなこと言って、本当にありのままに振る舞ったら驚いてしまっても知りませんよ」

 少しだけ睨むと楽しそうに笑った。む、可愛い……。

「どんなのか想像がつく気もするが……、想像を超えてくることを期待してる」

 また大人の余裕だ。少し面白くない気持ちになりながらも、私はエメラルドグリーンのドレスを翻してくるくると踊る。カイル様のエスコートは安心するけどやっぱり落ち着かない。

 私はカイル様に恋をし始めているのだと思う。

 それは彼に向けていた想いとはまるで違っていて、もしかしてあれは恋ではなかったのかとすら思えてくる。けど間違いなく私はあの頃、一所懸命に彼を想っていた。拙かったけど初恋だったのだ。

 カイル様の顔をそっと見上げると、踊ってる途中なのに額に軽くキスをされた。

「余計なことを考えてるからだ」

 顔を赤くした私に少し意地悪に微笑む。……私だって負けてられない。

「後できちんとしたやり直しを要求します」

 まっすぐに見て言うとカイル様がきょとんとした顔をした。ふふ。初めて見る顔だわ。私は機嫌よくふわりと回る。

 ――幸せになろう。幸せにしよう。

 私は密かな誓いを胸にカイル様の目を見つめて微笑んだ。





 初恋は終わりました。




 ◇ ◇ ◇

 最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
 兄視点と彼視点を追加してこの話は完結とする予定です。


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