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私の望み通り side A
しおりを挟む今日は久しぶりに彼から来訪伺いの先触れが来た。こういう時ですら事前に約束するのではなくて突然なのね……。
席は中庭に用意するようメイド達にお願いする。こんな日は綺麗な花の咲く屋外がいいわ。窓から外を見るとよく晴れた青空が広がっていた。
私は自分の瞳の色を思わせる群青色のエンパイアラインのドレスを身に着ける。淡い色の花の咲く庭にはあわないかもしれないけど、深い水を思わせるこの色は最近の私の好きな色だ。
中庭に向かうとすでに彼がいた。
青空のもと輝く金色の髪を風に遊ばせながら花に囲まれて座る彼は、まるで美しい絵画のようだ。
久しぶりに会うけど前より輝いて見える。きっと新しい恋がそうさせているのね……。
私に気づくと申し訳なさそうな顔をして立ち上がったので、にっこりと笑う。
「お久しぶりです。来てくださって嬉しいわ。研究はもう終わったのかしら?」
彼は少し驚いた顔をしたけど、私が構わずに椅子に腰を下ろすとあわせて座った。
「研究は、そうだね……。それよりも今日は大事な話があって来たんだ」
言い淀んだあと何かを決意したかのように視線を上げた。青空色の瞳がまっすぐに私を見る。
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
本当に言ったわ……。街で目撃してすぐに来たからもしやとは思ったけど。沈痛な面持ちで目の前に座る男を内心冷ややかに見つめる。
「何故、と伺っても?」
理由を聞かれるとは思ってなかったのか男が目を大きくした。すぐに切なげに目を伏せて話しだす。
「……半年前、君に婚約解消を申し込まれてからずっと歩み寄ろうと努力していたけど、やはり君の大切なものを理解することができないと思ったんだ」
私の強すぎる領地愛について行けないってことね。その点『ピンク』様は貴方の嫌がる柵はなさそうだわ。なるほど。次のあてができたから私はもう要らないのね。マリも言ってた。
……ほんとに屑だわ。
「わかりました。手続きの書類は早急に準備いたします」
思わず事務的な口調になってしまった。立ち上がった私を男が目を丸くして見上げる。無垢な存在を思わせる瞳がキラキラしてる。けれどもう綺麗だとは思わない。
「お見送りいたしますわ。ネオルト男爵令息様」
私の大切な伯爵家から男が出ていくのを見届けないといけない。
門まで案内すると、男が出た途端に門扉を閉じ始める。私は初めて男に向かってカーテシーをした。
「それではごきげんよう」
ガチャリと門扉の閉まる音がやけに耳に響いた。
それから私は一言も発さずに部屋に戻り、ドレスのシワも気にせずにベッドに倒れ込んだ。疲れた。
一年間ずっと身につけていたネックレスを外して、眺める。男の瞳と同じ青色。可愛らしく揺れるそれを見て、冷え切っていた心が揺れる。
――嘘つき。
ブティックで内心オロオロしながら着替えた私を見たときの彼の笑顔が思い浮ぶ。半年前の縋るような潤んだ瞳。王宮パーティーで愛しそうに私を見る笑顔。初めてのエスコートで触れた優しい手。婚約の約束をしたときの泣きそうな彼。
――好きだったのに。
泣くつもりは無いのに涙が勝手にポロポロと出てくる。
教室で真っ先に話しかけてくれるのはいつも彼だった。生徒会で不安な時も大丈夫って笑ってくれた。王宮事務官になるのもずっと応援してくれた。寄り添うようにして雑貨屋さんを眺めて回った。収穫祭で一緒に美味しい串焼きを頬張った。
――嘘つき嘘つき。心変わりしたって言えばいいのに。私より可愛い子を見つけたんだって言えばいいのに。私になんか飽きたって言えばいいのに……!嘘つき!!!
「わああああああああああん」
十数年ぶりに声をだして泣いてしまった。いっぱいいっぱい泣いて、駄目な私なんか溶けてなくなっちゃえばいいのにって思った。
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