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終わらない仕事と待ち合わせ side A

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「今日は仕事のあと婚約者とディナーなんです」

 仕事中なのにセスさんから微笑ましいものを見る眼差しで「今日は何かあるの?」と聞かれた私はそうこたえた。赤茶色の髪のアントンさんも「よかったね」と笑っている。そんなに顔に出ていたかしら……。

 王宮での仕事が始まって2ヶ月が過ぎた。まだまだ覚えることばかりだけど、働くことに少し慣れてきた。セスさんとアントンさんは既婚者でよく家族の話をしてるから、彼についても話しやすい。

「いつも会うのは休日なんですけど、今日は婚約してからちょうど3ヶ月なので、レストランで食事です」

「なら早めに上がったほうがいいかな?」

「いえ、着替える時間も考えても定時に帰れたら大丈夫です」

 楽しみだねって笑いあってると、室長が部屋に戻ってきた。小さなメモを渡される。

「そこある家の資料を用意してくれ。王太子からの依頼だ」

 室長、王太子殿下と会われてたのね。切れ者と名高い王太子の顔を思い浮かべる。そう言えば第三王子はどうしてるかしら……?
 考えながらも続き部屋の資料室に向かい、メモにある家名の書かれた箱を探してせっせと運び出した。執務室の大机に十箱程重ねる。……これは初めての仕事かもしれないわ。

「ここにある家は密輸に関わってるの疑いがある。それぞれの家の繋がりを含めて、密輸密売に繋がりそうな情報をとにかく探して纏めろ」

 ……そんなこと私にできるのでしょうか?

 セスさんとアントンさんは即座に動き出した。私もとにかく一番近くにある箱を開ける。

「ノーステリアは使用人のリストをあたれ。共通することや気づいたことを纏めればいい」

「わかりました」

 室長が指示をくれたので、喜んで~とばかりに仕事に取りかかる。けど生まれながらの貴族ならともかく、使用人の背景を調べるのは複雑で、気がつけば昼ご飯を食べることもなく夕方になっていた。

「……あれ?今日はアリシアさん婚約者と約束してたよね。大丈夫?」

 セスさんの言葉を聞いた室長が近づいてきた。

「そういうことは早く言え。もう上がっていいぞ」

「ありがとうございます。……けどまだ纏まっていないので……」

「わかっている所まで説明しろ」

「……各家の使用人に採用前に養子縁組をしている者が複数いました。その中で縁組前の姓が隣国由来の者を調べると、養子先がある商人の関係者ではないか、という予測までは辿り着いたのですが……」

 私は目の前に散らかった資料をそのままに指を指しながら話す。予測はできるけど決定打が見つけられない……。室長はそれを考え事をするように聞いていたけど、小さく「そうか」と呟いた。

「よくやった、ノーステリア。今日のところは任せろ」

 ニヤリと笑った室長に、そのままぽいっと廊下に出されてしまった。

「ひどい…………」

 口ではそう言ったけど、耳には室長の「よくやった」という声が残っていて、じんわりと胸が熱くなった。



 それから急いで髪やメイクを整えて、彼との約束の場所に向かった。服を着替えてる時間はないけど、それなりに上質な白のブラウスにレースのロングスカート。店のドレスコード的には問題ないはず。

 待ち合わせ場所の広場で馬車を降りて、彼の姿を探す。噴水の近くに立つ彼を見つけ、小走りで近づいていくと、彼の周りにたくさんの女性達がいるのに気づいた。皆、華やかな服を着ていて大人っぽい。
 私に気づいた彼がその輪から離れて近づいてきた。背後に見える女性と目があうと、面白くなさそうに睨まれた。

 彼は側まで来ると、何も言わずに私の手をとって歩きだす。時間に遅れてしまったから怒らせた?歩いている彼の横顔に話しかける。

「ごめんなさい。遅れてしまって」

「……どうして僕が贈ったドレスを着てくれなかったの?」

「え?あ、ごめんなさい。そう思っていたのだけど、仕事が長引いて着替える時間がなくなってしまって……」

「そう……」

 彼はその後は私を叱ったりはしなかったけど、ずっと不機嫌だった。楽しみにしてたのに……。私は泣きたくなる気持ちを隠して、必死に笑顔をつくった。

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