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ケーキの木と彼女 side J
しおりを挟む「あの……、何かあったの?」
彼女が僕を気遣ってくれている。心を落ち着けないと。
「…………何もないよ。少し考えごと」
誤魔化すように微笑むと、彼女も曖昧に微笑んで僅かに首を傾げる。
だめだな、気分を変えよう。
「それよりも、今日はたくさん歩いたから疲れたよね。近くのカフェを予約してるから行こう」
彼女は少し考えて、嬉しそうに頷いた。
向かった先のカフェはオリジナルケーキが特徴的で、フルーツをふんだんに使った鮮やかな見た目と種類の多さが人気の店だ。
開店時に父の商会と取引があったため、なんとか予約を取ることができた。彼女もこの店を知っていたのだろう、一見冷静に見えるが僅かに震えている。これは喜びの表現ととっていいんだよね?
思わず吹き出してしまった。
「喜んでもらえたようで嬉しい」
手を差し出すと、少し恥ずかしそうに指先を乗せてくる。そのままエスコートして店へ入った。
席に通され、向かい合って座る彼女を眺める。周りの様子に気を取られていて、僕の視線は気にしていないみたい。
胸元に細いリボンのついたボルドーのワンピース姿。白銀の髪は真っ直ぐでいつもより輝いてみえる。ただ静かに座るだけの彼女は凛としてて、やっぱり綺麗だと思う。
他のテーブルに座る女の子たちを横目で見る。思い思いに着飾った女の子たち。
『地味ね』
頭の中で母の艶やかだけど温度のない声がする。母からしたら彼女はつまらない娘に見えるのだろうか……?
しばらく考えていると、僕たちのテーブルにワゴンが運ばれてきた。
ワゴンが近づくに連れ彼女の瞳が輝きだした。淑女としての笑みは崩していないのに、瞳だけは子供のようにキラキラしている。器用だな。けど、凄く喜んでくれてるのが伝わってくる。
これは僕が店に予約を入れるときに、『種類がたくさんあるケーキを1つだけ選ばなきゃいけないのはなんだか残念だね』って言ったら、オーナーが考えてくれたものだ。
ケーキスタンドは父の商会を通して作らせた。間に合ってよかった。
「せっかくだから頼んでおいたんだ」
彼女は僕の顔を見て、何度か瞬きをした後、嬉しそうに笑った。
「ケーキの木みたいね!とっても素敵」
成功みたいだ。僕も嬉しくなる。
それに周りの反応を見ても、これから人気が出るかもしれない。父に話しておこう。
彼女はひと通りケーキを眺めてから、1つずつ丁寧に手前に移し、美味しそうに食べていく。…………小さくても結構な数があるのに、全部無くなりそうだな。なかなかのハイスピードでケーキを口に運んでいく彼女の姿勢が全く乱れない。見惚れてしまう。
「君は、所作が綺麗だね」
思わず言葉が出てしまった。ケーキを運ぶ手が止まる。
「そうかしら……。ありがとう。そう言ってもらえるなら、きっと母のお陰ね。領地にいる時でもマナーには厳しかったから」
そう言いながら柔らかく微笑んだ。厳しいと言っても、きっと優しい母親なんだろう。
大輪の薔薇のような自分の母を思い出す。枯れることのない棘の花。
彼女を見つめると、落ち着いた青い瞳が柔らかく細められる。彼女と作る家族はきっと優しいものになるんだろうな。そんなことを考える自分に少し可笑しくなった。
「母君は素敵な方なんだね」
彼女は嬉しそうに笑った。
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