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彼女に渡すはずの指輪 side J
しおりを挟む今日は大切な日になるはずだ。
彼女を迎えに行きながら、今日のことを考える。まずは買い物を楽む。カフェで休んだあと、僕の瞳の色の指輪を渡して気持ちを伝えよう。指輪はロブから店を出るときに受け取ることにしている。
伯爵家のタウンハウスに着き、来訪を伝える。いつになく緊張して待つと、すぐに彼女が姿を現した。
白いコートからボルドーの裾がのぞいている。上質でシンプルなものを彼女は好むみたいだ。今日の僕の着ているライトグレーのコートと色味も合うし、いいと思う。
彼女を連れてきた店は、若い女性が好むよう、白を基調とし淡い色味で飾りつけてある。商品も明るい色合いのものを多く揃えている。彼女も店内に入ると目を輝かせた。
貴族令嬢だから人前では表情を大きく変えることはないが、目を見ていると感情がわかる。今はとても楽しそうだ。
「……どうかな?」
彼女の目を覗き込むようにして話しかける。何故か困った表情を見せた。
「あの……ごめんなさい。私、あまり参考になることは言えないかも。けどとても素敵なお店で見ているだけで楽しいわ。なんだか子供の頃に憧れた宝石箱の中にいるみたい」
ああ、そうか。誘うための口実を覚えていてくれたんだ。
「なるほど、宝石箱か……。確かに女の子たちって子供の頃、母親の宝石箱に憧れるよね。商品の中には気になる物がある?」
折角の機会だし、彼女の好みを聞きながら店を廻ってみよう。しばらく商品について感想を話す彼女の一所懸命な姿を眺めることにした。
「今日はありがとう。参考にさせてもらうね。お礼に気に入ったものを贈らせて?」
「ううん!私も楽しかったから。そんな必要ないわ」
案の定遠慮された。けど僕は、彼女が特に気にして見ていた物に気づいている。
「うーん……。なら、これはどうかな?」
その品を手に取ってみせた。花をモチーフにした繊細な細工の金の栞。読書家の彼女にぴったりだ。言い当てられた彼女の瞳が、落ち着きなく左右に揺れた。
「気に入らない?」
「……とっても素敵」
素直に負けを認めるのも可愛い。
「よかった!包んでもらってくるね」
僕は栞を包んでくれるよう店員に頼み、指輪を受け取るため2階にある支配人室に向かった。
上機嫌で扉を開けると、そこにはロブと、艶やかに髪を結い上げた母が立っていた。
「母上!どうしてこちらに?」
母は商会の女性向け事業に関わることはあるが、この店には興味はないはずだ。
「今日は貴方が『ご友人』を連れてくるというから、様子を見に来たのよ」
母はそう言って、窓から店内を見下ろした。この部屋の窓は吹き抜けに向かってついている。美しく手入れされた爪を口元に運び、考えるような仕草をした。
「何ていうか………、なんとなく地味な娘ね。貴方とは趣味が合わないのかしら?」
「そんなことはっ」
反論しようとする僕を遮り、にっこりと笑う。
「けど家格は悪くないわ。最高ではないけど。いいんじゃないの?」
「……っ!彼女を待たせてるので失礼します」
それ以上母の言葉を聞く気にはなれず部屋を出る。ロブと目が合うと、申し訳無さそうに眉尻を下げた。
階段を下り、店員から栞の包みを受け取ると、彼女のもとに向かった。
指輪を受け取ることはできなかった。
店頭で待つ彼女に早足で近づき、黙ったまま包みを渡した。何かを話すと不機嫌な声が出てしまいそうだったから。彼女は少し驚いたようだけど、可愛らしい包みを嬉しそうに眺めてから、顔を上げた。
「ありがとう。大切に使うわ」
何故、母はあんな言い方をするのだろう。彼女はこんなに綺麗で可愛いのに。
僕は母への哀しみに似た怒りを抑えながら笑顔を作った。
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