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収穫祭は花より団子 side A
しおりを挟むお祭りのメイン会場に着くと賑やかな音楽が聞こえてきた。空間が開けて人混みから少し解放されると、急に気恥ずかしく感じて、繋がれた手をそっと放した。
前を行く彼が驚いたように振り向き、目があう。恥ずかしさを隠すためにっこり笑うと、笑顔を返してくれた。
「行きたいところはある?」
「後でもいいのだけど、うちの領地のテントに寄ってもいいかしら?」
「もちろん!早速向かおう」
並んで広場の中央に向かって歩きだした。
広場には大小様々な形のテントが立ち並び、色とりどり、思い思いの品物が飾られている。果物の甘い香りもする。
国中の領地ごとの物産を扱うものが目立つけど、個人の出店も多いし、見て歩くだけでも楽しい。
収穫祭を訪れている人は、身分や年齢、立場は様々だけど、みんな楽しそうに笑ってる。私はこの雰囲気が子供の頃から大好きだった。隣を歩く彼も笑顔だ。嬉しい。
「お嬢様!いらしてくれたんですか」
お目当てのテントに近づいていくと、茶色い髪のがっしりした体格の青年が、私に気づいて笑顔で手を振ってきた。彼は領地の産業をまとめる組合の若手のリーダーでキースさん。とても頼りになる人だ。
「もちろんです!毎年楽しみにしてるもの。今年の様子はどうですか?」
「今年はいつもよりも出足がいいですよ!王都であれこれ宣伝してくれる伯爵家のみなさんのお陰です!今日も新しいニットを着てくれて……ありがとうございます!凄くお似合いです!」
キースさんの領地の時とまるで変わらない明るい態度になんだかほっとする。
「ふふ。ありがとうございます。柔らかくてとても着心地がいいわ。何よりデザインが気に入ってるもの」
「そりゃあ良かったです!その模様は幸福を願うものですから、お嬢様もきっとますます幸せになれますよ!」
今日私が着ているカーディガンは、今年から売り出す予定のものだ。元々は雪の降る冬の間、各家庭で家族のために編まれるものなのだけど、それほど寒くならない王都でも着られるようにとゲージを下げてデザインを考えた。編み目模様にはそれぞれ意味があって、健康、幸福、安全、成功など様々な願いが込められている。
「今でも十分幸せだけど、期待してるわ」
「まぁ、それがなくったってお嬢様の幸せは伯爵様たちが守ってくれるでしょうけどねぇ!ははは。…………あれ?そういや今日は……?」
快活な笑い声を上げた後、いま気づいたかのように、私の背後に立っている彼に目を向けた。
「あの、今日は、学園のお友達と一緒なの」
「はぁ、それはそれは……、お初にお目に掛かります」
私の少し曖昧な紹介に、キースさんがペコリと挨拶すると、彼は穏やかな微笑みを返してきた。
あまり待たせてはいけないわよね。
「それでは、明日もまた来ますね」
「はい!ぜひ!お待ちしてます!あ、よかったらこれを。お友達とどうぞ!」
キースさんは紙で包まれたコロンとしたアメ玉を2つ、子どもにお小遣いをあげるみたいに手のひらにのせてきた。ミルクから作られた濃厚な甘さで、領地の子供たちに馴染みのものだ。
「売り物にはしてませんが、来てくれたお子さん用のおまけです。お嬢様も好きだったでしょ。特別にどうぞ!」
「ありがとう。懐かしいわ」
軽く手を振りながらテントから離れ、彼とともに歩き出す。『はぁ~。意外とお嬢様は面食いなんだな……』というキースさんの呟きは、私の耳には届かなかった。
「お待たせしてごめんなさい。これ、よかったら。うちの領地で昔から作られてるアメなの」
「全然待ってないよ。アメは口に入れてる間、他のものを食べられなくなってしまうから、後でゆっくりいただくね」
そう言って彼は受け取ったアメをポケットに入れた。
包装を開けるつもりでいた私も、それもそうねと思い止まりポシェットに仕舞い、そのまま食べ物の屋台が多く集まるエリアに向かうことにした。
「領民と仲良しなんだね」
出店の商品を見ながら歩いていると、彼に話しかけられた。
「そうね。うちは領地の広さだけはあるから、管理するのにもみんなに助けてもらうことが多いの。代々そうしてるから、領民との距離が近いかもしれないわ」
「とても大事にしてるんだね。……学園を卒業したら、やっぱり領地に帰るの?」
「ううん。伯爵家は兄が継ぐし、私もいつまでもとは……。それよりも王都で家のためになる人脈を作りたくて。今は王宮事務官を目指してるの」
王宮事務官は狭き門。その上女性はまだまだ少ないからとても難しい。思わず俯いてしまった。
「そうなんだ!凄くいいね」
彼の明るい声に少し驚いて顔を上げた。
「まだまだ女性が少ないから、不安もあるのだけど……」
「そんなことないよ!君は学園でも優秀だし、きっと叶えられるよ」
肯定してくれた。王宮事務官を目指すことは両親や兄にも話してるし、応援してくれてるけど、無理しなくてもいいとも言われてる。特に母は婚期が遅れるんじゃないかと心配もしてるから……。
頑張ってもいいんだって言ってもらえた気がして嬉しくなった。
「お腹がすいたわ!何を食べようかしら」
気がつけいたら食べ物の美味しそうな匂いが漂ってきてて、思わず声に出してしまった。
「よし!今日の目的を果たそう。お腹いっぱい食べよう」
食べ物の屋台の並ぶ一角に入る。この辺りは手に持って食べられる物がほとんどだから、貴族の中には抵抗のある人もいるかも……。私は領地でも慣れてるし、むしろ好きなんだけど、彼はどうだろう……?
彼の様子を覗おうとしたら、隣りにいるはずの姿がなかった。慌てて探すと、近くの屋台で買い物をしているところだった。
くるりと振り返ると、両手にお肉と野菜の串焼きを持っている。
「美味しそうだから買っちゃったよ。食べてみない?」
「食べたいわ!」
即答した。
彼が渡してくれた串焼きは、濃厚なタレがかかっていて近くで見るとますます美味しそう。
家族と一緒のときのように齧りついてもいいのかしら……。
ちらりと彼を見ると、すでにひと口目を美味しそうに齧っていた。目が合うと「美味しいよ」と笑ってくれたので、私も安心してお肉を頬張った。
それから目についた物を次々と買っては、ふたりで分け合って食べた。これまでで一番沢山の種類を食べたかも。幸せ。
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