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婚約者編

27.秋の収穫祭で見たもの

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 家族に囲まれて賑やかに過ごした夏休みはあっという間に終わり、王都での生活に戻った。
 そして今日は、エイデン様と婚約してから初めての秋の収穫祭!一緒に行くのは今年で3度目だけど、特別な気がするわ。

 早起きした私は、淡いオレンジ色のワンピースに着替えて隣の部屋の扉を叩く。すぐに青いワンピース姿のアンナが招き入れてくれた。

「おはよう、メリッサ。その服とても似合ってるわ」

「おはよう!アンナも凄く可愛い!さ、座って座って」

 早速アンナに鏡の前へ座ってもらい、さらさらの黒髪を梳かし始める。アンナも婚約者の方とデートだからお互いに可愛くしあおうと約束していたのだ。

「綺麗な髪だし纏めちゃうのは勿体ないから、ハーフアップにするね」

 細い編み込みをラフにいくつか作り、右耳の後ろで纏めて花の形をした髪飾りをつける。右側に立つことの多い婚約者様からお花と可愛いアンナがよく見えるようにね。ふふふ。仕上げに残した髪を丁寧に梳かす。

「できたわ!少しやわらかい感じになったと思うけど、どうかしら?」

 鏡の中アンナが顔を左右に動かして見ながら嬉しそうに微笑む。

「いつもと違ってて新鮮だわ。ありがとう」

 そう言って立ち上がり、くるりと回って私を座らせた。鏡越しに目があう。

「メリッサはどうしようか?思いきってふわふわ~ってさせてみる?」

「ふわふわ~ってするの?」

 私の髪はボリュームが出やすいから普段はなるべく抑えるようにしてるのだけど……。
 アンナは手早く前からでも見えるくらい高い位置でポニーテールを作った。癖のある髪を丁寧にほぐしながら艶を出るよう少しずつオイルをつけていく。最後に黒いリボンを結んでくれた。

「スゴイわ、アンナ!可愛い!」

 あ、私自分に可愛いと言ってしまったわ。アンナは満足そうに「そうでしょう」と笑った。思いきってふわふわふわ~ね、覚えたわ。
 素敵な日になりそうね、と笑いあった。




 支度の終えたあと伯爵家へ行くと、街歩きしやすいようシンプルな服装のエイデン様が出迎えてくれた。
 くるりと回って「どうですか?」と聞いたら、珍しく両手で髪を触りながら「いいんじゃないか」と言った。ふわふわ~を気に入ってくれたのね。


 祭り会場に向かうため、ふたりで歩きだす。
 いつもより賑やかな街は、行き交う人達も何となく浮足立っている。楽しげな音楽もあちこちから聞こえてきて足取りも軽くなるわ。

 いつもなら、人混みで離れないように私が腕にしがみついていたのだけど……。
 少し前を歩くエイデン様の左の手のひらに自分の右手を重ねてそっと握った。振り返った顔に戯けたように笑う。だって手を繋いでみたかったのだもの。エイデン様は眉間にシワを寄せたけど、何も言わずにそのまま前を向いた。

「ふふ」

 繋がれた手が嬉しくてブラブラと揺らす。けどすぐに、エイデン様の腕に力を入って無言のまま止められてしまった。街なかで燥いではイケないわよね……。

 人目のないピクニックでならいいかしら?エイデン様と繋いだ手を揺らしながら緑のなかを歩けたら、それだけできっと楽しいわ。

「エイデン様、またココと一緒にピクニックに行きませんか?」

 脈絡もなくお誘いしたので少しだけこたえるのに間を置かれたけど、「そうだな」と承諾してくれた。ふふ。楽しみ。



 祭り会場の広場には、今年も色とりどりのテント屋根が所狭しと並んでいる。見ただけで楽しくなってしまうわ。
 ワクワクしているとエイデン様が振り向いた。

「行きたいところはあるか?」

「そうですね……。お友達の領の出店と、それから南方のフルーツジュースを今年も飲みたいです」

 甘酸っぱくて綺麗な淡赤のジュース、変わった味だったけどさっぱりしていてとても美味しかったのよね。出店の近くにできていた南方の祭りを再現したダンスの輪に入るのも楽しかったわ。今年もあるかしら。

「そうか……」

 エイデン様は少しだけ眉間にシワを寄せたあと、ゆっくりとまた歩き出した。

 お祭りデートの始まりね。嬉しくなって繋いだ手をギュッとしてみる。エイデン様は私を見て、黒い瞳を優しく細めた。



 のんびりと歩いていると、店頭に飾ってある犬の形のガラス細工が目に止まった。ココに少し似ているわ。可愛い。
 どの子が一番似てるかしら……。じっくりと眺める。1つを手に取って振り返ると、エイデン様が遠くを見ていることに気がついた。眼差しが少し険しい。

 どうしたのかしら?視線を辿ると、遠目でもわかる髪の色が見えた。

「『ピンク』……」

 ……お祭りなのだから来ていることもあるわよね。それでもできれば出会いたくなかったわ……。あら?けど、それだけではエイデン様はあんな顔はしないわよね。
 もう一度『ピンク』の方を見る。

「…………!」

 言葉が出なかった。第三王子殿下と一緒だったから。平民風の服装をして茶色のキャスケットを被っているけど、特徴的な銀色の髪が輝いている。学園の外にまで出てくるなんて……。
 ご友人達ふたりもいるから、デートとは言わないのかも知れないけど、距離が凄く近い気がする。

 『ピンク』は中庭で見た時のように第三王子殿下に抱きついたかと思ったら、ご友人達にも手を伸ばして親しげに触れた。自分達の間を行ったり来たりしている少女を相手に、三人は楽しそうに燥いでいる。

 あれはどういう状態なの?恋ではないの?浮気ではないの?距離が近い友人?……恋人の共有?……やっぱり理解できないわ。

 どちらにせよ、人目の多い祭りの場。気づく人も少なくないはず。

「どう言うおつもりなんでしょう?」

「さあな。……少なくとも公爵の耳には入るだろ」

 エイデン様は視線を変え、私を隠すようにして違った方向に歩き出した。

 エイデン様に手を引かれながら、エイブラムス様の麗しい微笑みを思い浮かべる。知ったらきっと悲しまれるわ。きっと傷ついてしまう。
 エイブラムス様はどんなときでも優雅で気品に溢れている。幼い頃から公爵となるべく努力を重ねてきた尊い方。それなのに私にも手を差し伸べてくださる優しい方だ。
 ……あんなに素敵な方が婚約者なのに、何故、蔑ろにできるのだろう。



「何か飲むか?」

 エイデン様の声に顔をあげる。黒い瞳と目があった。「大丈夫か?」って言っているわ。……せっかくのデートなのにこんな浮かない顔をしてはダメよね。
 笑顔を作る。けど、自分の幸福が今は何故か後ろめたい。

「……温かいものが飲みたいです」

「そうか」

 エイデン様は周囲を見回したあと、繋いだ手を引いてまた歩き出した。甘い香りのする出店の前で飲み物を注文する。渡された大きめのカップにはミルクで煮出した甘いお茶が入っていた。スパイスのいい香りもする。初めて飲む味だわ。

「美味しいです」

 私が微笑むと、エイデン様は眉間にシワを寄せた。何故?

「……友人のことだ。気にするのは仕方がない」

 鼻の奥がツンとする。顔を顰めてしまいそうになって慌てて下を向いた。

「そうですね……。ありがとうございます」

 優しい手が頭を撫でてくれる。ひと粒だけ涙が落ちてしまった。

 私のような者が気に病むなんて、立場を弁えていないことと理解しているわ。人の心がどうにもならないこともあると知っている。
 誰かの満足のいく結果の裏では他の誰かが涙してるのかも知れない。皆が幸せになって欲しいというのは子供じみた願いなのかしら。
 それでもどうか、幸せであって欲しい。悲しまないでいて欲しい。


 願わずにはいられなかった。



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