31 / 42
婚約者編
27.秋の収穫祭で見たもの
しおりを挟む家族に囲まれて賑やかに過ごした夏休みはあっという間に終わり、王都での生活に戻った。
そして今日は、エイデン様と婚約してから初めての秋の収穫祭!一緒に行くのは今年で3度目だけど、特別な気がするわ。
早起きした私は、淡いオレンジ色のワンピースに着替えて隣の部屋の扉を叩く。すぐに青いワンピース姿のアンナが招き入れてくれた。
「おはよう、メリッサ。その服とても似合ってるわ」
「おはよう!アンナも凄く可愛い!さ、座って座って」
早速アンナに鏡の前へ座ってもらい、さらさらの黒髪を梳かし始める。アンナも婚約者の方とデートだからお互いに可愛くしあおうと約束していたのだ。
「綺麗な髪だし纏めちゃうのは勿体ないから、ハーフアップにするね」
細い編み込みをラフにいくつか作り、右耳の後ろで纏めて花の形をした髪飾りをつける。右側に立つことの多い婚約者様からお花と可愛いアンナがよく見えるようにね。ふふふ。仕上げに残した髪を丁寧に梳かす。
「できたわ!少しやわらかい感じになったと思うけど、どうかしら?」
鏡の中アンナが顔を左右に動かして見ながら嬉しそうに微笑む。
「いつもと違ってて新鮮だわ。ありがとう」
そう言って立ち上がり、くるりと回って私を座らせた。鏡越しに目があう。
「メリッサはどうしようか?思いきってふわふわ~ってさせてみる?」
「ふわふわ~ってするの?」
私の髪はボリュームが出やすいから普段はなるべく抑えるようにしてるのだけど……。
アンナは手早く前からでも見えるくらい高い位置でポニーテールを作った。癖のある髪を丁寧にほぐしながら艶を出るよう少しずつオイルをつけていく。最後に黒いリボンを結んでくれた。
「スゴイわ、アンナ!可愛い!」
あ、私自分に可愛いと言ってしまったわ。アンナは満足そうに「そうでしょう」と笑った。思いきってふわふわふわ~ね、覚えたわ。
素敵な日になりそうね、と笑いあった。
支度の終えたあと伯爵家へ行くと、街歩きしやすいようシンプルな服装のエイデン様が出迎えてくれた。
くるりと回って「どうですか?」と聞いたら、珍しく両手で髪を触りながら「いいんじゃないか」と言った。ふわふわ~を気に入ってくれたのね。
祭り会場に向かうため、ふたりで歩きだす。
いつもより賑やかな街は、行き交う人達も何となく浮足立っている。楽しげな音楽もあちこちから聞こえてきて足取りも軽くなるわ。
いつもなら、人混みで離れないように私が腕にしがみついていたのだけど……。
少し前を歩くエイデン様の左の手のひらに自分の右手を重ねてそっと握った。振り返った顔に戯けたように笑う。だって手を繋いでみたかったのだもの。エイデン様は眉間にシワを寄せたけど、何も言わずにそのまま前を向いた。
「ふふ」
繋がれた手が嬉しくてブラブラと揺らす。けどすぐに、エイデン様の腕に力を入って無言のまま止められてしまった。街なかで燥いではイケないわよね……。
人目のないピクニックでならいいかしら?エイデン様と繋いだ手を揺らしながら緑のなかを歩けたら、それだけできっと楽しいわ。
「エイデン様、またココと一緒にピクニックに行きませんか?」
脈絡もなくお誘いしたので少しだけこたえるのに間を置かれたけど、「そうだな」と承諾してくれた。ふふ。楽しみ。
祭り会場の広場には、今年も色とりどりのテント屋根が所狭しと並んでいる。見ただけで楽しくなってしまうわ。
ワクワクしているとエイデン様が振り向いた。
「行きたいところはあるか?」
「そうですね……。お友達の領の出店と、それから南方のフルーツジュースを今年も飲みたいです」
甘酸っぱくて綺麗な淡赤のジュース、変わった味だったけどさっぱりしていてとても美味しかったのよね。出店の近くにできていた南方の祭りを再現したダンスの輪に入るのも楽しかったわ。今年もあるかしら。
「そうか……」
エイデン様は少しだけ眉間にシワを寄せたあと、ゆっくりとまた歩き出した。
お祭りデートの始まりね。嬉しくなって繋いだ手をギュッとしてみる。エイデン様は私を見て、黒い瞳を優しく細めた。
のんびりと歩いていると、店頭に飾ってある犬の形のガラス細工が目に止まった。ココに少し似ているわ。可愛い。
どの子が一番似てるかしら……。じっくりと眺める。1つを手に取って振り返ると、エイデン様が遠くを見ていることに気がついた。眼差しが少し険しい。
どうしたのかしら?視線を辿ると、遠目でもわかる髪の色が見えた。
「『ピンク』……」
……お祭りなのだから来ていることもあるわよね。それでもできれば出会いたくなかったわ……。あら?けど、それだけではエイデン様はあんな顔はしないわよね。
もう一度『ピンク』の方を見る。
「…………!」
言葉が出なかった。第三王子殿下と一緒だったから。平民風の服装をして茶色のキャスケットを被っているけど、特徴的な銀色の髪が輝いている。学園の外にまで出てくるなんて……。
ご友人達ふたりもいるから、デートとは言わないのかも知れないけど、距離が凄く近い気がする。
『ピンク』は中庭で見た時のように第三王子殿下に抱きついたかと思ったら、ご友人達にも手を伸ばして親しげに触れた。自分達の間を行ったり来たりしている少女を相手に、三人は楽しそうに燥いでいる。
あれはどういう状態なの?恋ではないの?浮気ではないの?距離が近い友人?……恋人の共有?……やっぱり理解できないわ。
どちらにせよ、人目の多い祭りの場。気づく人も少なくないはず。
「どう言うおつもりなんでしょう?」
「さあな。……少なくとも公爵の耳には入るだろ」
エイデン様は視線を変え、私を隠すようにして違った方向に歩き出した。
エイデン様に手を引かれながら、エイブラムス様の麗しい微笑みを思い浮かべる。知ったらきっと悲しまれるわ。きっと傷ついてしまう。
エイブラムス様はどんなときでも優雅で気品に溢れている。幼い頃から公爵となるべく努力を重ねてきた尊い方。それなのに私にも手を差し伸べてくださる優しい方だ。
……あんなに素敵な方が婚約者なのに、何故、蔑ろにできるのだろう。
「何か飲むか?」
エイデン様の声に顔をあげる。黒い瞳と目があった。「大丈夫か?」って言っているわ。……せっかくのデートなのにこんな浮かない顔をしてはダメよね。
笑顔を作る。けど、自分の幸福が今は何故か後ろめたい。
「……温かいものが飲みたいです」
「そうか」
エイデン様は周囲を見回したあと、繋いだ手を引いてまた歩き出した。甘い香りのする出店の前で飲み物を注文する。渡された大きめのカップにはミルクで煮出した甘いお茶が入っていた。スパイスのいい香りもする。初めて飲む味だわ。
「美味しいです」
私が微笑むと、エイデン様は眉間にシワを寄せた。何故?
「……友人のことだ。気にするのは仕方がない」
鼻の奥がツンとする。顔を顰めてしまいそうになって慌てて下を向いた。
「そうですね……。ありがとうございます」
優しい手が頭を撫でてくれる。ひと粒だけ涙が落ちてしまった。
私のような者が気に病むなんて、立場を弁えていないことと理解しているわ。人の心がどうにもならないこともあると知っている。
誰かの満足のいく結果の裏では他の誰かが涙してるのかも知れない。皆が幸せになって欲しいというのは子供じみた願いなのかしら。
それでもどうか、幸せであって欲しい。悲しまないでいて欲しい。
願わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる