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婚約者編
24.命名『ピンク』
しおりを挟む私がクラスに戻るとアンナがすぐに気づいてくれた。急いで側に寄る。
「あの方怖いわ!」
興奮したまま出来事をアンナに話す。中庭で見たことからさっきの豹変した様子まで。話し終えるとアンナは難しい顔をした。
「話には聞いてたけど、噂以上ね」
なんでもヒロニカ男爵令嬢は、編入してきたその日から令嬢達には目もくれず、見目の良い男性を見つけては次から次へとオトモダチになっているそうだ。
当然令嬢達は諌めようとしてるのだけど、話の途中で突然泣き出したりするので会話にならないらしい。
さっきは周りに誰もいなくて私だけだったから、あんなに強気だったのね……。人がきた途端に弱々しい態度に切りかえたし。
「さっき私、早々に逃げていなかったら悪者にされてたかも知れないわ」
「質が悪いわね……」
アンナが眉間にぐっと力を入れる。眉間のシワに少しだけときめく。
それにしても……、
「あの方は何がしたいのかしら……?」
次から次へとオトモダチって……。異性でも友人関係はあるとは思うわ。エイデン様とノーステリア様のような。けど、さっき見た感じではそれとは違うと思う。
アンナがこたえてくれる。
「条件の良い相手を探してるんでしょうね。相手を爵位や財力でも選んでいるそうよ」
「それでも大勢の男性と仲良くしてたら、あまり良い結果にならないと想うけど……?」
もし自分があちこちのご令嬢に言い寄ってた方に「貴女が一番だよ」なんて言われても受け入れる気にはなれないと思うわ。
う~んと首を捻る。アンナも思案顔で呟いた。
「まだ編入してひと月しか経ってないのに第三王子殿下にまで辿り着いてるなんて……。クラスだって違うはずなのに」
「エイブラムス様はきっとご存知よね……」
まだクラスに戻ってきてないエイブラムス様を思うと悲しくなる。どんな理由があったとしても、婚約者が他の方とあんなふうに触れ合ってるところなんて見たくないわ。
第三王子殿下はどういうつもりなのかしら……?疚しいことが無いから堂々としてるということ?……理解できないわ。
「どちらにせよ、私達が兎や角言えることではないわ」
アンナが少し悲しげに目を伏せた。私も俯いてしまう。友人と言っても、王室と公爵家の関係に物申すことなんてできない。
暫くして現れたエイブラムス様はやっぱりおひとりだった。それでも佇まいは凛とされていていつも通りお美しかった。
休みの日は当然、ウェスティン伯爵家にエイデン様とココに会いにいく。
サンルームの窓から走り回っているイアン様とココを眺めながら、エイデン様と並んでお茶を飲んでいる。
「ココはイアン様にお嫁入りするのが幸せなのかしら……?」
呟くとエイデン様がふっと微かに笑った。否定しませんでしたね。相思相愛ですからね……。
鮮やかな緑の芝生で楽しそうなひとりと一匹。ふと、中庭の芝生に座る第三王子殿下達を思い出した。考えるより先に言葉が出てしまう。
「この間、少し怖いことがあったんです」
本を読んでいたエイデン様が顔を上げ、眉間にシワを寄せた。素敵。
王宮事務官となったエイデン様。お仕事を始めると雰囲気が変わると聞いていたのに、あまりお変わりないのよね。元々十分に凛々しいからかしら。
見惚れていると眉間のシワが深くなった。こちらから話しかけたの忘れてたわ。
「……学園の2年生に男爵家の庶子の方が編入してきたんです。ピンクブロンドの可愛らしい方なんですけどとても変わっていて……、」
私は男爵令嬢が多くの男性達に言い寄っていることと、最近では第三王子殿下達と距離が近いことを話した。
「エイブラムス様のお力になりたいのに、どうしたらいいのかわからないんです」
エイデン様が肘掛けに頬杖をついた。
「第三王子は公爵家に婿入り予定だろ。実質的な立ち位置を考えたら公爵令嬢の方が上だ。……王子がそんなこともわからないとは思いたくないが」
確かにエイデン様の言うとおりだわ。この国では基本的に第三王子は王籍に残ることはできない。もし男爵令嬢を選ぶのなら、その先はどうなるか……。
「……そうですね」
頷きながらもやっぱり中庭で見た光景を思い浮かべてしまう。それなら第三王子殿下は婚約は継続したまま恋を楽しんでるってこと?
もし、エイデン様がにこにこしながら男爵令嬢を受け止めるのを見てしまったら立ち直れないわ。想像しただけで泣きたくなる。
…………いえ。それどころか、殺意が湧くわ。
「それで?」
「え?」
一瞬だけ湧いた黒い感情がエイデン様の声で霧散する。
「何が怖かったんだ?」
あ、確かに言いましたね。流石エイデン様だわ。黒い瞳が私をじっと見ている。これは話したほうがいいわよね。
「……男爵令嬢とは二度ほど会ったことがあるんです」
私はハンカチを拾ったことから順を追って話す。エイデン様は眉間にシワを寄せて真剣に聞いてくれた。
「……急に態度が変わったので本当に驚きました。あんな、咄嗟に私を悪者にしようとするなんて、……怖かったです」
「そうか。逃げて正解だったな」
エイデン様が頭を撫でてくれる。ほっとするわ。お話ししてよかった。
「あまり関わらないほうが良さそうな相手だな」
「そうですね。……あの時もきっと、通りかかった男性達の気を引きたかっただけだと思います」
「そうか」
優しい手が何度も撫でてくれる。
「通りすがりのような私にまで仕掛けてくれなんて、……他にも被害者がいるかも知れません」
「……そうかもな」
廊下で見た新緑色の瞳が意地悪そうに光ったのを思い出す。理解はできないけど、おそらくあの方の目的はより多くの男性を虜にすることなんだわ。その為に他者が悲しんでも構わない。
…………許し難し。
「……あのふわふわしたピンクブロンドの中にはきっと、到底理解し難い思考回路のピンクの脳みそが詰まってるんです。脳みそピンクです」
撫でてくれていた手が止まる。
「行きずりの人間までも踏み台にしようだなんて恐るべき『ピンク』ですわ!けど、淑女として安々と利用されるだけなんて許せません」
決意を込めて顔をあげると、眉間にシワを寄せたエイデン様と目があった。困惑顔も素敵だわ。
「おそらく主に仕掛けられるのは印象操作と情報操作です。それならばこちらも備えることはできますわ。要は身を守れるよう情報を共有すればいいのですから」
あら?何だか本にあるスパイ小説みたいじゃないかしら?それならターゲットを表すコードネームが付きものよね。
コードネームは……、そう。
『ピンク』
「『ピンク』が近づいてきたら備えるよう皆に伝えますわ!」
私が良案を思いついて満足顔をすると、エイデン様は「程々にしろ」と言いながら頭をポンポンとしてくれた。
程々に頑張れってことね。
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