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18.違う、そうじゃない
しおりを挟む婚約式から3日後、家に大きな花束が届いた。オレンジの花を守るように小さな黒い実が飾られてる。ふたりの色を合わせたものは初めてだわ。
これが婚約すると言うことなのね。
噛み締めながら眺めていると、花の間に小さな封筒を見つけた。中には不思議な詩が書かれていた。
「ふふっ」
思わず笑みが溢れる。子供の頃エイデン様と暗号遊びをしたのを思い出したのだ。一見意味の通らない詩は本のフレーズを寄せ集めたものだ。これはどの詩集だったかしら?私は書庫に向かった。
探しものはすぐに見つかった。一緒に読んだことのある本だったから。エイデン様も覚えていてくれたのね。幸せな気持ちでページを捲った。
暗号の答えは日付と時間。指定された時間に待っていると伯爵家の馬車が迎えにきてくれた。
「今日はいったい何があるのかしら?」
ひとりで馬車に揺られながら期待が膨らむ。早くエイデン様に会いたいわ。わくわくが止まらない。
伯爵家に着くと離れに通された。幼いの頃はよく皆で遊んでたわ。扉を開いた正面に丸テーブルが見えた。その上には小さなブーケと手紙が置いてある。
私はオレンジと黒のリボンで飾られたブーケを両手でそっと持ち上げる。素敵な香り。そのまま幸せな気持ちで手紙を開けた。
「……あら?」
また謎解きかしら……?短い詩が書かれている。春の訪れを待ち望む気持ちをうたったものだけど、所々綴りが違っている。
エイデン様がこんな間違いなんてしないわよね。ということは意味があるはず。間違えた文字……、というより使われてない文字があるわ。eと、o、r、s……。アナグラムとしては簡単ね。『rose』。
すぐに伯爵家のお庭の薔薇を思い出す。けど、今は冬だから咲いていないわよね?
「うーん…………。そうだわ!」
私はブーケを手に軽やかに階段を上り、凝った装飾の施された白い扉をそっと開いた。室内は薔薇をモチーフにした家具や置物で溢れている。
エイデン様のお曾祖母様がお好きで集めたそうだけど、物語に出てくるお姫様のお部屋みたいで子供の頃は憧れていたわ。
ローテーブルの上にまた手紙を見つけた。その上にはチョコレートの包みがころんと置かれていた。
「またぁ?」
甘いものを食べて頑張って謎を解けってことかしら。私はチョコレートを口に放りこみながら手紙を開く。今度は7文字。だけどまったく言葉になっていない。『rcqqyac』。
「確かこういうの物語にあったわよね……?」
推理小説で一見意味のない文字が暗号だったって……。
「あ!」
私は閃いてテーブルの上に用意されていたペンを手に取る。
「解き方はわかったけど、面倒だわ……」
字母表の順番で同じだけずらせば言葉が現れるはず。けどいくつずらすべきかは試してみないとわからない。
幸い?ふたつずらせばよかったので時間をかけずに解けた。答えは『terrace』。
ブーケを手に立ち上がり、庭に面したテラスに出た。
けど案の定、そこにもエイデン様の姿はなく、テーブルの上に大きめの紙が置いてあった。
「……今度は地図」
庭の配置図の周りには何故かそれを囲むように小さな絵がたくさん描かれている。竜や剣、杖、海賊船、宝箱、ユニコーン、色々だ。左下には小さく「幼い頃は沢山冒険した」と書いてある。
「子供の頃……、冒険……。あ!」
宙を見て考えていた私は地図に視線を落とす。子供の頃に何度も読んでいた冒険小説だわ!男の子向けだったけど私が一番嵌ってたのよね。
地図の横にあった定規とペンを手にする。話に登場した順番に絵を線で結んでいけば、線は地図の中の1箇所で交差していた。ここへ向かえばいいのね。私は地図とブーケを手に立ち上がった。
地図を頼りに庭を進んだ先にはポツンと箱が置いてあった。
「次はこれね」
躊躇せずに蓋を開ける。中には本と子供が使うような小さめの弓矢が入っていた。
「ゆみ……?」
少しだけたじろいだけど、まずは本を手にする。開くと一枚の紙が挟まっていて、何行もの数字が書かれていた。
これも本にあった暗号だわ。エイデン様は私が読んでいた本を覚えていてくれてるのね。
確か数字は本の頁と行、文字数を示してるのよね。本のページをめくる。指定された言葉を繋げると、答えは……、
『ガゼボにある林檎を射ぬけ』
「……………………」
私は右手に弓矢を、左手に萎れ始めたブーケを持って庭の一角にあるガゼボを目指した。
八角形のガゼボが見えてきたけど、遠くからは林檎らしきものは見当たらなかった。中まで入ってあたりを見回す。……もしかして読み間違えたかしら?
きょろきょろしながら視線を上げると、天井に何かあるのに気づいた。
赤い風船が天井に引っ掛かっている。紐には何かぶら下がっているわ。赤い、林檎……。あれを射ぬけというのね。矢は一本しかないわ。
「まあ、できますけど」
私は力一杯弦を引き絞った。
――――パァン!!
風船が割れてぶら下がっていた何かが落ちて転がる。
ガゼボの天井に矢が刺さってしまったけど、私、悪くないわよね。
落ちている物を拾って見る。小さな小箱だった。青紫のビロードが貼られた高級そうな……。
「これはもしかして…………?」
私が箱を開けようか戸惑っていると背後に気配を感じた。振り返るとエイデン様が立っていた。黒髪が風に揺れている。エイデン様は眉間にシワを寄せて言った。
「どうだ?」
…………どうだ、じゃないわよ。
「これは、何ですか?」
私は笑顔を作り、如何にも指輪が入っていそうな青紫の小箱を手のひらに乗せて問い掛ける。
「婚約式の時に渡そうとしてた物だが……。普通に渡したんじゃ満足しないと言うから考えたんだが、楽しめたか?」
…………え?
もしかして、あの日、私が何も言わなかったら、エイデン様にこれを手にプロポーズされてたってこと?……そんなぁ。
私が一瞬悔やみそうになったとき、足元に落ちている弓が目に入った。
ん?
私はあの日、『感動的なプロポーズ』を要求したのよね?こんな子供の宝探しみたいな演出はどうかと思うわよね??私のこの気持ち、間違って無いわよね???
「……却下です」
私は小箱を差し出しながら言った。
「は?」
エイデン様が驚いた顔をする。私のほうがびっくりよ。
「プロポーズとして却下です!もっとちゃんと女の子扱いしてくれないとイヤです!」
「…………わかった」
エイデン様は渋々といった様子で小箱を受け取った。初めて見る表情かも知れないわ。
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