わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中

月灯

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番外編

ねぼすけ

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表紙イラストに寄せて描いたSSです。

※さきほど、予約時間設定ミスにより本編最終話より先にこの話が上がっておりました。もし最終話未読の方がいらっしゃれば、前話をご確認ください。

――――――――――

 
 ジルベルトはよく寝る。
 朝はアーサーより早く起きることはほとんどないし、昼寝だって多い。頭を酷使するぶん睡眠を欲するのだろうか。代わりと言ってはなんだが、寝起きは悪くないようで、寝ぼけているところは見たことがなかった。

「あれ」

 課外授業を終えて部屋に戻ると、準備室のソファで寝そべっている男がいた。誰か、なんて言うまでもない。傍らの机の上に本が積み上がっているのを見るに、おおかたアーサーを待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。
 アーサーは荷物を置き、机の上の本を書棚に片付けていく。研究報告書に論文、隣国の地誌、娯楽小説。相変わらずの乱読ぶりだ。いや、これらを買ったのはアーサーなので人のことは言えないのだが。
 片付けを終え、アーサーは戻ってソファの背もたれに手をついた。身を乗り出して同級生の天才魔術師の顔を覗き込む。
 ……うーん、顔がいい。
 なにをいまさらという話だが、改めて実感する。ほっそりした顎もなめらかに通った鼻筋も、名匠が石膏から彫り出した彫像のような整いぶりだ。頬にかかる髪は肌の色と対照的で、同色のまつげが淡い影を落としている。普段切り出した氷のように鋭い表情もいまばかりは解けて、あどけなさすら漂っていた。
 見慣れた顔であるが、実を言うとこうして落ち着いて眺めるのも久々である。いつもすぐベッドになだれ込むから、こうしてじっくり堪能することもない。たまにはこういうのもいいな、とアーサーは珍しい機会を満喫することにした。

「あ」

 ややあって、ぱちりと目が開いた。透き通った黄玉の双眸にアーサーが映る。

「おはよう、ジルベルト」
「……うん」

 ジルベルトが瞬く。だがその声音はどことなく緩慢で、普段より間延びして聞こえた。おや、とアーサーは違和を覚える。

「ジルベルト?」
「うん」

 おもむろにその手が伸びてきた。アーサーの手の付近まで指先が伸びて、しかしわずかに届かない。もどかしそうにその指先が揺れた。

「どうしたの」
「……うん」

 手を取ると、ぎゅっと握り返された。そのままにぎにぎと感触を確かめるように触られる。その表情は普段以上に読み取れない。
 そしてその目がふっと閉じた。

「……え」

 ジルベルト? と呼びかけるが返事はない。ややあって静かな呼吸音が聞こえてきた。

「えっと、ジルベルト?」

 やはり返事はない。眠っている。しかし手はしっかり握られたままで、離れる気配がない。
 ……もしかしていま、寝ぼけてた?
 珍しいものを見てしまった。じわじわと湧き上がる喜びを、アーサーはしみじみ噛み締める。

 それからしばらくして。目覚めたジルベルトが繋ぎっぱなしの手を見て不思議そうに首を傾げるから、アーサーはおかしくて堪らなかった。

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