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だから、教えて①

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 もしかすると自分は監禁されているのかもしれない。部屋の中央で立ち尽くしながら、アーサーは腕を組んだ。
 ぐるりと周囲を見回すと、まず目立つのは木製の丸いシャンデリアだ。瀟洒なデザインには華があり、日中光を落としていても存在感がある。その下に広がる部屋は客間だろうか、続き間にキッチンも浴室もあり、一通りの生活が完結するつくりである。オーク材で統一された家具はシンプルながら品のいいデザインで、備え付けの本棚には家主の趣味を反映してずらりと本が並んでいる。なかなか趣味の良い部屋だ。自由に出入りできないことを除けば。
 そう、アーサーはここ数日、この部屋から一歩も外に出してもらえていない。

 窓は小さく格子入り、扉は魔術仕掛けで特定の人間のみが開閉できるもの。そしてアーサーはその扉をくぐる権限を与えられていない。
 そのときドアノブが回った。現れたのはこの屋敷の主、ジルベルトである。彼はアーサーを見留めると、険しく眉を寄せた。その手にはカップとポットの乗った盆がある。

「アーサー、立ち歩かないほうがいい」

 盆を置き、ジルベルトはずかずかと歩み寄ってくる。そうしてアーサーの肩を掴み、ベッドへ連れ戻そうとした。

「ジルベルト、もう大丈夫だよ」
「だめだ」

 力でこの男に勝てるわけがなかった。結局ベッドに連れ戻され、座らされる。ジルベルトはじっとアーサーの顔を見つめた。

「……顔色がまだ悪い」
「そうかなぁ」

 だいぶ元気になったつもりだけど、とアーサーは溜め息を吐く。


 ――星花祭りの日からおそらく三日が経った。
「おそらく」と曖昧な言い方になるのは、アーサーが寝込んでいたからである。怪我自体は命に関わるものではなく、痣もそのうち消えるだろう。それよりも重かったのは、一度に大量の魔力を消費したことによる魔力枯渇だった。
 魔力は生命活動に不可欠なため、枯渇すると心身に異常をきたす。そして不足状態が長く続くと命にも関わるのだ。
 とはいえ、ただちに対処すれば怖いものではない。アーサーよりも魔力切れがずっと身近な――なにせ《塔》には実験狂いがゴロゴロいる――ジルベルトの適切な処理によって、アーサーはことなきを得た。そのままジルベルトのだという屋敷で療養させてもらっている。
 ジルベルトは、驚くほど甲斐甲斐しくアーサーの世話を焼いた。滋養のあるものを三食かかさず食べさせ、身の回りや清拭の介助をし、立ち歩く際には抱き上げる。床も踏ませない扱いは、己ははたしてやんごとない生まれだったかと錯覚しそうなほどだ。
 とはいえ大半の魔力が戻り、起き上がって自力で歩き回れるようになったいま、少しずつおかしいことに気づき始めた。
 部屋の外に出られないのである。
 食事も入浴も排泄もすべてこの部屋の中であり、療養しなければならないからと外出もない。扉もアーサーを通さないよう設定されているし、アーサーが部屋を歩き回っているとすぐベッドに戻される。星花祭りでの件もはぐらかされて、結局なにもわからないままだ。起き上がるのも億劫だった頃はなんの疑問も持たなかったが、いまとなってはおかしいことだらけである。
 ただひとつはっきりしているのは、ジルベルトはアーサーを外に出さないようにしているということだ。
 だがその真意がわからない。
 ううむ、とアーサーは考え込んだ。ジルベルトが悪意をもって閉じ込めているとは考えにくい。もしそうなら星花祭りのときに助ける理由はないし、甲斐甲斐しく看病する必要もない。それとも、外に出させないようにしているという仮定が間違っているのか。思い立って、アーサーは傍らの袖を引いた。

「ジルベルト」
「うん」
「看病ありがとう。その、僕もかなり元気になったし、そろそろ仕事に」
「だめだ」

 最後まで言わせてもらえなかった。アーサーは眉を下げる。

「でも魔力だって戻ったし、いつまでも君に世話させるわけにもいかないだろう? お互い仕事だってあるし、論文だって書きたいし」
「療養が優先だ。論文が書きたいならここで書けばいい。資料が欲しいなら取り寄せる」
「……」
「――それとも、出て行くと言うのか」

 突如ジルベルトの声音が冷えた。初めて聞く声に動揺する。

「……それは」
「許さない」
「わっ」

 ぐるりと視界が回る。ベッドに押し倒され、腰を跨ぐように乗り上げられた。両の手首をシーツに縫いとめられ、真上から見下ろされる。力任せに握られた手首が痛い。にわかにジルベルトの周囲で膨大な魔力が膨らむ気配がした。

「ジルベルト、痛い」
「だめだ」
「……ジルベルト」
「許さない。絶対に」

 しまった、と思う。どうやら地雷を踏んでしまったようだった。だが、なぜここまで怒っているのか。アーサーを外に出したくないようだが、いくら事件に巻き込まれた後だとしてもここまで過激になるだろうか。
 なにより、ここまで感情をあらわにするジルベルトにアーサーは驚いた。

「ジルベルト、落ち着いて」
「ぼくは落ち着いている」
「いやいや……」

 どう見ても落ち着いていない。
 ジルベルトの魔力はいよいよ膨大で、息苦しいまでに重い圧が立ち込める。
 ……これ、まずいかも。
 本能が危険だと信号を打ち鳴らした。身が竦んで、なにか言わなければならないのに言葉が出てこない。知らず涙が目尻に滲んで、手足が震えた。そのときだ。

 ――ドッカーン!

 凄まじい爆発音がした。ジルベルトがはっと顔を上げ、障壁を張る。嫌な圧が霧散し、どっと身体が弛緩する。栓を抜いたように勢いよく流れ込んできた空気に咽そうになった。
 どうやら外でなにか起きているようだった。続けてドン! ドン! と立て続けに爆音が轟いている。

「あー! やっと見つけた!」
「……え」

 外から飛び込んできた声に、アーサーは目を丸くした。この声はよく知っている。頭上でジルベルトが舌打ちした。

「おい! 入れろ!」

 がんがんと激しい叩打音の先を見れば、格子を張った窓に人影が見える。そこにいたのは思った通りの人物だ。思わず叫んだ。

「バジルくん!」
「あっ先生! よかった! ――おい、いい加減開けろこのクソ魔術師! もう逃がさないかんな! リエ師もここをご存知だぞ!」

 声の落差がひどい。聞いたことないようなドスの利いた声音に、アーサーは内心で慄いた。おそるおそるジルベルトを見上げると、彼はしぶしぶアーサーの手を離す。そのまま嫌そうに指を振った。窓の格子が溶け落ち、扉が開く。その瞬間を逃さずバジルが飛び込んできた。彼は駆け寄り、アーサーの手を取る。

「先生! 大丈夫ですか!」
「え、うん」
「うわ痕ついてんじゃないですか。先生まさかこいつに乱暴を――いたっ」

 ジルベルトが仏頂面でバジルを引きはがし、アーサーを抱き込む。くるしい、と腕を叩くがあまり力は緩まない。

「なにしに来た」
「は? あんたが姿をくらませてたからだろうが。しかも先生まで連れて」

 地を這うようなジルベルトの問いかけに、バジルが答える。アーサーは思わず目を丸くした。
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