【完結】私ですか？ただの令嬢です。

弟のために

「おかえりなさい！父さん、姉さん！」

「ただいま、エーリ。お母様。」

「ただいま。」

「おかえりなさい。夕食にしましょう。使用人達が用意してくれているわ。」

「分かった。」

「はい。」


談笑しながら食事を摂る。
それが終わると、母以外は部屋を出るように父に言われたので、エイリジュと共に外に出た。
使用人にばれないよう、わざわざ瞬間移動を使って屋根に転移した。


「わ、わわっ！？」

「大丈夫よ。」

「ここって……邸の屋根だよね？」

「そうよ。寝転がって空を見て。」

「駄目だよ！令嬢がそんなことしたら……。」

「あら、エーリもしっかりと勉強しているのね。でも大丈夫よ。誰にも見られないわ。結界を張っているからね。」

「結界？」

「簡単に言うと、私達の姿が見えなくなる結界魔法よ。だから安心して。」

「そっか…。」

「ほら、隣で寝転んでみて。」

「うん……。……綺麗…｡」

「私はね、昔よくこうしていたの。」

「そうなの？」

「ええ。エーリが産まれる前まではね。忘れたい事がある時とか、不安事がある時にね。でもエーリが産まれてからは、あまり考えなくなったわ。」

「どうして？」

「だって……エーリが可愛いんだものっ！」


隣のエイリジュに向かって笑顔でそう答えた。
そしてぎゅっと抱きしめる。
私は悪役令嬢だということに絶望したが、それと同時に運命に抗うと決めた。
悩むこともあったのだが、この美しい夜空を見ると小さいことに思えて乗り越えることが出来たのだ。
エーリが産まれてからは、この子の為に生きたいと考えるようになった。
より強くなり、正しく生き、エイリジュを守るのだと。
この夜空を見せたいと思い、屋根の上に連れてきた。


「大好きよ、エーリ。私は何があっても貴方を守るわ。私の唯一の姉弟……。」

「姉さん。僕もね、姉さんと並び立てるくらい強くなりたい。姉さんを守れるように…｡」

「ありがとう。期待しているわ。でも姉として、貴方を守らせてね。」

「うんっ！」


改めて、エイリジュを守りたいと思った。
私のせいで危険に晒してしまっていることも事実なので、油断は決して許されない。
もしもの場合に備え、エイリジュにも強くなっていてもらいたい。
頼みだからという理由とは別に、身を守る術を覚えてほしいというのが本音だった。


「さて、そろそろ戻りましょう。」

「うん！」


今度はエイリジュの部屋の前へと転移した。
リリーという名のメイドが突然現れた私達に驚き、声を上げた。
彼女は働き者で、20歳になる前にこの邸へと来た。
当時私は5歳で、よく遊び相手をしてもらったメイドだ。


「わぁっ！」

「驚かしてごめんなさいね。」

「ヴァリフィアお嬢様でしたか…。エイリジュ坊っちゃまもおられるのですね。どちらへ行かれていたのですか？」

「私のお気に入りの場所よ。」

「お気に入りと言いますと……ああ、東棟の屋根の上ですね？」

「そうよ。」

「ええっ！？どうしてリリーが知っているの？」

「子供の頃、お嬢様に連れていかれたことがあるのです。問答無用で急に転移魔法を使われたので、屋根から落ちそうになったものです。ふふっ。」

「そうなんだ！姉さんって、結構無茶なことばかりしていた子供だったんだね。」

「エーリ、その歳で上級魔法を使えている貴方が言うことじゃないわよ？」

「ですがお嬢様はエイリジュ坊っちゃまの……むぐむぐ…！」

「それ以上は駄目よ！」

「ん？」

「気にしないで。さぁ、お部屋に戻りましょう。もうお風呂は入ったのでしょう？」

「うん！あとは寝るだけだよ！」

「そう。私はまだだから、行ってくるわね。また明日。」

「おやすみなさい、姉さん。」

「ええ。おやすみ。」


エイリジュは部屋へと戻って行った。
私はお風呂へと行く前に、リリーに向き直る。


「エーリに余計なこと、言わないでね？普通の子に育ってほしいんだから。」

「承知致しました。ですがお嬢様が魔法指導をなさっている時点で、普通の子にはならないかと……。」

「確かに実力ならば、私が抜けた後の学園で1位になれるでしょう。でも二つ名を付けられるようなことにはなってほしくないの。私の過去を話せば、真似をしてしまうかもしれないじゃない。」

「は、はい……？」

「とにかく！エーリに私のことを話さないように！いいわね！？」

「わ、分かりました！話しません！」

「その言葉、信じるわ。さて、私はお風呂に行ってくるわ。そうイルナに伝えておいて。多分だけれど、部屋で待機しているはずだから。」

「はい。お嬢様。」


そしてお風呂に入り寝支度をした後、眠りへと落ちたのだった。