【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒

文字の大きさ
上 下
23 / 34

23話 公爵家当主

しおりを挟む
「誰じゃ?今日会う約束をしていた者などおらぬはずだが…。」

「ディールト・ゼンキースア公爵と名乗る方が、訪ねてきておられます。」

「「…!!」」



 私もゼーファ様も、驚きを隠せなかった。ディールト兄様が、『公爵』と名乗っているのだ。兄様は数日前まで、『次期公爵』或いは『公爵子息』などと呼ばれていた。ゼンキースア公爵家の当主が、アルト・ゼンキースアだったからだ。
 しかし今、護衛は『公爵と名乗った』と言っている。つまりそれが意味するのは、公爵家の当主がディールト兄様に代わったということ。



「入室を許可しよう。」

「はっ!」



 部屋の扉が開かれると、ディールト兄様が入ってきた。完璧な貴族の一礼をし、さらには余裕の表情だ。



「お久しぶりにございます、ゼーファ殿下。急な訪問、誠に申し訳ございません。入室のご許可を頂けたこと、感謝いたします。」

「久しぶりじゃな、ディールトよ。息災そうで何よりじゃ。」

「殿下こそお元気そうで、私も嬉しく思いますよ。」



 ディールト兄様とゼーファ様は同い年だ。故に、幼い頃はよく交流しており、友人だったそう。その時のゼーファ様の様子を、私はディールト兄様から聞いていた。現在と同じように、興味を持ったことは、何事も気が済むまで調べていたようだ。
 そしてゼーファ様は5年ほどかけて、二カ国に留学していた。それも近年、急に栄え始めた国だ。ヴィーレの配下に調べさせたところ、ゼーファ様が絡んでいることが分かった。どうやらアンドレイズ王国の者として、恩を売っていたらしい。見聞を広める為だけに留学しているとは思っていなかったが、王国の利益に繋がることを軽々とやって帰って来たのだと知った時は、本当に驚いたものだ。



「お主に畏まられては反応に困る。昔のように接して欲しいものじゃな。」

「……殿下がそう仰るなら、そうしよう。不敬罪で捕らえないでくれよ?」

「そんなことするはずがなかろう。それで何用じゃ?まさかリエラに会いに来た訳ではあるまい。」



 兄様なら私に会う為だけに来そうな気もするが……というのは黙っておくとして、本当に何用なのだろうか。こちらとしても、聞きたいことは山積みだ。



「そうだ……と言いたいところだが、今日は仕事で訪ねた。先程も名乗った通り、私はゼンキースア公爵となった。つまり公爵家の現当主だ。」

「随分と急な話じゃな。」

「リエラが殿下の下に付いたと聞いたから、公爵を継ぐのは早い方が良いと思ってね。私が調べ上げた前ゼンキースア公爵の悪事を、国王陛下に密告した。すると陛下は直ぐに動いてくださったのさ。」



 ディールト兄様によると、アルト・ゼンキースアは麻薬売買や税の横領など、あらゆる罪を犯していたという。それらの証拠を掴み、タイミングを見計らって国王陛下に提出した。
 そして陛下はその日の内にアルトを捕らえ、投獄したそう。共犯として、公爵夫人も捕らえられたそうだ。
 既に次期当主として認められていたディールト兄様は、罪の告発という功績もあり、陛下から正式にゼンキースア公爵として認められた。



「密告から私が公爵になるまでの一連の流れは、陛下が私の要望に応えてくださったおかげで、秘密裏に行えた。現状、これらの事実を知っているのは、ゼンキースア公爵家の者のみだ。」

「何故秘密裏にする必要があったんじゃ?」

「私が新たな公爵家当主となったことを公表する際に、もう一つ重大なことを公言しようと思ってね。今日はそれを公言しても良いかと許可を貰いに来た。」

「重大なこと?」

「ああ。」



 そう言うと、ディールト兄様はゼーファ様の前に跪いた。
 空気が変わり、兄様が本気なのだと伝わってくる。



「ゼーファ・アンドレイズ王女殿下。私は貴女様が王になることを望み、協力したく存じます。貴女様の下に付くことを、お許しいただきたい。」



 この時、私は思ってしまった。ディールト兄様は貴族家の当主をしているより、騎士として誰かを守っている方が様になるのでは……と。
 しかしそんなことを考えている場合ではないと要らぬ思考を振り払い、ゼーファ様の返答を聞く。



「……願ってもないことじゃ。ディールトが当主になった際には、こちらから頼もうと思っていたくらいじゃからな。」

「それは光栄です。」



 兄様とゼーファ様は、互いに力強い握手を交わした。
 これでジルファーは公爵家という強力な後ろ盾を失うことになる。話が違うなどとジルファーが言ってきたとしても、それはアルトが独断で決めたことであり、罪人の言ったことなど無効だと言い切れるのだ。
 そして逆にゼーファ様は強力な後ろ盾を得ることになる。我が兄ながら、恐ろしいタイミングで行動を起こしたものだ。ジルファーの力がこれまでにないほど弱っている時に、さらに追い討ちをかけたのだから。



「兄様が居るのなら、今後は動き易くなるわね。」

「うむ。優秀且つ信頼できる者が増えるのは、妾にとって嬉しいことじゃ。」



 ディールト兄様という信頼できる味方が増えた。
 とはいえ、まだやるべきことは沢山ある。先ずは貴族の選別だ。いかに優秀であろうと、その者が本当に味方かは分からない。裏切られた場合に面倒なことになるのは目に見えている。



「明日以降の貴族の選別、ディールトも参加してはくれぬか?」

「構わない。今日は公爵となったこと、そしてゼーファ殿下に付くことを公にするから少し忙しいが、明日以降なら問題無いだろう。」

「なら頼もう。お主とリエラが傍らに居れば、何か仕掛けようとしている者の抑止力になるであろう。」



 ディールト兄様は頷くと、やることが山積しているからと足早に部屋を退室して行った。
 部屋には私とゼーファ様、そしてリリアナの三人のみだったのだが、影からヴィーレが出てきた。



「ねぇ王女サマ。貴族と会う時、ボクもメイドとして部屋に居てもいいかな?」

「お主がそうしたいのならば、許可しよう。」

「感謝するよ。ボクは感情に敏感だから、きっと役に立つと思う。」



 《悪魔族》は対象の感情を読み取り、それを元に復讐心や恐怖心などの負の感情を煽る。つまり相手が何を思っているのかを、感情で察することができるのだ。



「ならばメイド服を用意しなければなりませんね。ヴィーレさん、こちらへどうぞ。」



 ヴィーレは嬉々としてリリアナに付いて行き、隣接する部屋へと入って行った。十数分後、戻ってきたヴィーレは既にメイド服を着ていた。



「どう?主。似合ってる?」

「…似合ってるわ。」

「だよね!ボクも気に入ったよ。」

「……相変わらずノリノリね…。好きにしたら良いけれど。髪色は変えておいて。ラリエットの侍女だと気付かれることは避けたいわ。」

「なら、色だけじゃなくて長さも変えようか。」



 ヴィーレが魔法を使うと、彼女の髪は白銀の長髪へと代わった。その髪を一つに結い、顔を上げた。
 身長は変わらないが、普段とは違って少し大人の雰囲気が出ている。いつもの姿は不気味さがあるが、この姿も妖しさが出ていた。



「そんなこともできるのじゃな…。」

「魔法は何でもアリだからね。」

「しかし、メイドの手続きを正当に済ませている訳ではないのでな。この部屋を出る時は、着替えてからにしてくれ。」

「承知だよ。と言っても、ボクは主の影に入っているから、扉から部屋に出入りしたことはないんだよね。執務室へ行く時も同じようにするから、大丈夫だと思うよ。」

「それもそうじゃな。ならば安心じゃ。」



 こうして、貴族達を見極めるための準備は整ったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...