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12話 ギルド

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 ──翌朝。宿泊している宿にて目が覚めた。
 宿での生活は公爵家にいた時とは違い、周囲の目を気にしなくて良い。使用人もおらず、監視のような視線も向けられない。故にかなり快適だった。
 冒険者として宿での生活を初めてから一ヶ月と少し経つが、特に不自由もなく冒険者ライフを楽しんでいる。

 体を起こし、寝ぼけながらも窓のカーテンを開けようとした時、誰かによって私より先にカーテンが開けられた。



「おはよう、主。」

「……ヴィーレ。おはよう…。」

「主って、昔から朝が弱いよねー。」



 部屋に居たのはヴィーレだった。カーテンを窓の端に括り付けながら、寝ぼけた私を見てクスクスと笑っている。
 ヴィーレのような《悪魔族》は、眠らなくても良いらしい。そもそも『寝る』という概念すら無いそうだ。公爵家に居た時は、このことを活かしてヴィーレに就寝中の護衛を任せていた。暗殺者が部屋へと入る前に起こしてもらい、待ち伏せして恐怖を植え付けてから返すこともあった。



「…って、何故まだ侍女のようなことをしているのよ…。」

「すっかりこの生活に慣れちゃってさ。それに、主の世話をするのも楽しいじゃん?」

「楽しいの…?」

「勿の論だよ。侍女ではなくなったけど、使い魔として身の回りのことをしたって問題無いでしょ?」



 ニヤッと笑いながら嬉々として私の身の回りの事をしていくヴィーレ。カーテンを開けた次は顔を洗うための桶を影から出してきて、魔法で水を入れている。そして私が顔を洗い終わるとタオルを渡してきて、拭いている間に桶を片付ける。無駄の無い動きで次々と侍女の頃と同じように事を済ませていた。



「主は一人にすると朝がだらしないからね。ボクが居ない間、ちゃんとしているのか心配だったよ。」

「失礼ね。しっかりと身支度を整えてから宿を出ていたわよ。ヴィーレこそ、ディル兄様に私からの返しを伝えられたの?」

「問題ないよ。昨夜伝えに行った。残念そうにしていたけど、『またいつでも来てくれ』と優しげな笑顔で言っていたよ。」

「そう…。」



 朝食を食べた後、宿を出てギルドへと向かう。
 最近は午前にギルドへ行き、高難易度の依頼を受けては、昼過ぎに帰ってくるといった生活だ。そのような日々の中で、時々招待を送ってきた人物に会っていたのだ。

 ヴィーレには影に入っていてもらい、エデスラードの部屋に向かった。
 影を使用した収納魔法では、通常生物は入れられない。しかし魔物の素材が問題なく入ることから、死体となれば物扱いになるのだろう。
 だが使い魔は例外だ。私の影に自ら出入りでき、影からこちらの様子も窺えるそう。さらに私とどれだけ離れていようと、建物などの影から直接私の影に移れるという。ヴィーレが特別なだけかもしれないが、彼女を影に潜ませておけるのはかなりの強みとなる。



「今日はゼーファ殿下が指定された日付だ。」

「二日連続、王城へ行くなんてね…。婚約破棄されたあの日、もう王族と関わることはないと思っていたわ。」

「Sランクになりゃあ、嫌でも王家や貴族との付き合いは出てくるもんさ。」

「…ギルドに来る依頼以外の話は、全て断ってくれればいいのに…。」

「そうしたいのは山々だが、ギルドにも事情がある。この意味は、お前なら理解しているだろう。」



 ギルドは依頼と冒険者をランク分けで管理している。冒険者は自身に見合った依頼を紹介してもらったり、掲示板の貼り紙を見たりするなどして、依頼を受けるか否かを判断する。
 ここで重要なのは、依頼を受けるかの決定権が『冒険者』にあることだ。時に命をかけて戦う事もある冒険者だからこそ、依頼は慎重に選ぶ。それがたとえ依頼主からの指名だとしても、拒否権は当然あるのだ。

 しかしギルドが利益を得られなければ、冒険者という職業は無くなってしまう。何でもかんでも危険だからと断る冒険者には、ギルド側から冒険者資格の取り消しを警告されることもある。
 冒険者としても、ギルドがなければ収入を得ることはできない。依頼に関する金銭の管理は、全てギルドが行っているからだ。

 依頼主の貴族が上位であればあるほど、ギルドも断りづらくなってしまう。ギルドは王都以外にも、公爵領や発展している場所などにギルド支部を置いている。領主たるその地の貴族に撤退せよと命令されてしまえば、従わざるを得ない。
 故に、冒険者の拠点たるギルドがある地の貴族には、ギルド側が強く出ることはできないのだ。



「依頼主、ギルド、冒険者、それぞれの利害が一致しているからこそ、成り立っているものね…。」

「そういうことだ。ギルドとしても、断って欲しくない依頼はあるからな。」

「…まぁ、そうでしょうね。とりあえずゼーファ殿下にお会いしてくるわ。」

「ああ。くれぐれも、喧嘩は売るなよ?」

「分かっているわよ。」



 ゼーファ殿下はかなりの切れ者だ。私としても、敵に回したくはない。

 ギルドを出て、人気のない場所から魔法で王城の近くまで移動しようとした時、影からヴィーレが出てきた。



「冒険者も大変だね。」

「仕方ないわよ。この世界では、何をしようにも貴族が絡んでくるもの。」

「貴族は私兵を使って自領を守るものじゃないの?」

「兵士は『人』に対する技術こそあれど、『魔物』に対する討伐技術は持ち合わせていない。だから彼らが討伐できるのは、せいぜいCランクの魔物が限界ね。王城に居る騎士団ならば、BからAランクくらいは倒せるでしょうけれど…。」

「騎士団を有しているのは王家だけという話だったね。つまり貴族にはBランク以上の魔物を倒す術がないワケだ。」

「その通り。かといって魔物を倒さなければ、人々や建物に被害が出てしまう。拠点となり得るギルド支部が被害に遭うのは、冒険者としても避けたいところなのよ。」

「なるほどね。」



 冒険者も、上り詰めてしまえば面倒事に巻き込まれる。だが私は、既に仕方がないことだと割り切っていた。それに、Sランクまで上り詰めたことによって見えてくるものもある。



「…ねぇ主。」

「?」

「もし王女サマが、主の求める存在だったら仕える?」



 私の求めている存在…、それは仕えるべきと思える人だ。恋愛感情などどうでもいい。この人にならば、私の生涯を捧げても良いと思える、そんな魅力があるのならば、年齢は関係なく仕える気でいる。
 ジルファーの婚約者だった時も、彼に尽くすというよりは国王陛下のために尽くしていた。だが仕えていたつもりはない。あくまで婚約者としての、あるべき姿で振舞っていただけだ。



「……何とも言えないわね。確かに知的な方ではあるけれど……。」

「…そっか。いずれにしても、ボクは主に従うよ。だから主は、自分のしたいようにすればいい。」

「…ありがとう。」



 ヴィーレは何かを感じて、私にこのような言葉をかけた様子だ──

 その後、私は影を使って王城近くまで移動した。勿論ヴィーレは影に戻らせた。
 王城の門の前で待っていたゼーファ殿下の側近に連れられ、私は殿下の待つ部屋へと入る。



「待っていたぞ。よく来てくれたのう。」
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