【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒

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6話 招待状

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「早速リエラに会いたいという貴族が山ほど出てきたぞ。」

「…でしょうね。」



 翌日の昼過ぎ、ギルドマスターの部屋を訪ねた私に、エデスラードが嫌味のように言ってきた。…『ように』、ではなく嫌味だ。表情で分かる。
 しかし同時に疲れている様子。



「それで、返事は返してくれたのでしょう?」

「ああ。丁重にお断りさせてもらったさ。だが執拗い貴族もいてな。昼前までに三度も送ってきやがった。さすがに断りきれねぇな…。」

「なら、そのような貴族には私から出向くわ。」

「危険じゃないか?お前の正体がバレるかもしれねぇんだぞ。」

「大丈夫よ。再三招待状を送り付けてくるような貴族には、私の正体を見抜けるほどの切れ者はいないわ。断りきれなかった貴族のリストはあるかしら。」

「ああ、これだ。」



 エデスラードが渡してきた紙には、招待を断った貴族と、まだ返事を返していない貴族、そして断ったが執拗い貴族のそれぞれの名前があった。
 返事をしていない貴族には、ゼンキースア公爵家の名もある。しかし招待者の名は『アルト・ゼンキースア』ではなく『ディールト・ゼンキースア』だった。ディールト兄様は私に会うための口実を作っているような気がするが…。



「それと、重要な招待状がもう一通ある。」

「重要…?」



 そう言ってエデスラードが私に差し出したのは、一通の白い封筒だった。封蝋印には、見覚えのある紋章が使用されていた。



「……王家からね。しかも本物とは…。」

「さすがは王太子の元婚約者だな。なりすましの可能性も否定できないというのに、一瞬でこれが本物だと気付くとは。」

「王家の紋章を偽造する者は多いわ。当然犯罪だけれど、その手口は時が経つにつれて巧妙化している。正しいものかを判断できるように、王族に関わる全ての者は嫌という程訓練させられるのよ。」

「なるほどな。」



 紙に書かれていた内容は、1ヶ月後に王城へ来て欲しいというものだった。《上級悪魔》討伐の褒賞を取らせたいそうだ。招待状の送り主は、国王陛下と王妃陛下の連名。御二人が連名で招待されるなど、かなり感謝しているのだと分かる。そして絶対に王城に来て欲しいのだろう。

 受けなければならない招待状は、王家一通、公爵家一通、侯爵家一通、馬鹿貴ぞ……ではなく執拗い貴族が二通、計五通。
 侯爵家の招待状を無視できなかった理由は、冒険者リエラとして良き関係を築いているからだ。護衛任務から始まり、魔物の素材の取引相手でもあった。元々は商人の一族らしく、平民に対する態度も対等だ。故に私も彼らの招待であれば受けたいと思っていた。



「とりあえず、この五通に関しては招待を受けるわ。」

「分かった。そのように返しておこう。」



 そうして、王家の指定した1ヶ月後までに、他の四通を指定された日付順にまわることとなった。

 ──2日後。
 先ずは再三招待状を送ってきた貴族の一家、ボアズ伯爵家だ。行く気はとうに失せているが、行かなければ招待状という名の傲慢な文字の羅列と、顔を合わせ続けることになる。




「よく来たな!Sランク冒険者リエラ。私はソウ・ボアズだ。」

「お招き頂きありがとうございます、ボアズ伯爵。」



 この一家には息子が一人しかいないが、家族揃って肥満体型だ。そして身に付けているアクセサリーは悪趣味な物ばかりで、見た目通りの最悪な性格をしている。貴族界でもかなりの嫌われ者だ。

 ボアズ伯爵は伯爵内の一室に私を通すと、対面に座った。伯爵夫人と息子は後ろで控えるように立っている。しかし私を見る目は、下賎なものを見ているかのようだ。今すぐにでも影の移動で逃げたい…。



「ワシは回りくどい話が嫌いなのだ。それゆえ用件だけを伝えてやろう。」



 回りくどい話が嫌いなのではなく、できないだけでは…と思ってしまったが、口には出さなかった。傲慢で無能な贅沢三昧の貴族など、早く不正が見つかるなどして捕まればいいものを…。
 豚……ではなくボアズ伯爵の次の言葉を聞いて、思わず睨みかけた。



「ワシに仕えるがいい。」

「……お断りします。」



 やはり想定通りの内容だった。却下だと即答したかったが、面倒なことになるのは目に見えているので少し間を空けた。考えているふりをしただけだ。



「金は弾んでやろう。要望も叶えてやるぞ?」

「申し訳ございませんが、いかなるものを提示されようとも、応じる気はありません。」



 Sランク冒険者に対し、金銭で物を言わせた交渉など不可能だ。自分で稼ぐ方が圧倒的に効率が良く、稼げる額も桁違いなのだから。
 魔物を倒せば討伐報酬だけでなく、素材の買取によってさらに儲けることができる。ランクの高い魔物ほど高値で売れるのは言うまでもない。



「ああもうよい!貴様はワシに仕えるのだ!これは『お願い』ではなく『命令』だぞ!平民風情が貴族たるワシの命令を断る権利など無い!」



 今すぐ殴ってやろうか…。全く、傲慢にも程がある。望んだものは全て手に入れなければ気が済まない様子。
 だが相手はSランク冒険者。国王と同等の地位を持つのだ。こちらからすれば、伯爵風情が命令するなと言いたいところだ。
 ……少しくらい圧をかけても良いだろう。



「ボアズ伯爵。誰に何を言っているのか、分かっているのですか?」

「…っ!?」



 抑えていた魔力を少し解放し、闇のオーラを纏った。



「下手に出てみれば偉そうに…。Sランク冒険者がどれほどの地位を持つのか、理解が足りていないようですね。」

「…なっ、何を言うか!貴様が平民であることに変わりはない!ならばワシの方が……っ…!?、!??」



 さらに強く魔力を放ち、立ち上がってボアズ伯爵を見下ろす。正直、本気で苛ついていた。
 怯え慄く伯爵の姿はなんとも滑稽で、彼の後ろに立っている夫人と息子さえも間抜けに見えた。



「私にも、耐えられる物事の限度というものがある。伯爵だからといって何様のつもりかしら?あなたから得られる『モノ』など、私にとっては些末なものでしかない。身の程をわきまえていない者と話す時間など、無駄でしかないわね。」



 そう言い残し、私は身を翻して扉の方へと歩く。振り返ることなく部屋を出た私は、そのままギルドへと戻った。

 ギルマスの部屋に入ると、エデスラードが驚いた顔をしてこちらを見てきた。



「……早くないか?ギルドを出てからまだ30分も経っていないよな…?」

「ええ。早々に終わらせてきたわ。」

「……その様子じゃあ、喧嘩を売ってきたようだな…。」

「ボアズ伯爵なら、何をされても問題無いもの。暗殺者は私に刃を向けることの恐ろしさを知っているし、敵対して金銭的に困ることもない。私との関係が絶たれて困るのは、伯爵側だけよ。」

「…恐ろしいな……。」



 そうしてさらに数日後、今度は侯爵家を訪ねた。



「お久しぶりです、スレードル侯爵。」

「ようこそ、リエラ殿。お待ちしておりました。」



 深々を頭を下げられるスレードル侯爵。
 彼とは1ヶ月程前の護衛任務以来だ。身長はそれほど高くないが、深緑の髪色に澄んだ薄い緑の瞳。目を合わせると、心を読まれていそうな雰囲気だ。
 貴族でありながら商人として最高峰の地位を持ち、スレードル侯爵が治める侯爵領は他と比べるまでもなく栄えていた。交易都市とも呼ばれ様々な商人が領内を行き交い、貴族も珍しい物を求めてこの地へやって来る。
 そうして需要と供給の循環が生まれ、今もなお発展し続けている。



「Sランク冒険者となられたこと、お祝い申し上げます。さすがはリエラ殿ですね。あの《上級悪魔》を倒してしまわれるとは。」

「ありがとうございます。ですが運が良かっただけですよ。あの悪魔はとても強かったのですから。」

「ご謙遜を。それに運もリエラ殿の実力ですよ。」



 スレードル侯爵は常に落ち着いた雰囲気を纏っているが、決して優しいという訳ではない。誰に対しても丁寧な話し方をするのは、相手を見極めるため。侯爵の様子を見て舐めた態度を取ってくるようならば、その後一切取り引きに応じないそうだ。さらに商談の際は相手に主導権を握らせず、笑顔の圧で押し切られる。様々な意味で恐ろしいお方だった。
 とはいえ、態度や礼儀さえ正しくしていれば、誰でも対等に接してくださる。平民、貴族など関係ない。文字通り対等なのだ。それゆえスレードル侯爵を嫌う貴族も少なからずいるが、彼の財力の前には何も言えはしない。



「本日リエラ殿を招待した理由は、これを渡すためです。」

「これは……魔道具…でしょうか。」

「はい。持ち主の魔力効率を上げる魔道具です。魔法使用時の魔力を、三分の一程度抑えてくれますよ。」

「そんなに…?!これほど貴重な魔道具、頂いてよろしいのですか?」

「勿論です。貴女に渡すために用意したのですから。これはSランク冒険者となった貴女へ、私からのお祝いですよ。」

「…っありがとうございます。」



 これはただの祝いではなく、今後とも良き関係を築きたいというスレードル侯爵の意思だ。私の方からも同じ思いだと示すように、高ランクの魔物の素材を提供した。
 その後はスレードル侯爵と他愛もない話で談笑をし、私は侯爵家からギルドへと戻ったのだった。 

 それからも二つ目の執拗い貴族であるノイジール侯爵家の相手(会話内容は殆どボアズ伯爵と同じだったが)や、ゼンキースア公爵家にてディールト兄様並びにエリルと様々な話をした。
 二人は冒険者リエラとしての私を見てはしゃいでいたが、一度も『ラリエット』や『姉様』、ラリエットの愛称である『リエ』などとは呼ばなかった。使用人の目もあるが故に、あくまで『リエラ』として接してくれたのだ。

 そうして残りの招待状は王家、それも国王陛下からの招待状のみとなった。
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