青春聖戦 24年の思い出

くらまゆうき

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第91話 卒業と新たな世界

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進路が決まった中学生達は学校に来る頻度も減り、冬を越えて春が来た。


3月は別れの季節だ。


そして4月に訪れる新たな出会いに心を踊らせる。


ほとんど学校に行かずにいた祐輝は卒業式でミズキに久しぶりに会った。


「祐輝君」と小声で話しながら近づいてくるミズキは「悪魔じゃないよ」と優しい表情で言っていた。




「調べていたけどね。 悪魔だったらもうとっくに祐輝君じゃなくなっているよ。」
「そうなんだ。 俺はどうなるのかな・・・ミズキと同じ高校に行きたかった。」
「たまには会おうね!」




そうは言っても高校に進学すれば疎遠になっていくものだ。


祐輝はどこかでそれをわかっていた。


小学校から9年間もの時間を共に生きたミズキと離れるのは実に空虚で実感がわかない感情だった。


校歌が流れて生徒達は涙を浮かべる者もいた。


祐輝は表情こそ変えなかったが静かに涙が流れた。




「不安だ・・・」




ミズキと野球のない人生は明かりのない夜道を歩く様な気分だった。


どこに落とし穴があるのか、道は正しいのか。


何も見えない道を目的もなくただ歩き続ける様な恐怖すら覚えた。


卒業式は終わり、生徒達は3年間を過ごした校舎を後にした。


帰り道で祐輝は家とは逆方向に歩いていた。


隣にはミズキもいるが何処へ行くのかとは尋ねなかった。


それどころかわかっているかの様に何も言わずに歩いていた。


向かった先は3年間努力を続けた公園だ。




「ここともお別れだね。」
「そうだね。 ホームレスのおっちゃんもいなくなったしな。」
「みんな新しい所へ行くんだね。」




祐輝はミズキの可愛らしい顔をじっと見つめた。


まだあどけない少女だったミズキも気がつけば大人っぽくなり、色気すら出始めていた。


お互いに成長したんだなと祐輝は寂しそうにしていた。


「さようなら」


そう祐輝が言葉を発しようとした時だった。


ミズキは飛びつくほどの勢いで祐輝に抱きついた。


驚き目を見開いたが、落ち着きを取り戻すと力強く抱きしめた。


そしてたまらず泣いた。




「ミズキ・・・」
「元気でね。」
「ミズキもね。」




感謝している。


9年間も味方でいてくれたんだ。


どうか元気で。


そして2人はお互いの家に帰っていった。


家に寂しく帰る途中で祐輝を呼ぶこれも聞き慣れた声が聞こえるとそこには越田が学ランを着て立っていた。


中学生とは思えない屈強な体が学ランを破って出てきそうなほどパツパツな学ラン姿を見て吹き出した。




「祐輝。」
「頑張れよ俺の分まで。」
「任せろ。 お前見てろよ。 必ず甲子園行ってやるからな。」




越田は力強く言い切ると手を出してきた。


祐輝はミズキとも繋がなかった右手でしっかりと握手した。


そしてお互いに別れた。


今日まで築き上げた全てが来月からは全て変わる。


新しい学校に野球のない生活。


ミズキもいなくなり、味方もいない。


家に帰ると祐輝は考えた。




「悪魔じゃないのか・・・」




ミズキが一生懸命調べてくれた事を思い浮かべるとまたしても涙が出てきた。


自分としての人格が消えるかもしれない恐怖とそれでも信じてくれたミズキの愛を思い浮かべると泣かずにはいられなかった。


その晩はとにかく泣いた。


そして明日からは普通に生きると決めた。


桜が咲き始める美しい街並み。


身が凍る様な寒さから温かい風が吹き始める3月の終わりの事だった。
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