上 下
67 / 140

第67話 祐輝が見たもの

しおりを挟む
絶対絶命のピンチを何とか2点リードで切り抜けたナインズAチーム。


ベンチからは佐藤コーチの「踏ん張らんかい!」という声が聞こえてくる。


息子と歩んだ野球人生の集大成なだけあって佐藤コーチの気合いの入り方は尋常ではなかった。


普段は会社員の佐藤コーチも出張の予定を断り、強引に有給休暇までもらってこの日を迎えていた。


息子のために出世まで断りこの場にいるのだ。


そんな姿を祐輝は確かに見ていた。



「羨ましいな。 あんな親父。」
「祐輝君はパパさんと仲悪いもんねえ。」
「もはや他人だよ。」



と言いつつも心のどこかで父親を求めている祐輝は佐藤コーチと雄太の関係が羨ましかった。


息子のために仕事まで休んでいる。


時には息子のピッチングに激怒してどつき回しているなんて事も何度も見たがそれでも祐輝は羨ましかった。


それだけ息子に向き合っている。


雄太も父親を尊敬してどれだけ厳しくされても真面目に練習をしてきた。


いつの日か今日の事は親子の最高の思い出になるのだ。


祐輝の空虚な心には熱く響くものがあった。


そしてナインズAとキングスBの試合はいよいよ最終回の7回を迎えた。


2点リードはしているがBチームといってもキングスはキングス。


何が起きるかわからない野球というスポーツにおいて確実に点差を広げておく必要があった。


ナインズAの攻撃は雄太から始まった。


ピッチャーが投げたストレートをフルスイングすると打球はあっという間に場外へと消えた。


特大ホームランに日頃は腕を組んで怖い顔をしている佐藤コーチも歓喜していた。


これで3点差。


しかしその後の攻撃は僅かにヒットが出たが得点には繋がらず3点差で迎える最後の守備だ。


「しっかり決めてこんかい!」と佐藤コーチは息子をピッチャーマウンドへ送り出した。


初戦を突破すると次はキングスAチームだった。


もし祐輝達が勝っていればナインズ同士の戦いになったが言うまでもなく不可能な話だった。


佐藤コーチと雄太はキングスの速田を倒すと言う夢を掲げていた。


そのために後アウト3つを取る事だ。


雄太はストレートをキャッチャーに向かって力強く投げていたがやはり疲労が溜まっている。


制球が定まらず、ファアボールでランナー一塁。


次の打者に対してはセカンドゴロになったがゲッツーを狙った二塁手は慌てたのか投げる前にボールを落としてしまい、ランナーは一、二塁。


ここで一度タイムが入り佐藤コーチ自らがマウンドへ走った。


そして雄太の顔をがっしり掴むと大きな声で「落ち着け!」と叫ぶと雄太の背中を何度も叩いた。


佐藤コーチはベンチに戻る時に観客席にいる祐輝と目が合うと指を指して「しっかり見ておけ!」と言い残してベンチへ戻った。


祐輝もいよいよミズキと会話すらせずに試合を見ていた。


タイムは終わり雄太はストレートを投げ込んだが綺麗に合わせられてヒットを打たれた。


二塁ランナーは一気にホームインして2点差にまで迫るとキングス応援席は最高潮になっている。


雄太はキングスの雰囲気に飲まれ、疲労も重なりまるで制球が定まらずにいた。


その後もデッドボールでまたしてもランナー一、二塁になるとバッターは4番打者だ。


セットポジションから投げられたストレートは初球からフルスイングされ、外野へと飛んでいった。


二塁ランナーはホームインして一塁ランナーは三塁へ進んだ。


いよいよ1点差だ。


三塁ランナーが帰ると同点で二塁ランナーが帰ればサヨナラ負けだ。


雄太はたまらずマウンドから一度降りると大きく深呼吸してロウジンバッグを触っていた。


気持ちを落ち着かせてセットポジションに入り、残された体力を惜しむ事なく出して投げ込むと打球は内野ゴロに転がりバッターランナーをアウトにした。


塁上のランナーは動かず、ワンナウト二、三塁。


そして雄太は次のバッターを三振に取るとツーアウト二、三塁だ。


後一つ。


後一つで親子の悲願である速田との対戦だ。


雄太はこの状況で何とワインドアップにしたのだ。


祐輝は目を見開いて驚くと「最高の先輩だな。」と呟いた。


まるで祐輝から勇気をもらったと言わんばかりのワインドアップだ。


力強く投げ込んだストレート。


しかしグラウンドには快音が鳴り響いた。


レフトへ飛んだ打球はワンバウンドして捕球した。


直ぐにホームへボールを投げたが三塁ランナーはホームインして遂に同点。


ここで次のバッターをアウトにできれば延長戦でナインズの攻撃のチャンスが回ってくる。


しかしサヨナラの大ピンチだった。


ツーアウト一、三塁。


雄太はそれでもワインドアップで投げた。


ストレートは低めに決まりストライクだ。


そして2球目。


雄太が投げたストレートはキャッチャーミットから大きくそれた。


キャッチャーは飛びついたがあと少しで捕球できずにボールはバックネットへ転がってしまった。


三塁ランナーは血眼でホームへヘッドスライディングした。


雄太がホームカバーに入りキャッチャーからのボールを捕球してタッチした。


「セーフッ! ゲームセット!」


サヨナラ負けだ。


唖然とするナインズ陣営と歓喜に包まれるキングス陣営。


雄太はその場で泣き崩れて動けなくなった。


ナインズAの夏は終わった。


疲労と緊張で手元に力が入り、暴投してしまった。


泣き崩れる雄太に「立たんかい。」と声をかける震えた声の佐藤コーチの姿。


試合は終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

後天的貞操逆転世界の異端者〜ある日突然貞操観念が完全に逆転した世界で元のままだった俺、ギラギラした美少女達からロックオンされてしまう〜

水島紗鳥
青春
ある日全世界で男女の貞操観念が逆転する超常現象が発生した。それにより女性の性欲が凄まじく強くなり男性の性欲はめちゃくちゃ弱くなったわけだが、主人公である沢城潤は何故か貞操逆転していない。 そのため今までと何も変わっていない潤だったがそれを知られると面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いと判断して隠している。 しかし、そんな潤の秘密に気付いた美少女達にロックオンされてしまって…

初恋

藍沢咲良
青春
高校3年生。 制服が着られる最後の年に、私達は出会った。 思った通りにはなかなかできない。 もどかしいことばかり。 それでも、愛おしい日々。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。ポリン先生の作品↓ https://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=31039&f=a ※この作品は「小説家になろう」「エブリスタ」でも連載しています。 8/28公開分で完結となります。 最後まで御愛読頂けると嬉しいです。 ※エブリスタにてスター特典「初恋〜それから〜」「同窓会」を公開しております。「初恋」の続編です。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします! 6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします! 間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。 グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。 グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。 書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。 一例 チーム『スペクター』       ↓    チーム『マサムネ』 ※イラスト頂きました。夕凪様より。 http://15452.mitemin.net/i192768/

普遍的な女子大生の普通の会話のぞいてみた

つきとあん
青春
大学1年生のひとみ、なぎ、れい。学部も出身も違う3人はそれぞれ何を思って生きているのか、会話を通して知っていく短編小説です。勉強、生活、恋、お金、人間関係、様々な困難にあふれている大学生活を3人はどのように過ごすのか。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...