天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第99章 赤い誓い

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近頃下界はと言うと皇国の下界軍の出現によって平和になっていた。


厳三郎と土屋は天上界へ赴く事もあった。


虎白の出現によって霊界も天上界も情勢が一気に動いた。


天上界とは時の流れが違う事もあり、厳三郎は戸惑っていた。


そのため、土屋と共に天上界へ訪れては近況を聞いていた。


年老いた厳三郎も天上界では青年の見た目になっていた。




「若返ったわい!!」
「左様ですな。 さて白陸へと行くと致そう。」
「まずは飯じゃ!!」




天上界に来る事は厳三郎の楽しみでもあった。


絶品の食事を存分に食べては天上界に暮らす美女を見て興奮していた。


一向に白陸の本城へと向かおうとしない厳三郎に呆れる土屋と護衛達。


その護衛の中には真作の姿もあった。


真作はずっと気になっていた。




「太吉のやつは達者にしておるのか。」



かつて与平という英雄と太吉という英雄と共に赤備えに加わってから天上歴で30年近く経つ。


与平の討ち死にから別れた太吉と真作は互いの誓いを守った。


それは3人で決めた誓いだ。


「己が正しきと思いし事を貫く」という誓いだ。


真作は下界に残り霊界の戦いを主厳三郎と共に戦い抜くという事が正しい事だと信じて貫いた。


太吉は死にたくないという感情が人にとって当然の感情で自分に嘘をついてまで死ぬ事を正しいとは思わず、生き抜こうと天上界へ向かった。


それも太吉が正しいと思ったのならそれでいい。


いつの日か与平が言った言葉だった。


その与平は厳三郎を守るために霊界で討ち死にして「無」に消えてしまった。


あの日の事は忘れられない。


3人が別れる事になったのだ。


真作は天上界の風を感じながら空を見ている。


太吉は今頃何をしているのかと考えていた。


すると騒ぐ厳三郎に通報が入ったのか白陸軍の憲兵が歩いてきた。




「な、なんと。 あの耳はなんじゃ。」


憲兵の横に長い耳を見て驚いていると厳三郎は腕を掴まれた。


「なんじゃ?」と憲兵に話すと「所属は?」と尋ねられた。


土屋は静かに刀に手を当てている。


白陸軍の憲兵は厳三郎を知らなかった。




「いきなり掴んで所属を尋ねるとは無礼じゃな。 その方こそなにやつじゃ?」
「白陸軍第1憲兵隊のエルドナ少尉です。 では名乗ってもらいましょうか?」
「わしは椎名厳三郎と申す。 小童とは古くからの友じゃ。」
「小童?」




土屋が「それでは伝わりませぬぞ」と呆れた表情で話すと「小童は小童じゃ」と厳三郎はケラケラと笑い出した。


エルドナは今にも厳三郎を逮捕しそうな表情をしている。


土屋が「待たれよ」とエルドナを止めると「鞍馬虎白様の友人である」と厳三郎を指差した。




「信じ難いですね・・・近頃はそんな連中が増えているのですよ。 虎白様と飲んだ事があると豪語して女性をはべらせる詐欺師もいたものですから。」
「な、なんと。 証明のしようがないな・・・そうじゃ竹子殿は!?」




近頃は虎白や竹子の名前を出して悪さをする人間も増えてきていた。


知り合いだと嘘を付く者もいる始末だ。


エルドナ達憲兵は取締を強化していた。


眼前で高笑いする厳三郎はエルドナにとっては怪しくて仕方なかった。




「竹子丞相様の名前を出す者も大勢います。」
「じょ、丞相!?」
「白陸の最高権力者ですが。」




土屋は驚き言葉が出なかった。


下界ではまだ1年ほどしか経っていなかったのだ。


天上界と下界での時差は土屋を困惑させた。


それは隣にいる真作も同じだった。


1年ぶりに太吉を探せると気軽な気持ちでいた。


エルドナは厳三郎に手錠をかけた。




「な、何をする!!」




土屋が刀を抜こうとするとエルドナは「お待ち下さい」と手を出した。


「詳しい事は基地で聞きますから」と連行されていった。


今は白陸にとって正念場だった。


赤軍と戦い、西と南の連合軍が押し寄せていた。


諜報員が紛れ込んでいてもおかしくないとエルドナと憲兵達は警戒を強めていた。


何より有事であるこの状況で大騒ぎをしている厳三郎の場違い具合が一層、憲兵や国民からの不信感を抱かせた。


まるで違う世界から来ている者かの様に何も理解していない様子。


やがて基地へ連行されると事情聴取が始まった。


真作達も同様に。


エルドナは厳三郎の事情聴取を始めた。



「さて。 ではあなたが虎白様のお知り合いという証拠は?」
「そんなもんあるか。 小童に聞けばよかろうて。」
「あなたの他にも大勢いるんですよ。 虎白様の友人と嘘を付く者は。」
「嘘ではない!!」




厳三郎は本当の事を終始言っているのだが、エルドナは呆れた表情でため息をついていた。


それもこれも白陸の発展具合とくだらない嘘をつく人間が招いた事だった。


虎白に聞こうにも北側領土へ遠征している。


何よりエルドナが引き合わせるはずもなかった。


厳三郎は苛立ちを隠せずにいると「狐の兵士に聞けばよかろうて」と不機嫌そうに言った。




「白王隊ですか?」
「なんじゃそれ?」
「はあ・・・信用できませんよ。」




厳三郎の言う狐の兵士は皇国下界軍だがエルドナの思う狐の兵士は虎白の私兵である白王隊だった。


一向にエルドナの不信感は消えなかった。


このままでは正式に逮捕されてしまう。


そんな時だった。




「失礼するよ。」
「誰じゃこの小童は。」
「ひひっ!! 父上から聞いた事がある。 あんたが厳三郎か!!」
「殿下? お知り合いですか?」




白斗が部屋に入ってくると厳三郎を指差して笑っていた。


厳三郎は白斗を初めて見るが白斗はよく知る人物だった。


虎白は酒を飲むと白斗に下界で起きた事を話していた。


その際に竹子に負けないほど頻繁に虎白が口にする名前が厳三郎だった。



「聞いているよ。 厳三郎と土屋。 そしてエン・シャオエンの事も。」
「ああ。 あやつはわしは好かんぞ。」
「ひひひー!! それも父上が言っていた!!」




エルドナは立ち上がると「釈放」ですと出口へ手招きしていた。


厳三郎一向は解放されて白陸の街へ出ると白斗に向かって「父上とはまさか小童の事か?」と尋ねた。


「ああ」と白斗がうなずくと厳三郎は吹き飛ぶほどの勢いで驚いていた。




「お、お主があの日小童が亡くした息子か!?」
「そうそう。 今ではこうして大人になったけどね。」
「な、ななななな!?」
「ひひ!!」




そして白斗は今起きている白陸の状況を話すと厳三郎を宮衛党へ案内した。


何よりも厳三郎に会いたい人がいると得意げに笑っていた。


不思議そうに厳三郎は半獣族の城である宮衛党へ辿り着いた。


「け、獣が喋っておる!?」と驚きを隠せない厳三郎一向は半獣族の兵士を物珍しく見ていると兵士に守られて高貴な衣装に身を包む優奈が現れた。




「な、なんとおお!?」
「え?」
「優奈ー!!」



厳三郎は優奈に抱きつこうとしたが思いっきり平手打ちをされた。


それも当然だ。


優奈は初めて見るのだ。


厳三郎は長い年月側にいたから我が子の様に思っているが、優奈は虎白達からの話を聞いている程度だった。


優奈が平手打ちをするものだから宮衛党の兵士が敵と判断して武器を持って近づいてきた。


すると白斗が大笑いをしながら優奈に目の前にいるのが厳三郎だと話すと驚きのあまり言葉を失っていた。


2人は改めて感動の再会を果たした。


真作は白斗の隣に行くと小声で「殿下」と呼ぶと「なんだ侍?」と返した。




「あ、あの。 太吉という男を知りませんか?」
「・・・聞いた事はある。」
「というと?」
「もう死んだ・・・」





真作は白斗の言っている意味が理解できなかった。


死にたくないから天上界へ行ったはずの太吉が何故死んでしまったのか。


動揺を隠せない真作は白斗の顔を見て言葉を失っていた。


すると白斗が「案内しようか?」と尋ねると真作はうなずいた。




「俺も会った事はないんだ。 でも竹子姉ちゃんの私兵だったって聞いている。」




ためらいの丘に案内されると太吉の墓の前に立った。


真作は驚きを隠せなかった。


立派な墓石に書かれる白神隊少佐と書かれる文字に更に驚いていた。




「そうか・・・あやつがな・・・」
「話せるがやってみるか?」
「なんですと?」




白斗は太吉の墓石の前に座ると目をつぶって手のひらをかざした。


すると真作の手を握ると脳内に響く友の声。


「真作か?」と聞き慣れた声が聞こえてくる。




「お主なのか?」
「そうじゃ太吉じゃ。」
「何をしておるのだ・・・」
「誓いを守ったまでじゃ。」




彼らの誓いは「正しきと思った事を貫く」だ。

太吉は天上界の戦いに身を投じるうちに正しいと思った事をしたまでだ。


その結果命を落としてしまった。





「わしは後悔しておらぬぞ。」
「お主がなあ。」
「竹子様のために散ったんじゃ。 わしにしては上出来じゃよ。」





真作は下を向いて笑っていた。


足元には水溜りができはじめていた。


だが笑っている。


また会えると思っていた。


しかしどうやらもう会えない様だ。




「武士として見事な最後じゃ。 与平の如き最期じゃ。」
「今のわしには与平の気持ちが理解できるぞ。」
「左様か。 ならばわしも主のために。」
「死に急ぐでないぞ。 一所懸命に生きよ。」




武士に涙はいらない。


真作の目の前にあるのはただの水溜りだ。


友が武士として誉れある最期を遂げたのだ。


称賛してやるが武士の礼儀。


真作は笑っていた。


「見事じゃ」と。




「いつの日かお主もこちらに来て酒を飲もうぞ。」
「お主の元へ行けるのか?」
「無論じゃ。 己に恥じなき様生きればな。 必ず再び相まみえるさ。」
「御意。」



真作は白斗の手を離した。


そして腰に刀を差し直すと丁寧に一礼した。


「さらばじゃ」と太吉の墓石にも一礼すると白斗と共にためらいの丘を後にした。


彼らの紅い誓いは例え血に染まろうとも消える事はなかった。


赤い誓いに染まろうともこの熱き誓いは消えぬ。


武士として生き、死んだまで。


これぞ誉れ。


真作は主の元へと帰っていった。

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