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第82章 夫の帰還
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ある朝夜叉子は目を覚ますと城の外から響き渡る凱旋の法螺貝を聞いた。
まるで子供が遠足にでも行くかの様に飛び起きると髪の毛を綺麗に櫛で溶かして制服を着ると直ぐに城を出て行った。
目指す先は帝都だ。
愛する夫が戦場から戻ってきたのだ。
無事なのか、怪我はしていないのかと夜叉子は表情こそ変える事はなかったが心のうちで様々な想いが巡っていた。
「帰ったら鍋でも作ってあげないとね。」
夜叉子は一言つぶやくと馬を帝都に向けて走らせた。
やがて帝都に入ると白陸軍が疲れた表情でそれぞれの帰る場所へ足をすすめて行く。
大将軍にして夜叉子の大切な家族である鵜乱と部下達は傷だらけで数も減っている。
戦死者を出したくないと虎白は言っていたがそれでも出てしまった。
夜叉子は包帯を身体中に巻いている鵜乱の元に駆け寄ると肩に手を置いた。
「うふふ。 驚くような子供達でしたわ。」
「子供?」
鵜乱は確かに子供と言ったのだ。
夜叉子は眉間にシワを寄せて黙り込んだ。
戦闘で疲れて何か世迷言でも言っているのかと聞き流す様にして病院へ運ばれて行く鵜乱を見送った。
「よお。 会いたかったぞ夜叉子。」
「ふっ。 無事でよかったよ。」
「いやあ。 とんでもねえクソガキどもだったぜ。」
「は? さっき鵜乱も子供達って・・・」
驚くのも仕方ない。
戦場で虎白達も同じように驚いた。
イーライという少年だけでなく他にも多くの忌み子達が戦場に参加していたのだった。
夜叉子は虎白の帰りに安堵すると同時に謎の忌み子達の事を考えると身体に鳥肌が立った。
「夜叉子大丈夫か?」
「時代はさ。 変わって行くんだね。」
「アルテミシアと正々堂々とやりあったあの日はもう古き良き時代ってか。」
「そうだね。」
かつては敵と味方がはっきりしていた。
天上軍と力を合わせて冥府軍を倒すという共通の目的があり、冥府軍も「私が冥府軍だ。」と名乗りをあげた。
それが今では冥王と力を合わせて得体の知れない忌み子達と戦う始末だ。
変わりゆく時代の中で夜叉子は虚しさを感じていた。
「次はどんなやつが殺しに来るのかな。」
「終わらせねえと。 1日でも早くな。」
虎白は遠くを見て目を細めている。
奇妙な敵が次々に現れるこの世界で戦争のない天上界を作る事がどれほど大それた事かは虎白や夜叉子が一番わかっていた。
しかし夜叉子の愛するこの狐はまるで七夕に願いを込めて胸躍っている少年の様に純粋な瞳で「必ずやる」と言い張るものだから夜叉子の母性本能はくすぐられてしまう。
「あんた疲れたでしょ?」
「す、すげえ疲れた・・・」
「ちょっと眠りな。 膝枕してあげるよ。」
「マジで!? じゃあ甘えさせてもらうぜ!」
帝都の城に帰ると虎白の部屋に入り夜叉子が布団を敷き始める。
虎白は風呂に入り「はあ。」と疲れている事が伝わってくる重いため息を何度もついていた。
しばらく風呂に浸かった虎白はタオルで身体を拭いてかと思えば四足歩行に見た目を変えて身体を激しく振って水を切っていた。
夜叉子はそんな虎白を見て少し笑うと布団の上で正座をして自分の膝をポンと叩いて虎白を呼んでいる。
「ゆっくり寝な。」
「ありがとう・・・」
膝枕をしたかと思えばあっという間にぐっすりと眠ってしまった。
子供の様に純粋な寝顔で眠る虎白の頭を優しく撫でると夜叉子はゆっくりと膝を抜いて枕を入れた。
そして厨房に行くと竹子が疲れた表情で野菜を切っていた。
「あんたも疲れたでしょ。 虎白が寝ているから隣で寝な。」
「ああ夜叉子ただいまあ・・・ふぁー。 夕飯作らないと・・・」
「私がやるからいいよ。 鍋でも食べて元気つけな。」
竹子は疲れた表情のまま、ぎこちない笑顔を見せるとふらふらと虎白の眠る部屋に歩いて行った。
夜叉子は竹子の小さな背中を見て少しだけ笑うと野菜を切り始めて大きな鍋に入れ始めた。
獣王隊の兵士が大喜びする夜叉子特製の熊鍋が作られている。
「夕飯だよ。」
夜叉子は家族達を呼んだ。
しかし虎白と竹子は部屋から出てくる様子はなく物音一つしなかった。
甲斐や優子達はとことこと集まってくると鍋の中を覗いて絶品鍋の匂いを楽しんでいる。
夜叉子は一人ずつ器によそっていくと家族達は座って直ぐに食べ始めた。
あまりの美味さに唸り声を出す甲斐を見て鼻で笑っている。
今日の夜叉子の熊鍋は味噌味でしっかりと味が染み込んでいた。
熊肉は口に入れると溶けて消えてしまうかの様に柔らかく、野菜もとろけるほどに柔らかいが甘味はしっかりと残り、味噌の塩っぱさが上手い具合に共演している。
「夜叉子おかわりー!!」
「ふっ。 あとは自分で勝手に取りな。」
夜叉子も畳に座ると自分の鍋を食べ始めると静かにうなずくと白米も口に入れる。
すると大将軍エヴァがどこか浮かない表情をして黙り込んでいた。
口に合わなかったのかと夜叉子は心配そうに見ているとエヴァと目が合いぎこちない顔で一生懸命に笑顔を作っている。
「別に何か作ろうか?」
「お、オウッ! ち、違うよめっちゃ美味い! マジで最高だよこの鍋。」
「その割には浮かない表情だね。」
エヴァの浮かない表情を気にして箸を置くと重たい口を開いた。
ウイスキーをグイッと飲むとエヴァは下を向いている。
賑やかな食卓は静まり返った。
「あ、あのさ・・・なんか知らないけど下界に冥府軍がめっちゃいる・・・しかも魔族。」
突然の言葉に騒然とする家族達はエヴァを見ていた。
悲痛の表情でエヴァは何が起きているのかわからずにとりあえず見た事だけを話していた。
下界でうろつき始める魔族はまるでエヴァを監視するかの様に姿を見せては黒煙となって消えて行く。
「虎白何か知ってるかなあ・・・でももう行かないと。 夜叉子ご馳走様。 めっちゃ美味しかったよ! また作ってね!」
エヴァは絶品の熊鍋をあっという間に食べ終えるとニコリと笑って足早に下界へと降りて行った。
静まり返る食卓は何とも言えない雰囲気の中で熊鍋を食べている。
せっかくの絶品熊鍋が興醒めしてしまう様でどこか虚しい空気すら流れている。
夜叉子は立ち上がると熊鍋に蓋をして厨房へ持って行った。
「お、おいまだ食べてるよー!」
「残りは虎白と竹子の分だよ。 それよりあんたらも自分の兵に念のため準備させときな。」
もはや今の世界情勢は何が起きてもおかしくない。
冥府軍は何がしたくて下界をうろついているのか。
冥王と虎白が手を組むほどの状況で魔族は何を企んでいるのかまるで想像がつかなかった。
夜叉子は片付けをして家族達を部屋に帰らせると1人で食卓の畳に座ると煙管を吸いながら日本酒を飲んでいた。
頭の中で巡る様々な危険は全て現実に起きてもおかしくないような生々しい恐怖だった。
静まり返った部屋で1人、虎白が起きてくるのを待っている。
さっきまでの賑やかな部屋が嘘の様に静寂に包まれ、時間だけが過ぎていく。
永遠にも感じるほど音もない空間にポツンと座り、煙管を吸う夜叉子はこの先の未来を思い浮かべていた。
今日までの死線を思い出し、何度も死にかけた事や家族と騒いだ夜の事を。
愛する虎白や琴の温もりも忘れていない。
「私にしては上出来の生涯だったね。」
夜叉子が一言つぶやくと部屋の戸が開きボサボサの髪の毛で虎白が眠そうに夜叉子の隣へ歩いてくる。
「遅くなって悪い。」と謝ると隣に座って夜叉子の手を握っていた。
虎白は大きくあくびをすると今度はため息をついて「飯食うまで待っていてくれたのか?」と夜叉子に尋ねた。
うなずいた夜叉子は立ち上がり厨房で鍋を温め始めた。
少しすると竹子も起きてきて虎白の隣に座っていた。
「できたよ。 ゆっくり食べな。」
「おお! 美味そうだな。 今日は味噌かあ!」
熊鍋をガツガツと食べ始める虎白は嬉しそうな表情で白米もガツガツと食べる。
豪快な食べっぷりで口に頬張り、酒をグイッと飲んでいる。
夜叉子は鼻で笑うと竹子と虎白を挟むように隣に座った。
竹子は山盛りの白米と鍋を幸せそうに食べてはニコニコと微笑んで「美味しいねえ。」なんて言っている。
虎白が鍋を器から綺麗に食べ終えるとおかわりを大鍋からよそって虎白の前に出すものだから夜叉子の健気さがよくわかる。
「いやあ。 最高だな。 良い嫁を持てた俺は幸せだよな。」
「それは私達の台詞なんじゃない?」
「馬鹿言え。 もっと幸せにしてやるよ。 俺に出会えて本当に良かったっていつの日か泣いて喜ぶぐらいにな。」
夜叉子は胸がキュンとなる感覚を感じながらも無表情を保った。
毎度毎度、夜叉子を刺激するような言葉を平然と言ってくるものだから虎白に夢中になってしまうのだ。
子供の様に純粋な眼差しで「必ず戦争のない天上界を作る!」なんて言ったかと思えば、長く生きた聖人の様に清く美しい眼差しで「もっと幸せにしてやる。」と言い放つ。
それが夜叉子にはたまらなかったのだ。
虎白と触れ合うたびにもっと喜ぶ事をしてあげたいと思う反面、捨てられたら生きていけないと怖くもなっていた。
夜叉子にとって虎白との出会いは全てとも言えた。
だからこそ別れるなんて事があったら夜叉子という人間が壊れてしまう。
それが怖かったのだ。
虎白は物凄い勢いで熊鍋を食べ続けていたかと思えば突如食べる事を止めて夜叉子の顔をじっと見た。
「わかるんだよなあ。 第六感なんて使わなくてもよお。 愛してるからよお。 夜叉子お前。 俺がお前の事捨てるとでも? 別れるとでも?」
今度は純粋でも清くもない眼差しで夜叉子をじっと見ている。
まるで獰猛な狐にでもなったかの様に鋭い眼差しで睨みつけるほどの眼力だ。
夜叉子は虎白の言葉に驚き口が開かない。
すると虎白は鋭い眼差しのまま、夜叉子の頭を撫でると口は開いた。
「捨てるなんて有り得ねえ。 お前がいてくれねえと生きていけねえ。 それに俺は死なねえよ。 だからお前と一緒に生きて幸せになるんだよ。」
夜叉子は何も言っていないのに虎白には全てわかっていた。
無表情で冷酷な瞳が敵から悪評の夜叉子だが、虎白の前ではそんな無表情すらも崩されてしまう。
嬉しさのあまり夜叉子の表情は高温で熱したチーズの様に滑らかに溶けていき、天使の様な笑顔で微笑んだ。
虎白はその天使のハニカミを見ると嬉しそう笑ってまた熊鍋を食べ始める。
やがて食事が終わり虎白と竹子は晩酌を始めた。
夜叉子は片付けをしていると愛する琴が目をこすりながら現れた。
「まだ帰ってこんの?」
「ああ悪いね。 今行くから。」
「寂しいねん。 早よ来てやあ。」
「もうちょっとだけ待ってな。」
片付けを直ぐに終えると眠そうな琴を連れて部屋に戻って行った。
廊下を歩きながら夜叉子は虎白の言葉を思い出している。
なんて暖かく強い言葉なのか。
「幸せすぎるって・・・」
「え? なんて?」
「ふっ。 何でもないよ。 遅くなって悪かったね。 寝ようか。」
夜叉子は琴と共にゆっくりと眠るのだった。
まるで子供が遠足にでも行くかの様に飛び起きると髪の毛を綺麗に櫛で溶かして制服を着ると直ぐに城を出て行った。
目指す先は帝都だ。
愛する夫が戦場から戻ってきたのだ。
無事なのか、怪我はしていないのかと夜叉子は表情こそ変える事はなかったが心のうちで様々な想いが巡っていた。
「帰ったら鍋でも作ってあげないとね。」
夜叉子は一言つぶやくと馬を帝都に向けて走らせた。
やがて帝都に入ると白陸軍が疲れた表情でそれぞれの帰る場所へ足をすすめて行く。
大将軍にして夜叉子の大切な家族である鵜乱と部下達は傷だらけで数も減っている。
戦死者を出したくないと虎白は言っていたがそれでも出てしまった。
夜叉子は包帯を身体中に巻いている鵜乱の元に駆け寄ると肩に手を置いた。
「うふふ。 驚くような子供達でしたわ。」
「子供?」
鵜乱は確かに子供と言ったのだ。
夜叉子は眉間にシワを寄せて黙り込んだ。
戦闘で疲れて何か世迷言でも言っているのかと聞き流す様にして病院へ運ばれて行く鵜乱を見送った。
「よお。 会いたかったぞ夜叉子。」
「ふっ。 無事でよかったよ。」
「いやあ。 とんでもねえクソガキどもだったぜ。」
「は? さっき鵜乱も子供達って・・・」
驚くのも仕方ない。
戦場で虎白達も同じように驚いた。
イーライという少年だけでなく他にも多くの忌み子達が戦場に参加していたのだった。
夜叉子は虎白の帰りに安堵すると同時に謎の忌み子達の事を考えると身体に鳥肌が立った。
「夜叉子大丈夫か?」
「時代はさ。 変わって行くんだね。」
「アルテミシアと正々堂々とやりあったあの日はもう古き良き時代ってか。」
「そうだね。」
かつては敵と味方がはっきりしていた。
天上軍と力を合わせて冥府軍を倒すという共通の目的があり、冥府軍も「私が冥府軍だ。」と名乗りをあげた。
それが今では冥王と力を合わせて得体の知れない忌み子達と戦う始末だ。
変わりゆく時代の中で夜叉子は虚しさを感じていた。
「次はどんなやつが殺しに来るのかな。」
「終わらせねえと。 1日でも早くな。」
虎白は遠くを見て目を細めている。
奇妙な敵が次々に現れるこの世界で戦争のない天上界を作る事がどれほど大それた事かは虎白や夜叉子が一番わかっていた。
しかし夜叉子の愛するこの狐はまるで七夕に願いを込めて胸躍っている少年の様に純粋な瞳で「必ずやる」と言い張るものだから夜叉子の母性本能はくすぐられてしまう。
「あんた疲れたでしょ?」
「す、すげえ疲れた・・・」
「ちょっと眠りな。 膝枕してあげるよ。」
「マジで!? じゃあ甘えさせてもらうぜ!」
帝都の城に帰ると虎白の部屋に入り夜叉子が布団を敷き始める。
虎白は風呂に入り「はあ。」と疲れている事が伝わってくる重いため息を何度もついていた。
しばらく風呂に浸かった虎白はタオルで身体を拭いてかと思えば四足歩行に見た目を変えて身体を激しく振って水を切っていた。
夜叉子はそんな虎白を見て少し笑うと布団の上で正座をして自分の膝をポンと叩いて虎白を呼んでいる。
「ゆっくり寝な。」
「ありがとう・・・」
膝枕をしたかと思えばあっという間にぐっすりと眠ってしまった。
子供の様に純粋な寝顔で眠る虎白の頭を優しく撫でると夜叉子はゆっくりと膝を抜いて枕を入れた。
そして厨房に行くと竹子が疲れた表情で野菜を切っていた。
「あんたも疲れたでしょ。 虎白が寝ているから隣で寝な。」
「ああ夜叉子ただいまあ・・・ふぁー。 夕飯作らないと・・・」
「私がやるからいいよ。 鍋でも食べて元気つけな。」
竹子は疲れた表情のまま、ぎこちない笑顔を見せるとふらふらと虎白の眠る部屋に歩いて行った。
夜叉子は竹子の小さな背中を見て少しだけ笑うと野菜を切り始めて大きな鍋に入れ始めた。
獣王隊の兵士が大喜びする夜叉子特製の熊鍋が作られている。
「夕飯だよ。」
夜叉子は家族達を呼んだ。
しかし虎白と竹子は部屋から出てくる様子はなく物音一つしなかった。
甲斐や優子達はとことこと集まってくると鍋の中を覗いて絶品鍋の匂いを楽しんでいる。
夜叉子は一人ずつ器によそっていくと家族達は座って直ぐに食べ始めた。
あまりの美味さに唸り声を出す甲斐を見て鼻で笑っている。
今日の夜叉子の熊鍋は味噌味でしっかりと味が染み込んでいた。
熊肉は口に入れると溶けて消えてしまうかの様に柔らかく、野菜もとろけるほどに柔らかいが甘味はしっかりと残り、味噌の塩っぱさが上手い具合に共演している。
「夜叉子おかわりー!!」
「ふっ。 あとは自分で勝手に取りな。」
夜叉子も畳に座ると自分の鍋を食べ始めると静かにうなずくと白米も口に入れる。
すると大将軍エヴァがどこか浮かない表情をして黙り込んでいた。
口に合わなかったのかと夜叉子は心配そうに見ているとエヴァと目が合いぎこちない顔で一生懸命に笑顔を作っている。
「別に何か作ろうか?」
「お、オウッ! ち、違うよめっちゃ美味い! マジで最高だよこの鍋。」
「その割には浮かない表情だね。」
エヴァの浮かない表情を気にして箸を置くと重たい口を開いた。
ウイスキーをグイッと飲むとエヴァは下を向いている。
賑やかな食卓は静まり返った。
「あ、あのさ・・・なんか知らないけど下界に冥府軍がめっちゃいる・・・しかも魔族。」
突然の言葉に騒然とする家族達はエヴァを見ていた。
悲痛の表情でエヴァは何が起きているのかわからずにとりあえず見た事だけを話していた。
下界でうろつき始める魔族はまるでエヴァを監視するかの様に姿を見せては黒煙となって消えて行く。
「虎白何か知ってるかなあ・・・でももう行かないと。 夜叉子ご馳走様。 めっちゃ美味しかったよ! また作ってね!」
エヴァは絶品の熊鍋をあっという間に食べ終えるとニコリと笑って足早に下界へと降りて行った。
静まり返る食卓は何とも言えない雰囲気の中で熊鍋を食べている。
せっかくの絶品熊鍋が興醒めしてしまう様でどこか虚しい空気すら流れている。
夜叉子は立ち上がると熊鍋に蓋をして厨房へ持って行った。
「お、おいまだ食べてるよー!」
「残りは虎白と竹子の分だよ。 それよりあんたらも自分の兵に念のため準備させときな。」
もはや今の世界情勢は何が起きてもおかしくない。
冥府軍は何がしたくて下界をうろついているのか。
冥王と虎白が手を組むほどの状況で魔族は何を企んでいるのかまるで想像がつかなかった。
夜叉子は片付けをして家族達を部屋に帰らせると1人で食卓の畳に座ると煙管を吸いながら日本酒を飲んでいた。
頭の中で巡る様々な危険は全て現実に起きてもおかしくないような生々しい恐怖だった。
静まり返った部屋で1人、虎白が起きてくるのを待っている。
さっきまでの賑やかな部屋が嘘の様に静寂に包まれ、時間だけが過ぎていく。
永遠にも感じるほど音もない空間にポツンと座り、煙管を吸う夜叉子はこの先の未来を思い浮かべていた。
今日までの死線を思い出し、何度も死にかけた事や家族と騒いだ夜の事を。
愛する虎白や琴の温もりも忘れていない。
「私にしては上出来の生涯だったね。」
夜叉子が一言つぶやくと部屋の戸が開きボサボサの髪の毛で虎白が眠そうに夜叉子の隣へ歩いてくる。
「遅くなって悪い。」と謝ると隣に座って夜叉子の手を握っていた。
虎白は大きくあくびをすると今度はため息をついて「飯食うまで待っていてくれたのか?」と夜叉子に尋ねた。
うなずいた夜叉子は立ち上がり厨房で鍋を温め始めた。
少しすると竹子も起きてきて虎白の隣に座っていた。
「できたよ。 ゆっくり食べな。」
「おお! 美味そうだな。 今日は味噌かあ!」
熊鍋をガツガツと食べ始める虎白は嬉しそうな表情で白米もガツガツと食べる。
豪快な食べっぷりで口に頬張り、酒をグイッと飲んでいる。
夜叉子は鼻で笑うと竹子と虎白を挟むように隣に座った。
竹子は山盛りの白米と鍋を幸せそうに食べてはニコニコと微笑んで「美味しいねえ。」なんて言っている。
虎白が鍋を器から綺麗に食べ終えるとおかわりを大鍋からよそって虎白の前に出すものだから夜叉子の健気さがよくわかる。
「いやあ。 最高だな。 良い嫁を持てた俺は幸せだよな。」
「それは私達の台詞なんじゃない?」
「馬鹿言え。 もっと幸せにしてやるよ。 俺に出会えて本当に良かったっていつの日か泣いて喜ぶぐらいにな。」
夜叉子は胸がキュンとなる感覚を感じながらも無表情を保った。
毎度毎度、夜叉子を刺激するような言葉を平然と言ってくるものだから虎白に夢中になってしまうのだ。
子供の様に純粋な眼差しで「必ず戦争のない天上界を作る!」なんて言ったかと思えば、長く生きた聖人の様に清く美しい眼差しで「もっと幸せにしてやる。」と言い放つ。
それが夜叉子にはたまらなかったのだ。
虎白と触れ合うたびにもっと喜ぶ事をしてあげたいと思う反面、捨てられたら生きていけないと怖くもなっていた。
夜叉子にとって虎白との出会いは全てとも言えた。
だからこそ別れるなんて事があったら夜叉子という人間が壊れてしまう。
それが怖かったのだ。
虎白は物凄い勢いで熊鍋を食べ続けていたかと思えば突如食べる事を止めて夜叉子の顔をじっと見た。
「わかるんだよなあ。 第六感なんて使わなくてもよお。 愛してるからよお。 夜叉子お前。 俺がお前の事捨てるとでも? 別れるとでも?」
今度は純粋でも清くもない眼差しで夜叉子をじっと見ている。
まるで獰猛な狐にでもなったかの様に鋭い眼差しで睨みつけるほどの眼力だ。
夜叉子は虎白の言葉に驚き口が開かない。
すると虎白は鋭い眼差しのまま、夜叉子の頭を撫でると口は開いた。
「捨てるなんて有り得ねえ。 お前がいてくれねえと生きていけねえ。 それに俺は死なねえよ。 だからお前と一緒に生きて幸せになるんだよ。」
夜叉子は何も言っていないのに虎白には全てわかっていた。
無表情で冷酷な瞳が敵から悪評の夜叉子だが、虎白の前ではそんな無表情すらも崩されてしまう。
嬉しさのあまり夜叉子の表情は高温で熱したチーズの様に滑らかに溶けていき、天使の様な笑顔で微笑んだ。
虎白はその天使のハニカミを見ると嬉しそう笑ってまた熊鍋を食べ始める。
やがて食事が終わり虎白と竹子は晩酌を始めた。
夜叉子は片付けをしていると愛する琴が目をこすりながら現れた。
「まだ帰ってこんの?」
「ああ悪いね。 今行くから。」
「寂しいねん。 早よ来てやあ。」
「もうちょっとだけ待ってな。」
片付けを直ぐに終えると眠そうな琴を連れて部屋に戻って行った。
廊下を歩きながら夜叉子は虎白の言葉を思い出している。
なんて暖かく強い言葉なのか。
「幸せすぎるって・・・」
「え? なんて?」
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