天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第81章 夜叉子からの報告

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外出許可を満喫して第4都市に戻ってくるとペップは家にでも帰ってきたかの様に安堵した表情で美味しい空気を吸っている。



「やっぱ我が家だなあ!」




帝都はあまりに美しく壮大だった。


特に虎白の本城の造りときたら息を呑むしかなかった。


稲荷神社の様に赤い鳥居が何重にも連なって、本城まで続いている。


そして桜の木がこれもまた美しく並んでいた。


外観だけでなく防備もまさに難攻不落といえる強固な守りで白王隊の兵士達がしっかりと守っていた。


街並みは昔ながらの日本家屋が立ち並び、国民は活気に溢れて商売をして暮らしていた。


国道に出れば車や馬車が走っている。


白陸に暮らす様々な時代の者に合わされた街の作りは虎白の賢さと国民への優しさを感じさせた。


街にいるだけであの鞍馬虎白がやはり最強なんだと実感させられるようだった。


しかし帝都はあまりにもペップには都会すぎた。




「色んな人がいてよかったけど俺はやっぱお頭の第4都市だなあ!」




夜叉子の第4都市は木造の家々が立ち並び、自然豊かで半獣族が大勢暮らしていた。


大きな御神木のような木には猿の半獣族が木の上に家を建てて暮らしている。


そして第4都市には巨大な森が連なり、その上には大将軍鵜乱と鳥人族が住んでいた。


人間は平地に家を建てて商売をしたりと活気はあるが車の通りは少なく基本的に馬車などを使った生活が基本だった。


半獣族と人間が当然の様に共存している。


それが夜叉子の第4都市だった。


ペップはこの緑豊かな自慢の領土に帰ると山を登り、獣王隊の基地へと戻った。


荷物や土産を部屋に置いて制服に着替えると少し休んで連隊本部へと出頭するとタイロンやクロフォードが夜叉子と話をしていた。



「お頭! 姉さん方! ペップとルル戻りました!」
「帝都はどうだった?」
「いやそりゃもう・・・」




言葉に詰まるほど壮大だった。


夜叉子は鼻で笑うと机の上に広げられている地図を見ながらタイロンと話をしていた。


ペップも興味津々といった表情で近づいて地図を見に行くと虎白と僅かな白王隊に砲兵隊や空軍の位置が記された地図だった。


「おっ?」っとペップが不思議そうに声を出すとタイロンがチラリと見て夜叉子を真似するかの様に鼻で笑ってみせた。


ため息混じりの声で夜叉子はペップにこの地図を説明し始める。



「かなり苦戦しているみたいだようちの狐。」
「え!? あの虎白様がですか!?」



それはにわかに信じ難い内容だった。


時間すら我が物としてしまうあの虎白が苦戦している。


驚いた表情でペップは崩れ落ちる様に椅子に座って不安そうな表情を浮かべているとクロフォードがペップの背中をバシバシと叩いて慰める。


夜叉子は煙管を吸い始めると細くて美しい脚を組んで遠くを見るとため息をついた。




「心配だね。 うちの狐に限って有り得ないだろうけどね。」
「本当に援軍は派遣されないのですか?」
「あいつが待てと言ったら信じるだけだよ。 それが良い嫁ってもんだよ。」




今回起きている天冥同盟という異例の事態には冥府の深刻な事情が複雑に絡んでいた。


虎白としては協力する義理は全くないが、それでもあえて協力する事でまたしても5年の停戦をもぎ取った。


だが、この身勝手な冥府の事情に大切な白陸軍の命は使えなかった。


兵の命を大切に思う虎白は白陸軍に戦闘を行わせなかった。


遠距離での部隊だけが僅かに投入されただけで夜叉子や獣王隊を含む主力軍は本国に残って虎白の帰りを待った。


あの竹子と白神隊でさえ前線後方で待機しているだけだと言うもんだからペップは驚きが隠せなかった。


夜叉子としても心配なのだろう。


煙管を吸う回数がいつもより多かった。


愛する夫の帰りを待つ夜叉子は煙管を吸いながら地図を長時間見ている。


本国に残って何もできないもどかしさを感じながらも、何かできる事がないかと考えていた。


タイロンやクロフォードでさえ部屋に戻って休んでいるのに夜叉子はただ帰りを待ち続けた。


見かねたペップは夜叉子に近づいて顔を見ている。



「あ、あのお頭? 散歩でも行きませんか?」
「ふっ。 あんたに心配されるなんてね。」
「お頭に育ててもらったから気づける事もあるんですよ。」



ペップは夜叉子の手を引っ張って城を出ると第4都市の緑豊かな街を歩いている。


国民達は夜叉子を見ると笑顔を見せて手招きしては近頃の街で抱えている問題や雑談までしている。


親身に話を聞くと直ぐに問題解決に乗り出してくれるのがいつもの夜叉子だった。


ペップは参戦する事ができない戦闘で頭を抱えるより、領地の発展に努めるべきだと思った。


それはエルドナというエルフの憲兵から学んだ事だった。


ペップはエルドナから言われた兵士としてのやるべき事に集中していた。


戦闘だけが兵士としてのやるべき事ではない。


夜叉子はペップの顔を見るとどこか嬉しそうに鼻で笑ってみせた。




「親の見てない所で子は育つもんだね。」
「そ、そんな。」
「考えてないでできる事をやれって意味だね。 わかったよ。 あんたの言う通りだね。」




モジモジと身体を動かして恥ずかしそうにもしているペップだったが表情は真剣で夜叉子のためを思っての行動だった。


活気で溢れる第4都市もまだ未発展。


新たに道路の整備をしたり、橋をかけたりとやる事はたくさんあった。


戦闘に出ていない今だからこそ集中できるのだ。




「夜叉子様あ!! 新たに農地を増やしてください。 あと肉を取り扱う市場も増やしてくださいよお!」
「わかったよ。 直ぐに取り掛かるからね。」




半獣族と人間が共存する第4都市ではこの街特有の問題が起きていた。


肉などは切り身として天上界で産まれている。


命を奪って捌くものではなかった。


肉が食べたいのなら半獣族であっても市場へ買いに出ないといけなかった。


しかし半獣族達は買いに行く事よりも狩をしてしまうという問題が頻発していた。


人間が襲われて食べられてしまうなんて惨劇も珍しくない。


そんな問題が起きてしまう原因は市場までの距離にあった。


夜叉子本人が本城にしている山城の城下町は市場も多く、ほしいものは何でも手に入った。


しかし郊外の方へ行けば広い農地や森林地帯が多い。


それが理由で起きている犯罪が日常茶飯という現状だ。


夜叉子は市場の拡張と繁盛店のチェーン店化を進めた。



「俺は半獣族なんで気持はわかりますよ。」
「この問題は人間だって同じだよ。 牛の半獣族が殺されたりしているからね。」




第4都市は白陸の中ではかなり治安の悪い地域だった。


半獣族同士の殺し合いとも言える喧嘩や人間による半獣族の殺しも多かった。


日頃から白陸第4軍の治安維持部隊が目を光らせているがなかなか問題解決とまではいかなかった。


連戦続きで夜叉子も内政に関わる事が少なかった。



「問題は解決しないとね。」



夜叉子は城に戻ると問題解決に向けて中間地点の地図を畳んで机にしまうと第4都市の地図を広げた。


広大な領土を山城から見渡すと街へ向かった。


空には鳥人族が飛び交い、街では様々な種族が共存している。


一見すると平和な街並みだが犯罪の絶えない第4都市を夜叉子は本格的に整備した。


田舎の集落にも市場を作り、食材の供給が絶えない様に街道を整備して馬車が通りやすくさせた。


お腹が空いたという何気ない感情だけで犯罪を犯してしまう半獣族があまりに多いのは野性の本能だが天上界ではそうもいかない。


大切な国民がそんな理由で殺し合ってしまうのは夜叉子としても残念でならなかった。



「私の責任だよ。 食うか食われるかの世界にいたあの子らに罪はないよ。」



夜叉子は隣を歩くペップにそうつぶやいた。


かつてペップも第4都市の犯罪者だった。


それを寛大にも許して獣王隊にまで迎え入れてくれた夜叉子の器の大きさは計り知れない。


ペップは嬉しそうに下を向いてニコリと微笑むと夜叉子の隣を歩いていた。


愛する夫の帰りが心配で元気がなかったはずなのに問題解決に乗り出すとさっきまでの元気のなさが嘘の様に淡々と問題を解決させていた。




「念を押しておかないとね。」
「わかりましたお頭。」



市場を建てて街道を整備した事だけで犯罪が消えるわけではない。


夜叉子はそう思ってペップに紙を渡して集落の至る所に貼っていた。


その紙には「お腹が空いても命は奪うな。 暴れたければ兵士となって協力してほしい。 不要な争いで価値ある命を奪う事は許されない。」と書かれていた。


近頃の第4軍というと暴れたい半獣族が志願兵として殺到していた。


そんな血の気の荒い半獣族をしっかりとした兵士にするのもまた、困難だった。


戦闘訓練よりも忍耐力を鍛える訓練が多いというのも第4軍がどれだけ統率が難しい組織なのかを伺わせる。


定期的に夜叉子本人が顔を出しては荒ぶる半獣族をなだめて教育していた。


のどかな街を歩いていると血相を変えて第4軍の将校が走ってきた。




「夜叉子様! も、申し訳ありません。 部下と国民が喧嘩してもう・・・収まらないんです・・・」




ため息をつきながらも夜叉子は直ぐに現場へ向かった。


白陸軍の治安維持部隊と国民の喧嘩。


組織としての不安定さと治安の悪さを物語る事件だ。


現場に行くと国民を倒して何度も顔を殴る半獣族の白陸兵が咆哮とも言えるほどに雄叫びをあげている。




「ぶっ殺してやる!」
「やめな。」
「ああ!? や、夜叉子様!?」




興奮する兵士は夜叉子の顔を見ると落ち着きを取り戻して敬礼している。


将校が部下を押さえつけて夜叉子の隣に連れてくる。


しかし夜叉子は目もくれずに倒れる国民の元へ近寄った。


隣でしゃがみ込むと声をかけたが国民は立ち上がり怒りをあらわにしている。


「ぶつかったのに謝らねえ!」そう言い放つと兵士の元へ殴りかかろうとした。


夜叉子はペップに兵士を連行させて夜叉子は国民に寄り添った。




「悪かったね。」
「教育がなってませんよ夜叉子様!」
「そうだね。 でもさ。 ぶつかったらお互いに謝るのが筋じゃない?」
「そ、それは・・・」
「うちの兵士にはちゃんと言っておくからあんたも謝りな。 私はさ。 全員に仲良くしてほしいんだよね。」




落ち着いた口調で淡々と話す夜叉子を見て国民も落ち着いたのかふうっと息をついてぺこぺこと頭を下げている。


兵士が国民を殴った事は大問題だ。


夜叉子は国民にしっかりと謝罪するとしばらくしてペップに連れられた兵士が戻ってきた。




「す、すいませんでした。 ぶつかった事は謝ります。」
「お、俺も先に殴って悪かったよ・・・」




国民を病院へ軍用車で搬送すると兵士を連れて夜叉子は城へ戻っていった。


本来なら懲戒免職だが夜叉子は椅子に座るとじっと立っている兵士を見て少しだけ口角を上げると煙管を吸ってから口を開いた。


「20日間の謹慎ね。」夜叉子が一言だけ言うと驚きを隠せない兵士は口を開けたまま、何も返答できずにいた。




「もう二度としないで。 あんたの事も国民の事も私は大切なんだから。 傷つくよ。」



兵士はその時、自分のやってしまった行動の重大さに気がついた。


着ている白い制服はただの服ではない。


自分の行動で夜叉子が傷ついてしまうのだと改めて自覚した。


涙ぐんだまま敬礼すると兵士は部屋を出て行った。



「国民が大人で良かったよ。 ペップ。 また散歩でも行こうか。」



すると夜叉子は立ち上がり、またしてもペップを連れて街へ出た。


領土問題を解決するのは愛する夫のためではなく、ただただ平和に暮らしてほしいという夜叉子からの願いからだった。


わかる者にはわかる夜叉子の愛の大きさからだった。
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