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第68章 呂軍の襲来
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ペップは正覇隊との戦いで失態をした。
若き猛獣が悩む時間はなかった。
エリュシオンを粉砕したのは良かったが冥府軍が遂に本腰を入れて侵攻してきた。
総大将はあの呂布だ。
既に天上門付近にまで来ている。
白陸軍は迎撃の準備を整えた。
獣王隊も同じ様に。
「ペップ。 お前は後方に残ってシーナ様達を守れ。」
「は、はい・・・」
上官に言われると黙って後方に下がる。
ペップには言い返す気力すらなかった。
キーガの死や模擬演習での失態。
自信がなくなり始めていた。
だがここでペップの運命を変える人物との出会いがある。
呂布軍が侵攻してきているよりも少し前の事だ。
「侵入者だああ!!!!」
ビー!!ビー!!!
警報が帝都に鳴り響く。
大軍医シーナへ挨拶に来ていたペップと小隊の仲間達。
帝都では非常警報に急かされて兵士達が動き回っている。
「なんだなんだ!?」
「訓練じゃなさそうねえー。」
「あんたら準備しな。」
「お頭!?」
夜叉子が戻ってくると隣には大将軍が大勢いる。
そして大将軍達は持ち場へと走っていく。
夜叉子は一息つくと煙管を吸い始めた。
「お頭。 どうしたんですか?」
「侵入者だってさ。 しかもたった1人でね。」
「ええ!? そいつは殺してもいいんですか?」
「話だと木刀しか持ってないらしいよ。 だから衝撃信管弾で無力化しな。」
「そいつ俺が止めてもいいですか?」
「もちろん構わないよ。 ただ止められるならね。」
遠くを見つめる夜叉子は何かを感じ取っている。
桁外れに強い第六感を持っているから迫る存在に気がついているのか?
ペップには怒号や銃撃の音しか聞こえていなかった。
若き猛獣にはわからなかった。
たった1人で侵入してくるのにも関わらず正面から入ってくる者の動機が。
「それにしても馬鹿なやつだなあ。」
「ふっ。 ペップ相手を舐めるんじゃないよ。」
「大丈夫ですってお頭。 俺が止めてみせますって。」
自信満々で武器を構えるペップを見て夜叉子は小さくため息をつく。
帝都を守る白陸軍は分厚い層の様に布陣していた。
侵入者はたった1人でこの層を突破できるとは思わない。
ペップ達がいるのは本城の直ぐ近く。
ここまで来られるはずはない。
夜叉子は第六感で竹子達の様子を見ていた。
「ふっ。 そういう事。 仕方ないね。 うちの子にもいい勉強になるね。」
怒号は段々と近くなり、ペップも準備している。
すると何人かの白陸兵が吹き飛んだ。
そしてペップの目の前に現れた男はあまりに滑稽な姿をしていた。
ボロボロの患者服を着ている。
体中怪我をしているが木刀をしっかり握ったまま歩いてくる。
「はあ・・・はあ・・・」
「な、なんだこの人間!? へっへ。 これは楽勝だ。 お頭に褒めてもらうぜ。」
「お、桜火を返せえええええええ!!!!!!!!!!!!」
その男の叫び声は帝都に響き渡る。
突けば倒れそうなほどに満身創痍だが彼の目は鋭かった。
とてつもない気迫を放つ男はペップを見もせずに歩いていく。
「てめえ止まれっ!!」
「うるせええっ!!!」
ガコンッ!!
激痛が一瞬すると次の瞬間には体が軽くなり力が抜けた。
そして地面に倒れ込むと美しい青空が広がっている。
ペップは油断したのか?
それとも格が違ったのか?
起き上がると男は夜叉子に取り押さえられていた。
「起きな。」
「ん? あ、あれ・・・」
知らぬ間に気絶していたペップは夜叉子に起こされると立ち上がり頭を抑えている。
煙管を吸い始めて呆れた表情でペップを見ている。
その場に座り込んでペップは呆然としている。
「またか・・・」
「まただね。」
「お頭・・・俺は所詮チンピラって事ですかね・・・あんな患者服のやつに負けるなんて・・・」
「はあ。 あんたはね。 過信だよ。 なんでも簡単に物事を考える。」
ペップが初めて第4都市で暴れた日から直っていない。
我慢も覚え、仲間を率いる責任も理解し始めていた。
しかしまだまだ若造という事だ。
物事を深く考え、表と裏まで考える事ができない。
その場で簡単に得られる情報だけを信用して自分の価値観だけで判断する。
だからいつも失敗する。
「あんたはさ。 患者服着ていたから弱そうだと思ったんでしょ?」
「はい。 何者か知りませんが病院脱走したんですよね。」
「そう。 それってさ。 安全な病院を飛び出してでも何かしたかったんじゃない? そこまで大事な事ってさ。 死んでもいいぐらいに思ってたんじゃないの?」
「でも木刀でしたし・・・」
「私はあんたを扇子で倒したよ。 持っている武器なんてどうだっていいよ。 相手の気迫をもっと感じ取りな。」
血だらけで木刀を持った患者服の男。
一見すれば頭のおかしい患者だ。
錯乱して病院を抜け出した。
しかし錯乱した患者が精鋭のいる帝都を単身で突破できるか?
ペップはそれに気がつけなかった。
患者服を着た男の名は軍太という。
エリュシオンの将軍にまでなった男だ。
最初からペップとは格が違う。
それを見た目だけで判断して軽率な行動を取った事で何もできなかった。
軍太は死ぬ気だったのに対してペップはあっさりと捕まえて夜叉子に褒めてもらおうと思っていた。
考えの甘さを取り除かなければ生き残れない。
「はあ。 難しいっす・・・」
「もっと経験を積むしかないね。 あんたは若いからね。 物事をしっかり判断しないと仲間はみんな死ぬよ。 それは私も嫌だよ。」
「もうキーガみたいに失いたくねえっす。」
「それはあんた次第さ。 あんたさ。 しばらく私に付かない? 護衛としてさ。」
突然の夜叉子からの誘い。
それは夜叉子の護衛として行動を共にする事だ。
つまり大将軍の行く場所に同行する。
竹子にはルーナが付き添う様に。
本来はタイロンやクロフォードが同行しているが、彼女らはもはや大将軍に匹敵する実力だ。
未熟なペップをあえて護衛として行動させる事で様々な経験をさせようと考えた。
「い、いいんですか?」
「構わないよ。 じゃあ着いてきな。 さっきの患者服の男を見に行こうか。」
夜叉子は煙管を吸いながら歩いていくとそこには動けなくなっているが叫ぶ軍太の姿がある。
大将軍に囲まれて女性と抱き合っている。
その女性こそが軍太が単身で乗り込んできた理由だった。
彼女はエリュシオンの皇帝の娘だ。
名は桜火(おうか)。
軍太の世界でたった1人の親友だった。
桜火を救うために乗り込んできた。
ペップはその光景を見て、かつての自分を思い出した。
「お頭。 俺もあんなもんでしたか?」
「馬鹿言うんじゃないよ。 あんたよりずっと立派だよ。 少なくともあの軍太は死ぬ覚悟を持っていたんだよ。 あんたは仲間を失う事も知らず、自分が負ける事すらも考えていなかったでしょ。」
「は、はい・・・」
この広い天上界には逸材が星の数ほどに存在している。
ペップはその星屑の1頭だ。
だが星は輝いていない。
輝くためにはもっと成長しなくてはならない。
ペップが目の前で見ている存在達は未だに雲の上の存在だ。
「あんたはもっと成長して立派になりな。 素質はあるよ。」
「わかりました・・・」
軍太は白陸兵に連れられていった。
その場は落ち着き、虎白や竹子が一息ついている。
竹子の隣にはルーナの姿も。
「いやあ嫌いじゃねえなあ。 軍太ってガキは。 あいつは俺の事嫌いだろうけどな。」
「ふふ。」
「さてと。 冥府が迫ってるなあ。 時間ねえなあ。 今日ぐらいみんなで飯くおうぜえー。」
「そうだね。 じゃあ支度してくるね。」
冥府侵攻に備えて大将軍達は虎白と夕食を共にする。
そしてその直ぐ隣の部屋では大将軍の側近達が食事をする。
階級は大佐や少佐といったペップよりも遥かに上の階級の将校達だ。
ペップは階級に飲まれる事なく席についた。
「あら獣王隊の新兵君。」
「ルーナ。」
「はあ。 成長してないね。 少佐とつけなさい。 部隊が違っても同じ白陸軍だよ。 上官にはしっかり接してほしいなあ。」
「へえ。 こいつが獣王隊の若い将校か。」
「どうもララット大佐。」
目の前に立つ強面の大佐。
彼はレミテリシアの正覇隊の指揮官だ。
周りにも進覇隊や美楽隊といった私兵の指揮官が座っている。
ララット大佐はペップを見ると鼻で笑った。
「な、なに笑ってんだよ!?」
「コラッ! 大佐になんて口利くの!」
「馬鹿にしただろ!」
「いい加減にしなさい。 ララット大佐。 申し訳ありません。」
「タイロンも躾がなってねえなあ。 こんなチンピラじゃダメだな。 ルーナ。 知り合いなら面倒見てやれ。」
困った表情でルーナはペップを見ていた。
上官に礼儀正しくできないペップに呆れるルーナはワインを少し飲むとタバコを吸い始めた。
「もう。 しっかりしてよ。 夜叉子様に恥かかせちゃダメだよ。」
「お頭は関係ねえだろ!」
「関係あるよ。 君がそんな態度だと夜叉子様の品格が下がるのよ。」
「なんでだよ!?」
「君が獣王隊だからよ。 獣王隊は夜叉子様の宝物でしょ。 その宝物が君じゃ笑い者だよ。」
私兵の指揮官達はペップを哀れな目で見ている。
なんて情けないチンピラを私兵にしたのだ夜叉子様はと。
どの私兵だって自分の大将軍が一番だと思っている。
だからこそ全員が凛として気高く振る舞う。
タイロンもクロフォードもそうして獣王隊は凶暴な猛獣でありながらも有能な兵士として証明してきた。
それをペップはぶち壊そうとしている。
「笑い者だと!? お頭を馬鹿にしてんのかてめえら!」
「はっはっは。 なんて馬鹿な猛獣だ。 お前だよ。 お前がいるから夜叉子様の品格を疑ってしまうのだよ。 タイロンやクロフォード以外の獣王隊はこんな馬鹿の集まりなのかとな。」
「て、てめえ。 私兵の指揮官だからって。 お頭だけじゃなくタイロンの姉貴の事まで馬鹿にすんのか・・・」
ペップは席を立って腰に差す剣に手を当てた。
すると次の瞬間、ルーナがペップの顔面に鋭い蹴りを入れた。
倒れ込んだペップに馬乗りになって取り押さえる。
ペップの表情はまさに猛獣。
しかしルーナは押さえつけてじっと見ている。
「いいのそれで?」
「んん!!!」
「本当にお頭を思うなら我慢しなさい。 暴れたら獣王隊の評判は地に落ちるよ。 ディノ平原であんなに活躍した獣王隊を君なんかのために評判下げたくない。」
「んんん!!!!!」
「大人しくできる?」
首を縦に振ると、ルーナはそっと手を離した。
私兵の指揮官達は失笑してペップに目も合わせなくなった。
ペップは立ち上がり席に戻った。
ルーナは呆れ果てている。
「うるせえよ。」
『敬礼!!』
騒ぎを聞きつけて虎白が部屋に入ってくる。
私兵の指揮官達は一斉に敬礼したがペップだけは不貞腐れて座っている。
虎白が手を下に向けると指揮官達は席についた。
ペップを見て近づいてくる。
「またてめえか。 喧嘩が好きだなあ。」
「狐の皇帝・・・」
「虎白様と言いなさい!」
「いいよルーナ。 俺はそういうのあんまり気にしないんだよ。 ルーナは優しいなあヒヒッ。」
たまらず赤面してワインを一気飲みしている。
虎白はルーナの頭をなでてニコニコとしているがペップを見ると急に恐ろしいほどに鋭い目つきとなった。
優しい雰囲気から一変するこの気配はいつだって背筋が凍る。
ペップはビクリとなって虎白の顔を見ている。
まるで蛇に睨まれた蛙ならぬ狐に睨まれたジャガーだ。
「まあ賢いルーナが色々教えてくれたんだろうけどな。 お前も男の子だからな。 拳で語りたい派だな?」
「・・・・・・」
「いいんだよ。 皇帝だからとか気にすんな。 あ、してねえか。 男の子なんて暴れてこそ輝くんだよ。 賢いのは女の子だ。 それは認めろ。」
「俺と喧嘩してくれるのか?」
「おういいぜー。 ちょっと酔っ払ってるけどまあ構わねえぜ。 酔いも醒めるしな。」
ペップは虎白に連れられて城の中庭に出る。
私兵の指揮官達が窓から見ている。
中庭には夜間の歩哨が立っているが虎白に気がつくと敬礼している。
そんな中でペップは虎白と喧嘩を始めた。
「まあとりあえずかかってこい。」
「じゃあ遠慮なく行くぜ狐えええええ!!!!!」
「なんか前にもあった気がするな。 ヒヒッ。」
全力で殴りかかっても、何をしても。
虎白には歯が立たなかった。
頬の骨は砕けて拳にヒビが入っている。
腕や鎖骨にも。
倒れて動けなくなるペップの隣でしゃがみ込んで虎白は語りかける。
「担ぐ者と担がれる者がいるんだよ。 それはな。 大小異なっているが結局は1人を担がないといけねえ。」
「はあ・・・はあ・・・あんたの話は難しいんだよ。」
「要はさ夜叉子のためを思うなら時には我慢も大事ってわけだよ。 おめえ馬鹿だからな。 直ぐに行動しなくてもまずは仲間に話してみるのもいいって事だよ。 私兵の上官に馬鹿にされたぐらいでキレてんじゃねえ。 悔しいなら模擬演習で見返せ。 おめえはチンピラじゃねえんだからな。」
虎白の言う通りだ。
もうチンピラじゃない。
精鋭獣王隊の仮にも少尉だ。
それを忘れてはいけない。
「俺も賢くなりてえ・・・」
「ヒヒッ。 馬鹿なぐらいがカッコいいんだよ男の子はよ。 馬鹿すぎはダメだけどな。 今のおめえは馬鹿すぎんだよ。 少し我慢して模擬演習で馬鹿になれよ。」
「な、なんかわかった気がする・・・俺はお頭にまた迷惑かけちまったんだな・・・」
「これでちょっと馬鹿ぐらいにはなったな。 しっかりやれよ若造。」
ウー!!!!ウー!!!!!
「非常警報!!! 南軍前衛よりです!!! 冥府軍接近!!! 40時間以内には天上門に到達します!!!!!!」
「さてと行くか。 おい若造。 夜叉子にちゃんとついて行けよ。」
「はいっ。」
夜間に響く警報。
1日に二度もなる警報は異例だ。
それだけ天上界に危険が迫っている。
冥府の襲来。
若き猛獣が初めて見る「恐怖」が始まろうとしていた。
若き猛獣が悩む時間はなかった。
エリュシオンを粉砕したのは良かったが冥府軍が遂に本腰を入れて侵攻してきた。
総大将はあの呂布だ。
既に天上門付近にまで来ている。
白陸軍は迎撃の準備を整えた。
獣王隊も同じ様に。
「ペップ。 お前は後方に残ってシーナ様達を守れ。」
「は、はい・・・」
上官に言われると黙って後方に下がる。
ペップには言い返す気力すらなかった。
キーガの死や模擬演習での失態。
自信がなくなり始めていた。
だがここでペップの運命を変える人物との出会いがある。
呂布軍が侵攻してきているよりも少し前の事だ。
「侵入者だああ!!!!」
ビー!!ビー!!!
警報が帝都に鳴り響く。
大軍医シーナへ挨拶に来ていたペップと小隊の仲間達。
帝都では非常警報に急かされて兵士達が動き回っている。
「なんだなんだ!?」
「訓練じゃなさそうねえー。」
「あんたら準備しな。」
「お頭!?」
夜叉子が戻ってくると隣には大将軍が大勢いる。
そして大将軍達は持ち場へと走っていく。
夜叉子は一息つくと煙管を吸い始めた。
「お頭。 どうしたんですか?」
「侵入者だってさ。 しかもたった1人でね。」
「ええ!? そいつは殺してもいいんですか?」
「話だと木刀しか持ってないらしいよ。 だから衝撃信管弾で無力化しな。」
「そいつ俺が止めてもいいですか?」
「もちろん構わないよ。 ただ止められるならね。」
遠くを見つめる夜叉子は何かを感じ取っている。
桁外れに強い第六感を持っているから迫る存在に気がついているのか?
ペップには怒号や銃撃の音しか聞こえていなかった。
若き猛獣にはわからなかった。
たった1人で侵入してくるのにも関わらず正面から入ってくる者の動機が。
「それにしても馬鹿なやつだなあ。」
「ふっ。 ペップ相手を舐めるんじゃないよ。」
「大丈夫ですってお頭。 俺が止めてみせますって。」
自信満々で武器を構えるペップを見て夜叉子は小さくため息をつく。
帝都を守る白陸軍は分厚い層の様に布陣していた。
侵入者はたった1人でこの層を突破できるとは思わない。
ペップ達がいるのは本城の直ぐ近く。
ここまで来られるはずはない。
夜叉子は第六感で竹子達の様子を見ていた。
「ふっ。 そういう事。 仕方ないね。 うちの子にもいい勉強になるね。」
怒号は段々と近くなり、ペップも準備している。
すると何人かの白陸兵が吹き飛んだ。
そしてペップの目の前に現れた男はあまりに滑稽な姿をしていた。
ボロボロの患者服を着ている。
体中怪我をしているが木刀をしっかり握ったまま歩いてくる。
「はあ・・・はあ・・・」
「な、なんだこの人間!? へっへ。 これは楽勝だ。 お頭に褒めてもらうぜ。」
「お、桜火を返せえええええええ!!!!!!!!!!!!」
その男の叫び声は帝都に響き渡る。
突けば倒れそうなほどに満身創痍だが彼の目は鋭かった。
とてつもない気迫を放つ男はペップを見もせずに歩いていく。
「てめえ止まれっ!!」
「うるせええっ!!!」
ガコンッ!!
激痛が一瞬すると次の瞬間には体が軽くなり力が抜けた。
そして地面に倒れ込むと美しい青空が広がっている。
ペップは油断したのか?
それとも格が違ったのか?
起き上がると男は夜叉子に取り押さえられていた。
「起きな。」
「ん? あ、あれ・・・」
知らぬ間に気絶していたペップは夜叉子に起こされると立ち上がり頭を抑えている。
煙管を吸い始めて呆れた表情でペップを見ている。
その場に座り込んでペップは呆然としている。
「またか・・・」
「まただね。」
「お頭・・・俺は所詮チンピラって事ですかね・・・あんな患者服のやつに負けるなんて・・・」
「はあ。 あんたはね。 過信だよ。 なんでも簡単に物事を考える。」
ペップが初めて第4都市で暴れた日から直っていない。
我慢も覚え、仲間を率いる責任も理解し始めていた。
しかしまだまだ若造という事だ。
物事を深く考え、表と裏まで考える事ができない。
その場で簡単に得られる情報だけを信用して自分の価値観だけで判断する。
だからいつも失敗する。
「あんたはさ。 患者服着ていたから弱そうだと思ったんでしょ?」
「はい。 何者か知りませんが病院脱走したんですよね。」
「そう。 それってさ。 安全な病院を飛び出してでも何かしたかったんじゃない? そこまで大事な事ってさ。 死んでもいいぐらいに思ってたんじゃないの?」
「でも木刀でしたし・・・」
「私はあんたを扇子で倒したよ。 持っている武器なんてどうだっていいよ。 相手の気迫をもっと感じ取りな。」
血だらけで木刀を持った患者服の男。
一見すれば頭のおかしい患者だ。
錯乱して病院を抜け出した。
しかし錯乱した患者が精鋭のいる帝都を単身で突破できるか?
ペップはそれに気がつけなかった。
患者服を着た男の名は軍太という。
エリュシオンの将軍にまでなった男だ。
最初からペップとは格が違う。
それを見た目だけで判断して軽率な行動を取った事で何もできなかった。
軍太は死ぬ気だったのに対してペップはあっさりと捕まえて夜叉子に褒めてもらおうと思っていた。
考えの甘さを取り除かなければ生き残れない。
「はあ。 難しいっす・・・」
「もっと経験を積むしかないね。 あんたは若いからね。 物事をしっかり判断しないと仲間はみんな死ぬよ。 それは私も嫌だよ。」
「もうキーガみたいに失いたくねえっす。」
「それはあんた次第さ。 あんたさ。 しばらく私に付かない? 護衛としてさ。」
突然の夜叉子からの誘い。
それは夜叉子の護衛として行動を共にする事だ。
つまり大将軍の行く場所に同行する。
竹子にはルーナが付き添う様に。
本来はタイロンやクロフォードが同行しているが、彼女らはもはや大将軍に匹敵する実力だ。
未熟なペップをあえて護衛として行動させる事で様々な経験をさせようと考えた。
「い、いいんですか?」
「構わないよ。 じゃあ着いてきな。 さっきの患者服の男を見に行こうか。」
夜叉子は煙管を吸いながら歩いていくとそこには動けなくなっているが叫ぶ軍太の姿がある。
大将軍に囲まれて女性と抱き合っている。
その女性こそが軍太が単身で乗り込んできた理由だった。
彼女はエリュシオンの皇帝の娘だ。
名は桜火(おうか)。
軍太の世界でたった1人の親友だった。
桜火を救うために乗り込んできた。
ペップはその光景を見て、かつての自分を思い出した。
「お頭。 俺もあんなもんでしたか?」
「馬鹿言うんじゃないよ。 あんたよりずっと立派だよ。 少なくともあの軍太は死ぬ覚悟を持っていたんだよ。 あんたは仲間を失う事も知らず、自分が負ける事すらも考えていなかったでしょ。」
「は、はい・・・」
この広い天上界には逸材が星の数ほどに存在している。
ペップはその星屑の1頭だ。
だが星は輝いていない。
輝くためにはもっと成長しなくてはならない。
ペップが目の前で見ている存在達は未だに雲の上の存在だ。
「あんたはもっと成長して立派になりな。 素質はあるよ。」
「わかりました・・・」
軍太は白陸兵に連れられていった。
その場は落ち着き、虎白や竹子が一息ついている。
竹子の隣にはルーナの姿も。
「いやあ嫌いじゃねえなあ。 軍太ってガキは。 あいつは俺の事嫌いだろうけどな。」
「ふふ。」
「さてと。 冥府が迫ってるなあ。 時間ねえなあ。 今日ぐらいみんなで飯くおうぜえー。」
「そうだね。 じゃあ支度してくるね。」
冥府侵攻に備えて大将軍達は虎白と夕食を共にする。
そしてその直ぐ隣の部屋では大将軍の側近達が食事をする。
階級は大佐や少佐といったペップよりも遥かに上の階級の将校達だ。
ペップは階級に飲まれる事なく席についた。
「あら獣王隊の新兵君。」
「ルーナ。」
「はあ。 成長してないね。 少佐とつけなさい。 部隊が違っても同じ白陸軍だよ。 上官にはしっかり接してほしいなあ。」
「へえ。 こいつが獣王隊の若い将校か。」
「どうもララット大佐。」
目の前に立つ強面の大佐。
彼はレミテリシアの正覇隊の指揮官だ。
周りにも進覇隊や美楽隊といった私兵の指揮官が座っている。
ララット大佐はペップを見ると鼻で笑った。
「な、なに笑ってんだよ!?」
「コラッ! 大佐になんて口利くの!」
「馬鹿にしただろ!」
「いい加減にしなさい。 ララット大佐。 申し訳ありません。」
「タイロンも躾がなってねえなあ。 こんなチンピラじゃダメだな。 ルーナ。 知り合いなら面倒見てやれ。」
困った表情でルーナはペップを見ていた。
上官に礼儀正しくできないペップに呆れるルーナはワインを少し飲むとタバコを吸い始めた。
「もう。 しっかりしてよ。 夜叉子様に恥かかせちゃダメだよ。」
「お頭は関係ねえだろ!」
「関係あるよ。 君がそんな態度だと夜叉子様の品格が下がるのよ。」
「なんでだよ!?」
「君が獣王隊だからよ。 獣王隊は夜叉子様の宝物でしょ。 その宝物が君じゃ笑い者だよ。」
私兵の指揮官達はペップを哀れな目で見ている。
なんて情けないチンピラを私兵にしたのだ夜叉子様はと。
どの私兵だって自分の大将軍が一番だと思っている。
だからこそ全員が凛として気高く振る舞う。
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「笑い者だと!? お頭を馬鹿にしてんのかてめえら!」
「はっはっは。 なんて馬鹿な猛獣だ。 お前だよ。 お前がいるから夜叉子様の品格を疑ってしまうのだよ。 タイロンやクロフォード以外の獣王隊はこんな馬鹿の集まりなのかとな。」
「て、てめえ。 私兵の指揮官だからって。 お頭だけじゃなくタイロンの姉貴の事まで馬鹿にすんのか・・・」
ペップは席を立って腰に差す剣に手を当てた。
すると次の瞬間、ルーナがペップの顔面に鋭い蹴りを入れた。
倒れ込んだペップに馬乗りになって取り押さえる。
ペップの表情はまさに猛獣。
しかしルーナは押さえつけてじっと見ている。
「いいのそれで?」
「んん!!!」
「本当にお頭を思うなら我慢しなさい。 暴れたら獣王隊の評判は地に落ちるよ。 ディノ平原であんなに活躍した獣王隊を君なんかのために評判下げたくない。」
「んんん!!!!!」
「大人しくできる?」
首を縦に振ると、ルーナはそっと手を離した。
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ペップは立ち上がり席に戻った。
ルーナは呆れ果てている。
「うるせえよ。」
『敬礼!!』
騒ぎを聞きつけて虎白が部屋に入ってくる。
私兵の指揮官達は一斉に敬礼したがペップだけは不貞腐れて座っている。
虎白が手を下に向けると指揮官達は席についた。
ペップを見て近づいてくる。
「またてめえか。 喧嘩が好きだなあ。」
「狐の皇帝・・・」
「虎白様と言いなさい!」
「いいよルーナ。 俺はそういうのあんまり気にしないんだよ。 ルーナは優しいなあヒヒッ。」
たまらず赤面してワインを一気飲みしている。
虎白はルーナの頭をなでてニコニコとしているがペップを見ると急に恐ろしいほどに鋭い目つきとなった。
優しい雰囲気から一変するこの気配はいつだって背筋が凍る。
ペップはビクリとなって虎白の顔を見ている。
まるで蛇に睨まれた蛙ならぬ狐に睨まれたジャガーだ。
「まあ賢いルーナが色々教えてくれたんだろうけどな。 お前も男の子だからな。 拳で語りたい派だな?」
「・・・・・・」
「いいんだよ。 皇帝だからとか気にすんな。 あ、してねえか。 男の子なんて暴れてこそ輝くんだよ。 賢いのは女の子だ。 それは認めろ。」
「俺と喧嘩してくれるのか?」
「おういいぜー。 ちょっと酔っ払ってるけどまあ構わねえぜ。 酔いも醒めるしな。」
ペップは虎白に連れられて城の中庭に出る。
私兵の指揮官達が窓から見ている。
中庭には夜間の歩哨が立っているが虎白に気がつくと敬礼している。
そんな中でペップは虎白と喧嘩を始めた。
「まあとりあえずかかってこい。」
「じゃあ遠慮なく行くぜ狐えええええ!!!!!」
「なんか前にもあった気がするな。 ヒヒッ。」
全力で殴りかかっても、何をしても。
虎白には歯が立たなかった。
頬の骨は砕けて拳にヒビが入っている。
腕や鎖骨にも。
倒れて動けなくなるペップの隣でしゃがみ込んで虎白は語りかける。
「担ぐ者と担がれる者がいるんだよ。 それはな。 大小異なっているが結局は1人を担がないといけねえ。」
「はあ・・・はあ・・・あんたの話は難しいんだよ。」
「要はさ夜叉子のためを思うなら時には我慢も大事ってわけだよ。 おめえ馬鹿だからな。 直ぐに行動しなくてもまずは仲間に話してみるのもいいって事だよ。 私兵の上官に馬鹿にされたぐらいでキレてんじゃねえ。 悔しいなら模擬演習で見返せ。 おめえはチンピラじゃねえんだからな。」
虎白の言う通りだ。
もうチンピラじゃない。
精鋭獣王隊の仮にも少尉だ。
それを忘れてはいけない。
「俺も賢くなりてえ・・・」
「ヒヒッ。 馬鹿なぐらいがカッコいいんだよ男の子はよ。 馬鹿すぎはダメだけどな。 今のおめえは馬鹿すぎんだよ。 少し我慢して模擬演習で馬鹿になれよ。」
「な、なんかわかった気がする・・・俺はお頭にまた迷惑かけちまったんだな・・・」
「これでちょっと馬鹿ぐらいにはなったな。 しっかりやれよ若造。」
ウー!!!!ウー!!!!!
「非常警報!!! 南軍前衛よりです!!! 冥府軍接近!!! 40時間以内には天上門に到達します!!!!!!」
「さてと行くか。 おい若造。 夜叉子にちゃんとついて行けよ。」
「はいっ。」
夜間に響く警報。
1日に二度もなる警報は異例だ。
それだけ天上界に危険が迫っている。
冥府の襲来。
若き猛獣が初めて見る「恐怖」が始まろうとしていた。
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