天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第66章 それは突然に

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過酷な訓練の毎日。


しかしペップと仲間は少しずつ獣王隊に馴染んできた。


訓練兵から正規の獣王隊になれるまでもう少し。


山岳戦闘訓練を終えて兵舎に戻ったペップ達。




「いやあ。 今日も疲れた。」
「ペップお疲れさん。」
「おうキーガ。」




ペップにとってルルが右腕ならキーガは左腕。


50頭のペップの仲間を束ねる事に尽力している。


いなくてはならない存在。


最高の相棒だ。


肩を組む2頭は楽しげに話している。




「あのよ。 どうしたら動きながら武器の装填できるかな・・・いつも弾倉落としちゃうんだよな・・・」
「あーありゃ慣れていくしかねえよ。」
「でもペップは簡単にやってんじゃねえか。」
「お? まあな?」




少し得意げにしているペップを見て笑うキーガ。


過酷な基礎訓練に耐えてやっと実践訓練。


しかしその過酷さときたら。


獣王隊の上官達でさえも苦しそうにしている。


ペップ達はついていく事で精一杯だった。


夜風に当たり、第4都市の景色を兵舎から見ている。


大将軍夜叉子は山の頂上に城を持っていた。


私兵の獣王隊もその山に兵舎があった。


兵舎から一望できる第4都市。





「キーガは俺についてきて良かったか?」
「なんだよ急に。」
「いや。 俺はお頭に負けてよ。 今はこうして獣王隊に入ろうとしているがな。 俺達は人間に復讐するために集まっただろ?」
「まあなあ。 でも新発見だったよ。 俺達に鞭以外で接してくれる人間はよ。」




かつて人間に奴隷の様にされていたペップと仲間達。


忘れる事のできない屈辱をこの天上界で晴らすために仲間を集めた。


だが夜叉子という存在は彼らの考え方を変え始めていた。


心地よい夜風になびく2頭の毛並み。




「だからよペップ。 俺はお頭を信じてみようと思う。 あの方なら半獣族を束ねる事ができる。」
「そうかもな。 はあ。 確かにお頭なら。」
「それに楽しいんだ。」





満面の笑みでペップを見ている。


尻尾をフリフリとさせている。


なんて純粋な笑顔なのか。


ペップは不思議そうに見ている。





「確かに訓練は厳しい。 上官は怖い。 でもさ。 ペップやルルと一緒に強くなる事を目指して必死に頑張っている今が凄い楽しいんだ。」
「お前・・・」
「俺達はずっと一緒にいよう。 いつか偉くなって部下を持ってもずっと一緒にいような!」






まだ訓練兵。


部下を持つなんて。


ペップは鼻で笑ったがとても嬉しそうに尻尾をフリフリさせていた。


肩を組む2頭の絆は深い。




「俺達は男だからな! やっぱり高みを目指してしまう。」
「ああ。 男に生まれたからには偉くなってこそだ!」
「ちょっとちょっとー! 私は女の子ですけどー!?」
「ルル!?」




眠る準備をしていたのか。


寝間着姿で目をこすりながら現れたルル。


ペップとキーガはまだ軍服すら脱いでなかった。


飲み物を持ってきたルルはペップとキーガにも渡して3頭で飲んでいる。





「いや悪い。 ルルは確かにな。」
「いいですよー。 私は偉くなるつもりありませんからねー。 ふぁー。 眠くないのー?」
「先に寝てろよ。 明日の戦闘訓練はかなりキツいぞ。」
「何言ってるのー。 ペップは少尉になるんだよー? ちゃんと指揮してよねー? じゃないと合格できないよー。」





精鋭獣王隊で少尉。


それがどういう事なのか。


ペップは元々連れていた50頭の部下をそのまま指揮する。


部隊規模にすると大体だが1個小隊。


小隊長は少尉。


つまりペップは訓練兵卒業と共に士官になる。


だが簡単な事ではない。


その分、訓練も熾烈を極めた。




「わかってるよ。 ルルもキーガも俺の副官として軍曹になるの忘れるなよ?」
「もっちろーん! 軍曹だぞーへっへーん! ふぁー・・・」
「確かに明日は過酷になりそうだ。 頑張ろうぜ少尉?」
「まだ早えよ。」




そして彼らは眠りについた。


過酷な戦闘訓練に向けて。


そして次の日。


夜叉山に入ったペップ小隊は静かに息を潜めている。


先輩が率いる小隊を撃退するために。


キーガが静かに近づくとペップに話しかけた。





「周囲に気配は感じない。 何処から来るのかわからない。」
「ああ。 周囲で何か燃やしてやがる。 先輩方の匂いがしない。」





半獣族の嗅覚を持ってしても嗅ぎ分ける事ができない。


先輩達は何処から襲ってくるのか。


しかしペップは先に襲うつもりでこの場所に待機していた。


今回は初めての取り組み。


ペップが小隊長となって指揮するのは初めてだった。


今までは上官と行動を共にしていた。


そして先輩の少尉が代わりにルル達に指揮していた。


色々と学んだペップは自信があった。




「あの先輩は攻撃が得意な方だ。 だから先に攻撃して守りに入らせる。」
「いい考えだペップ。 俺は周囲を見てくる。」
「ああ。 ルル。 仲間に予備の弾倉を手元に持たせておけ。 一斉射撃してから突っ込むぞ。」
「りょーかいっ。 しーずかに動きますっ。」




夜叉山の中でもかなり深い森になっている地帯。


ペップはその中に潜んでいた。


後は先輩方がどう動くかだった。


そして数分後。





ダダダダダッ!!





「!!!!!」
「ぺ、ペップー!! 西から銃撃だあっ!」
「気づかれてたかっ!! 応戦しろ!」





ペップの指示で50頭の仲間が全員で一斉射撃をした。


この初手でペップは致命的な失敗をしていた。


全員で反撃する事で位置が完全に把握されてしまった。


そうとは知らず、ペップと仲間は猛反撃している。




ダダダダダッ!!




「ペップッ!!! 東からも撃ってきたー!!」
「は、挟まれた!? な、なんでだっ!? ルルは25頭を連れて東に応戦しろ。 キーガは西だ。」





懸命に指示を出しているが相手は霧の軍団とまで言われている獣王隊。


最初に攻撃してきた西側からの銃撃は既に止まっていた。


混乱状態になりかけているペップの部下は西に攻撃を続けている。


すると。




ダダダダダッ!!!





「ペップ北側からもー!!!!」
「おかしいぞ・・・1個小隊のはずなのに・・・先輩本当は1個中隊ぐらい連れているんじゃないのか・・・」
「ペップ指示出してー!!!」
「えっと・・・キーガ!! 10頭連れて北に反撃!」




混乱してきたペップは部隊を徐々にバラけさせている。


先輩の部隊が神出鬼没に攻撃してくる。


しばらくすると南からも攻撃してきた。


そしてペップの思考は完全に停止する。




「わ、悪い・・・もうわからねえ・・・一点に突撃するか・・・最初に攻撃してきた西に進むか。」





ペップは立ち上がり、叫んだ。


「突撃」と。


一斉に走り出すペップと50頭の仲間は立ち上がった瞬間に次々と撃たれた。


先頭を走るのはキーガ。


その時だった。




「はあ・・・はあ・・・あっ!? ま、待て止まれー!!!!!」




先頭を走るキーガが叫んだ。


しかし背後に続く仲間達がキーガの背中にぶつかっていく。


態勢を崩してキーガと仲間は転んでしまった。




『ああああああああ!!!!!!!!』




グサッ!!




そこには針の様に尖った木が仕込まれている落とし穴があった。


キーガを含む3頭の仲間が串刺しになった。


戦闘は中断されて先輩の少尉が鬼の形相で向かってくる。





「良く見ろ!! 戦闘中に指揮官がヤケクソになった結果だ!! キーガ訓練兵達はお前のせいで死んだんだ!!!! 逃げられない様に仕込んでいた穴に自ら飛び込むなんて。 こんなに見える様に仕込んでいたんだぞ。」





キーガと仲間は即死だった。


手当をする間もなかった。


この日の訓練は終わった。


キーガと仲間の葬儀が行われた。


虎白や大将軍も一同に会した。


ペップはまるで抜け殻の様になっている。


ルルはキーガの棺にしがみついて大声で泣いている。




「夜叉子。」
「はあ。 事故死だよ。 最高責任者の私が悪い。」
「そんな事ねえよ。 ペップってこの間のガキだよな? まだ実践訓練は早かったって事だな。」
「そうだね。 それも含めて私の責任だよ。」




葬儀が終わりキーガ達はためらいの丘に埋葬された。


ためらいの丘で立ち尽くすペップ。


その隣で泣き続けるルル。


47頭の仲間達もその場から動けない。





「てめえこの間偉そうな事言ってたガキだよな? ペップ。」




虎白が現れると冷たい表情でじっと見ている。


ペップには言い返す気力もなくなっていた。


それでも虎白の表情は冷たかった。


ため息まじりの声で言った。




「失ってから気がつくって事は一番の成長に繋がる。 それは忘れられないほど痛い思いをするからな。 でもよ。 てめえの社会勉強のために死んでいく部下が不憫だ。 いいかガキ。 てめえに小隊の指揮はできねえ。 分隊すらも危ういね。 夜叉子に気に入られているからって調子乗るなよ?」




それだけ言うとキーガと仲間の墓を優しくなでるとその場を去って行った。


去り際にペップを睨む目はまるで敵でも見るかの様だった。


唖然としたまま動かない。





「さっ。 行ってこい。 嫌われ役は俺でいい。 お前の大切な兵士だもんな。」
「・・・ありがとうね。」
「大切にしてやれよ。」
「うん。」




虎白は夜叉子の肩にポンッと手を置くとためらいの丘を去って行った。


そして夜叉子はペップ達の元へ行く。


怒りもある。


混乱した結果がこれだ。


しかしペップの悲しみもわかる。


これ以上ペップを傷つけない様に前を向かせる事が必要だ。


正論は虎白が言った。




「辛かったね。」
「お、お頭・・・」
「どうする? もう訓練止める?」
「・・・・・・」




夜叉子はキーガの墓に手を当てて目をつぶった。





「お、お頭?」
「ごめんね。」
「そ、そんなお頭・・・お、俺。 楽しかったっす。」
「そう。」
「お頭・・・ペップに言ってやってください。 お前のせいじゃないから前を向けって。」
「ありがとうね。 ゆっくり休みな。」





目を開けると振り返りペップを見た。


泣いている。


全員が。


しかし夜叉子は笑った。


優しく微笑んだ。


こんな顔は見た事がなかった。




「辛かったね。 痛いほどわかるよ。 みんな私の大切な子だよ。 キーガ達のためにもっと成長する事も正解。 除隊してゆっくりするのも正解。 どっちを選んでも私の大切な子だよ。」





ペップは下を向いたまま、何も言えなかった。


するとルルは立ち上がって夜叉子の前に来て敬礼した。


後ろにいる仲間達も敬礼した。





「ありがとうね。 あんた達は先に帰りな。」




ペップはその場に残り、夜叉子の前に立っていた。


じっと見つめる夜叉子と目も合わせない。


青ざめた表情で立ち尽くしている。




「顔上げな。」



すっと顔を上げた。


夜叉子の落ち着いた表情から静かに流れる涙。


驚き唖然とするペップ。




「砕けてはいけない。 あんたの心はここで砕けてはいけないの。 キーガ達のためにもあんたは諦めてはダメ。 私は見ている。 もっともっと強くなりな。 信じているよ。」




そして夜叉子もためらいの丘を後にした。


夜叉子の言う「強さ」は武力だけではなかった。


心の強さ。


未熟さを痛感した。


勢いで全て何とかなると思っていた。


結果キーガという親友を失う事になった。


夜叉子の涙は何を訴えていたのか。


若いペップにはまだわからなかった。


キーガの死に涙していた様には見えなかった。





「お頭・・・」



物語は続く。
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