天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第63章 ようこそ獣王隊へ

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近頃の天上界は平和を極めていた。


エリュシオンを完膚なきまでに撃退した天上軍。


国内では戦争なんて知らないと言えるほど平和だった。


ペップも知らなかった。


つい先日夜叉子と獣王隊がエリュシオンを粉砕した事も当然知らなかった。


若さと勢いだけで抵抗してみたが、格の違いを思い知らされた。


そして今。


獣王隊に訓練兵として入隊したペップと50頭の獰猛な半獣族。


本来、一般兵として入隊して戦績を重ねてから私兵へと昇格するのが手順だ。


しかし夜叉子に見込まれたペップは飛び級して私兵として始めった。


だがそれは簡単な事ではない。


今日からペップ達は生涯で経験した事のないほど過酷な訓練が始まる。


獣王隊基地の中で整列しているペップ達訓練兵。


教官を務めるのは獣王隊の士官達。




「気をつけー!!」



ザッ!



「今日の教官を務めるコカ大尉だ! 整列の動きに乱れが生じていた。 全員その場で腕立て伏せ100回!」



かつてリトやハンナとも出会っていたコカは今では大尉に昇進して1000頭もの部下を従えていた。


整列の動きがほんの少し乱れた事で始まった腕立て伏せ。


ペップやルル達は必死に行った。




「はい止めろー! 腕立て姿勢のまま注目!! 腕立て伏せの速さを競っているわけじゃない。 ペップとルル。 お前らだけ早すぎる。 全員で呼吸を合わせろ。 戦場ではそれが大事だ。 やり直し! 腕立て伏せ200回始め!」



しれっと100回追加されても文句を言わず必死に行った。


言うまでもないが半獣族の強靭な筋力では100回や200回どうって事はない。


コカは何かといちゃもんをつけて300回、400回と追加していった。


さすがに苛立つペップだったが黙って従っていた。


するとコカはペップの前でしゃがんで顔を覗き込んでいる。




「不満そうだな。 止めるか?」
「いいえ大尉殿。」
「うちのお頭に楯突いた頃のチンピラに戻るか?」
「いいえ大尉殿。」
「よーし全員止め! ペップが不満そうな顔をしたから最初からやり直し。 腕立て伏せ700回始めー!」



その後もコカに何か理由をつけられて腕立て伏せは続いた。


回数はなんと1500回を超えていた。


ここまで来るとさすがの半獣族でも腕立て伏せが上手くできなくなってくる。


遅れるものや途中で胸を地面につける者が続出した。


しかしコカは容赦なかった。



「まだお前らの兵舎にも案内してないぞー。 死ぬまで腕立て伏せやるかー? この程度じゃお頭の役に立てねえぞ。 帰りたいやついるか!? 帰っていいぞ!」




その言葉に腕立て伏せを途中で止めて帰ろうとする者が現れ始めた。


ペップは慌てて駆け寄って仲間を呼び止める。


腕を掴んで首を左右に振るが仲間はペップの腕を振り払った。




「頑張れ!」
「ふざけるなこんな事やってられない! ぼ、僕はペップのお頭についていけば楽しいと思ったからついてきたんだ。 人間に負けてその軍隊に入るなんて聞いていない! 帰って用心棒でもやるっ!!」
「ま、待て! すまなかった。 でも。 俺達はいつまでも半端者でいいのか!? 俺もお前も半端者だったよ・・・用心棒なんてやっても相手が獣王隊だったらお前はまた仕事がなくなるぞ? それなら獣王隊で力つけようぜ・・・都合いいが、もう一度信じてくれ。」




仲間は黙り込みうつむいている。


その間もルルや他の仲間達は腕立て伏せの姿勢で待機していた。


苦しそうな顔をしているが必死に耐えていた。


コカが「早くしろ!」と叫んでいるがペップはじっと仲間達を見ている。




「ペップのお頭を信じた結果がこれだ・・・」
「ああ。 それでも信じてくれ! ここで一人前になれば必ず立派な男になれるさ。 その後、獣王隊を止めてもどんな仕事だってやっていけるさ!」
「・・・・・・」
「仲間を見ろ! お前らを信じてあの姿勢で待っているんだ! お前らが帰ってくると信じているんだよ!! 見捨てるのか? 一緒に今日までやってきたじゃねえか!」




脱走しようとした仲間は荷物を地面に置いて隊列に戻った。


そして腕立て伏せの姿勢を始めた。


するとコカは全員の荷物を部下に集めさせてなんと目の前で焼いて見せた。


唖然とするペップ達は言葉が出ない。




「もう逃げられないぞ。 てめえら獣王隊に入るってのがどんな事か理解できてねえな!! 今までやってきた不良グループとはわけが違うんだよっ!! 私兵だぞ獣王隊は!! てめえらはそれもわかってねえだろうからな。 これからじっくり教えてやるぞ。 脱走の罪で連帯責任。 腕立て伏せ明朝まで開始!」




想像を絶する訓練の幕開け。

エリュシオンとの戦闘で負傷者すら出さなかった獣王隊。


相手が弱かったわけではない。


獣王隊が強すぎただけだ。


ペップ達が入った場所は正規兵ではない。


これがどういう事なのかまだ理解していない。


何故なら彼らは世界をまだ知らない。


訓練は続く。


明朝まで続いた腕立て伏せは困難を極めた。


神通力は限界まで来ていた。


その場で倒れ込むペップの仲間達。


コカは見下す様に見ている。



「お前らの意地もその程度か。 こんなんでよくお頭に歯向かったな・・・全員整列!!」



フラフラと立ち上がり整列するとコカは敬礼した。


そして何も言わずにその場を後にした。


すると次はリーク大尉が現れた。


コカと共に入隊した親友だ。


今では彼も大尉。


フラフラのペップ達に敬礼した。



「リーク大尉だ。 よろしく。 疲れているな。 1時間休憩してから訓練に入る。 さあ解散!」



するとペップ達はその場で倒れ込んで眠った。


1時間後。


ドンッ!!


『!!!!!!』



突然の爆音で飛び上がるペップ達。




「おはよう。 良い目覚ましかな?」




榴弾砲を真横で放たれて飛び起きたペップ達は整列した。


リークは少し微笑んで眠そうに整列するペップ達を見ている。


過激なコカの訓練とは異なり、リークの訓練は少しずつ彼らの精神を苦しめていった。



「目覚ましのランニングしよう。 夜叉山の頂上までランニング始めー! 隊列を乱すなよー!」




獣王隊の訓練地として使われる「夜叉山」は第4都市で一番標高の高い山だ。


ペップ達は獣道の様な山道を駆け抜けている。


疲れてはいるがペップ達の表情には少し笑みすら浮かんでいた。



「昨日はヤバかったが今日は楽勝だな。 山道を走るなんて俺達には造作もねえ。」




木々を飛び渡ったり倒れる木を華麗に飛んでみせた。


山の中腹まで快調に走っていると。




ダダダダダダッ!!!!!!




「第1分隊横に広がれ!!」
「ガルルルルッ!!」
「な、何だ何だ!?」




ペップ達が走る山道から聞こえる戦闘の声。


驚きながら走っていると目の前に獣王隊の兵士が現れた。


物凄い速さで木を伝って移動している。




「邪魔だ訓練兵!!」
「ええ!?」




ダダダダダダッ!!!



リークに行かされた夜叉山の中は獣王隊と白陸第4軍の演習場だった。


何も知らなかったペップ達は銃撃の中に飛び込んでしまった。


大パニックになるペップの仲間達は立ち止まり木に隠れている。




「お前ら伏せろ! 銃撃が止んだら全速力で駆け抜けるぞ!」
「ペップのお頭! 怖いよ!!」
「大丈夫だみんな! 俺が最後に行く! ルル! みんなを連れて走れ! い、今だ!!」



獣王隊と第4軍の銃撃が止んだ瞬間にルルは仲間を連れて走った。


すると直ぐに銃撃が始まった。


ルル達を獣王隊だと思った第4軍が撃ち始めた。


ペップは全員を走らせると最後まで残り時間を稼いだ。




「おらああっガルルルルッ!!」




腕を振り抜くと木が倒れる。


ペップは木をなぎ倒して時間を稼いだ。


そして直ぐに走り去った。


夜叉山の麓まで降りると座り込んで疲れているルル達に合流した。




「ああーんペップ大丈夫ー?」
「や、ヤバかった・・・まさか戦闘訓練してるとはな・・・リーク教官言ってなかったぞ・・・」
「お疲れ様ー。」
「きょ、教官! 戦闘訓練してるなんて聞いてませんでしたよ!」
「戦場では想定外の連続だからね! 目も覚めたでしょ!」


戦場では想定していない戦闘もいくらでもある。


天才的な軍略家の夜叉子でさえ想定できなかった事だってあった。


リークはあのアーム戦役に従軍していた。


想定外で仲間のほとんどが毒死した。


ペップ達にもその地獄を味あわせる事が目的だった。



「さあじゃあ訓練始めるぞー。」



リークの訓練は想定外の連続だった。


部下達が装備を持ってきてペップ達の前に置いた。



「じゃあ次はこれを装備して障害物走行だよー頑張れよー。」



目の前に置かれたヘルメットとリュックサックを背負った。


すると。




「うわああっ!!」



ヘルメットは泥でグチャグチャだった。


リュックサックは異常なほど重たく動きにくかった。


リークが指差す障害物へ走っていく。


高い壁やどろ沼、綱渡りなどが多数仕掛けらていた。


ペップ達はいつもより鈍い動きだったが懸命に乗り越えて進んだ。


すると次の障害物まで少しだけ間隔の空いた道があった。


何食わぬ顔で走っていると。




『うわあっ!!』
「お前ら!?」



ペップの前を走っていた仲間が落とし穴に落ちた。


その中は泥沼になっていて仲間達は装備の重さで沈んでいく。


慌ててペップは仲間の手を引っ張ったが重くて沈んでいく。




「が、頑張れー!!」
「おーどうしたの!?」
「ルル手を貸せ!!」
「わ、わかったー!」




ペップとルルに気がついた仲間達が沼に沈む手を必死に引っ張り始めた。


すると。



ダダダダダダッ!!!




『!!!!!!』



リークの部下達がペップ目掛けて銃撃を始めた。


驚く仲間達を見てペップは叫んだ。




「お前らは行け!!」



仲間達はペップをその場に置いて走り去った。


残って懸命に沼に沈む仲間達の手を引っ張っている。


どうする事もできずにリークの顔を見た。



「きょ、教官!! これじゃ死んでしまう!!」
「訓練で死ぬなら戦場では間違いなく死ぬ。 どうする? 彼らの犠牲を覚悟で先に進むか? ここで残って仲間と死ぬか? 好きな方を選ぶといい。」
「ふ、ふざけんなよ・・・訓練するとは言った。 でも。 仲間を死なせるなんて言ってねえよ!! うわああああああ!!!!!!!! 絶対に助けてやるからなああああああ!!!!!」




ペップはヘルメットを脱ぎ捨てリュックサックも脱いだ。


するとルルも同じ様にして沼に沈む仲間の手を引っ張った。


銃撃はペップの耳をかすめている。


それでも諦めなかった。




「ペップのお頭ー!!」
「お前ら!? 先にいけって言ったろ!!」
「仲間を置いて先に進んでも俺達じゃどうしていいかわからないし! お頭が仲間を救うならそれが正しい!!」
「み、みんな引っ張れー!!!」




すると銃撃は止んだ。


ペップと仲間達は沼に沈む仲間を救い出した。


そして背中に担いで先へ進んだ。


リークに渡された装備はその場に置いていった。




「教官! 仲間は死なせません! 俺も死にません! 答えは全員で生還する事です!!」



ペップは高らかに叫んだ。


そして全員で進み、「終了」と書かれる大きな扉へ辿り着いた。




「はあ・・・はあ・・・や、やったぜ・・・」
「辛かったよーん!! じゃあ開けるね!!」
「おう!」



ガチャッ!!




「ゲホッゲホッ!!!」




バタッ




扉を開けると催眠ガスが飛び出した。


全員はそのガスを吸って眠った。


リークは笑いながら眠るペップ達を見た。




「ふふ。 青春ドラマじゃないんだから。 それでクリアなわけないっしょ? 甘いんだよ。 少年少女。」



戦場は甘くない。


それを痛感させる訓練だった。


銃撃が止んだのはペップ達の姿勢に敬意を払ったわけではない。


ただ油断させただけだった。


これが獣王隊。


これが戦場で生きるという事だった。


彼らが精鋭になる物語は続く。
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