天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第51章 おかえりなさい

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白王隊の厳しい指導の元、ルーナ達は過酷な鍛錬を続けた。


それは決して武技だけの鍛錬というわけでもなかった。


時には精神統一。


時には極限状態での判断力。


5年という時間で精神的に追い込まれていくルーナ達。


早くもルーナ達は2年も経っていた。


道場で正座して目をつぶっている。


周囲には木刀を持った白王隊が歩いている。


少しでも動けば木刀で殴られてしまう。


ルーナを鍛える紫雨は背後でルーナをじっと見つめている。


第六感。


それは時に互いの心を通わせる。


ルーナと紫雨は第六感で通じ合う。




(第六感を得て2年。 少しは上達しましたかね・・・)
(我々はこれを戦闘中でもできる。 いずれそうなる必要があるよ。)




各私兵の大尉と狐長は第六感で会話をする。


物音1つない無音の世界。


通じ合った者だけが話せる世界で会話をしている。


しかし非常に難易度の高い技だった。


無駄な邪念が入るとあっという間にその世界から弾き出される。




(紫雨さん。)
(どうかした?)
(あのお・・・不安が・・・)



するとガヤガヤと周囲の音が聞こえる。


しかしおかしい。


道場では誰もが精神統一をして狐長と話しているはず。


ルーナには何が聞こえているのか。





(誰の声なの・・・)
(精神を統一して私に向けなさい。 遠くの誰かに神経を向けたわね?)
(はい・・・竹子様やハンナ少佐の事を・・・ああ色んな声が・・・)




これはかつてハンナやリトが第六感を習得した時に起きた現象とは少し違う。


既にルーナは第六感を習得して2年も経っている。


今、ルーナに起きている現象は第六感の延長線の力。


遠くにいる者と心を通わせる力。


ルーナの頭の中で聞こえる声は第六感を操る様々な存在の声。


それは遠く離れたスタシア王国で鍛錬する竹子と優子や2人を鍛えるアルデンやメアリー。


基地にいるハンナや又三郎。


その隣にいる私兵隊の上官達の声。


白王隊全軍や虎白の声。


そういった様々な存在に意識が向いて頭が割れるほどの複数の声が入ってくる。


第六感とは強化していくに連れて使用が難しくなる。


自在に操るにはそれだけの力が必要になる。


ルーナの神通力はハンナや竹子に比べれば低い。


しかしそれではこの先の聖なる力を操る事はできない。


紫雨達が行っている鍛錬とはまさにそれだった。


大尉達の神通力の向上。




(精神を統一しなさい。 私の事を考えて。)
(なんかその言い方可愛いかも・・・)




ガヤガヤッ




(竹子が帰って来たら飯作ってもらお。)
(もう2年経ちましたね。 どんな成長しているのかな! さあ又三郎大佐。 演習に行きましょう。)
(ええいっ!!)
(竹子! 考えるな。 君が斬るのは人や物じゃない。)





ガヤガヤッ




ルーナの頭の中は大騒ぎ。


冷静にならなくては気が狂ってしまう。


自分で習得した力で気が狂うなんてどうかしている。


しかし慣れない第六感の力でルーナは取り乱し始める。




「ああっ!!」
「これっ!!」




狐帥(こすい)と呼ばれる狐長より上の位の狐がルーナを見て怒鳴る。



しかしそれすらも聞こえていない。


倒れ込んで頭を抑えている。


見かねた紫雨が近寄ってきてルーナの額に自分の額を当てて、目をつぶる。




(私は汝の目の前にいる。)
(し、紫雨さん・・・)
(落ち着きなさい。)
(はい・・・)




狐は第六感の力を何処まで支配できているのか?


そんな疑問がルーナの中にはある。


紫雨の力は取り乱したルーナの精神を落ち着かせて、元の2人きりの世界に連れ戻す。


周囲からの音は消えて紫雨の優しい声だけが聞こえてくる。




(強くなりなさい。 味方を失いたくないなら汝はもっと強くならなくてはいけない。)




真っ白な畳に正座して目を閉じる。


障子や壁も白い。


道場に大きく掲げてある「心技体」の文字。


狐達の祖国。


安良木皇国で語られる武士の心構え。


ルーナはその鍛錬に5年という時間を費やすのだった。


3年後。


道場に集まったルーナ達は鍛錬を始める前に正座をして狐長と向き合う。


お互いに目をつぶって静かに息を呑む。


物音1つしない空間。


しかしお互いに通じ合っている。




(かなりできる様になってきたね。)
(ご指導の賜物です。)
(道に終わりはない。 第六感は引き上げれば何処まででも強くなる。)
(はい。)




第六感の習得。


そして第七感の習得もこの5年間での目標だった。


紫雨はルーナに秘められる第六感の桁外れの強さに気づき始めていた。


狐長達で大尉の近況を話し合う事があったが紫雨はルーナについて狐帥やその上の狐に報告していた。


とある日の狐の宴。




「それにしても軟弱な大尉達が成長してきたな。」
「ええ。 人間にもこれだけの力があるとは。」




狐達は楽しげに天上酒を盃に入れて飲んでいる。


帝都の夜桜を見ながら大尉の話で盛り上がっている。


漆黒の空に輝く月。


夜風が桜をなびかせる。


ヒラヒラと月の輝きに照らされる桃色の美しい桜の花びら。


狐達の至福の一時。




「私の担当のルーナ大尉。 彼女の第六感は凄いの。 本人も気づいていないけれど。」
「ほう。 聞こえているのか?」
「恐らく。」




第六感の究極の力。


物体の気配を聞く力。


第六感を扱う猛者達は矢や銃弾を弾き返して、刀や槍を刺される前に避けられる。


それは武器を扱う者の意思を読み取り、攻撃してくる場所を予め予測できる。


しかし世界には極稀にその上の第六感を扱う者が存在する。


武器を扱う者ではなく武器その物の気配を感じ取れる。


銃弾なら発射されるその瞬間。


刀なら振り下ろされて風を切る気配。


まるで未来でも予測しているかの様に。


それが第六感の極み。


安良木皇国でも扱える者は少ない。


虎白でもそこまではできないかもしれない。


だが紫雨はルーナにその可能性を感じた。


驚く狐達を横目に紫雨は盃に入る酒を飲む。





「万物には気配があり神々が宿っている。 風や月にも。 物体にも。 ルーナにはその気配を感じ取る事が無意識でできている。」
「たまげたな。 皇国を探しても少ない。 流星家の者ぐらいだ。」




皇国の剣と呼ばれる流星家。


流星雷電は虎白の側近。


彼の第六感はまさにそれだ。


武技を極め、心技体を極める皇国の者達でも驚く第六感の力。


紫雨はルーナの第六感を引き上げたかった。




「してどうする?」
「何か良い方法はないかな。」
「本来第六感とは死ぬ事よりも危険な想いをして覚醒する力。 本物の弓で攻撃してみてはどうか?」
「万が一に死んでもしたら・・・」
「ヒヒッ。 それだけの第六感が秘められていて弓で死ぬのらその程度よ。」




考え込む紫雨だったが周りの狐達は乗り気だった。


かつて自分達もそうして第六感を強めていった。


弓に射抜かれた事は数しれず。


しかし彼らは神族。


弓が体に刺さった程度では死なない。


ルーナは違う。


紫雨は考え込んだ。




「案ずるな。 死する急所には射抜かぬでな。」
「彼女の第六感を信じてみるとしようか。」




それから後日。


道場で瞑想を終えた紫雨とルーナは城の広大な中庭に出る。


周囲には弓を持った白王隊がルーナを囲む様に立っている。



驚いて紫雨を見ると紫雨も弓を持っていた。





「こ、これは・・・」
「真の第六感を解き放つ鍛錬よ。 弓は本物。 急所に当たれば汝は死ぬ。」
「ええ・・・」




ルーナは手に持っている木刀を見つめる。


木刀で防げるものかと。


落ち着いて目を閉じる。


第六感の力は気配を読み取るだけではない。


硬質化もできる。


体や持っている武器も鉄の様に硬くできる。


木刀で銃弾だって防げる。


ルーナは木刀を構えて叫んだ。




「お願いします!!!!」
「放てー!!」




シュシュシュー!!


全方向から一斉に飛んでくる矢。


ルーナは落ち着いている。





「第六感。」




彼女は木刀で弓矢を防ぐ。


これは大いなる挑戦だ。


5年後。


ハンナは目を覚まして直ぐに制服を着る。


今日は待ちに待った日。


大好きな竹子がいよいよ修行を終えて戻ってくる。




「長かった・・・白神も第1軍もかなり強くなった。」




クリーム色の髪の毛を後ろで縛って部屋を出ていく。


基地には整列する多くの白神隊。


ハンナは敬礼をして兵士達を見る。





「ルーナただいま戻りました。」
「おかえり!! お疲れ様。」
「少佐。 竹子様が国境を越えました。」
「わかるの? 白王隊から聞いた?」
「いいえ。 感じます。」





5年で鍛え上げた第六感。


何度も弓矢に射抜かれて生死を彷徨った。


しかしルーナは諦めなかった。


血反吐を吐く様な5年の日々でルーナの第六感はハンナを上回るほどになっていた。


しかし第六感のみで第七感の習得は間に合わなかった。


だが十分かもしれない。


竹子がいる国境は基地から100キロ以上離れている。


その間に存在する生命体の数は何万といる。


ルーナはそれを見事に竹子の気配だけを感じ取り、正確な位置まで割り出せた。


ここまで強力な第六感は白王隊ぐらいだ。


ルーナの中で眠っていた才能。


見事にそれを開花させて戻ってきた。


ハンナは嬉しそうにルーナに敬礼する。





「随分と強い第六感ね。」
「ありがとうございます。 これで少しはお役に立てるといいのですが。 エリュシオンとの停戦も間もなく終わりますね。」






浮かない表情のハンナだったが今日まで竹子不在で乗り越えた困難は自信に変わっていた。


大きく息を吸って空を見る。


今日までの日々。


失った仲間の顔。


白神隊で良かったとみんなに言ってもらいたい。





「すうー。 じゃあ行こうか。 我らが主を迎えに。」
「はい!」





ハンナは側近だけを連れて車に乗った。


下士官は基地で竹子の帰りを待つ。


いつものドライバー。


しかし車は大きい。


竹子も乗れるように。


しばらく走らせるとそこには大将軍が揃っていた。


ここは帝都。


国境を越えた竹子は帝都で虎白と再会していた。




「ルーナだけ来なさい。」
「はい。」





ハンナはルーナと共に帝都にある城へと入っていく。


途中で出会った他の私兵の将校達。


みんな主の帰りを楽しみにしている。





「クロフォード。」
「ああハンナか。 やっとだな。 我ら獣王は榴弾の技術を会得して山岳戦にも磨きがかかった。 白神は中央軍として成長できたか?」
「ええ。 それはもちろん。」





夜叉子の側近のクロフォードがハンナと話す。


隣でコカがルーナに微笑む。


そして遂に虎白がいる大広間の扉を開けた。


するとそこには大勢の大将軍が顔を揃えていた。






「おお。 ほら竹子と夜叉子だぞ。」




4人はビシッと敬礼すると竹子が満面の笑みで近寄ってくる。






「ただいま!!」
「おかえりなさい。 本当に・・・おかえり・・・」
「ちょっと泣かないでよ! もっと喜んでほしいな! 今日はみんなでご飯食べようよ!」





あまりの嬉しさに涙を流すハンナを見て竹子は夜叉子や虎白と顔を見合わせて笑う。


再集結。


そして新たに歩みだす。


次なる舞台へと。


目指す場所はまだまだ遠い。


まずはエリュシオンを倒す。


大丈夫。


全員が平等に苦しんだ。


5年という長い時間。





「じゃあ竹子。 帰ろ!」
「うんそうだね! わー! 久しぶりだなあー。」
「竹子、優子!! 私はこれで帰る。 元気でね。」
「ありがとうメアリー! アルデンさんにもお礼言っておいてね!」
「こちらこそ。 有意義な時間だったよ。 どうか忘れないでね!」
「うん! 斬る物ではなく斬る者ね!」





竹子と優子を見送ったスタシア王国の王女メアリーは笑顔で帰っていった。


赤いマントと赤い髪の毛が美しくなびいている。


いよいよこれからが本番。


エリュシオンは迫ってくる。


そして物語は続く。
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