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第45章 都市平定
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領内で続出する独立派の存在にいよいよ動き出した夜叉子。
わずかな部下だけを連れて勝手に縄張りにしている山々へ向かう。
生い茂った山中は身を潜めるには最適だ。
しかし夜叉子は堂々と山を登って行く。
「お頭危ないですよ・・・」
タイロンとクロフォードは心配そうに夜叉子に言うがすました顔をして登って行く。
いつ襲いかかってきてもおかしくない。
タイロンは神経を張り巡らせて周囲を警戒する。
「お頭! います。 殺気を感じますっ!」
「そうだね。 向こうから出てきてくれるなら丁度いいね。 タイロン、クロフォード。 私が囮になるから捕まえてやりな。」
夜叉子は近くの木の下に座り込んで煙管を吸う。
琴はおどおどしながら夜叉子の隣に座って水を飲んでいる。
慣れない山の中で感じる殺気に怯えている。
夜叉子は鼻で笑い琴が飲んでいる水を取り上げて自分で飲む。
「だから止めておけって言ったでしょ。」
「なんやろ・・・そこら中で見られとる気がする・・・」
「気がするんじゃなくて見られてるんだよ。 ちっ。 思ったより数多いね。」
ガサガサッ
「ガオオオッ!!」
「来たよ。」
「ガオオオッ!! 捕まえたっ!」
「まだまだいるよ。 そいつ気絶させて他の奴ら相手しな。」
山猫の半獣族が飛びかかって来たがクロフォードが首筋に噛みついてその場に倒す。
そして後頭部を木に打ち付けて気絶させる。
気がつくと周囲から獣が夜叉子達に襲いかかってくる。
「ちっ。 やるしかないね。 琴、衝撃信管オイル塗りな。」
刃物にジェルの様に塗りつけると真剣でありながら殺傷性がなくなる。
軽い電流が流れていて触れると気絶するほどの感電を起こす。
琴は背中の刀を抜くと急いでオイルを塗った。
同じく夜叉子も短刀を抜くとオイルを塗って襲いかかる獣と戦った。
「タイロン、クロフォード。 あんたら武器使うな。 爪と歯だけで気絶させな。 多少怪我ぐらいさせたって構わないから殺すんじゃないよ。」
『へいお頭!』
次から次へと草むらから飛び出す獣達。
夜叉子にも飛びかかって来たが第六感ですっと避けると首を掴んで地面に叩きつける。
そして喉に短刀を当てるとガクガクと震えて気絶した。
琴は懸命に刀を振り回している。
第六感をまだ習得していない琴は獣の速さに苦戦していた。
すると背後から飛びついて来た。
覆い被さる様にされて獣は口を開いて琴の細い首に噛みつこうとする。
「琴に触るんじゃないよ。」
夜叉子が獣の首根っこを掴んで頭に短刀を当てる。
気絶した獣に下敷きにされる琴は慌てて這い出してくる。
すると夜叉子が手を伸ばして琴を立ち上がらせる。
「あかんっ! むっちゃ速いやん! ありがとなあ。」
「ふっ。 気にしなくていいよ。 私だって魚人相手じゃ今のあんたと同じ様になるよ。」
少し口角を上げて琴の服についた泥を手で払っていると背後から獣が夜叉子に向かって飛びついてくる。
「あたしの夜叉子に手出すなやっ!!!!」
琴は刀を前に突き出す。
夜叉子と抱き合う様にして。
獣は琴の刀に当たり気絶した。
少し驚いた表情で夜叉子は琴を見ている。
「あんた。 今あたしの夜叉子とか言ってなかった?」
「せやで! 大好きな大好きなあたしの自慢の夜叉子やで!」
「あ、そう。 私はあんたのものって事ね。 まあ。 それもいいかもね。」
こんな時に告白か。
しかし琴は幸せそうに微笑んでいる。
夜叉子も何処か嬉しそうにしている。
2人が正式に恋人になった瞬間だった。
多くの気絶する獣の中で2人は愛を誓った。
「お頭! こいつが首領です!」
タイロンとクロフォードが腕に噛み付いたまま連れてきた独立派の首領の1匹。
目つきの悪い狼の半獣族だった。
夜叉子は琴の肩に手を置いて少し微笑むと振り返り主領の元へ歩いて行く。
そして目の前でしゃがみ込んでギロっと睨む。
その瞳の冷たさ。
間違いなく助からないと察してしまうほどに恐ろしい。
先程まで琴を見て優しく微笑んでいた夜叉子の目は何処へ消えたのか。
「選ばしてあげる。 死ぬか。 私の子になるか。」
「ひっ!? キュー。 クンクン・・・た、ただ俺達の縄張りがほしくて・・・」
「そう。 縄張りね。 じゃあさ。 ここはあんたにあげるよ。 その代わり私の言う事聞くならね。 あんたと手下は私の獣王隊に入りな。 そうしたらこの縄張りはあんたに守ってもらう。 入らないならあんたは今日の夕飯になるってわけ。」
淡々と語りかける夜叉子。
首領にはもはや抵抗する気がなかった。
それより夜叉子から提案された条件の方がよっぽど嬉しかった。
「以前ここを任せていた私の子がさ。 アーム戦役でね・・・だからあんたにはあの子に負けないぐらいの首領になってほしくてね。 できる?」
「ちゅ、忠誠を誓いますっ!! クウークウー。」
「そう。 私を信じていてくれるなら大切にするよ。 裏切られると傷つくからさ。 傷ついた私はあんたと手下に何するかわからないよ。」
独立派。
夜叉子に反旗を翻すというよりアーム戦役以前まで縄張りの首領だった夜叉子の獣王隊の隊長達が戦死した事で空白になった土地を求めていた。
夜叉子へ恨みはなかった。
それを理解して力と優しさで独立派を手中に収めて行った。
しかしまだまだ独立派は残っている。
夜叉子の白陸第4都市平定戦はこれからだ。
夜叉子の領内で続出する独立派はまだまだ存在した。
城の近辺から制圧に取り掛かった夜叉子は配下となり獣王隊へと編入して忠誠を誓った独立派達の忠誠心を試すかの様に他の独立派への攻撃を命令した。
「別に殺せってわけじゃないよ。 あんたらみたいに私を信じてくれる連中がいるかもしれないしね。」
言葉ではそう言っているが明らかに忠誠心を試す行為であり夜叉子の瞳は冷たかった。
そして周辺の独立派へ向けて出発して行った。
夜叉子は自分の領内の地図を見ながら独立派が拠点にしているであろう場所に印をつけていた。
「なんか大変やなあ。 あたしの海兵も連れてこよか?」
「あんたのとこだって兵士が足りないんでしょ。 私はいいからあんたは自分の領内の戦力増強に努めな。」
「寂しい事言わんといてやー。 尚香もおるし大丈夫やて。」
ニコニコとしながら夜叉子の隣に座ってお茶を飲んでいる。
チラリと横目で琴を見ると少しだけ口角が上がる。
どうしてこんな自分をそこまで愛してくれるのか。
夜叉子は言葉には出さなかったが疑問だった。
「優しい夜叉子やからやで。」
「は!?」
心でも読まれたかの様に琴が突然話し出すと夜叉子は驚いて目を見開く。
煙管に入れる葉っぱをボロボロと落としてしまい、手で集めている。
変わらずニコニコと夜叉子を見ている琴は何処か得意げにもしている。
「なんでわかったん?って顔やね!」
「まあね。」
「わかるでー夜叉子の考えている事は! どんな夜叉子か決めるのはあたしやで! 優しくて家族想いな夜叉子。 部下の死を誰よりも悲しむ夜叉子。 そんな夜叉子が大好きやで! 実は傷つきやすい所もな?」
「うるさいよ。 あんた。 凄いね。」
今までの人生でこんな存在に出会えただろうか。
顔を見ては怯える者ばかり。
顔立ちが良く、目が大きい夜叉子だったがその目は常に笑う事なくギロっと相手を見つめている。
その眼力ときたら恐ろしいものだった。
しかし虎白や琴の様に夜叉子の優しさを見抜ける存在。
夜叉子はそれに出会えていなかった。
だから何か心の中で変わろうとしている。
「ふっ。 やっぱり。 生きてみるもんだね・・・」
「当たり前やでー! これからもずっと仲良くしよな?」
「そうだね。 あ、でも。 私がか弱いみたいな事は二度と言うんじゃないよ。」
「えへへへ! わかりやしたーお頭!」
「ふっ。」
笑顔で敬礼する琴を見て夜叉子は少しだけ笑う。
かつては笑い方すら忘れていた。
この世界の全てを憎んだ。
ただ復讐のために生きた。
それが今じゃ。
生きていたい。
虎白や琴と共に。
「お頭!! 大変ですっ! 独立派の攻撃に出た連中が捕まりました!」
「生きてるの?」
「はい・・・ただお頭に会わせないと殺すって・・・」
「そう。 じゃあ行く。」
「あたしも!」
「あんたはいいから。」
「いややー! 行くったら行くんや!」
子供の様に駄々をこねて背中に刀を差すと立ち上がり自慢げに夜叉子を見ている。
ため息をつきながら夜叉子も腰に短刀を差して部屋を出て行く。
城を出てしばらく歩いたところにある山。
その中に潜んでいるのが次の独立派だ。
味方に取り入れた独立派は忠誠心を示して山へ入った。
今度は夜叉子が彼らに示す番だ。
あんたらのお頭はこの夜叉子だと。
だから決して見捨てない。
「もうあの子らはうちの子だよ。 痛めつけでもしたらただじゃおかない。」
「んー! あたしの大好きな夜叉子やー!」
「うるさいよ。 あんたはタイロンとクロフォードの近くにいな。」
夜叉子は先頭を歩いて山の中へ入って行く。
既に短刀を抜いている。
それに衝撃信管オイルを塗っていない。
タイロンとクロフォードは顔を見合わせる。
これは本気だぞと。
お頭を怒らせた事を後悔しろと。
夜叉子は恐ろしい表情で山に入って行く。
茂みをガサガサと動く独立派は姿を見せる事なく警戒している。
しかしお構いなしに夜叉子は山頂を目指す。
「何処にいるか知らないけどね。 山頂を目指せば襲ってくるでしょ。 かかってきな。 何人束になってても構わないよ。」
ミカエル兵団から白陸に来て、魔呂と死徒兵。
冥府潜入、メテオ海戦、アーム戦役と戦績を重ねてきた夜叉子だが。
彼女は天才的な戦略で敵を翻弄して来た。
武力においての印象は甲斐や竹子の方が印象的かもしれない。
夜叉子にはある座右の銘がある。
「担いでもらえるから上に立ってられるのさ。 武器はいらない。 担いでくれる子達が武器を持っている。 担いでもらってる私は頭を使ってうちの子らを死なせない。 武器を使う時は止むを得ない時。 だから決まって私は思う。 頭が悪くてごめんねってね。」
一度は反旗を翻した。
しかし夜叉子に忠誠を誓った。
だから見捨てない。
彼らに信じてほしいから彼らを救う。
そして夜叉子は戦う。
「刀を振るうなんて柄じゃないの。 でもね。 時にはそんな事気にしてる場合じゃない時だってある。 それが今。 私はあの子らを死なせない。 もう誰も。」
タイロンが夜叉子の隣に来て渡す。
短刀を腰に戻すとタイロンから受け取る。
夜叉子の身体の半分以上もある長い刀。
いつでもタイロンが背中に背負っている。
使う事なんてほとんどない。
実際にこの刀を夜叉子が抜いたのは初めてだった。
「お、お頭・・・」
「冷静だよ。 ただ怒ってはいるけどね。」
ガサガサッ
ガサガサッ
「夜叉子。 大人しく下山しろ。 この縄張りはいただいた。 言う事を聞かないとお前の子分は今日の夕飯になるぞ? それにお前もただじゃおかない。 その白くて細い身体を堪能してやるからな。」
それは突然現れた。
今まで茂みをガサガサと動いていたかと思えば夜叉子の目の前に現れた。
独立派の主犯とも言える。
その男は人間だった。
純粋な半獣族の心を言葉巧みに操り反乱を起こした。
得意げに笑う男は勝ち誇っている。
ガサガサッ
「とっくに囲んだぞ。」
「・・・・・・」
夜叉子は長い刀を抜いて黙っている。
特に焦る事も恐怖する事もない。
至って冷静。
そして夜叉子の身体の中を走る感覚。
昔からいつもそうだった。
こういった局面になるといつも。
当たりが静かになる。
そして自分の鼓動がしっかり聞こえる。
自分の後ろで見つめる大切な存在の視線。
細くて美しい身体の中を走る感覚は「恐怖」ではない。
今直ぐに後悔させてやりたいと思う「殺意」だ。
「あんたらは手を出さなくていい。」
「夜叉子危ないでー!」
「琴の姉さん。 お頭を信じてください。 というよりもう私らでも止められないんです。 お頭。 どうか存分に。」
心配そうにする琴の腕を掴み首を振るタイロン。
クロフォードもそれをじっと見つめる。
夜叉子は男の元へスタスタと歩いて行く。
男は驚き周囲に潜む子分に合図をする。
一斉に襲いかかってくる子分達も人間ばかり。
夜叉子を殺そうと全員が真剣を持っている。
しかしそこからは琴の目を疑う光景だった。
まるで虎白や魔呂でも憑依したのか。
独立派達はわざと攻撃を外しているかの様にまるで当たらない。
映画の戦闘シーンで主人公にだけ攻撃が当たらない様に。
俳優は何処に攻撃が来るか台本で知っているからそこへ行かない。
夜叉子の動きはまさにそれだった。
華麗に避けては長い刀を自在に操っている。
相手の首がスパッと飛んでいく。
何十人もいた男の子分は瞬く間に全滅する。
そして夜叉子は主犯の男の前に立つ。
「わ、悪かった! 忠誠心を誓うよ! だから頼む。」
「忠誠心をね。 いいよ。 あんたには誓ってほしくない。 それより私には可愛い妹がいてね。 妹に忠誠心を誓ってほしいんだよね。」
「わかった! なんでもする!」
「じゃあ行こうか。」
タイロンに首根っこを掴まれて男は連れて行かれる。
クロフォードは捕らえられた獣王隊を見つけて解放してくる。
前に連れてくると夜叉子はその場でしゃがみ込み彼らの手を握った。
「悪かったね。 私のために頑張ってくれたんだね。 あんたらの気持ちはよくわかったよ。 今度は私が応える番だね。 大切にするから。 あんたらは死なせないから。」
「お、お頭・・・」
「今日は熊鍋でも作ってあげるから。 ゆっくり休んでさ。 これからも獣王隊として頑張りなよ。」
白陸第4都市で起きた反乱。
しかし大事になる前に。
虎白の耳に入る前に。
事態は沈静化した。
それどころか獣王隊の戦力は回復していた。
補充で送られてきた兵士は第4軍へと編入した。
獣王隊は独立派から夜叉子へ忠誠を誓った者とアーム戦役を生き延びた第4軍兵士で再編成された。
先に逝った兄弟達の分も。
獣王隊は更に強くなる。
夜叉子は山城の天守閣から煙管を吸って麗しき第4都市の景色を眺めるのだった。
「お姉が紹介してくれた人だー。 嬉しいなあー。」
「お、俺は何をすれば・・・」
「あのねー。 お肉とか野菜って鍋で煮込むと柔らかくて美味しいよね。 あれ人間でやったらどうなるのかな? ねー。 やってみて。」
「ひっ!? 助けてくれ! 夜叉子! 話が違うぞっ!!」
夜叉子の実の妹。
修羅子。
彼女は天上界の地下にある都市の女王だ。
毎年殺人鬼や冥府の捕虜が行方不明になっている。
それは全てこの地下都市へと行っている。
修羅子は大の殺戮好きだ。
「お姉。 ありがとう。 ふにゃふにゃになってるけど全然美味しくなさそう。 次は鉄板で焼いてみようかな。 ふふっ。」
わずかな部下だけを連れて勝手に縄張りにしている山々へ向かう。
生い茂った山中は身を潜めるには最適だ。
しかし夜叉子は堂々と山を登って行く。
「お頭危ないですよ・・・」
タイロンとクロフォードは心配そうに夜叉子に言うがすました顔をして登って行く。
いつ襲いかかってきてもおかしくない。
タイロンは神経を張り巡らせて周囲を警戒する。
「お頭! います。 殺気を感じますっ!」
「そうだね。 向こうから出てきてくれるなら丁度いいね。 タイロン、クロフォード。 私が囮になるから捕まえてやりな。」
夜叉子は近くの木の下に座り込んで煙管を吸う。
琴はおどおどしながら夜叉子の隣に座って水を飲んでいる。
慣れない山の中で感じる殺気に怯えている。
夜叉子は鼻で笑い琴が飲んでいる水を取り上げて自分で飲む。
「だから止めておけって言ったでしょ。」
「なんやろ・・・そこら中で見られとる気がする・・・」
「気がするんじゃなくて見られてるんだよ。 ちっ。 思ったより数多いね。」
ガサガサッ
「ガオオオッ!!」
「来たよ。」
「ガオオオッ!! 捕まえたっ!」
「まだまだいるよ。 そいつ気絶させて他の奴ら相手しな。」
山猫の半獣族が飛びかかって来たがクロフォードが首筋に噛みついてその場に倒す。
そして後頭部を木に打ち付けて気絶させる。
気がつくと周囲から獣が夜叉子達に襲いかかってくる。
「ちっ。 やるしかないね。 琴、衝撃信管オイル塗りな。」
刃物にジェルの様に塗りつけると真剣でありながら殺傷性がなくなる。
軽い電流が流れていて触れると気絶するほどの感電を起こす。
琴は背中の刀を抜くと急いでオイルを塗った。
同じく夜叉子も短刀を抜くとオイルを塗って襲いかかる獣と戦った。
「タイロン、クロフォード。 あんたら武器使うな。 爪と歯だけで気絶させな。 多少怪我ぐらいさせたって構わないから殺すんじゃないよ。」
『へいお頭!』
次から次へと草むらから飛び出す獣達。
夜叉子にも飛びかかって来たが第六感ですっと避けると首を掴んで地面に叩きつける。
そして喉に短刀を当てるとガクガクと震えて気絶した。
琴は懸命に刀を振り回している。
第六感をまだ習得していない琴は獣の速さに苦戦していた。
すると背後から飛びついて来た。
覆い被さる様にされて獣は口を開いて琴の細い首に噛みつこうとする。
「琴に触るんじゃないよ。」
夜叉子が獣の首根っこを掴んで頭に短刀を当てる。
気絶した獣に下敷きにされる琴は慌てて這い出してくる。
すると夜叉子が手を伸ばして琴を立ち上がらせる。
「あかんっ! むっちゃ速いやん! ありがとなあ。」
「ふっ。 気にしなくていいよ。 私だって魚人相手じゃ今のあんたと同じ様になるよ。」
少し口角を上げて琴の服についた泥を手で払っていると背後から獣が夜叉子に向かって飛びついてくる。
「あたしの夜叉子に手出すなやっ!!!!」
琴は刀を前に突き出す。
夜叉子と抱き合う様にして。
獣は琴の刀に当たり気絶した。
少し驚いた表情で夜叉子は琴を見ている。
「あんた。 今あたしの夜叉子とか言ってなかった?」
「せやで! 大好きな大好きなあたしの自慢の夜叉子やで!」
「あ、そう。 私はあんたのものって事ね。 まあ。 それもいいかもね。」
こんな時に告白か。
しかし琴は幸せそうに微笑んでいる。
夜叉子も何処か嬉しそうにしている。
2人が正式に恋人になった瞬間だった。
多くの気絶する獣の中で2人は愛を誓った。
「お頭! こいつが首領です!」
タイロンとクロフォードが腕に噛み付いたまま連れてきた独立派の首領の1匹。
目つきの悪い狼の半獣族だった。
夜叉子は琴の肩に手を置いて少し微笑むと振り返り主領の元へ歩いて行く。
そして目の前でしゃがみ込んでギロっと睨む。
その瞳の冷たさ。
間違いなく助からないと察してしまうほどに恐ろしい。
先程まで琴を見て優しく微笑んでいた夜叉子の目は何処へ消えたのか。
「選ばしてあげる。 死ぬか。 私の子になるか。」
「ひっ!? キュー。 クンクン・・・た、ただ俺達の縄張りがほしくて・・・」
「そう。 縄張りね。 じゃあさ。 ここはあんたにあげるよ。 その代わり私の言う事聞くならね。 あんたと手下は私の獣王隊に入りな。 そうしたらこの縄張りはあんたに守ってもらう。 入らないならあんたは今日の夕飯になるってわけ。」
淡々と語りかける夜叉子。
首領にはもはや抵抗する気がなかった。
それより夜叉子から提案された条件の方がよっぽど嬉しかった。
「以前ここを任せていた私の子がさ。 アーム戦役でね・・・だからあんたにはあの子に負けないぐらいの首領になってほしくてね。 できる?」
「ちゅ、忠誠を誓いますっ!! クウークウー。」
「そう。 私を信じていてくれるなら大切にするよ。 裏切られると傷つくからさ。 傷ついた私はあんたと手下に何するかわからないよ。」
独立派。
夜叉子に反旗を翻すというよりアーム戦役以前まで縄張りの首領だった夜叉子の獣王隊の隊長達が戦死した事で空白になった土地を求めていた。
夜叉子へ恨みはなかった。
それを理解して力と優しさで独立派を手中に収めて行った。
しかしまだまだ独立派は残っている。
夜叉子の白陸第4都市平定戦はこれからだ。
夜叉子の領内で続出する独立派はまだまだ存在した。
城の近辺から制圧に取り掛かった夜叉子は配下となり獣王隊へと編入して忠誠を誓った独立派達の忠誠心を試すかの様に他の独立派への攻撃を命令した。
「別に殺せってわけじゃないよ。 あんたらみたいに私を信じてくれる連中がいるかもしれないしね。」
言葉ではそう言っているが明らかに忠誠心を試す行為であり夜叉子の瞳は冷たかった。
そして周辺の独立派へ向けて出発して行った。
夜叉子は自分の領内の地図を見ながら独立派が拠点にしているであろう場所に印をつけていた。
「なんか大変やなあ。 あたしの海兵も連れてこよか?」
「あんたのとこだって兵士が足りないんでしょ。 私はいいからあんたは自分の領内の戦力増強に努めな。」
「寂しい事言わんといてやー。 尚香もおるし大丈夫やて。」
ニコニコとしながら夜叉子の隣に座ってお茶を飲んでいる。
チラリと横目で琴を見ると少しだけ口角が上がる。
どうしてこんな自分をそこまで愛してくれるのか。
夜叉子は言葉には出さなかったが疑問だった。
「優しい夜叉子やからやで。」
「は!?」
心でも読まれたかの様に琴が突然話し出すと夜叉子は驚いて目を見開く。
煙管に入れる葉っぱをボロボロと落としてしまい、手で集めている。
変わらずニコニコと夜叉子を見ている琴は何処か得意げにもしている。
「なんでわかったん?って顔やね!」
「まあね。」
「わかるでー夜叉子の考えている事は! どんな夜叉子か決めるのはあたしやで! 優しくて家族想いな夜叉子。 部下の死を誰よりも悲しむ夜叉子。 そんな夜叉子が大好きやで! 実は傷つきやすい所もな?」
「うるさいよ。 あんた。 凄いね。」
今までの人生でこんな存在に出会えただろうか。
顔を見ては怯える者ばかり。
顔立ちが良く、目が大きい夜叉子だったがその目は常に笑う事なくギロっと相手を見つめている。
その眼力ときたら恐ろしいものだった。
しかし虎白や琴の様に夜叉子の優しさを見抜ける存在。
夜叉子はそれに出会えていなかった。
だから何か心の中で変わろうとしている。
「ふっ。 やっぱり。 生きてみるもんだね・・・」
「当たり前やでー! これからもずっと仲良くしよな?」
「そうだね。 あ、でも。 私がか弱いみたいな事は二度と言うんじゃないよ。」
「えへへへ! わかりやしたーお頭!」
「ふっ。」
笑顔で敬礼する琴を見て夜叉子は少しだけ笑う。
かつては笑い方すら忘れていた。
この世界の全てを憎んだ。
ただ復讐のために生きた。
それが今じゃ。
生きていたい。
虎白や琴と共に。
「お頭!! 大変ですっ! 独立派の攻撃に出た連中が捕まりました!」
「生きてるの?」
「はい・・・ただお頭に会わせないと殺すって・・・」
「そう。 じゃあ行く。」
「あたしも!」
「あんたはいいから。」
「いややー! 行くったら行くんや!」
子供の様に駄々をこねて背中に刀を差すと立ち上がり自慢げに夜叉子を見ている。
ため息をつきながら夜叉子も腰に短刀を差して部屋を出て行く。
城を出てしばらく歩いたところにある山。
その中に潜んでいるのが次の独立派だ。
味方に取り入れた独立派は忠誠心を示して山へ入った。
今度は夜叉子が彼らに示す番だ。
あんたらのお頭はこの夜叉子だと。
だから決して見捨てない。
「もうあの子らはうちの子だよ。 痛めつけでもしたらただじゃおかない。」
「んー! あたしの大好きな夜叉子やー!」
「うるさいよ。 あんたはタイロンとクロフォードの近くにいな。」
夜叉子は先頭を歩いて山の中へ入って行く。
既に短刀を抜いている。
それに衝撃信管オイルを塗っていない。
タイロンとクロフォードは顔を見合わせる。
これは本気だぞと。
お頭を怒らせた事を後悔しろと。
夜叉子は恐ろしい表情で山に入って行く。
茂みをガサガサと動く独立派は姿を見せる事なく警戒している。
しかしお構いなしに夜叉子は山頂を目指す。
「何処にいるか知らないけどね。 山頂を目指せば襲ってくるでしょ。 かかってきな。 何人束になってても構わないよ。」
ミカエル兵団から白陸に来て、魔呂と死徒兵。
冥府潜入、メテオ海戦、アーム戦役と戦績を重ねてきた夜叉子だが。
彼女は天才的な戦略で敵を翻弄して来た。
武力においての印象は甲斐や竹子の方が印象的かもしれない。
夜叉子にはある座右の銘がある。
「担いでもらえるから上に立ってられるのさ。 武器はいらない。 担いでくれる子達が武器を持っている。 担いでもらってる私は頭を使ってうちの子らを死なせない。 武器を使う時は止むを得ない時。 だから決まって私は思う。 頭が悪くてごめんねってね。」
一度は反旗を翻した。
しかし夜叉子に忠誠を誓った。
だから見捨てない。
彼らに信じてほしいから彼らを救う。
そして夜叉子は戦う。
「刀を振るうなんて柄じゃないの。 でもね。 時にはそんな事気にしてる場合じゃない時だってある。 それが今。 私はあの子らを死なせない。 もう誰も。」
タイロンが夜叉子の隣に来て渡す。
短刀を腰に戻すとタイロンから受け取る。
夜叉子の身体の半分以上もある長い刀。
いつでもタイロンが背中に背負っている。
使う事なんてほとんどない。
実際にこの刀を夜叉子が抜いたのは初めてだった。
「お、お頭・・・」
「冷静だよ。 ただ怒ってはいるけどね。」
ガサガサッ
ガサガサッ
「夜叉子。 大人しく下山しろ。 この縄張りはいただいた。 言う事を聞かないとお前の子分は今日の夕飯になるぞ? それにお前もただじゃおかない。 その白くて細い身体を堪能してやるからな。」
それは突然現れた。
今まで茂みをガサガサと動いていたかと思えば夜叉子の目の前に現れた。
独立派の主犯とも言える。
その男は人間だった。
純粋な半獣族の心を言葉巧みに操り反乱を起こした。
得意げに笑う男は勝ち誇っている。
ガサガサッ
「とっくに囲んだぞ。」
「・・・・・・」
夜叉子は長い刀を抜いて黙っている。
特に焦る事も恐怖する事もない。
至って冷静。
そして夜叉子の身体の中を走る感覚。
昔からいつもそうだった。
こういった局面になるといつも。
当たりが静かになる。
そして自分の鼓動がしっかり聞こえる。
自分の後ろで見つめる大切な存在の視線。
細くて美しい身体の中を走る感覚は「恐怖」ではない。
今直ぐに後悔させてやりたいと思う「殺意」だ。
「あんたらは手を出さなくていい。」
「夜叉子危ないでー!」
「琴の姉さん。 お頭を信じてください。 というよりもう私らでも止められないんです。 お頭。 どうか存分に。」
心配そうにする琴の腕を掴み首を振るタイロン。
クロフォードもそれをじっと見つめる。
夜叉子は男の元へスタスタと歩いて行く。
男は驚き周囲に潜む子分に合図をする。
一斉に襲いかかってくる子分達も人間ばかり。
夜叉子を殺そうと全員が真剣を持っている。
しかしそこからは琴の目を疑う光景だった。
まるで虎白や魔呂でも憑依したのか。
独立派達はわざと攻撃を外しているかの様にまるで当たらない。
映画の戦闘シーンで主人公にだけ攻撃が当たらない様に。
俳優は何処に攻撃が来るか台本で知っているからそこへ行かない。
夜叉子の動きはまさにそれだった。
華麗に避けては長い刀を自在に操っている。
相手の首がスパッと飛んでいく。
何十人もいた男の子分は瞬く間に全滅する。
そして夜叉子は主犯の男の前に立つ。
「わ、悪かった! 忠誠心を誓うよ! だから頼む。」
「忠誠心をね。 いいよ。 あんたには誓ってほしくない。 それより私には可愛い妹がいてね。 妹に忠誠心を誓ってほしいんだよね。」
「わかった! なんでもする!」
「じゃあ行こうか。」
タイロンに首根っこを掴まれて男は連れて行かれる。
クロフォードは捕らえられた獣王隊を見つけて解放してくる。
前に連れてくると夜叉子はその場でしゃがみ込み彼らの手を握った。
「悪かったね。 私のために頑張ってくれたんだね。 あんたらの気持ちはよくわかったよ。 今度は私が応える番だね。 大切にするから。 あんたらは死なせないから。」
「お、お頭・・・」
「今日は熊鍋でも作ってあげるから。 ゆっくり休んでさ。 これからも獣王隊として頑張りなよ。」
白陸第4都市で起きた反乱。
しかし大事になる前に。
虎白の耳に入る前に。
事態は沈静化した。
それどころか獣王隊の戦力は回復していた。
補充で送られてきた兵士は第4軍へと編入した。
獣王隊は独立派から夜叉子へ忠誠を誓った者とアーム戦役を生き延びた第4軍兵士で再編成された。
先に逝った兄弟達の分も。
獣王隊は更に強くなる。
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「ひっ!? 助けてくれ! 夜叉子! 話が違うぞっ!!」
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彼女は天上界の地下にある都市の女王だ。
毎年殺人鬼や冥府の捕虜が行方不明になっている。
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