天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第43章 仲直り

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ハンナは朝目を覚ます。


少佐になったハンナは兵舎での暮らしを離れて白陸の帝都に大きな家を持った。


窓から外を見ると既にルーナとドライバーが待っている。


しかし焦る事なくシャワーを浴びてクリーム色の髪の毛を束ねている。


そして立派な制服を着て白いマントを羽織る。


少佐の階級章が金色に輝いている。


鏡を見て身だしなみを整えると家を出る。




「おはようございます。 既に下士官は基地で武装して待機しています。」
「おはよう。 じゃあ行こうか。 宮衛党との模擬演習へ。」




車を数分走らせて白神隊の基地へと到着するとそこで待つ3000もの大隊。


その先頭で微笑んで待っている竹子の姿。


ハンナは驚いて駆け寄る。


敬礼してから周囲の者に聞こえない様に小さな声で話す。





「なんでいるの!?」
「ふふ。 私も戦おうかと思って。」
「ダメよ! 竹子が入ったら強すぎるもの!」
「勝敗なんて関係ないでしょ? 考えている事わかるんだから。」




今回の模擬演習の本当の理由。


それは仲直り。


ハンナの指揮する大隊は本来のハンナ隊の兵士ではなかった。


又三郎指揮下の兵士達だ。


ハンナの兵は第1軍から補充された兵がほとんど。


それに対して又三郎の兵士はアーム戦役前から白神隊として今日までやってきた。


リトや多くの英雄達と共に苦楽を共にした兄弟、姉妹。


白神の皆が心のどこかで思っている。


あの時宮衛党が動けば何か変わったのかもと。


実際には白神隊が大打撃を受けたのは宮衛党の失態の前。


関係ないとわかっていながらも怒りが向いてしまう。


今回の模擬演習はそれが理由だ。


宮衛党にも今回の失態の重さを理解してほしいがそれ以上に前を向いてほしい。


同様に白神隊も今回で怒りを出し切って切り替えたい。


竹子の計らいで編成された部隊。


それに協力してくれたのはアーム戦役後に宮衛党に加わったシフォンとルメー。





「確かに。 竹子の言う通り。 私は戦略を練るつもりはないの。 ただ乱戦になって力を出し切る。 双方が。」
「でしょ。 だったら私も入れてよ。 白神の想いは一つなんでしょ?」




涙目になって竹子はハンナを見る。


温厚で態度には出さないが竹子だって心のどこかで同じ様に思っていた。


しかしいつまでもいがみ合っているわけにはいかない。


ハンナはうなずいてからビシッと敬礼する。


そして振り返り兵士達を見る。




「我らは宮衛党へ模擬演習を仕掛ける! 諸君! 全力を出し切れ! 多くの白神の英雄が見ているぞっ! そして約束しろ! 怒るのはこの模擬演習を持って終わりにするんだ! 私や竹子様にではない! 帰らぬ英雄達に約束しろっ!! わかったか白神隊!!」
『おおおおおおおおおー!!!! 我ら白神想いは一つ!!!!』




最高潮になる士気と共に基地を出て行く。


正門に立つ男。


厳つい顔をして腰に刀を差している。




「ハンナ。 わしも行く。 その方の指揮下で構わん。 わしにも暴れさせよ。」
「又三郎中佐。 もちろんです。 勝敗なんてどうでもいい。 宮衛党にも死に物狂いで戦ってもらいますよ。 追い込まれた獣は強いですからね。」




又三郎まで加わり白神隊は最強の布陣で出発した。


怒るのも悲しむのも今回で終わり。


これが終わったら前を向こう。


そしてまた共に歩もう。


宮衛党。


我ら白神はお前達を見捨てない。


だから今回だけは。


力の限りぶつかろう。


そう白神の全兵士が思っていた。


まるで実戦に出るかの様な鋭い顔つきで宮衛党基地まで行軍する。


足音と装備の音以外は何の雑音もない。


会話も咳払いすらも。


しかし確かに繋がっている。


兄弟、姉妹達の想いは。





時は天上大内乱。


天上界中で多くの英傑達が己の野心のために動き出していた。


我らが鞍馬虎白も遠征に出ている。


世間はその英傑達の動向が気になって連日各所の模擬演習が報道されていた。


そんな中。


白陸国内で起きた模擬演習。


世間には知られない戦い。


通称「仲直り演習」と竹子とハンナが名付けた。


そして白い旗に狐が桜を咥える旗印の精鋭達は純白のマントを天上界の心地良い風になびかせて進んでいく。



中間地帯。


それは領地間にある広大な空き地。


天上界と冥府の間にある土地の「中間地点」とはまた別だ。


この中間地帯を使って領主達は模擬演習を行う。


白陸国内にも中間地帯があり、竹子領とメルキータ領の間にもあった。


そして今。


両隊合わせて6000の兵士が集まっている。


ハンナ率いる白神隊は攻撃開始の指示を今か今かと待っていた。


しかし宮衛党の士気の低さと来たら凄まじかった。


メルキータが直接率いて来たがメルキータ自身も浮かない顔で布陣している。


ハンナは対峙する宮衛党の士気の低さを見て少し微笑む。




「どの面下げて模擬演習なんてって気分でしょうね。 ふふ。 でも大丈夫。 あの子達は獣よ。 嫌でも防衛本能が戦わせるわ。」




そして腰に差す見事な剣をすっと抜く。


美しい大空を見てハンナは大きく息を吸って目を瞑る。


心の中で独り言の様に。



リト。

みんな。

切り替えないといけないものね。

いつまでも引きずっていてもね。

竹子とたくさん話したよ。

虎白様ともね。

生き残った私達にできる事は何だろう。

虎白様はとにかく生きろって言ってくださった。

本当にお優しい方よね。

リトはいつも「虎白様カッコいい!」って言っていたよね。

だから私はとにかく生きてみようと思う。

また会える日まで。

それからの事をたくさん話すからね。





「白神隊!! 突撃いいいいいい!!!!!!!」
『おおおおおおー!!!!!!!!!』




防御特化型で射撃からの先制攻撃が持ち味の白神隊。


正確無比な射撃と絶えず続く連続射撃。


そして乱戦となっても盾兵と槍兵を中心に長く持ち堪える。


強引に攻め込めば甚大な被害が出る。


それが白神隊。


その白神隊が突撃。


どれだけの想いを込めてか。


怒りも悲しみも。


そして許しと未来への期待。


猛進して宮衛党の元へ向かう。


しかし宮衛党は動かない。


士気が低いからか。


総帥のメルキータはじっと見ている。


そして彼女は手を上に上げて高らかに叫ぶ。




「今だっ!! 油を撒いて滑らせろっ! 倒れた白神隊に一斉射撃!」




少し前にいるウランヌが驚いた顔で振り返る。


耳をピンと立てて目を見開いている。


そして慌ててメルキータの元へ駆け寄った。




「防御の白神隊が突撃してくる意味がわからないのっ!?」
「わかるさ。 連中は私達の事を完膚なきまでに叩きのめしたいのさ。 もう私は失態はしない。 負けてたまるか!」
「それが大失態なのよー!!! 油なんて撒くのやめなさい!!」




メルキータの胸元をボンッと押して慌てて前線に向かう。


そこではヘスタとアスタが指揮している。


樽に入った油を前方に投げている。


そして柵の後ろに戻って白神隊の進路を塞ぐ。




「ヘスタ!! アスタ!」
『ウランヌ!?』
「なんて事したのっ!!」
『へっ!?』



これは白神隊に習った戦術だよ。


ヘスタとアスタはそんな顔をしてウランヌを見ている。


呆れた表情でウランヌは剣を抜く。


大きなため息と共に油で転び純白の制服が油まみれになっている白神隊を見ている。




「もう許してもらえないかも・・・こうなったらやるしかない。 メルキータは討たせない!」




剣を抜いたまま自分の配置へと戻って行く。




白神隊はまさかの油に足を取られて転んでいる。


ハンナのクリーム色の髪の毛も黒い油で汚れている。


竹子までもその場で転んでいた。




「本当に・・・空気が読めないというか。 馬鹿すぎる。 私達がどんな想いで今日を迎えたと思っているの。 それを初撃が油だなんて。」




剣を杖の様にして立ち上がるとそれに続く白神隊の兵士達。


真っ黒な顔を手で何とか拭いているがまるで綺麗にならない。


さすがのハンナも怒りで手が震えている。




その時。



ババババーンッ!!!



「宮衛党の銃撃だっ!!」



何人もの白神隊がなす術なく倒れていく。


盾もライフルも持たずに接近した白神隊には銃撃を防ぐ方法がなかった。


竹子やハンナの様に第六感を操れる僅かな兵士達だけが銃撃を弾いているが油に足を取られて転んでいる。


女の子座りして銃撃を防いでいるハンナは美しい大空を見た。


そして腹の底から。



「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」



怒りをあらわにした。



怒りに満ちたハンナは冷静さを失う。



「本当に舐めてるの? 気が変わったよ叩き潰してやるっ!!」



剣を杖の様にして立ち上がると第七感で前に飛ぶ。


そして宮衛党の射撃隊の中に飛び込んだ。


あまりの速さに動体視力に長けた半獣族でさえも反応できなかった。


ハンナは周囲にいる兵士達をバタバタと斬り倒しているがその表情は鬼の形相と言えた。


しかし次第に冷静さを取り戻して行く彼女はふと思った。




(これじゃ仲直りどころじゃない。 大隊のみんなも追いつけてないし。 これじゃダメよねリト。)




そしてハンナは一度後方に第七感で戻ると仲間と合流して油の地面を渡る。


ハンナに怯えて戦意を失う宮衛党は撃ってこなかった。


白神隊はゆっくり歩いて向かってくる。


全兵士の表情が同じだ。


正確にはハンナと竹子を抜いて。


冷静なのはハンナと竹子だけ。


残りの兵士は怒りに満ちている。




「竹子。」
「別にいいんじゃない? 私の兵士だって怒るよ。」
「でも宮衛党の戦意のなさときたら。」
「確かにね。 少し刺激してあげたら目が覚めるかもよ?」




ハンナは少し考えた。


そして剣を抜いて前を見る。


怯えながら盾を構える宮衛党に向かって第七感で向かう。


盾兵の前に立つとハンナは大きく息を吸う。


目を瞑って太陽神からの恵みを感じる。


そして目を開けて大きな声で叫んだ。





「おーい宮衛党!!!! そんな怯えていいのかー!? だからお前達は優奈姫様を守れる存在じゃないんだよー!!! だから!! いつまでも虎白様に信じてもらえないんだー!!! 怖くなったら裏切るのかー!? 優奈姫様を守るー? いいえっ!! お前達なんかじゃ優奈姫様もメルキータも! 仲間の事だって守れないっ!! 大人しく与えられたご飯だけ食べて毛繕いでもしてろ獣めえええええ!!!!」





その声は白神、宮衛党に響いた。


ニコニコ笑っている竹子の周りで怒る白神隊。


だがそれ以上に怒っている宮衛党。


メルキータが前に出てきた。


毛を逆立てて歯茎を剥き出しにしている。




「確かに私は失態を犯した。 でもその言い方は酷い。 別に私はそんなつもりであんな事・・・」
「はっはっはー!! 無能で情けないやつはみんなそうだね! どいつもこいつも後になってこんなはずじゃなかったって言うんだよね! 戦う事もできずに強い方に逃げているならいっその事兵士なんて止めてしまえー!!!」




メルキータは声をうならせて睨んでいる。


今にもハンナに飛びかかりそうだった。


はあ、はあ、と獲物を欲しがる犬の様な息遣い。




「馬鹿にしやがって。 宮衛党!! こいつらを蹂躙しろー!!!」
『ガルルルルルッ!!』




メルキータはハンナに飛びかかる。


それを剣で受け止めた。


ハンナの挑発に乗った宮衛党は打って変わって果敢に挑んでくる。


白神隊もこの時を待っていたと言わんばかりに突撃する。


陣形も戦略もない大乱戦。


模擬演習というより喧嘩だった。


双方の怒号が響き油や土でドロドロになる。


もはやどっちの兵士かわからないほどに。


宮衛党の油と射撃で気絶した白神隊も目を覚まして乱戦に加わる。


怪我をしていても関係なく乱戦に飛び込んだ。


倒れ、倒されてが続いた。


なんと3時間も。


次第に立っている者の数が減っていくがメルキータは未だに立っていた。


そこに妹のニキータも加わった。


しかし相手はハンナではなかった。


メルキータとニキータの前に立つのは泥と油で服や顔を汚した竹子だった。


ハンナの前にはウランヌが立っていた。


又三郎の前にはヘスタ、アスタが。


それを参加せずに遠くから見守るシフォンとルメー。


周囲ではわずかに残った双方の兵士が力のかぎり戦っている。


戦略、陣形もない純粋な力のぶつかり合いとなった宮衛党の強さは凄まじかった。


白神隊の兵士とも互角に渡り合った。


しかしどうだろうか。


意外な事か。


宮衛党の戦闘能力の高さはウランヌと500の兵士が証明した。


あとは勇敢に立ち向かえる覚悟を持つ事だ。


それをハンナと白神隊によって気づかされた。


そして戦いは終わる。


どっちが勝ったなんてどうだっていい。


気絶から目が覚めると立ち上がり、思い切り抱き合った。




「さあまたやり直そう!」
「キュー・・・キュンキュン・・・」
「泣かないの。 虎白様も私達もみんな家族でしょ?」
「あ、ありがとおおおおおおおおおおお!!!!!!」




天上大内乱と呼ばれる天上史に残る大事件。


その中で人知れず白陸内部で起きた大規模な模擬演習。


「仲直り演習」


白陸軍が更に一枚岩となった。


この演習の後日。


他にも多くの大将軍と私兵が宮衛党に挑んできたが宮衛党はその全てを全力で戦った。


彼女達が変われる事を願う。


それが白陸からの想い。


そして物語は続く。
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