天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達

くらまゆうき

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第29章 白衛党ここにあり

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ガッシャーンッ!!



「どっけえええええ!!!」



怪物か何かなのな。


甲斐もその馬も。


速度は落ちる事なく突き進む。


リトは甲斐の進む道からは外れていた。


しかし自ら向かった。


そして甲斐の顔がしっかり見えるほどの距離まで近づいた。


リトの前にも吹き飛んでくる兵士達。


怯えて後ずさりするものが後を絶たない。


大きく呼吸してリトは走り出す。



「暴れすぎですよ甲斐様!!!」



甲斐には恐らく兵士1人1人の顔などの認識がない。


視界に入る「障害物」をどかしているのだろう。


当然リトの事も認識していない。



カーンッ!!



「おりゃあああああああ!!」



一太刀。


甲斐の槍にリトの剣は当たった。


しかし甲斐の力の前に吹き飛ばされた。


それでも甲斐に一太刀でも武器を当てられた者は今のところリトだけだった。


吹き飛ばされたリトはそのまま気絶する。


甲斐はリトを見もせず更に陣の奥へ進む。


この単騎突撃を前線で見ているハンナ。


彼女の処置は冷静だった。



「リト小隊長もやられました!」
「きっと自分から挑んだんでしょうね。 彼女らしい。 わかりました。 第1大隊は宮衛党兵士500を連れて更に前線の防衛線を強固にしてください! 甲斐様はどうしようもありません。 又三郎様とニキータに任せます。 我々は他の進覇隊を甲斐様の元へは行かせない様に努めます!」



ハンナの大隊が前線の盾兵と共に分厚い層を作り進覇隊を食い止める。


しかしそう簡単な話ではない。


騎馬の利点を失ったと言えども私兵の中でも一番危険な役目を買って出る進覇隊。


簡単には倒れない。


背中に背負う盾を構えて確実に進んでくる。


白衛党の銃撃に全く怯まずに。


確かに又三郎の作戦で何人もの進覇隊を倒した。


しかし指揮はまるで下がっていない。


大好きな主がたった1人で進んでいる。


早く追いつかねばと。



「てめえらどっけええええ!!!」
『おおおおおおおおおおおおー!!!!』



鬼神と化した進覇隊が盾兵に体当たりしてくる。



ガッシャーンッ!!



乱戦ともなれば不用意に発砲できない。


味方に当たってしまう。


白衛党もたまらずに乱戦に移行する。


しかし進覇隊の強さ。



「今だ!! 走れえええええ!! 甲斐様を追いかけろ!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおー!!!!』



馬から降りて進んできた進覇隊200から300。


乱戦になると徐々に彼らは左右に開いていった。


前線にいる白神隊の分隊長が気づいた頃には遅かった。




ガッシャーンッ!!



「行くぞ! どっけえええええ!!」



再度騎馬に乗り直した騎兵が流れ込んできた。


兵士同士の信頼か。


主を守りたい一心か。


馬から降りた兵200から300はもう甲斐や騎馬している仲間には追いつけない。


白衛党にすり潰される。


それを承知でこの戦術を選んだ。


2500以上の騎馬隊が勢いを取り戻して進んだ。


ハンナはその光景を見て驚く。



「主への鉄の忠義。 彼らはこれが実戦でも迷わずにこの戦術を採用したでしょうね。 同じ私兵として敬意しかないよ。」



自分が倒れようとも甲斐だけが無事ならそれでいい。


残った進覇隊も甲斐を追いかけた進覇隊も。


まるで甲斐が乗り移っているかの様だった。




「本当に素晴らしい。 そして心強い。 獣王隊も進覇隊も。 そして虎白様と白王隊も。 みんな同じ白陸軍。 実戦では彼らがみんな味方。 私は白陸軍に入ってよかった。 大隊!! 残った進覇隊を殲滅してください! 完了したら進んだ進覇隊を追いかけて本陣部隊と挟み撃ちにします!」




白陸軍の層の厚さに胸躍るハンナ。


しかしその分厚い戦力の層の中に自分も入っているという自覚をしっかり持っていた。


冷静に現在の状況を対処している。


自分を精鋭だなんて言う者は偽りの精鋭。


ハンナこそまさに精鋭。


ハンナと大隊は残った進覇隊を囲み攻撃を仕掛ける。


波状攻撃を採用して宮衛党の素早い攻撃を展開して直ぐに下げては白神隊の盾兵でジリジリと囲み円を小さくしていく。


鬼神の如き奮戦を見せた進覇隊も確実に倒れていく。


愛する者を冥府で失った敵討ちとして白陸軍に入ったハンナだったが今では大隊を率いて戦術まで展開してくる。


ただ必死に生き延びた。


しかしその時間はハンナを確実に強くした。


これが白陸軍の要の中央軍。


そしてその中央軍の大将軍を守る精鋭。


白神隊の将校だ。


「絶対に」
「何が何でもニキータの元へは」
『行かせないっ!!』



ヘスタとアスタ。


白神隊の中隊と宮衛党の兵士達と甲斐を待ち構える。


遠くからどんどん近づいてくる怒号。



「来まーす!!」



武器を構えて迎え撃つ。


銃は使えない。


前方には味方が大勢いる。


あの甲斐を相手に接近戦の武器で太刀打ちするしかない。


しかしここを抜かれたらニキータがいる。


ヘスタとアスタは恐怖心を押し殺して甲斐を待つ。




ガッシャーンッ!!



「おりゃああああああ!!!」



遂に甲斐が見えた。


そして甲斐の背後から騎兵が追いかけている。


覚悟を決めたヘスタとアスタは甲斐目掛けて飛びかかる。



『ガルルルルルッ』



ヘスタが甲斐の槍に飛びつく。


アスタは手綱を握る甲斐の左手に飛びつく。


何とかして甲斐を馬から落とそうと試みる。


甲斐は槍を大きく振り回してヘスタを地面に叩きつける。


そして槍を握ったままアスタの顔を殴る。


姉妹とも甲斐の動きを一瞬足りとも止められなかった。


宮衛党の兵士達には力不足だ。


第1の人生から前線で戦ってきた甲斐を止めるなんて事は。


しかしそんな事はわかっている。


だから挑む。


ヘスタ、アスタが抜かれてニキータと又三郎までに残るのはウランヌだけになった。


ウランヌと周りにいる白神隊の一個小隊と宮衛党が200。


既に白神隊が甲斐に蹴散らされ始めた。


ウランヌはじっと見ている。



「あんなに長い槍を自在に操っている。 何より手綱捌きがあまりにも上手い。 角度的に不利な時は馬を少し動かして相手の間合いを避けている。 真っ直ぐ走っている様で細かく動いているのね。」



冷静に観察して甲斐の弱点を観察している。


しかし甲斐の熟練の突破術には隙がなかった。


力比べでも甲斐には敵わない。


これ以上考える時間を甲斐は与えない。


あまりの早さになす術がなかった。


ウランヌも覚悟を決めて甲斐の元へ飛びかかる。



「兵士を吹き飛ばした時。 槍を右へ振り抜く。 だから左から飛び込めば馬から落とせる!」



ガッシャーンッ!!



「今だ! ガルルルルルッ!!」



甲斐はウランヌに気づいた。


とっさにウランヌを蹴ったが防がれて甲斐に飛びかかる。


甲斐の鎧を掴んだ。


そしてウランヌは転げ落ちる様に地面に向かっていく。


刺し違える様に。


しかし甲斐は手綱を離した。


そして左手でウランヌの顔を地面に押しつけた。


甲斐はつま先だけで馬の鞍に捕まっている。


ウランヌを地面に叩き落とすと体勢を戻す。


驚くのはそれだけじゃない。


その間もウランヌに続き兵士が向かっていった。


しかし甲斐の馬は絶妙な距離感を保ち、兵士が間合いに入る前に進んでいった。


厄介なのは甲斐だけではなかった。


甲斐が愛する愛馬も化け物だった。


日頃から甲斐に振り回されている。


そして培った距離感覚は神がかっていた。


ウランヌ達も抜かれてしまい遂に又三郎が立ち上がり刀を抜く。


隣でおどおどするニキータは又三郎を見る。



「腹をくくれ。 良い経験じゃ。 甲斐様は誠の武人。 己の全力をぶつけてみよ。」
「は、はい! こ、怖いっ!!」
「すうー。 しゃあああああああお!!」



又三郎が大声を上げるとニキータはビクッとした。


何事かと又三郎を見る。


鬼の形相で前を見ている。



「ニキータも声を出すのじゃ! 腹の底から勇気が湧いてくるわい!」
「は、はい! ワオオオオオーンッ!! 怖くなんかないぞー!!!」
「そうじゃ! いざ!」



既に甲斐の背後にいた騎馬隊は追いついていた。


もはや誰も止められない。


又三郎とニキータは甲斐を見ている。


少しでも甲斐を止められたらハンナの大隊と挟み撃ちにできる。


しかし止まらない。


どうしても止められない。


これが白陸の剣。


虎白が一切の疑いなく放つ強力な一撃。


ニキータは何度も声を上げた。


恐怖心が少しずつ高揚してきた。


そんな化け物と戦いたいと。


「結局あたいは無敵ってわけだなー!! はっはっはー!!!」



馬の上で高らかに笑う。


兜から見える顔は美しい。


しかしその武勇は恐ろしい。


白陸の剣と呼ばれる甲斐。


背後には鬼のお面をした進覇隊が並ぶ。


甲斐の視線の先には又三郎とニキータ。


そしてわずかな兵だけになっていた。


しかし甲斐は一点突破でここまで来た。


甲斐の進路上にいなかった白衛党が進覇隊を囲み潰す様に追いかけてくる。


その前に又三郎とニキータを倒さなくては。


しかし甲斐の表情には余裕があった。


笑いながら馬で近寄ってくる。




「もー降参しても構わないよー?」



別に戦う必要なんてない。


甲斐の中では勝負がついていた。


それは又三郎もよく分かっていた。


まともに張り合える相手ではないと。




「たわけた事を申されるな甲斐様。 我ら白神。 決して降参などせぬ。 この命ここで散らす覚悟よ。」
「はっはっはー!!! いいねえ! あたいの竹子を守る兵はそうじゃないとねー!! んじゃあ行くよー!!」



馬が走り出す。


甲斐は槍を前に突き出して走る。


又三郎は刀を構える。


そしてニキータを一瞬見る。



「わしが受け止める一瞬の隙に甲斐様の横腹に剣を当てるのだ。」
「は、はいっ!!」



又三郎は甲斐を見る。


その時又三郎の手は震えた。



「な、なんじゃ・・・」



第1の人生から幾多の死戦を経験してきた又三郎。


数多くの名将を見てきた。


しかし甲斐の姿はその誰にも勝るほど大きく恐ろしく見えた。


素人にプロの格闘家が本気で向かってくる様な絶望感。


間違いなく歯が立たないと又三郎の身体が訴る。




「こ、これが白陸の剣・・・」



カーンッ!!



しかし又三郎は何とか甲斐の槍を受け止めた。


初めて甲斐の足が止まった。


ほんのひと時でも甲斐を止めた兵士は不死隊以来だった。


甲斐はニヤリと笑い手綱を引く。


馬は二足歩行になり前足を又三郎に降りかざす。


すっと下がった又三郎は馬の着地と同時に甲斐に斬り込む。


槍先で又三郎の刀を弾いて横へ振り抜く。


しかし又三郎は吹き飛ばなかった。


不死隊ですら吹き飛んだ。


それは白神隊の意地なのか。


又三郎の瞳は甲斐を睨みつける。


本当は腕がへし折れそうになっていた。


しかし引かない。


絶対に引けない。


何故ならその後ろにいるのはもはや竹子だけだからだ。


自分が倒れるということは何を意味するかよく分かっていた。




「そりゃあああああああああああ!!!」



踏ん張った足で一気に刀を甲斐に振り抜く。


渾身の一撃。


しかしそれすらも甲斐には軽く受け止められる。




「さっすがあたいの竹子の隊の指揮官!! おめーは悪くないねー! でもまだまだあたいには及ばないけどなー!!」



槍を器用に扱い又三郎の首元にぶつける。


片膝をついた又三郎だったが意識を必死に保つ。


甲斐は槍を振りかぶって又三郎に振り下ろす。



カーンッ!!



「うー!!」
「おー犬っ! あんたの事忘れてたよー!」
「犬じゃない! 宮衛党のニキータ! そして白衛党の副官だもんっ!」



甲斐の槍を受け止めたがその衝撃でニキータは持っていた剣を吹き飛ばしてしまった。


しかしその光景を見た又三郎は腹の底から力が湧き出た。



「うわあああああああああ!!!」
「ワオオオオオオオオオーンッ!!!」



又三郎とニキータは死に物狂いで甲斐に飛びかかる。


さすがの甲斐も手綱を捌いて少し離れる。


甲斐の表情はとても嬉しそう。



ババババーンッ!!



「やっと追いついた。 全隊! 残った進覇隊を殲滅しなさいっ!!」



突然の銃撃。


進覇隊が何人も倒れる。


振り返るとハンナが全兵士を連れて追いかけてきた。


もはや進覇隊の退路はなくなった。


進覇隊も甲斐に誰も近づけまいと応戦する。




「いいねー!! いい気合いだ! んじゃ終わらせるよー!」



笑顔の甲斐は馬を走らせる。


又三郎とニキータに甲斐の次の攻撃を受け流せる神通力はもう残っていなかった。


それを理解している又三郎とニキータは走り出す。



「可能性があるなら又三郎さんですー!!」
「すまぬな! 何とかせいっ!!」



ニキータは正面から甲斐に向かっていく。


槍を振りかざす甲斐を一瞬だけでも受け止める。


しかしそれは気絶を意味する。


ニキータも承知していた。


その代わり又三郎がもしかしたら甲斐に一撃当てられるかもしれない。



「どっけえええええええ!!!」



カキーンッ!!!



ニキータの剣はバラバラに砕ける。


その衝撃でニキータは白目を向いて倒れる。




「隙あり!!!」



ニキータの決死の覚悟でほんの一瞬だけ甲斐に隙ができた。



又三郎の刀が甲斐に届く。




「ブルッ! ヒヒヒヒーンッ!! 私を忘れないでほしかった。」



バコンッ!!



甲斐の馬が二足歩行になり前足で又三郎を殴る。


そのまま気絶する又三郎とニキータを見て甲斐は笑顔でうなずく。


大将が倒れた事により進覇隊の勝利。


しかし白衛党の意地は確かに甲斐に伝わっていた。


上機嫌で甲斐は領地へと戻っていった。



「いやー! いい私兵だねー! おいあんたらも負けない様に頑張るよー!!」
『おおおおおおおおー!!!』



帰っていく進覇隊の後ろ姿を見てハンナは拳を握る。


悔しさか。


味方にいてくれる頼もしさか。


じっと見つめている。


メテオ海戦から間もなく5年。


確実に兵士達は力をつけている。


そして物語はいよいよ新たな嵐に直面する。
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