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第26章 歴戦の意地

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小柄な身体。


細い手足。


私服を着させれば街で声をかけられそうなほど可愛いらしい顔立ち。


リト。


しかし彼女は生粋の兵士だ。


最初は違った。


嫌でも経験した。


仲間の死。


殺しに来る敵兵。


自分の手で誰かの命を奪う事も。




「宮衛党は良く頑張ってる。 でもね。 だからって私を抜けるってわけじゃないの。 今日まで歩んできた道が違うのよ!!」




可愛いらしい顔は鋭く勇しくなっていく。


彼女の中で蘇る仲間の顔。


そして真っ暗な道にリトは立っている。


これは何度もリトが夢でうなされた。


大勢の仲間達。


暗い道で下を向くとそこには無数に転がっている仲間達の首。


青白くなって動かない。


かつてリトを見て笑っていたあの笑顔は何処へ消えたのか。


目をつぶると仲間達の声が聞こえて来る。



「どうしてお前だけ生き残った」と。



耳を塞いでも目をつぶってもその呪縛から解かれない。


何日も安眠できなかった。


毎晩夢に現れる。


リトはその夢の中で必死に前に進んだ。


暗い道を必死に。


すると微かに光が見える。


リトはその光を目指して進む。


足を掴まれる様な感触に怯えながらも懸命に光の元へ進んだ。


そしてやっとの思いで光の元へ行くとそこにはハンナがいる。


大好きな上官で憧れる存在。


ハンナの隣にはグリートや他の白神隊。


まだ生きている仲間達。


その真ん中で竹子がリトへと手を伸ばす。


竹子の手を掴もうとリトは手を出すが背後が気になる。




「私だけ行っていいのかな。」




仲間達はたくさん死んだ。


自分が竹子の様に強ければ仲間は生きていたかもしれない。


弱い自分が生き残って勇敢に戦った仲間が死んでいった。


その場に立ち止まり下を向く。


しかしリトは背中をボンッと強く押される。


驚き振り向くとそこには笑顔の帰らぬ英雄達。



「行ってこいよ。 竹子様とみんなをよろしくな。」



ユーリクや多くの仲間達がリトを見送る。


そしてリトは竹子の手をギュッと掴むと目が覚めた。


それ以降この夢は見なくなった。


不思議な事にリトが第六感を発現させた日の夜だった。


リトの心に迷いはなかった。




「確かにユーリク達にまた会いたいよ。 でも生き残った私がメソメソしていてもね。 みんなの分まで強くなるよ! ハンナ中隊長の部隊は白神隊でも一番だよっ! 竹子様の事は任せてね!」




第六感を習得した翌朝。


リトは大きな声でそう言い放った。


そして今。


かつての自分達の様にまだこの先に明るい未来があると信じて向かって来る無邪気な獣達がいる。


リトを蹴散らして竹子に一撃食らわしてやろうと必死に。


手に持つ剣をギュッと握る。


歯を食いしばりヘスタとアスタを睨みつける。


半獣族特有の発達した脚力。


人間より遥かに速度に乗る。


乗った速度の分、攻撃には重さが出る。



「ガルルルッ」
「いくよー」
『はいー!!!』



リトの目の前で飛び上がり襲いかかる。


弱る獲物を仕留める様に。




カーンッ!!!



片手だけでヘスタ、アスタの攻撃を受け止める。


驚く姉妹は歯茎を剥き出しにして更に体重をかける。


リトの表情は非常に落ち着いていた。


全く動じていない。




「きっと昔の私なら吹き飛ばされていたよ。 でもね。 今は違うのよ。 重いよ。 すっごく重い。 けれど私の剣に宿るみんなの想いの方がよっぽど重いのよっ!!!」



片手で姉妹を弾き飛ばす。


勢い任せに走り続けたヘスタ、アスタ達の足は止まる。


背後からも抜かれた白神隊が追いつく。


ジリジリと囲まれる。


リトの後ろにはハンナと多くの兵士が到着する。



「中隊長! いい経験してますねこの子達。 手出しはしないでください。 私と私の分隊で片付けてます。」



ハンナはコクリとうなずく。


どこか清々しい顔。


それとは逆に毛を逆立てているヘスタ、アスタ。


リトは分隊に向かってうなずくとヘスタ、アスタの周りにいる宮衛党へ襲いかかる。



「じゃあ行くよ。」



すっと前に走り出してヘスタ、アスタに向かっていく。




「2対1」
「でも仕方ないね。」
『戦場だからね!!!』
「その通り。 不利な状況だってあるよ。 私は不死隊に囲まれた事だってあったもの!!」




剣を持って走るリト。


ヘスタとアスタがそれを迎え撃った。


しかしリトの剣裁きは非常に冷静で迷いがない。


そして一太刀一太刀が重い。


これが背負うという事。


突然の夜襲に大混乱の宮衛党。


ウランヌの冷静な対応で一点突破は成功したものの相手は百戦錬磨の白神隊。


ジリジリと包囲される宮衛党はその数を減らしていく。


ヘスタ、アスタ姉妹が交戦する白神隊のリト。


姉妹が同時に斬りかかってもリトを倒せずにいた。


ヘスタとアスタの目標は眼前に立ち塞がるハンナの中隊を撃破して先へ進む事だった。


しかしその分隊長のリトに止められてしまった。




「はあ・・・はあ・・・」
「同時に攻撃しているのに・・・」
『強いっ!!』
「私を抜けないなら中隊長になんて触れる事もできないよ。 まだまだ訓練が足りないようね!」



涼しい顔をしてリトはそう言い放つとゆっくりとヘスタ、アスタの元へ近づいてくる。



身構える姉妹。




「もうあなた達しか立っていないわ。 でも良く頑張ったと思うよ。 明日からまた頑張って!」




リトは歩いている。


そのゆっくりとした歩調でヘスタ、アスタに近づき、すれ違い様に剣を振り抜いた。


なす術もなく姉妹は倒れ込む。


同じ兵士としての格の違い。


血反吐を吐く様な実戦に出たかの違いか。


大切な存在を失い、その想いを背負っている違いか。


リトの剣を受け止める事はできずにヘスタ、アスタは気絶した。


そしてしばらくすると宮衛党が全滅したとハンナの耳にも入る。




「それにしても。 本当にタフというか。 一途に強くなりたいって気持ちが凄い・・・」
「中隊長。 我々も撤退しましょうか。 はああ・・・もう夜中ですね。 眠いや。」




あくびをして目をこするリトを見て微笑むハンナ。


薄紫の髪の毛が夜風になびく。


ハンナは今回の夜襲で剣を抜く事すらなかった。


白神隊の中隊長の元へ行くのは簡単ではないと宮衛党に見せつけた。




「じゃあ中隊も撤退。 明日は訓練の予定はないからゆっくり休んでね。」




白神隊は解散して兵舎に戻っていく。


完膚なきまでに宮衛党を壊滅させた白神隊は上機嫌だった。


夜の白陸の街へ飲みに出かける者や兵舎に戻り眠りにつく者。


それぞれの時間を過ごした。




「はあ。 私の中隊も優秀になってきた。 でも。 まだまだ。 竹子様を守るためにはもっと強くならないと。」




ハンナは基地にある自室に戻りソファに腰掛ける。


ヘルメットを外してクリーム色の髪の毛を降ろす。


何かするわけでもなく天井を見つめて考え込む。


気がつけば中尉。


部下が200人もいる。


そしてハンナにある話が来ていた。


ソファから立ち上がり机の上に置いてある紙を見る。



「大尉への昇格・・・又三郎少佐の右腕として大隊を指揮するのね。」



実戦経験、戦闘能力、指揮能力共に成長してきたハンナを又三郎はしっかり見ていた。


又三郎からの推薦だったが、竹子からもお墨付きだった。


後はハンナ自身が大隊を率いる覚悟があるか。


指揮兵力は一気に1000人まで増える。


3000人から構成される白神隊の3分の1をハンナが指揮する。




「平蔵さん、太吉さん。 私にそんな器があると思いますか?」




寂しげな表情をしてまたソファに座り込む。


制服すら脱がずにじっと昇格の書類を見つめる。


ハンナ自身では決心がつかなかった。


もちろん不安もある。


何より自分に1000人を指揮する器がないと思っている。




コンコンッ


ガチャッ




「リト入ります! 中隊長!? まだ着替えていないんですか?」



白いパーカーとスエット姿のリトが入ってくる。


髪の毛も降ろして「いつでも寝れますよ」という格好だった。


制服姿のハンナを見てリトは自分の格好を申し訳なさそうにモジモジする。




「急に呼び出してごめんなさい。 ちょっとあなたと話したくて。」
「どうなさいました? 相談なら小隊長にしては?」
「その小隊長になる気はない?」



リトは驚き何度も瞬きをする。


ハンナは真剣な表情でリトを見つめる。




「も、もちろん! ありがとうございます中隊長!」
「よかった。 実はね。 私は大隊を指揮する事になるかもしれないの。」
「えー!?!? もっとお近くにいられると思ったのに・・・さすがですね。 おめでとうございます大尉殿!」



残念そうに唇を尖らせたリトだったが直ぐに笑顔になり手をパチパチと叩いている。


しかしハンナの表情は浮かない。


リトは手を叩くのを止めて不思議そうにハンナを見る。




「上官の私がこんな事言うの本当に良くないけれどね。 私に務まるのかなって。」
「中尉。 逆にハンナ中尉の他に務まる方はいないのでは? 白神隊でも一番の中隊と言われる私達の中隊長なら適任です。 お世辞は一切言っていませんよ!」




少し嬉しそうにするハンナはまた昇格の書類を見つめる。


そして机の引き出しに入っている推薦状にリトの名前を書く。




「とにかくあなたは少尉に昇格よ。 おめでとう。 これであなたも将校よ。」
「ありがとうございます!! そうだ中尉。 ご自身の力量に不安を抱かれるのなら戦った者に聞くのがよろしいのでは? 宮衛党や獣王隊の将兵に聞いてみるのはいかがですか?」



リトは敬礼しながらハンナに語りかける。


それでも不安げな表情のハンナを見たリトはため息をつく。




「わかりました。 そんなに不安でしたら私が聞いてきますよ。 中尉の才能なら大隊を指揮できます!」



そういってリトは部屋を出て行った。


リトは白陸の街を歩いている。


制服ではなく私服を着ている。


ジーンズ生地のショートパンツに黒いパーカーを着ている。


薄紫の髪の毛をなびかせて街を見ている。



「今日は非番だし白神隊の評判でも聞いて回ろうかなー」



白陸は工業と商業、農業に力を入れているが娯楽施設が欠けている。


当主の虎白は国の運営を優先して最低限の建造物しかない。


非番の兵士が遊ぶ場所がまだない。


リトは歩きながら唇を尖らせる。



「んーまだ何もないなー。」
「そこの紫髪が綺麗なお姉ちゃんー!」
「はい? 私ですか?」
「君以外にそんなに綺麗な髪の毛の女の子いないよーそれは地毛なの?」



突然声をかけてきた男にリトは驚き少しのけぞっている。


男は笑顔でリトに近寄ってくる。




「まあ。 地毛ですよ。」
「あ、いきなりごめんね。 いやあ。 あんまりにも可愛いからさ。 つい声かけちゃったよ!」
「可愛いなんて言われた事ないですよ。」



少しニヤけたリトは斜め下を向いてモジモジしている。


男はぼーっと見つめていたかと思えばはっ!っと我に帰り笑顔を取り戻す。




「か、可愛い・・・」
「はい?」
「あっ! いや何でもない! 今日はこれからどこかへ行くの?」
「いやあ。 仕事も休みなのでお散歩です。」
「そうなのか! この先に美味しいパスタのお店があるんだよ! 行かない?」




リトは目を細めて男の顔をじっと見る。


男はまたもはっ!っと我に帰りおどおどする。




「ご、ごめんっ! いきなり俺は何言ってるんだ! 俺の名前は健太って言うんだよ。」
「健太さんね。 良いですよ。 パスタ食べたい。」
「ほんとっ!? よっしゃあ!!!」




健太の第一の人生は日本で職人をしていた。


色黒の肌に紫色に光るピアスをしている。


悪そうな顔つきだが純粋にリトを見て微笑んでいる。


リトが食事の誘いを受けた理由は第六感で下心がないか気配を感じ取った。


下心がない事を知ったリトは白神隊の話を聞くためにも食事について行った。




「ここなんだけど。」
「いい雰囲気だね。 入ろ。」
「か、可愛い・・・」
「入らないの?」
「お、おう!」



下心は感じない。


しかし自分を好意的に見ている事には気づいていた。


リトは自分が兵士である事を隠して普通の女の子を演じた。



「さあ。 どうぞ。」
「あ、ありがとう。」



健太は椅子を引いてリトを座らせる。


紳士的な扱いに戸惑いを感じながらリトは座りメニューを見ている。


カルボナーラをリトが注文した。


健太は大葉と明太子のバター和えパスタ。


料理を待つ間リトは聞き込みを始める。



「この国にはいつから住んでるの?」
「まだ最近なんだよ。 数年前にデカい戦争があったって聞いてさ。 いやあ。 怖いわ。」
「そっか。 軍隊には詳しいの?」
「いや。 詳しいってほどじゃないけど俺さ職人だからさ。 この間基地の建設にも行ったんだよ。 厳しい訓練をしてたなあ。 女の子とかもいてさ。 凄いって思ったよほんと。」



少し目を背けてリトは厨房を見つめる。


健太は遠くを見るリトを見て惚れ惚れとしている。



「君の名前は?」
「私はリト。」
「リトちゃんか! 可愛い名前だね!」
「え、あ、ありがとう。 女の子の兵士ってどう思う?」
「んー。 どうして兵士になったのかなあって考える。 悪いとは言わないけど危ないし無理しないでほしいと思うな。」



健太は不思議そうにリトを見る。


あえてリトは健太の顔を見て首をかしげる。


赤面して動かなくなる健太。



「顔赤いよ。」
「えっ!? ちょっとこの店暑いなあ。 パスタ茹でてるからか。」
「ふふふっ。 パスタねー。」



雑談をしていると料理が来る。


リトはカルボナーラをフォークとスプーンで食べる。



「えっ。 お、美味しい。」



頬を赤くして口に手を当てるリトはパスタを凝視する。


健太はそれを見て惚れ惚れする。


今すぐ抱きつきたいという心境だろうか。


モジモジと身体を動かして動揺する。


2人はペロリとパスタを完食する。


想像以上に美味しかった事でリトの機嫌はよかった。




「ありがとうね。 美味しかったよ。 それじゃまたね!」
「えっ? もう帰るの?」



リトは第六感を出して相手の気配を読み取る。


下心を感じたリトは目を細める。




「ホテルは行かないよ。」
「えっ!? い、いや。 俺はそのー」
「おい健太てめえそこにいたのか!! この間資材を落としたけじめはきっちりつけてもらうぞ!! 俺に当たったんだよっ! ぶっ飛ばしてやるからよっ!」




リトと健太の背後から罵声が聞こえ振り返るとそこには5人もの身体つきの良い男が立っていた。
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